2026年5月7日木曜日

ロンドン バンヒルフィールズ(Bunhill Fields)- その2

バンヒルフィールズ内にある
ウィリアム・ブレイクのお墓(その1)
<筆者撮影>

英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあったウィリアム・ブレイク(William Blake:1757年ー1827年 → 2023年5月15日付ブログで紹介済)は、1827年8月12日に亡くなり、バンヒルフィールズ(Bunhill Fields)に埋葬されている。

ウィリアム・ブレイクのお墓は、シティーロード(City Road)側の入口からバンヒルフィールズへ入った場合、暫く直進して、右側の墓地を回り込んだ場所にある。


シティーロードの反対側から見たバンヒルフィールズの入口
<筆者撮影>


バンヒルフィールズの入口から墓地エリアへ入ったところ
<筆者撮影>

バンヒルフィールズの墓地エリアの右側部分(その1)
<筆者撮影>

バンヒルフィールズの墓地エリアの右側部分(その2)-
ウィリアム・ブレイクのお墓は、右奥へ回り込んだ場所にある。
<筆者撮影>


ウィリアム・ブレイクは、当時、世に殆ど認知されないまま、極貧の生活を辿り、亡くなったため、妻のキャサリン・ソフィア・ブレイク(Catherine Sophia Blake - 旧姓:ブーシェ(Boucher):1762年ー1831年)は、ウィリアム・ブレイクの知人である英国の風景画家 / 肖像画家 / 銅版画職人のジョン・リネル(John Linnell:1792年ー1882年)からお金を借りて、埋葬代を捻出。


バンヒルフィールズ内の案内板(その1)
<筆者撮影>

バンヒルフィールズ内の案内板(その2)
<筆者撮影>


ウィリアム・ブレイクの埋葬が行われたのは、亡くなってから5日後の1827年8月17日だった。

この日は、奇しくも、ウィリアム・ブレイクとキャサリン・ソフィア・ブーシェの結婚記念日(1782年8月18日)の45周年の前日に該っている。

なお、ウィリアム・ブレイクは、現在の場所とは異なるバンヒルフィールズの北側に埋葬された。


バンヒルフィールズ内にある
ウィリアム・ブレイクのお墓(その2)
<筆者撮影>


妻のキャサリン・ソフィア・ブレイクは、4年後の1831年10月18日に亡くなり、夫のウィリアム・ブレイクとは異なり、バンヒルフィールズの南側に埋葬された。


バンヒルフィールズ内にある
ウィリアム・ブレイクのお墓(その3)
<筆者撮影>


年月の経過に伴い、ウィリアム・ブレイクのお墓はかなり廃れてしまったため、彼の死後100周年に該る1927年に、彼の業績が再評価されつつあったこともあり、新しい墓石が設置された。

その際、ウィリアム・ブレイクと妻のキャサリン・ソフィア・ブレイクは、異なる場所に埋葬されていた関係上、新しくなった墓石には、


NEAR BY LIE THE REMAINS OF

THE POET - PAINTER

WILLIAM BLAKE

1757 - 1827

AND OF HIS WIFE

CATHERINE SOPHIA

1762 - 1831


と刻まれている。


バンヒルフィールズ内にある
ウィリアム・ブレイクのお墓(その4)
<筆者撮影>


この墓石は、1964年 / 1965年に、当初の埋葬地から約20m 離れた現在の場所に移動された。

ウィリアム・ブレイクの墓石には、バンヒルフィールズを訪れる人達によって、花やコイン等が手向けられている。


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