2026年5月10日日曜日

ロンドン メアリー女王の庭園(Queen Mary’s Gardens)- その2

「メアリー女王の庭園」の北北西部分に設置されている噴水
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表した長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night → 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)」は、彼女が執筆した長編としては、第58作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャー(通称:マイク)と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン(通称:エリー)の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックス(Rudolf Santonix)に依頼して、

キングストンビショップ村にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


キングストンビショップ村(Kingston Bishop)にある「ジプシーが丘(Gipsy’s Acre)」は、海を臨むことができる美しい眺望の景勝地であったが、そこで以前に起こった不吉な事故によって、キングストンビショップ村の住民達からは、呪われた伝説を持つ土地として、非常に恐れられていたが、この「ジプシーが丘」において、


(1)ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャース(Michael Rogers - 通称:マイク(Mike))→ この物語の語り手



(2)米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン(Fenella Guteman - 通称:エリー(Ellie))


は出会い、会った瞬間に、若い二人は恋に落ち、「ジプシーが丘」こそ、自分達の生活のスタート地点として相応しいと考えた。


「メアリー女王の庭園」の北西部分に設けられている野外劇場(Open Air Theatre)
<筆者撮影>

野外劇場前から噴水へと至る周回路
<筆者撮影>


キングストンビショップ村の「ジプシーが丘」において出会ったマイクとエリーの二人が散歩した「メアリー女王の庭園(Queen Mary’s Gardens)」は、ロンドンのリージェンツパーク(Regent’s Park → 2016年11月19日付ブログで紹介済)内に所在する庭園で、リージェンツパークの南端近くに位置している。


「メアリー女王の庭園」の北部分の庭園(その1)
<筆者撮影>

「メアリー女王の庭園」の北部分の庭園(その2)
<筆者撮影>


1916年に、英国陸軍(British Army)に属する British Forces Post Office(郵便部門を管轄)/ Royal Engineers (The Corps of Royal Engineers - 技術部門を管轄)が、「メアリー女王の庭園」から、リージェンツパークを抜けて、東方面へと延びるチェスターロード(Chester Road)へと移転。

ただし、この時点で、「メアリー女王の庭園」はまだ存在していない。


リージェンツパークの案内板 -
円形の「メアリー女王の庭園」は、
リージェンツパークの南端近くで、
ボート遊び用湖(Boating Lake → 2025年7月12日付ブログで紹介済)の東側に位置している。
<筆者撮影>

「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
リージェンツパークとその周辺の地図を抜粋。


同年12月11日、ザクセン=コーブルク&ゴータ朝(House of Saxe-Coburg and Gotha)の初代英国国王エドワード7世(Edward VII:1841年ー1910年 在位期間:1901年ー1910年 → 2025年5月10日 / 5月26日 / 5月31日 / 6月8日 / 6月15日付ブログで紹介済)の次男で、ザクセン=コーブルク&ゴータ朝の第2代英国国王であるジョージ5世(George V:1865年ー1936年 在位期間:1910年ー1936年)とメアリー女王(Queen Mary:1867年ー1953年)が、これらの施設を訪問。


アビンドンストリート(Abingdon Street)を挟んで、
国会議事堂(House of Parliament)の反対側に建つジョージ5世像
<筆者撮影>


ジョージ5世時代(1913年)に発行された切手の図案をベースにして、
英国のロイヤルメールが発行した切手


ジョージ5世時代の在位中のうち、1920年代と1930年代に発行された切手の図案をベースにして、
英国のロイヤルメールが発行した切手


なお、ジョージ5世は、1917年に王朝名をザクセン=コーブルク&ゴータ朝から現在のウィンザー朝(Huse of Windsor)へ変更して、ウィンザー朝の初代君主となっている。


「メアリー女王の庭園」の北部分の庭園(その3)
<筆者撮影>

「メアリー女王の庭園」の北部分の庭園(その4)
<筆者撮影>


これらの施設は、1920年代初めに再度移転し、1930年代に入り、リージェンツパークの南端近くに、「メアリー女王の庭園」が創設されるが、上記の点から、庭園名として、メアリー女王の名前を冠したものと思われる。


0 件のコメント:

コメントを投稿