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| バタシーパークの南側にあるアレクサンドラゲイト(Alexandra Gate)辺りから プリンス オブ ウェールズ ドライヴの東方面を見たところ(その1) <筆者撮影> |
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| バタシーパークの南側にあるアレクサンドラゲイト辺りから プリンス オブ ウェールズ ドライヴの東方面を見たところ(その2) <筆者撮影> |
そして、フラットに戻ったポワロを待っていたのは、ついさっき自分を診療したモーリー歯科医が診療室で拳銃自殺をしたとのスコットランドヤードのジャップ主任警部(Chief Inspector Japp)からの連絡であった。
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| バタシーパークの南側にあるアレクサンドラゲイト辺りから プリンス オブ ウェールズ ドライヴの西方面を見たところ(その1) <筆者撮影> |
ポワロの後に、モーリー歯科医の待合室にやって来た患者は、以下の3名であることが判る。
(1)マーティン・アリステア・ブラント(Martin Alistair Blunt)/ 銀行頭取で、経済界の大立者
(2)アムバライオティス氏(Mr. Amberiotis)/ インドから帰国したばかりのギリシア人 → モーリー歯科医の患者で、元内務省官僚のレジナルド・バーンズ(Reginald Barnes)は、「アムバライオティスは、スパイである上に、恐喝者だ。」と、ポワロに告げる。
(3)メイベル・セインズベリー・シール(Mabelle Sainsbury Seale)/ アムバライオティス氏と同じく、インド帰りの元女優
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| バタシーパークの南側にあるアレクサンドラゲイト辺りから プリンス オブ ウェールズ ドライヴの東方面を見たところ(その2) <筆者撮影> |
モーリー歯科医の死が自殺ではなく、他殺の可能性もあると考えて、捜査を開始したポワロであったが、その後、アムバライオティス氏が、宿泊先のサヴォイホテル(Savoy Hotel → 2016年6月12日付ブログで紹介済)において、歯科医が使用する局部麻酔剤の過剰投与により死亡しているのが発見される。
モーリー歯科医は、アムバライオティス氏の診療ミス(=注射する薬品量の間違い)を苦にして、拳銃自殺を遂げたのだろうか?
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| バタシーパークの西側にあるペットワースゲイト(Petworth Gate)辺りから アルバートブリッジロードの北方面を見たところ(その1) <筆者撮影> |
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| バタシーパークの西側にあるペットワースゲイト辺りから アルバートブリッジロードの北方面を見たところ(その2) <筆者撮影> |
チャップマン夫人がメイベル・セインズベリー・シールを殺害の上、逃亡したのだろうか?ところが、モーリー歯科医の診療記録によると、発見された死体は、メイベル・セインズベリー・シールではなく、チャップマン夫人であることが判明する。
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| バタシーパークの西側にあるペットワースゲイト辺りから アルバートブリッジロードの北方面を見たところ(その3) <筆者撮影> |
| 西側の駐車場近くに設置されているバタシーパークの案内図 <筆者撮影> |
当初、メイベル・セインズベリー・シールだと思われた死体が発見されたキングレオポルドマンションズは、アガサ・クリスティーの原作上、ワンズワース区バタシー地区内のバタシーパーク近くにあると言う設定になっている。
キングレオポルドマンションズ45号室(3階)の住民は、地方巡りのセールスマンであるアルバート・チャップマンと妻のシルヴィア・チャップマンの2人だった。
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| バタシーパーク内の地図 |
キングレオポルドマンションズ自体は、残念ながら、架空の建物であるため、現存しないが、どの辺りにあるのかを検証してみたい。
アガサ・クリスティーの原作上、「キングレオポルドマンションズは、バタシーパーク近くにある。」となっている。
バタシーパークの北側は、テムズ河(River Thames)沿いなので、フラット等が建つ余地はない。従って、キングレオポルドマンションズは、
バタシーパークの東側:クイーンズタウンロード(Queenstown Road)
バタシーパークの南側:プリンス オブ ウェールズ ドライヴ(Prince of Wales Drive)
バタシーパークの西側:アルバートブリッジロード(Albert Bridge Road)
のいずれかに通り沿いに建っていたものと考えられる。
| シーンロードの反対側から見たリッチフィールドコート <筆者撮影> |
英国のTV会社 ITV1 が放映したポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の第4シリーズ第33話「いち、にい、私の靴の留め金を締めて(One, Two, Buckle My Shoe)」(1992年)の回では、行方不明になったメイベル・セインズベリー・シールが死体となって発見されるのフラット外観として、アール・デコ(Art Deco)様式のリッチフィールドコート(Litchfield Court → 2016年6月26日付ブログで紹介済)が撮影に使用されている。
リッチフィールドコートは実在の建物で、テムズ河の南岸にあるロンドンの特別区の一つであるリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド地区(Richmond)内に所在している。
| リッチフィールドコートの左側のフラット <筆者撮影> |
現在、リッチフィールドコートが建っている場所には、以前、セントポール大聖堂(St. Paul's Cathedral → 2018年8月18日 / 8月25日付ブログで紹介済)やハンプトンコート(Hampton Court → 2024年8月9日 / 8月13日 / 8月15日付ブログで紹介済)等の建設で有名な英国を代表する建築家サー・クリストファーマイケル・レン(Sir Christopher Michael Wren :1632年ー1723年)が設計したリッチフィールドハウス(Litchfield House)があった。
英国の保守党の政治家である初代ブロードブリッジ男爵ジョージ・トマス・ブロードブリッジ(George Thomas Broadbridge, 1st Baron of Broadbridge:1869年ー1952年)が1933年に当地を取得して、英国の建築家であるジョージ・バートラム・カーター(George Bertram Carter)が設計した二棟のフラット(=リッチフィールドコート)が1935年に建設された。
そして、リッチフィールドコートは、2004年にグレードⅡ(Grade II)の指定を受けている。
| リッチフィールドコートの右側のフラット <筆者撮影> |
TV 版のポワロシリーズの場合、全作品の時代設定を第一次世界大戦(1914年ー1918年)と第二次世界大戦(1939年ー1945年)の間に置いており、当時流行したアールデコ様式の建築物、内装や小物等が画面にしばしば登場する。
リッチフィールドコートが竣工したのは、1935年であり、TV 版のポワロシリーズの時代設定に非常にうまくマッチしていたため、撮影場所として使用されたものと思われる。









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