2026年5月15日金曜日

ロンドン メアリー女王の庭園(Queen Mary’s Gardens)- その3



アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表した長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night → 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)」は、彼女が執筆した長編としては、第58作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャー(通称:マイク)と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン(通称:エリー)の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックス(Rudolf Santonix)に依頼して、

キングストンビショップ村にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


キングストンビショップ村(Kingston Bishop)にある「ジプシーが丘(Gipsy’s Acre)」は、海を臨むことができる美しい眺望の景勝地であったが、そこで以前に起こった不吉な事故によって、キングストンビショップ村の住民達からは、呪われた伝説を持つ土地として、非常に恐れられていたが、この「ジプシーが丘」において、


(1)ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャース(Michael Rogers - 通称:マイク(Mike))→ この物語の語り手



(2)米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン(Fenella Guteman - 通称:エリー(Ellie))


は出会い、会った瞬間に、若い二人は恋に落ち、「ジプシーが丘」こそ、自分達の生活のスタート地点として相応しいと考えた。


リージェンツパークの案内板 -
円形の「メアリー女王の庭園」は、
リージェンツパークの南端近くで、
ボート遊び用湖(Boating Lake → 2025年7月12日付ブログで紹介済)の東側に位置している。
<筆者撮影>



キングストンビショップ村の「ジプシーが丘」において出会ったマイクとエリーの二人が散歩した「メアリー女王の庭園(Queen Mary’s Gardens)」は、ロンドンのリージェンツパーク(Regent’s Park → 2016年11月19日付ブログで紹介済)内に所在する庭園で、リージェンツパークの南端近くに位置している。


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
リージェンツパークとその周辺の地図を抜粋。



「メアリー女王の庭園」は円形の庭園で、その周囲を取り巻くインナーサークル(Inner Circle)と言う道路が、「メアリー女王の庭園」とリージェンツパーク内の他のエリアを隔てている。


「メアリー女王の庭園」内に見かけることができる鳥類 / 爬虫類 / 両生類 / 昆虫
<筆者撮影

「メアリー女王の庭園」内にある池のほとりを歩くオオバン(coot)
<筆者撮影


現在、「メアリー女王の庭園」があるインナーサークルの内部は、当初、英国の鉱物学者(mineralogist)/ 植物学者(botanist)であるジェイムズ・デ・カール・ソワビー(James De Carle Sowerby:1787年ー1871年)が1839年に創設した英国王立植物学協会(Royal Botanic Society)に貸し出されていた。英国王立植物学協会は、賃借したインナーサークルの内部を使い、新機軸の庭園整備を目的としていた。インナーサークルの内部は、基本的に、協会会員だけに開放されていたが、フラワーショウ等を開催する際には、一般にも開放された。



画面中央の奥に、日本の灯籠が建っているのが見える。
<筆者撮影>


その後、インナーサークルの内部の賃借契約更新がうまくできなかった英国王立植物学協会は、1932年に解散してしまう。




英国王立植物学協会が賃借契約を更新できなかったインナーサークルの内部は、庭園として再整備された後、一般向けに初めて開放された。


アビンドンストリート(Abingdon Street)を挟んで、
国会議事堂(House of Parliament)の反対側に建つジョージ5世像
<筆者撮影>


その際、インナーサークルから、リージェンツパークを抜けて、東方面へと延びるチェスターロード(Chester Road)沿いに所在した英国陸軍(British Army)に属する British Forces Post Office(郵便部門を管轄)/ Royal Engineers (The Corps of Royal Engineers - 技術部門を管轄)を、1916年12月11日、ザクセン=コーブルク&ゴータ朝(House of Saxe-Coburg and Gotha)の初代英国国王エドワード7世(Edward VII:1841年ー1910年 在位期間:1901年ー1910年 → 2025年5月10日 / 5月26日 / 5月31日 / 6月8日 / 6月15日付ブログで紹介済)の次男で、ザクセン=コーブルク&ゴータ朝の第2代英国国王であるジョージ5世(George V:1865年ー1936年 在位期間:1910年ー1936年)とメアリー女王(Queen Mary:1867年ー1953年)が、これらの施設を訪問したことを踏まえ、庭園名として、メアリー女王の名前を冠して、「メアリー女王の庭園」と名付けられたのである。


「メアリー女王の庭園」内にある薔薇園(その1)
<筆者撮影>

「メアリー女王の庭園」内にある薔薇園(その2)
<筆者撮影>

「メアリー女王の庭園」内には、薔薇園があり、薔薇の開花時期には、様々な薔薇が咲き誇り、多くの人達が集っている。


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