2024年6月10日月曜日

ジョセフィン・テイ作「時の娘」(The Daughter of Time by Josephine Tey)- その3

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2023年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

ジョセフィン・テイ作「時の娘」の内扉
(Cover design by Jo Walker)


容疑者を追跡している際、誤って落とし穴に落ちて、足を骨折し、入院中のスコットランドヤードのアラン・グラント警部(Inspector Alan Grant)ベッドから動くことができず、暇を持て余していた。

そんな時、友人で、舞台女優であるマータ・ハラード(Marta Hallard)が、彼の見舞いに来た。アラン・グラント警部が、人間の顔から、その性格を見抜くことに非常に長けていることを知る彼女は、彼に対して、「歴史上の謎を探究すれば、入院中の退屈も紛れるのではないか?」と提案する。


その後、マータ・ハラードが持参した歴史上の人物の肖像画の1枚に、アラン・グラント警部は、目を止める。

それは、英国の歴史上、「稀代の悪王」として悪名高いリチャード3世(Richard III:1452年ー1485年 在位期間:1483年ー1485年)の肖像画だった。なお、リチャード3世は、ヨーク朝(House of York)の第3代かつ最後のイングランド王である。


イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年 → 2023年5月19日付ブログで紹介済)による戯曲「リチャード3世の悲劇(The Tragedy of King Richard the Third)」において、リチャード3世は、傴僂で、醜悪な容貌をしており、狡猾、残忍かつ豪胆な詭弁家と描写されている。

更に、リチャード3世は、策を弄して、イングランド王位を簒奪した後、2人の幼い甥である


(1)

エドワード5世(Edward V:1470年ー1483年 在位期間:1483年4月10日ー同年6月25日 / ヨーク朝の初代イングランド王であるエドワード4世(Edward VI:1442年ー1483年 在位期間:1461年-1483年)の長男で、ヨーク朝の第2代イングランド王)



(2)

初代ヨーク公兼初代ノーフォーク公リチャード・オブ・シュルーズベリー(Richard of Shrewsbury, 1st Duke of York and 1st Duke of Norfolk:1473年ー1483年 / エドワード4世と王妃エリザベス・ウッドヴィルの次男)


をロンドン塔(Tower of London → 2018年4月8日 / 4月15日付ブログで紹介済 )に幽閉の上、殺害したとされていた。


リチャード3世の肖像画を見たアラン・グラント警部としては、世間一般に言われているように、リチャード3世が「塔の王子達(Princes in the Tower)」を殺害した極悪人であるとは、どうしても思えなかったのである。


アラン・グラント警部は、友人のマータ・ハラードや部下のウィリアムズ巡査部長(Sergeant Williams)等の助けを借りて、病院の医師や看護婦達との会話を重ねながら、リチャード3世にかけられた「塔の王子達」殺しの容疑を調べていく。


更に、マータ・ハラードから紹介された人物で、大英博物館(British Museum → 2014年5月26日付ブログで紹介済)に籍をおく米国出身の若き歴史研究者であるブレント・キャラダイン(Brent Carradine)の全面的な協力を得て、アラン・グラント警部は、膨大な史料を紐解き、傴僂で、醜悪な容貌をした狡猾、残忍かつ豪胆な詭弁家であるリチャード3世と言う世間に流布されたイメージに加えて、2人の甥をロンドン塔に幽閉の上、殺害したと言う嫌疑については、ヨーク朝(House of York)のリチャード3世を倒して、テューダー朝(House of Tudor)の初代イングランド王ヘンリー7世(Henry VII:在位期間:1485年ー1509年)として即位したランカスター家によって、不当に着せられたものであると言う結論に辿り着く。

つまり、第一次内乱から第三次内乱まで続いた薔薇戦争(Wars of the Roses:1455年-1485年)に最終的に勝利したランカスター家(赤薔薇)が開いたテューダー朝により、敗者であるヨーク家に対して着せられた「虚構」が、「歴史」として記録されて、現在も世間一般に流布しているのだと言う結論を、アラン・グラント警部は、導き出したのである。


英国の推理作家であるジョセフィン・テイ(Josephine Tey:1896年ー1952年)が1951年に発表したアラン・グラント警部シリーズの第5作目に該る「時の娘(The Daughter of Time)」は、歴史ミステリー / Bed Detective の分野における先駆的な作品として評価されており、著者の代表作として、英米のみならず、日本のミステリー作家にも影響を与えた。


推理小説以外にも、数多くの戯曲、ラジオドラマや TV ドラマ等を執筆したジョセフィン・テイは、1951年に「時の娘」を発表した翌年の1952年に、アラン・グラント警部シリーズの第6作目に該る「歌う砂(The Singing Sands)」を刊行した後、同年2月13日、肝臓癌(liver cancer)のため、ロンドンに住む妹メアリー(Mary)宅で死去している。 


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