2024年1月12日金曜日

アンドリュー・ウィルスン作「殺人の才能」(A Talent for Murder by Andrew Wilson) - その3

2018年に英国の Simon & Schuster UK Ltd. から出版された
アンドリュー・ウィルスン作「殺人の才能」の
ペーパーバック版の内扉


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆(4.0)


アガサ・クリスティーは、長編5作と短編集1作を既に発表していたが、推理作家としての彼女の知名度は、今ひとつだった。しかしながら、彼女が1926年に発表した長編第6作目「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd → 2022年11月7日および2023年9月25日 / 10月2日付ブログで紹介済)」(1926年)のフェア・アンフェア論争により、彼女の知名度は大きく高まり、ベストセラー作家の仲間入りを果たした。

一方で、同年、アガサ・クリスティーは、最愛の母親を亡くしたことに加えて、夫であるアーチボルド・クリスティー(Archibald Christie:1889年ー1962年)に、別に恋人が居ることが判明して、精神的に不安定な状態にあった。

当時、ロンドン近郊の田園都市であるサニングデール(Sunningdale)に住んでいたアガサ・クリスティーは、同年12月3日、住み込みのメイドに対して、行き先を告げず、「外出する。」と伝えると、当時珍しかった自動車を自分で運転して、自宅を出たまま、行方不明となってしまう。

「アクロイド殺し」がベストセラー化したことにより、有名人となった彼女の失踪事件は、世間の興味を非常に掻き立てた。警察は、彼女の行方を探すとともに、彼女が事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて、捜査を進め、夫のアーチボルドも疑われることになった。マスコミは格好のネタに飛び付き、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-193年)やピーター・デス・ブリードン・ウィムジイー卿(Lord Peter Death Bredon Wimsey)シリーズの作者であるドロシー・L・セイヤーズ(Dorothy Leigh Sayers:1893年ー1957年)等が、マスコミから求められて、コメントを出している。

11日後、彼女は、保養地(Harrogate)のホテル(The Swan Hydropathic Hotel)に別人(夫アーチボルドの愛人であるナンシー・ニール(Nancy Neele)と同じ姓のテレサ・ニール(Teresa Neele))の名義で宿泊していたことが判り、保護された。

しかし、12月3日にサニングデールの自宅を出た彼女が、何故、保養地のホテルに偽名で宿泊していたのかについては、彼女の口からは何も語られず、今現在も、その理由は不明のままである。

本作品「殺人の才能」は、勿論、フィクションではあるものの、アガサ・クリスティーによる謎の失踪事件に対する一つの回答と言える。


(2)物語の展開について ☆☆☆☆(4.0)


ロンドンの地下鉄ヴィクトリア駅(Victoria Tube Station → 2017年7月2日付ブログで紹介済)のプラットフォームで出会ったパトリック・クルス医師(Dr. Patrick Kurs)から、夫と彼の愛人のことを全世界に知られたくなければ、自分の妻を殺害するよう、アガサ・クリスティーに対して、指示した。公になることを望まない秘密をちらつかされたアガサ・クリスティーは、パトリック・クルス医師の脅迫に、一旦、従わざるを得なかった。

アガサ・クリスティーは、パトリック・クルス医師の脅迫に屈したまま、本当に彼の妻の殺害を実行するのか?


一方、エアー・クロエ卿(Sir Eyre Crowe)の娘で、20歳のユーナ・クロエ(Una Crowe)は、自殺しようとしていて、死に場所を探していた。


アガサ・クリスティーの運命とユーナ・クロエの運命は、ある時点で、不思議な交錯をするのである。


(3)アガサ・クリスティーの活躍について ☆☆☆半(3.5)


推理作家とは言っても、実際に人を殺したことがある訳ではないアガサ・クリスティーにとって、あくまでも人殺しは絵空事であり、想像と実践には、雲泥の差があった。

アガサ・クリスティーは、一旦、パトリック・クルス医師の脅迫に屈するが、彼の妻の殺害を実行しないで、なんとかして事態を収拾しようと、知恵を絞る。

そして、物語の後半、アガサ・クリスティーの運命とユーナ・クロエの運命が交錯した時、驚くべき結末を迎えるのである。


(4)総合評価 ☆☆☆半(3.5)


本作品は、物語の開始当初から終盤まで、サスペンスフルな展開で、ぐいぐいと読ませる。

アガサ・クリスティーによる10日間にわたる謎の失踪事件をうまく使って、本作品が構成されている。

本来であれば、「星4つ(☆☆☆☆)」を付けたいところであるが、本作品に登場するユーナ・クロエは、実在の人物であり、実際に悲しい結末を迎えた私人を、本作品の登場人物として、かなり重要な役で使うのは、個人的には、「どうなのかな?」と思うので、「星半分」を減じた。

史実によると、ユーナ・クロエは、1926年12月11日(土)、屋敷から疾走しており、同年12月19日(日)、ドーセット州(Dorset)南東にある沿岸の町スワネージ(Swanage)の断崖の下で亡くなっているのが、発見されている。両足首がテープで縛られていたことから、検死法廷は、彼女の死を自殺だと、判断を下している。



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