2023年12月17日日曜日

ロンドン ケンジントン地区(Kensington)- その2

ケンジントンハイストリートの反対側から見た
地下鉄ハイストリートケンジントン駅(High Street Kensington Tube Station
→ 2016年6月25日付ブログで紹介済)


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affairs at Styles → 2023年12月3日 / 12月xx日付ブログで紹介済)」において、アーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings - 30歳)の旧友であるジョン・キャヴェンディッシュ(John Cavendish - 45歳)が、義母で、スタイルズ荘の持ち主である老婦人エミリー・イングルソープ(Emily Inglethrop - 70歳を超えている)をストリキニーネで毒殺した犯人として逮捕され、彼の裁判が、ロンドンの中央刑事裁判所(Central Criminal Cout → 2016年1月17日付ブログで紹介済)において行われることになった。

ジョン・キャヴェンディッシュの妻であるメアリー・キャヴェンディッシュ(Mary Cavendish)は、ケンジントン地区(Kensington)に家を借りた。エルキュール・ポワロも、同じ家に滞在することになった。(September found us all in London. Mary took a house in Kensington, Poirot being included in the family party.)


地下鉄ハイストリートケンジントン駅の入口


ケンジントン地区は、ロンドンの中心部に所在するロンドン特別区の一つのケンジントン&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)に属する地区である。



地下鉄ハイストリートケンジントン駅のプラットフォーム


ケンジントン地区の場所は、ケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens)の西側に位置しており、南側は、ナイツブリッジ地区(Knightsbridge)地区内にあるヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria & Albert Museum)や自然史博物館(National History Museum)の前(南側)を通り、ハマースミス地区(Hammersmith)へと西に延びるクロムウェルロード(Cromwell Road)に、そして、北側は、ハイドパーク(Hyde Park → 2015年3月14日付ブログで紹介済)、ケンジントンガーデンズやホーランドパーク(Holland Park)の前(北側)を通り、シェファーズブッシュ地区(Shepherd’s Bush)へと西に延びるベイズウォーターロード(Bayswater Road)/ ノッティングヒルゲート通り(Notting Hill Gate)/ ホーランドパークアベニュー(Holland Park Avenue)に挟まれている。


地下鉄ハイストリートケンジントン駅の入口前から見たケンジントンハイストリート



また、ケンジントン地区は、


*北側:ベイズウォーター地区(Bayswater)/ ノッティングヒル地区(Notting Hill)

*東側:ケンジントンガーデンズ

*西側:ウェストケンジントン地区(West Kensington)

*南側:ナイツブリッジ地区 / サウスケンジントン地区(South Kensington)/ アールズコート地区(Earls Court)


に囲まれている。


画面中央にあるのは、地下鉄ハイストリートケンジントン駅。
画面左側の建物の屋上には、ケンジントンルーフガーデンズ
(Kensington Roof Gardens → 2016年2月28日付ブログで紹介済)が以前はあったものの、
残念ながら、現在はない。


ケンジントン地区における商業の中心地は、同地区の真ん中辺りを東西に横切るケンジントンハイストリート(Kensington High Street → 2016年7月9日付ブログで紹介済)の両側である。

東側は地下鉄ハイドパークコーナー駅(Hyde Park Corner Tube Station)から始まり、ハイドパークの南側では、ナイツブリッジ通り(Knightsbridge)、ケンジントンガーデンズの南側では、ケンジントンロード(Kensington Road)と名前を変えて、ケンジントン地区内に入ると、ケンジントンハイストリートとなり、更に西へ進み、ウェストケンジントン地区内に入ると、ハマースミスロード(Hammersmith Road)へと名前が変わり、地下鉄ハマースミス駅(Hammersmith Tube Station)へと至る。


ダチェス・オブ・ベッドフォーズ・ウォーク(Duchess of Bedford's Walk)沿いに建つ
キャンプデンヒルゲートと言う名前のフラット




基本的に、ケンジント地区は裕福な住宅地で、北側のベイズウォーター地区 / ノッティングヒル地区、南東側のナイツブリッジ地区 / ブロンプトン地区(Brompton)、また、南側のサウスケンジントン地区も、裕福な住宅地に属している。


アガサ・クリスティーが、1930年から1934年までの間、住んでいた
キャンプデンストリート47/48番地の建物


最初の夫アーチボルド・クリスティー(Archibald Christie:1889年ー1962年)の浮気が原因で、1928年に離婚したアガサ・クリスティーは、中東旅行の際に知り合った考古学者サー・マックス・エドガー・ルシアン・マローワン(Sir Max Edgar Lucien Mallowan:1904年-1978年)と1930年に再婚する。

再婚した2人が住んだ「キャンプデンストリート47/48番地(47 & 48 Campden Street → 2015年7月5日付ブログで紹介済)」の家(1930年ー1934年)と「シェフィールドテラス58番地(58 Sheffield Terrace → 2015年2月14日付ブログで紹介済)」の家(1934年ー1941年)も、ケンジント地区の裕福な住宅地内に所在している。


アガサ・クリスティーが、1934年から1941年までの間、住んでいた
シェフィールドテラス58番地の建物


アガサ・クリスティーが、1934年から1941年にかけて、
シェフィールドテラス58番地に住んでいたことを示すブループラーク


一方、西側のウェストケンジントン地区 / シェファーズブッシュ地区や南西側のアールズコート地区 / ハマースミス地区の場合、上記の地区に比べると、階層が下がっている。


0 件のコメント:

コメントを投稿