第64話「オリエント急行の殺人」が収録された エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 8 の DVD 本体 |
英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第64話(第12シリーズ)として、2010年12月25日に放映されたアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「オリエント急行の殺人(Murder on the Orient Express)」(1934年)の TV ドラマ版の場合、原作対比、以下のような差異が見受けられる。
なお、今回は、エルキュール・ポワロが、ベルギー時代からの友人で、国際寝台車会社(Compagnie Internationale des Wagons Lits)の重役ブック氏(Mr. Bouc)に対して、サミュエル・ラチェット(Samuel Ratchett - 米国人の実業家)を刺殺した犯人について、2種類の解決策を提示するところから、物語の最後までとする。
(23)
<原作>
捜査に難航したポワロであったが、ブック氏に対して、2種類の解決策を提示。
(1つ目の解決策)
マフィアが放った殺し屋が、国際寝台車会社の車掌の制服を着て、ベオグラード(Belgrade - 現在のセルビア共和国の首都)、または、ヴィンコヴツィ(Vinkovciー現在のクロアチア(Croatia)共和国領内)で、オリエント急行に乗車して、サミュエル・ラチェットを殺害後、逃亡。
(2つ目の解決策)
イスタンブール(Istanbul)発カレー(Calais)行き車輌の乗客12人(ヘクター・マックイーン / エドワード・マスターマン / キャロライン・ハバード夫人 / グレタ・オルソン / ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人 / ルドルフ・アンドレニ伯爵 / エレナ・アンドレニ伯爵夫人 / アーバスノット大佐 / サイラス・ベスマン・ハードマン / アントニオ・フォスカレリ / メアリー・デベナム / ヒルデガード・シュミット)と車掌のピエール・ミシェルを、真犯人として指摘。
<TV ドラマ版>
(1つ目の解決策)
マフィアが放った殺し屋が、国際寝台車会社の車掌の制服を着て、ヴィンコヴツィで、オリエント急行に乗車して、サミュエル・ラチェットを殺害後、逃亡。
(2つ目の解決策)
イスタンブール(Istanbul)発カレー(Calais)行き車輌の乗客12人(エドワード・マスターマン / ヘクター・マックイーン / キャロライン・ハバード夫人 / グレタ・オルソン / ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人 / アントニオ・フォスカレリ / ヒルデガード・シュミット / ルドルフ・アンドレニ伯爵 / エレナ・アンドレニ伯爵夫人 / メアリー・デベナム / アーバスノット大佐 / コンスタンティン博士)と車掌のピエール・ミシェルを、真犯人として指摘。
原作の場合、オリエント急行のイスタンブール発カレー行き車輌の16号室(一等寝台席)の乗客として、サイラス・ベスマン・ハードマン(Cyrus Bethman Hardman - 米国人 / セールスマンと言っているが、実は、サミュエル・ラチェットの身辺を護衛する私立探偵)が登場するが、英国 TV ドラマ版の場合、登場しない。英国 TV ドラマ版の場合、サイラス・ベスマン・ハードマンの役割は、コンスタンティン博士(Dr. Constantine - ギリシア人で、医師)が、代わりに務めている。
(24)
<原作>
サミュエル・ラチェットと言う偽名を使用していたカセッティ(Cassetti)の処刑を指揮したのは、キャロライン・ハバード夫人(Mrs. Caroline Hubbard)- 米国人で、陽気でおしゃべりな中年女性 / 本名:リンダ・アーデン(Linda Arden - 舞台女優)である。
<TV ドラマ版>
サミュエル・ラチェットと言う偽名を使用していたランフランコ・カセッティ(Lanfranco Cassetti)の処刑を指揮したのは、キャロライン・ハバード夫人ではなく、ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人(Princess Natalia Dragomiroff - フランスに帰化したロシア人で、亡命貴族の老婦人)に変更されている。
(25)
<原作>
エレナ・マリア・アンドレニ伯爵夫人(Countess Elena Maria Andrenyi - ハンガリー人で、外交官であるルドルフ・アンドレニ伯爵(Count Rudolf Andrenyi)の妻)の旧姓は、「エレナ・マリア・ゴールデンベルク(Elena Maria Goldenberg)」になっていた。
<TV ドラマ版>
エレナ・マリア・アンドレニ伯爵夫人の旧姓は、「エレナ・ウォーターストーン(Elena Waterstone / Wasserstein)」に変更されている。
(26)
<原作>
アントニオ・フォスカレリ(Antonio Foscarelli - 米国に帰化したイタリア人で、自動車のセールスマン)の正体は、アームストロング家の運転手であった。
<TV ドラマ版>
アントニオ・フォスカレリの正体は、アームストロング家の運転手であったことに加えて、アームストロング家のメイドだった車掌ピエール・ミシェルの娘の恋人だったと言う設定が追加されている。原作の場合、車掌ピエール・ミシェルの娘の恋人だった人物は、アームストロング家の庭師だったサイラス・ハードマンである。
(27)
<原作>
アームストロング家のメイドだった車掌ピエール・ミシェル(Pierre Michel - フランス人)の娘の名前については、特に言及されていない。
<TV ドラマ版>
アームストロング家のメイドだった車掌ピエール・ミシェルの娘の名前に関して、「フランソワーズ(Francoise)」と言う具体的な名前が与えられている。
(28)
<原作>
コンスタンティン博士は、イスタンブール発カレー行き車輌ではなく、アテネ(Athens)発パリ(Paris)行き車輌の乗客で、ポワロとブック氏の捜査に協力する人物であった。従って、サミュエル・ラチェットの殺害犯の一人ではない。
<TV ドラマ版>
サイラス・ハードマンが登場しない関係上、コンスタンティン博士も、サミュエル・ラチェットの処刑を執行するメンバーの一人になっている。また、アームストロング家の担当医だったと言う設定も追加されている。
(29)
<原作>
ヘクター・マックイーン(Hector MacQueen - 米国人で、サミュエル・ラチェットの秘書)が仕込んだ睡眠薬により、サミュエル・ラチェットが完全に眠り込んだ状態で、12人の乗客と車掌のピエール・ミシェルによる処刑執行が行われる。
<TV ドラマ版>
ヘクター・マックイーンが仕込んだ薬により、サミュエル・ラチェットは、身体の自由が効かないものの、意識がまだある状態で、12人の乗客と車掌のピエール・ミシェルによる処刑執行が行われる。
その際、ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人が、サミュエル・ラチェットの枕元に座り、「I could tell you who we are. But all you need to know is that the people that you killed are all in heaven, Mr. Cassetti, while you are going to hell. That baby must have been so scared when you killed her. Did you not think that we would not search the world to get justice for those good people that we loved ?」と言う非常に冷酷な死刑宣告を淡々と行っている。
(30)
<原作>
12人の乗客と車掌のピエール・ミシェルによるサミュエル・ラチェットの処刑執行の順番については、明確には言及されていない。
<TV ドラマ版>
12人の乗客と車掌のピエール・ミシェルによるサミュエル・ラチェットの処刑執行の順番に関しては、以下の通り。
*メアリー・デベナム(Mary Hermione Debenham - 英国人で、家庭教師)
*ヘクター・マックイーン
*ジョン・アーバスノット大佐(Colonel John Arbuthnot - 英国人で、軍人)
*グレタ・オルソン(Greta Ohisson - スウェーデン人で、信仰心の強い女性)
*ヒルデガード・シュミット(Hildegarde Schmidt - ドイツ人で、ドラゴミロフ公爵夫人に仕える女中)
*アントニオ・フォスカレリ
*ルドルフ・アンドレニ伯爵
*エドワード・マスターマン(Edward Masterman - 英国人で、サミュエル・ラチェットの執事)
*コンスタンティン博士
*ピエール・ミシェル
*キャロライン・ハバード夫人
*ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人
なお、エレナ・マリア・アンドレニ伯爵夫人は、赤い着物を羽織り、ポワロの部屋を突然ノックして、彼の安眠を妨害すると、立ち去ると言う別の役割を果たしている関係上、サミュエル・ラチェットの処刑執行自体には、参加していない。
(31)
<原作>
米国において、サミュエル・ラチェットこと、カセッティが、デイジー・アームストロング(Daisy Armstrong)を誘拐の上、殺害した事件、また、オリエント急行内において、カセッティ自身が刺殺された事件について、具体的な年月日は、言及されていない。
<TV ドラマ版>
米国において、サミュエル・ラチェットこと、ランフランコ・カセッティが、デイジー・アームストロングを誘拐の上、殺害した事件については、1933年、そして、オリエント急行内において、ランフランコ・カセッティ自身が刺殺された事件に関しては、その5年後の1938年と設定されている。
(32)
<原作>
ポワロは、ベルギー時代からの友人で、国際寝台車会社の重役ブック氏に対して、サミュエル・ラチェットを刺殺した犯人について、2種類の解決策を提示した上で、ブック氏に最終判断を委ねた。
ブック氏は、マフィアの殺し屋説を選択し、コンスタンティン博士も、それを支持する。
それを受けて、ポワロは、「Then, having placed my solution before you, I have the honour to retire from the case …」と答え、特に異論を呈していない。
<TV ドラマ版>
ポワロは、12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルがサミュエル・ラチェットの殺害犯人であることが真相だと唱えると、彼らに対して、厳しい糾弾と非難を行う。
そして、ポワロは、キャロライン・ハバード夫人(本名:リンダ・アーデン)、ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人やメアリー・デベナム達と、「法と正義」について、激しく対立する。
また、ポワロは、グレタ・オルソンと、「宗教」に関しても、言い争いになった。
更に、友人であるブック氏も、12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルに肩入れして、「we can present the conductor’s uniform to the police in Brod, and let these people go free !」と主張したため、ポワロは、孤立無援の状態に陥る。
ジョン・アーバスノット大佐までが、銃を取り出して、ポワロを殺そうとしたが、恋人であるメアリー・デベナムが、「If we kill him, we will have become like gangsters, just protecting ourselves.」と言って、止めに入った。
(33)
<TV ドラマ版>
電気がショートし、列車内の暖房が停止した結果、牢獄を思わせるような寒さと闇の中において、ポワロは、ユーゴスラヴィア警察(Yugoslavian police)に対して提示する最終結論を決めるに際して、法と正義の板挟みとなり、遂には、神に縋る事態へと
陥った。
<原作>
原作の場合、TV ドラマ版のような深刻な展開にはなっていない。
(34)
<原作>
サミュエル・ラチェットこと、カセッティが、海外へと持ち逃げして、常時携帯していたデイジー・アームストロングの身代金について、その後、どうなったかについては、言及されていない。
<TV ドラマ版>
洗面台の水も凍ってしまった翌朝、メアリー・デベナムがポワロの元へ紅茶を運んで来た際、「One thing you didn’t solve was where we hid the money.」と告げると、ポワロは、「Non. But I think the Princess put on much weight from one day to the next.」と答え、その謎は解決済であることを告げる。そして、ヒルデガード・シュミットが、ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人の服の裾に、サミュエル・ラチェットこと、ランフランコ・カセッティが携えていたデイジー・アームストロングの身代金を入れて、縫い付けている場面が挿入される。メアリー・デベナムは、ポワロに対して、「アームストロング信託(Armstrong trust)に入金することになっています。」と付け加える。
(35)
<原作>
原作の場合、ポワロによる「Then, having placed my solution before you, I have the honour to retire from the case …」と言うセリフで、物語は終わりを迎えており、ユーゴスラヴィア警察が到着する場面までは、描かれていない。
<TV ドラマ版>
ユーゴスラヴィア警察が到着するが、ポワロは、自分の部屋で、ロザリオを持って、まだ悩んでいた。逡巡の末、雪が降りしきる中、ポワロが外へ出て来る。そして、外に立ち竦む12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルの横を通り過ぎて、ユーゴスラヴィア警察の元へと向かった。
ブック氏から紹介を受けたユーゴスラヴィア警察の Captaine Djavidatza に対して、ポワロは、話し掛ける。
「Captaine Djavidatza … I have here the uniform, Captaine.」
12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルは、ポワロの様子を見守っている。
「And in committing of the murder he left behind a button.」
このポワロのセリフを以って、物語の冒頭から彼が主張していた「法と正義」が遂に屈服してしまったことが判明するが、彼を見守っている12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルは、状況をまだ判っていない。
ポワロが振り向くと、メアリー・デベナムと目が合った。ポワロの視線は、何も伝えていないので、ポワロがユーゴスラヴィア警察に対してどのような説明を行ったのか、彼女には不明だった。
視線を元に戻したポワロは、12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルの方へは戻らないで、ユーゴスラヴィア警察の横を通り過ぎると、更に先へと進んで行った。歩き去るポワロは、左手でポケットからロザリオを取り出すと、目に溢れる涙を堪えるのであった。自分の絶対的な「法と正義」を捻じ曲げてしまったポワロは、神に対して、赦しを求めているのだろうか?
如何に被害者のサミュエル・ラチェットこと、ランフランコ・カセッティがデイジー・アームストロングを誘拐の上、無慈悲に殺害した劣悪な人物だったとしても、12人の乗客と車掌ピエール・ミシェルのために、自分の絶対的な「法と正義」を屈服させてしまったポワロは、次の第65話「複数の時計(The Clocks)」から復活し、第66話「象は忘れない(Elephants Can Remember)」において、自分の「法と正義」を実践する。更に、ポワロは、第68話「死者のあやまち(Dead Man’s Folly → 2023年3月25日 / 3月28日 / 3月31日付ブログで紹介済)」の終盤において、自分の絶対的な「法と正義」を炸裂させると、最終話に該る第70話「カーテン:ポワロ最後の事件(Curtain: Poirot’s Last Case)」へと繋がっていくのである。
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