英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ 「杉の柩」のペーパーバック版表紙 |
アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1940年に発表したエルキュール・ポワロシリーズ作品「杉の柩(Sad Cypress)」の原題の由来について、今回、紹介したい。
なお、本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第27作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第18作目に該っている。
「杉の柩」の原題である「Sad Cypress」は、イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年 → 2023年5月19日付ブログで紹介済)作の喜劇「十二夜(Twelfth Night, or What You Will → 2023年6月9日付ブログで紹介済)」(1601年 / 1602年頃)の第2幕第4場に出てくる歌詞が由来となっている。
なお、「十二夜」の副題は、「御意のままに」となっている。
Come away, come away, death,
And in sad cypress let me be laid;
Fly away, fly away, breath;
I am slain by a fair cruel maid.
My shroud of white, stuck all with yew,
O, prepare it!
My part of death, no one so true
Did share it.
來をれ、最期《いまは》よ、來をるなら、來をれ、
杉の柩に埋めてくりゃれ。
絶えよ、此息、絶えるなら、絶えろ、
むごいあの兒に殺されまする。
縫うてたもれよ白かたびらを、
縫ひ目~に水松《いちゐ》を挿して。
又とあるまい此思ひ死。
(坪内逍遥訳)
ナショナルポートレートギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ウィリアム・シェイクスピアの肖像画の葉書 (Associated with John Taylor / 1610年頃 / Oil on panel 552 mm x 438 mm) |
アガサ・クリスティーの原作の場合、婚約中のエリノア・カーライル(Elinor Carlisle)とロデリック・ウェルマン(Roderick Welman)の2人が、見舞いのため、ハンターベリー(Hunterbury)の屋敷を訪れた際、エリノアの叔母で、金持ちの未亡人であるローラ・ウェルマン(Mrs. Laura Welman)が、寝たきりのベッドの中で、上記の歌詞を唱えている。
「Sad Cypress」を直訳すると、「悲しいイトスギ / セイヨウヒノキ」となるが、日本の小説家 / 評論家 / 翻訳家 / 劇作家である坪内逍遥(1859年ー1935年)や日本の英文学者 / 演劇評論家である小田島雄志(1930年ー)が「杉の柩」と訳したため、アガサ・クリスティー作「Sad Cypress」の日本語タイトルについても、「杉の柩」で定着したものと言われている。
ウィリアム・シェイクスピア作「十二夜」の歌詞は、届かない片想いへの嘆きを表しており、アガサ・クリスティー作「杉の柩」の場合、ウェルマン家の門番の美しい娘であるメアリー・ジェラード(Mary Gerrard)に心を奪われて、気持ちが離れていってしまったロデリック・ウェルマンに対するエリノア・カーライルの嘆きを重ね合わせているのではないかと思われる。
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