2026年7月10日金曜日

ロンドン クリフォーズイン(Clifford’s Inn)- その2

1912年に結婚したヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が
移り住んだフラット「クリフォーズイン」の玄関を北側から見たところ
<筆者撮影>

1912年8月10日に結婚した英国の小説家 / 評論家であるヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf / 本名:アデリーン・ヴァージニア・スティーブン(Adeline Virginia Stephen):1882年ー1941年 / 英国の小説家 / 評論家)レナード・シドニー・ウルフ(Leonard Sidney Woolf:1880年ー1969年 / 英国の作家 / 出版業者 / 公務員の2人は、南フランス / スペイン / イタリアへの新婚旅行から戻って来た後、クリフォーズイン(Clifford’s Inn)と言うフラットへ移り住んだ。


ナショナルポートレイトギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売
されている
ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書
(by George Charles Beresford / 1902年7月 /
platinum print / 152 mm x 108 mm)


妻となったヴァージニア・ウルフは、子供を欲しがったが、夫のレナード・シドニー・ウルフは、以下の理由から、2人の間い子供を持つことを良しとはしなかった。


1912年に結婚したヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が
移り住んだフラット「クリフォーズイン」の建物を南側から見上げたところ
<筆者撮影>


<理由(その1)>

1895年(ヴァージニア・ウルフが13歳の時)に、母親で、初代准男爵サー・エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ(Sir Edward Coley Burne-Jones, 1st Baronet:1833年ー1898年 → 2018年6月3日 / 6月10日 / 6月17日付ブログで紹介済)等の「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)」(正確には、「ラファエロ以前兄弟団」)のモデルとして知られている母ジュリア・プリンセップ・ジャクスン(Julia Prinsep Jackson:1846年ー1895年)が48歳で急死し、1897年(ヴァージニア・ウルフが15歳の時)に、異父姉ステラ(Stella:1869年ー1897年)が亡くなったことに伴い、彼女は最初の神経衰弱を発病。

1904年(ヴァージニア・ウルフが22歳の時)に、父親で、英国の著名な批評家 / 歴史家である父サー・レスリー・スティーヴン(Leslie Stephen:1832年ー1904年)が72歳で亡くなり、彼女は2度目の神経衰弱に陥った。

1906年(ヴァージニア・ウルフが24歳の時)の秋、兄(長男)のトビー(Thoby:1880年ー1906年)がギリシア / トルコ旅行へ出かけた際、腸チフス(typhoid fever)に罹患し、同年11月20日に、26歳の若さで急死したため、彼女の精神状態はまた不安定になり、そう言った状況が続いている。


1912年に結婚したヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が
移り住んだフラット「クリフォーズイン」の玄関を南側から見たところ
<筆者撮影>


<理由(その2)>

ヴァージニア・ウルフは、母親になる(=子供を産んで育てる)には、精神的に強くなく、子供を持った場合、彼女の精神状態は更に悪化すると懸念。


1912年に結婚したヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が
移り住んだフラット「クリフォーズイン」の建物を北側から見上げたところ
<筆者撮影>


一方、ヴァージニア・ウルフは、レナード・シドニー・ウルフと結婚する前に、彼女の最初の長編小説となる「船出(The Voyage Out)」を概ね完成させていたが、結婚後の1912年12月から1913年3月にかけて、大幅な改稿を行った。

同作品は、彼女の異父兄であるジェラルド・ダックワース(Gerald Duckworth:1870年-1937年)が興した出版社(Gerald Duckworth and Company Ltd. - 1898年設立)から1915年3月26日に刊行されることになるが、上記の大幅な改稿が、肉体的にも、精神的にも、彼女を極度の消耗状態へと追い込んだ。

その結果、彼女は何度も神経衰弱に陥り、1913年9月9日には、睡眠薬のヴェロナール(veronal)の過剰摂取により、自殺を試みたが、なんとか一命をとりとめた。


フラット「クリフォーズイン」の玄関左側の壁には、
「ヴァージニア・ウルフとレナード・ウルフの2人が、1912年から1913年までの間、
この建物に住んでいた」ことを示すプラークが掛けられている。
<筆者撮影>


フラット「クリフォーズイン」の玄関左側の壁に、「ヴァージニア・ウルフ(1882年ー1941年)とレナード・ウルフ(1880年ー1969年)の2人が、1912年から1913年までの間、この建物に住んでいた」ことを示す Virginia Woolf Society of Great Britain のプラークが掛けられている。


                                       

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