スコットランドヤードのダーモット・クラドック主任警部は、事件捜査のため、 ハムステッドヒース近くに建つキーツハウスの前で、 モデルの写真撮影をしていた女流写真家のマーゴット・ベンスの元を訪れる。 |
アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1962年に発表したミス・マープルシリーズ作品の「鏡は横にひび割れて(Mirror Crack’d from Side to Side)」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第53作目に該り、ミス・マープルシリーズの長編のうち、第8作目に該っている。
ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)が描く ミス・マープルシリーズの長編第8作目である 「鏡は横にひび割れて」の一場面 |
同作品の場合、気管支炎に罹患して、身体がひどく衰弱したミス・マープルのことを心配したヘイドック医師(Dr. Haydock → 2024年8月18日付ブログで紹介済)の進言もあり、甥のレイモンド・ウェスト(Raymond West → 2024年8月12日付ブログで紹介済)が手配したミス・ナイト(Miss Knight)が、ミス・マープルに対して、付き添いの介護をしているところから、物語が始まる。
ミス・ナイトに加えて、セントメアリーミード村(St. Mary Mead)の新住宅地へ、夫のジム・ベイカー(Jim Baker)と一緒に引っ越して来たのが、チェリー・ベイカー(Cherry Baker → 2024年8月10日付ブログで紹介済)が、通いのメイドとして働いている。チェリー・ベイカーが、ミス・マープルのコテージ内の清掃を、また、彼女の夫のジム・ベイカーが、その他諸々の雑事を担当する。
そんな彼らの監視下をなんとか逃れたミス・マープルは、セントメアリーミード村内を散歩中に転んでしまうが、新住宅地の住民で、セントジョン野戦病院協会(St. John Ambulance)の幹事を務めるヘザー・バドコック(Mrs. Heather Badcock)に助けてもらった。
二人で紅茶を飲んでいる最中、ミス・マープルは、バドコック夫人から、「ゴシントンホール(Gossington Hall - ミス・マープルの親友であるドリー・バントリー(Dolly Bantry → 2024年8月14日付ブログで紹介済)が所有していた邸宅)」を購入して、最近、セントメアリーミード村に引っ越して来た米国の映画女優であるマリーナ・グレッグ(Marina Gregg)に、以前、会ったことがある。」という話を聞かされた。
セントメアリーミード村に引っ越して来たマリーナ・グレッグと彼女の夫で、映画監督であるジェイスン・ラッド(Jason Rudd)は、セントジョン野戦病院協会支援のためのパーティーを開催する。
そのパーティーには、以下の人物が招待されていた。
(1)バントリー夫人
(2)ローラ・ブルースター(Lola Brewster - 米国の映画女優で、マリーナの元夫と結婚)
(3)アードウィック・フェン(Ardwyck Fenn - マリーナの友人で、以前、マリーナと交際していた過去がある)
(4)ヘザー・バドコック
(5)アーサー・バドコック(Arthur Badcock - ヘザーの夫)
パーティーの席上、バドコック夫人は、マリーナを捕まえると、長い昔話を始めた。
バドコック夫人によると、数年前にマリーナがバミューダ(Bermuda)を訪れた際、当時そこで働いていた自分と会ったことがある、とのことだった。その時、バドコック夫人は病気だったが、マリーナの大ファンだったため、病床を推して、マリーナに会いに行き、彼女からサインをもらったと言う。
バドコック夫人とマリーナの二人の会話を近くで聞いていたバントリー夫人は、バドコック夫人が話している間、マリーナが非常に奇妙な表情を浮かべていたことに気付いた。
そうこうしていると、バドコック夫人が突然倒れて、死亡してしまったのである。
スコットランドヤードのダーモット・クラドック主任警部(Chief Inspector Dermot Craddock)/ ウィリアム・ティドラー部長刑事(Sergeant William Tiddler)、そして、地元警察のフランク・コーニッシュ警部(Inspector Frank Cornish)が捜査を担当する。
検死解剖の結果、バドコック夫人の死因は、推奨量の6倍もの精神安定剤を摂取したことによるもので、その精神安定剤は、マリーナが持っていたダイキリ(daiquiri)のグラス内に混入されており、自分の飲み物をこぼしたバドコック夫人に対して、マリーナがそのグラスを手渡したのであった。
ということは、実際には、マリーナ・グレッグの命が狙われていて、バドコック夫人は、その巻き添えに会ったということなのか?
スコットランドヤードのダーモット・クラドック主任警部は、セントジョン野戦病院協会支援パーティーに出席していた人物を訪ねるため、セントメアリーミード村からロンドンへと出かけている。
今回、ダーモット・クラドック主任警部による捜査の過程で出てきたロンドンの地名について、紹介したい。
ダーモット・クラドック主任警部は、新聞記者であるドナルド・マックニールに会った後、
(1)ローラ・ブルースター
(2)アードウィック・フェン
(3)マーゴット・ベンス(Margot Bence:女流写真家)
の元を順に訪れている。
(1)
ローラ・ブルースターは、サヴォイホテル(Savoy Hotel)の800号室に宿泊していた。
サヴォイホテルの正面玄関(その1) |
サヴォイホテルの正面玄関(その2) |
サヴォイホテルは実在のホテルで、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)内にあり、トラファルガースクエア(Trafalgar Square)からロンドンの経済活動の中心地であるシティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)に向かって東に延びるストランド通り(Strand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)沿いに建っている。
(2)
アードウィック・フェンは、ドーチェスターホテル(Dorchester Hotel)2階の190号室に宿泊していた。
ドーチェスターホテルについては、別途、個別に紹介する予定。
パークレーンの反対側から、ドーチェスターホテルを望む |
ドーチェスターホテルは、シティー・オブ・ウェストミンスター区のメイフェア地区(Mayfair)内にあり、パークレーン(Park Lane)沿いに建っている。
(3)
マーゴット・ベンスは、トッテナムコートロード(Tottenham Court Road → 2014年12月27日 / 2015年8月15日付ブログで紹介済)から横に入った袋小路(具体的な場所は不明)に、写真スタジオを持っていた。
トッテナムコートロードの南側を望む |
トッテナムコートロードの北側を望む |
トッテナムコートロードは、ロンドンのブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にある。南側は、東西に走るオックスフォードストリート(Oxford Street → 2016年5月28日付ブログで紹介済)と南北に延びるチャリングクロスロード(Charing Cross Road)が交差するところから始まり、北側は東西に走るユーストンロード(Euston Road)で終わる通りで、シティー・オブ・ウェストミンスター区とロンドン・カムデン特別区(London Borough of Camden)の境界付近にある。現状、南側から北側へ向かう一方通行の通りとなっている。
ダーモット・クラドック主任警部がマーゴット・ベンスのスタジオを訪ねた際、写真撮影のため、彼女は不在だった。
スタジオに居た彼女のマネージャーであるジョニー・ジョスローが、ダーモット・クラドック主任警部を車に乗せて、トッテナムコートロードを出発すると、カムデンタウン(Camden Town)経由、ハムステッドヒース(Hampstead Heath → 2015年4月25日付ブログで紹介済)の近くにあるキーツハウス(Keats House → 2018年10月7日 / 10月14日付ブログで紹介済)の前にモデルを立たせ、写真撮影をしていたマーゴット・ベンスの元へと案内してくれたのである。
キーツハウス内の庭園から見たキーツハウスの全景 |
キーツハウスは、英国のロマン主義の詩人であるジョン・キーツ(John Keats:1795年ー1821年)が住んでいた家で、現在、博物館として一般に公開されている。
英国の出版社である Faber & Faber Ltd. から 2016年に出版されている 「ジョン・キーツ詩集」の表紙 (Series design by Faber / Illustration by Angela Harding) |
なお、キーツハウスは、ロンドン・カムデン特別区の高級住宅街ハムステッド地区(Hampstead→2018年8月26日付ブログで紹介済)内に所在している。
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