2024年2月10日土曜日

アガサ・クリスティーのトランプ(Agatha Christie - Playing Cards)- その9

英国の Laurence King Publishing Group Ltd. より、昨年(2023年)に発行されたアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)をテーマにしたトランプの各カードについて、引き続き、紹介したい。


(29)8 ♠️「ジェイムズ・ハロルド・ジャップ警部(Inspector James Harold Japp)」



ジェイムズ・ハロルド・ジャップは、スコットランドヤードの警察官で、初登場作品は、「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles → 2023年12月3日 / 12月6日付ブログで紹介済)」(1920年)。初登場時は、警部(Inspector)だったが、後に、主任警部(Chief Inspector)に昇任している。


「スタイルズ荘の怪事件」によると、ジェイムズ・ハロルド・ジャップは、ベルギー警察時代のエルキュール・ポワロ と一緒に、アバークロンビー偽造事件(Abercrombie forgery - 1904年)やアルタラ男爵(Baron Altara)の事件を捜査したことがあると言及されている。


ジェイムズ・ハロルド・ジャップは、頑固で意固地な性格であるため、真相究明と言う点では、ポワロは彼に不満を感じているものの、警察官としての手腕については、高く評価している。彼の方も、ポワロに数々の事件捜査をサポートしてもらっているため、好意的な態度を示している。


ジェイムズ・ハロルド・ジャップには、ウェールズ(Wales)出身の妻が居る。また、草花を愛する一面があり、学名で野草を識別できる程である。


ジェイムズ・ハロルド・ジャップには、「スタイルズ荘の怪事件」、「ABC 殺人事件(The ABC Murders)」(1936年)や「愛国殺人(One, Two, Buckle My Shoe)」(1940年)等、7本の長編作品と13本の短編作品に登場する。

また、彼は、トミー(Tommy)とタペンス(Tuppence)シリーズの第1作目に該流「秘密機関(The Secret Adversary)」(1922年)において、名前だけ登場している。


(30)8 ❤️留め金付きの靴(Buckled Shoe)」



留め金付きの靴は、長編「愛国殺人(→英国での原題は、「One, Two, Buckle My Shoe」(いち、にい、私の靴の留め金を締めて)であるが、日本でのタイトルは米国版「The Patriotic Murders」をベースにしている)」(1940年)において、歯科医ヘンリー・モーリー(Henry Morley)の診療を終えて、建物の外に出たエルキュール・ポワロがすれ違った女性の患者が履いていたものである。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第28作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第19作目に該っている。


英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ
「愛国殺人」のペーパーバック版の表紙

「愛国殺人」は、ポワロがクイーンシャーロットストリート58番地(58 Queen Charlotte Street)にある歯科医ヘンリー・モーリーの待合室に居るところから、物語が始まる。


流石の名探偵ポワロであっても、半年に一回の定期検診のために、歯科医の待合室で診療を待つのは、自分の自尊心を大いに傷つけられるのであった。ようやく診療を終えて、建物の外に出たポワロは、そこで女性の患者とすれ違った際、彼女が落とした靴の留め金(バックル)を拾って渡した。そして、フラットに戻ったポワロを待っていたのは、ついさっき自分を診療したモーリー歯科医が診療室で拳銃自殺をしたとのスコットランドヤードのジャップ主任警部からの連絡であった。


ポワロの後に、モーリー歯科医の待合室にやって来た患者は、以下の3名であることが判る。


*マーティン・アリステア・ブラント(Martin Alistair Blunt)/銀行頭取

*アムバライオティス氏(Mr Amberiotis)/インドから帰国したばかりのギリシア人→モーリー歯科医の患者で、元内務省官僚のレジナルド・バーンズ(Reginald Barnes)は、アムバライオティスがスパイである上に、恐喝者だとポワロに告げる。

*メイベル・セインズベリー・シール(Mabelle Sainsbury Seale)/アムバライオティス氏と同じく、インド帰りの元女優


モーリー歯科医の死が自殺ではなく、他殺の可能性もあると考えて、捜査を開始したポワロであったが、その後、アムバライオティス氏が歯科医が使用する麻酔剤の過剰投与により死亡しているのが発見される。モーリー歯科医は、アムバライオティス氏の診療ミス(=注射する薬品量の間違い)を苦にして、拳銃自殺を遂げたのだろうか?


続いて、メイベル・セインズベリー・シールが行方不明となり、アルバート・チャップマン夫人(Mrs Albert Chapman)という女性のフラットにおいて、彼女の死体が発見される、しかも、彼女の顔は見分けがつかない程の有り様だった。チャップマン夫人がメイベル・セインズベリー・シールを殺害の上、逃亡したのだろうか?ところが、モーリー歯科医の診療記録によると、発見された死体はメイベル・セインズベリー・シールではなく、チャップマン夫人であることが判明する。


ポワロが診療を終えて去った後、モーリー歯科医の診療室において、一体何があったのであろうか?ポワロの灰色の脳細胞がフル回転し始める。


(31)8 ♣️「銃(Gun)」



アガサ・クリスティーの全作品を通して、銃は、短剣や毒薬等を含め、凶器として、頻繁に使用されている。


アガサ・クリスティーの作品において、銃が凶器として使用される主な作品は、以下の通り。


*長編「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」(1930年)

*長編「ナイルに死す(Death on the Nile)」(1937年)

*長編「そして誰もいなくなった(And Then There Were None)」(1939年)

*長編「ホロー荘の殺人(The Hollow)」(1946年)

*長編「予告殺人(A Murder is Announced)」(1950年)

*長編「魔術の殺人(They Do It with Mirrors)」(1952年)

*長編「鳩のなかの猫(Cat Among the Pigeons)」(1959年)


(32)8 ♦️「メソポタミヤの黄金杯(Mesopotamian Gold Cup)」



メソポタミヤの黄金杯は、長編「メソポタミヤの殺人(Murder in Mesopotamia → 2020年11月8日付ブログで紹介済)」(1936年)において、米国人考古学者のエリック・ライドナー博士(Dr. Eric Leidner)が率いる発掘調査隊が発掘した調度品である。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第19作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第12作目に該っている。


英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ
「メソポタミヤの殺人」のペーパーバック版の表紙

「メソポタミヤの殺人」は、バグダッドでの仕事を終えた英国人看護婦のエイミー・レザラン(Amy Leatheran)が、イラクの遺跡発掘調査隊を率いる米国人考古学者のエリック・ライドナー博士に雇われ、彼の妻であるルイーズ・ライドナー(Louise Leidner)の付き添いをすることになったところから、物語が始まる。そのため、エイミーは、古代メソポタミヤの地、チグリス河岸にあるテル・ヤリミヤ(Tell Yarimjah)遺跡の発掘調査隊宿舎へとやって来た。


発掘調査隊宿舎に到着したエイミーは、ルイーズ・ライドナーから、ピッツタウン大学イラク調査隊のメンバーを紹介される。ルイーズは、40歳近くの魅力的で美しい女性であったが、神経衰弱により、ノイローゼになる位に怯えていたのである。


発掘調査隊宿舎に着いて1週間が経過し、エイミーのことを信頼したルイーズは、彼女に対して、「自分は、もうすぐ殺されてしまうかもしれない。」と打ち明ける。

ルイーズによると、第一次世界大戦(1914年ー1918年)中の20歳の時に、フレデリック・ボスナー(Frederick Bosner)と最初の結婚をした。フレデリックは米国政府で働いていたが、ルイーズは、夫のフレデリックが実際にはドイツのスパイであることに気付き、陸軍省に勤めていた父親に通報した。その結果、フレデリックは、米国政府によって逮捕されてしまう。そして、ルイーズは、夫のフレデリックがドイツのスパイとして、米国政府により処刑されたものと思っていた。


ところが、後にルイーズが他の男性と親しくなると、夫のフレデリックの名前で、「その相手と直ぐに別れろ。」と迫る脅迫状が届くようになる。驚くルイーズに対して、父親は真相を話す。ルイーズの夫フレデリックは、米国政府により逮捕されたものの、処刑前に脱走を図った後、列車の転覆事故に巻き込まれて、死亡したことになっていた。ただ、遺体の損傷が激しかったため、間違いなく、遺体がフレデリック本人であるとは断言できなかったのである。


その後も、ルイーズが新しい男性と親しくなる度に、夫のフレデリックの名前で、脅迫状が舞い込んだ。ところが、ルイーズがエリック・ライドナー博士と出会って結婚するまでの間、脅迫状は届かなかった。しかしながら、二人の結婚後、夫のフレデリックの名前で、「命令に背いたお前を殺す。」と書かれた脅迫状が再び届き、その直後、ルイーズとエリックの二人は、自宅において、危うくガス中毒で殺されかけたのである。そのため、二人は、イラクで発掘調査をする時以外も、海外で暮らし始めると、それから2年間、脅迫状はぱたりと止んだ。


しかし、今年の発掘調査が始まると、3週間前に、「お前の命は、風前の灯だ。」と、そして、1週間前には、「俺は、遂にやって来たぞ。」と書かれた脅迫状がまた届いたため、ルイーズは、恐怖に怯えていたのである。

ただ、脅迫状に書かれた筆跡が、ルイーズのものによく似ていたため、夫のエリックとエイミーの二人は、ルイーズが自分で自分宛に脅迫状を書いているのではないかと疑う。


翌日の午後、昼寝の床に就いたルイーズが自室の床の上で死んでいるのを、夫のエリックが発見した。何か重いものによる右のこめかみへの一撃が、彼女の死因だった。ところが、ルイーズの部屋の窓は、内側から鍵がかかっている上に、室内から凶器らしきものは、全く見つからなかった。

事件発生当時、ルイーズの部屋の前の中庭では、現地の少年が発掘された土器を洗っており、彼女の部屋には、誰も出入りしなかったと証言する。更に、中庭へと通じる宿舎の入口には、現地雇いの使用人達が集まって、雑談に興じており、見知らぬ外部の人間が宿舎内へと侵入することは、不可能だった。

つまり、ルイーズを殺害した犯人は、発掘調査隊のメンバーの中に居ると思われた。


折しも、シリアからバグダッドへと向かう途中、この辺りを通りかかったエルキュール・ポワロは、自分達の手には負えないと判断した地元の警察署長から要請され、事件の調査を引き受けるのであった。


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