2022年11月19日土曜日

アガサ・クリスティー作「青列車の秘密」<小説版>(The Mystery of the Blue Train by Agatha Christie

英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作「青列車の秘密」のペーパーバック版の表紙

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1928年に発表した「青列車の秘密(The Mystery of the Blue Train)」は、彼女が執筆した長編としては第8作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては第5作目に該っている。


1928年6月、フランスのパリにおいて、米国の大富豪であるルーファス・ヴァン・オールディン(Rufus Van Aldin)は、ロシア人の外交官から、悲劇と暴力の長い歴史に彩られた「炎の心臓(Heart of Fire)」と呼ばれる傷一つないルビーを手に入れた。

ルーファス・ヴァン・オールディンが、ロシア人の外交官からルビーを買い取ってから10分も経たないうちに、彼は2人の暴漢に襲われるが、なんとか事なきを得る。実は、2人の暴漢は、「侯爵(Monsieur Le Marquis)」と呼ばれる男が差し向けた手の者だった。この「侯爵」は、国際的な宝石泥棒で、英国人にしては、フランス語を非常に流暢に話すことができた。「侯爵」は、珍しい骨董品ばかりを取り扱うパポポラス(Papopolous)の店を訪れると、「暴漢による襲撃は失敗したが、次の計画は失敗する筈がない。」と豪語するのであった。


ルーファス・ヴァン・オールディンが、法外な値段にもかかわらず、不気味な伝説を伴うルビーを手に入れたのは、彼の人生で唯一愛する娘のルース・ケタリング(Ruth Kettering)のためだった。このルビーで、結婚に失敗した娘の気を紛らわせることができるのであれば、ルーファス・ヴァン・オールディンは、金に糸目を全くつけなかったし、如何なる危険も顧みなかったのである。

ルーファス・ヴァン・オールディンの娘のルースは、将来、レコンバリー卿(Lord Leconbury)となるデリク・ケタリング(Derek Kettering)と結婚していた。ルースと結婚する前のデリク・ケタリングは、派手なギャンブルや出鱈目な生活等で、一家の財産を食い潰してきたが、結婚を機にして、その暮らしぶりを改めるのではないかと思われた。ところが、周囲の期待とは裏腹に、デリク・ケタリングの暮らしぶりが改まることはなく、それに加えて、悪名高いダンサーであるミレーユ(Mirelle)を愛人にしていた。


パリからロンドンへと戻ったルーファス・ヴァン・オールディンは、早速、ルビーを娘のルースにプレゼントするとともに、ろくでなしの夫デリクとの離婚を勧めるのであった。当初、妙に躊躇うそぶりを見せるルースであったが、ルーファス・ヴァン・オールディンは、「デリクは、金目当てに、お前と結婚した」ことをルースに認めさせ、離婚の手続を進めることに同意させた。


ルースは、南フランスのリヴィエラ(Riviera)で冬のシーズンを過ごすため、近いうちに、ロンドンを発つ予定だった。ルーファス・ヴァン・オールディンは、ルースに対して、ルビーをリヴィエラへ持参するリスクは避けて、銀行の貸金庫に保管しておくよう、強く警告する。

しかしながら、残念なことに、ルーファス・ヴァン・オールディンの警告は、無視されることとなった。そして、それが、ルースにとって、悲劇を呼ぶことになる。ルースは、代償として、自分の命を落とすことになるのであった。


愛人のミレーユ(Mirelle)は、デリク・ケタリングに対して、「ルース・ケタリングは、リヴィエラで冬のシーズンを過ごすと言っているが、実際にはパリへ向かう予定で、そこでアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵(Arman, Comte de la Roche)と逢い引きする筈だ!」と話す。10年前、デリクと結婚するまで、ルースが女誑しの悪党であるローシュ伯爵と恋仲だったことを考えると、あり得る話だった。


ミレーユの話を聞いたデリク・ケタリングは、ミレーユのフラットを飛び出すと、ニース(Nice)行き青列車(Blue Train)の寝台を予約した。それは、妻のルースがリヴィエラへ向かう列車で、ミレーユの話が本当であれば、少なくとも、パリまでは乗って行く筈だ。


ニース行きの青列車は、リヴィエラで冬のシーズンを過ごす予定である英国の有閑階級の人達で満席だった。

ルース・ケタリングは、メイドのエイダ・メイスン(Ada Mason)を連れて、青列車に乗車する。父親のルーファス・ヴァン・オールディンに強く警告されたにもかかわらず、リースは、父親からプレゼントされたルビー「炎の心臓」を携えたままであった。


青列車の乗客の中には、英国の有閑階級の人達に初めて加わるキャサリン・グレイ(Katherine Grey)も居た。彼女は、ついこの前まで金持ちの話し相手(コンパニオン)を務めていて、彼女の雇い主が遺してくれた財産を相続したばかりだった。

彼女は、長い間、連絡の途絶えていた従姉妹のレディー・ロザリー・タンプリン(Lady Rosalie Tamplin)から、「数ヶ月間、リヴィエラで一緒に過ごさないか?」と招かれていた。レディー・タンプリンにとって、興味があるのは、自分が相続したばかりの財産だと気付いてはいたが、キャサリン・グレイは、自分に巡ってきた幸運を享受するつもりだった。


昼食をとるために、食堂車へと向かったキャサリン・グレイは、ルース・ケタリングと隣席になる。ルースは、「自分がこれからパリでしようとしている逢い引きについて、無謀だった。」と感じ始めており、キャサリンに対して、自分の気持ちを吐露するのであった。

通常、こういった打ち明け話をした場合、打ち明けた当人は、打ち明けた相手に対して、二度と会いたがらないものだ。実際、ルースは、自室内で夕食を取るようで、食堂車へ赴いたキャサリンは、別の人物と同席することになる。それは、他ならぬエルキュール・ポワロだった。


それ以降、キャサリン・グレイの身辺には、特に何も起きなかったが、青列車がニースに到着すると、彼女は恐ろしい事件に巻き込まれる。

昨日、昼食の席で隣席となったルース・ケタリングが、自室内において、就寝中、何者かによって、首を絞められて殺害された後、激しい一撃で、顔の見分けがつかない程になっているのが発見されたのである。そして、彼女が携えていた「炎の心臓」が紛失していた。

メイドのエイダ・メイスンも、その姿を消していたため、警察は、キャサリン・グレイに対して、身元の確認を依頼するが、顔の判別がつかず、それは難しかった。

そして、その場に居合わせたポワロが、警察に対して、捜査の協力を申し出るのであった。


「青列車の秘密」は、1926年の失踪事件後、アガサ・クリスティーが精神的に不安定な時期に執筆した作品で、既に短編として発表されている「プリマス行き急行列車(The Plymouth Express)」を長編用に焼き直したものとして知られている。

アガサ・クリスティー自身、本作品を全く気に入っておらず、「アガサ・クリスティー自伝」において、「この時が、私にとって、アマチュアからプロへと転じた瞬間であった。プロの重荷を、私は身に付けたのである。それは、書きたくない時にも、書くこと、あまり気に入っていないものでも、書くこと、そして、特によく書けていないものでも、書くことだった。私は、「青列車の秘密」がずーっと嫌で堪らなかったが、書かねばならなかった。そして、私は出版社へ届けた。「青列車の秘密」は、この前の本と同じ位によく売れたのである。そのことで、私は満足しなければならなかった。そうは言っても、あまり自慢できるような話はない。」と回想している。


上記の通り、「青列車の秘密」について、作者であるアガサ・クリスティー本人による評価は、あまり高くないが、実際のところ、「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd → 2022年11月7日付ブログで紹介済)」(1926年)よりも、よく売れたのである。


「青列車の秘密」に登場するキャサリン・グレイは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)に住んでいる設定になっている。

セントメアリーミードとは、アガサ・クリスティーが1930年に発表した「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」において、初登場したミス・ジェイン・マープル(Miss Jane Marple)が住んでいる場所でもある。


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