Alma Books Ltd. から Alma Classics シリーズの一つとして2018年に出版されている ウィルキー・コリンズ作「フローズンディープ」の表紙 (Cover design by nathanburtondesign.com) |
米国ユタ州ソルトレークシティー出身の作家であるサム・シチリアーノ(Sam Siciliano:1947年ー)が2017年に発表した「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 月長石の呪い(The further adventures of Sherlock Holmes / The Moonstone’s Curse → 2022年8月28日付ブログで紹介済)」 がベースにしている推理小説「月長石(The Monnstone)」(1868年)の作者であるウィリアム・ウィルキー・コリンズ(William Wilkie Collins:1824年ー1889年)は、ヴィクトリア朝時代(1837年-1901年)に活躍した英国の小説家 / 推理作家 / 劇作家である。
彼は、1824年にロイヤルアカデミー(Royal Academy)に所属する高名な風景画家であるウィリアム・コリンズ(William Collins)の長男としてロンドンに出生し、父親の名前に因んで、ウィリアム・ウィルキー・コリンズと名付けられるが、名付け親(godfather)であるデイヴィッド・ウィルキー(David Wilkie)からもらったミドルネームを用いて、ウィルキー・コリンズと呼ばれるようになった。
彼の出生後、彼の両親がロンドン市内で何度も引っ越しをしたため、1828年に生まれた4歳下の弟チャールズ・オールストン・コリンズ(Charles Allston Collins)と一緒に、彼らの母親から自宅で初期教育を受けた。また、彼の両親は宗教的に厳格だったため、自分達の子供達に教会への参列を強制したが、彼自身は嫌だったようである。
1836年から1838年に架けて、彼は、家族とともに、イタリア、そして、フランスに移住し、そこでイタリア語とフランス語を学ぶ。
欧州から英国に戻ったウィルキー・コリンズは、私立学校に入学するが、そこでいじめに遭う。就寝前に、いじめっ子から必ず一つ物語を話すように強制された彼は、次第に物語を創作することに喜びを見出していく。
「フローズンディープ」は、 元々、ヴィクトリア朝時代を代表する英国の小説家である チャールズ・ジョン・ハファム・ディケンズ (Charles John Huffam Dickens:1812年ー1870年)による指導の下、 ウィルキー・コリンズが1857年に執筆した劇で、 後に、小説として、 「The Frozen Deep and Other Tales」(1874年)に収録された。 |
父親は彼を牧師にしようとしたが、父親の宗教的な几帳面さや保守的な考えに反発する彼が全く興味を示さないため、諦める。そして、1846年、安定的な収入を願った父親のために、彼はリンカーン法曹院(Lincoln’s Inn → 2017年3月19日付ブログで紹介済)に入り、法学を学び始めた。
しかしながら、彼は紅茶商の見習いとして働いているときも、また、リンカーン法曹院で法学を学んでいる時も、残りの大部分の時間を小説の執筆に費やしていたのである。
1847年に父親が死去すると、ウィルキー・コリンズは「父ウィリアム・コリンズの回想録(Memoirs of the Life of William Collins, Esq., R.A.)」を出版する。これが、彼の処女作に該る。
途中、画家を目指したこともあったが、1850年に彼は処女小説「アントニナ(Antonina)」を発表して、本格的に作家としての道を歩み始める。
その後、彼は法学を修めたものの、実際に法律家として活動したことはないが、後に発表する小説の中で、彼はその時に学んだ法律の知識を活かすことになる。
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