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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」 (クレーヴンストリート36番地)の建物全景 <筆者撮影> |
印刷業で成功を収めた後、政界へ進出したベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin:1706年ー1790年 / 米国の政治家 / 外交官 / 著述家 / 物理学者 / 気象学者)は、英国領北米植民地における待遇改善を要求するため、1757年に、ペンシルヴェニア植民地(Pennsylvania Assembly)により、英国へと派遣される。
彼は、1757年から1775年までの約20年間、現在のシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)内にあるクレーヴンストリート36番地(36 Craven Street)に間借りしていた。
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」の看板 <筆者撮影> |
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」の入口 <筆者撮影> |
チャリングクロス駅(Charing Cross Station → 2014年9月20日付ブログで紹介済)の前を通って東西に延びるストランド通り(Stand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)からテムズ河(River Thames)へ向かい、クレーヴンストリート(Craven Street → 2014年8月3日付ブログで紹介済)が南北に延びている。
クレーヴンストリート36番地の建物は、クレーヴンストリートの東側に、チャリングクロス駅に隣接するように建っている。
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」の外壁には、 ベンジャミン・フランクリンがここに住んでいたことを示すプラークが掛けられている。 <筆者撮影> |
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| ベンジャミン・フランクリンがクレーヴンストリート36番地の建物に住んでいたことを示す プラークのアップ <筆者撮影> |
クレーヴンストリート36番地の建物は、英国の建築家であるヘンリー・フリットクロフト(Henry Flitcroft:1697年ー1729年)により設計された。
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」内の階段(その1) <筆者撮影> |
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」内の階段(その2) <筆者撮影> |
当時、クレーヴンストリート36番地の建物には、マーガレット・スティーヴンスン夫人(Mrs. Margaret Stevenson)と娘のポリー・スティーヴンスン(Polly Stevenson)が所有しており、ベンジャミン・フランクリンは、彼女達から建物の一部を借り受けたのである。
ベンジャミン・フランクリンは、彼女達に対して、年間、100ポンドの家賃を支払っていたと記録されている。
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| ベンジャミン・フランクリンが間借りしていた区画の想像図 <筆者撮影> |
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| ベンジャミン・フランクリンが間借りしていた区画の現在 <筆者撮影> |
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| ベンジャミン・フランクリンが間借りしていた区画の窓から外を見たところ <筆者撮影> |
クレーヴンストリート36番地の建物の地下では、一時、マーガレット・スティーヴンスン夫人の義理の息子であるウィリアム・ヒュースン医師(Dr. William Hewson)が、解剖学の学校を運営していた。
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」の地下の壁にも、 ベンジャミン・フランクリンがここに住んでいたことを示すプラークが掛けられている。 <筆者撮影> |
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| 「ベンジャミン・フランクリンハウス」の中庭から上を見上げたところ <筆者撮影> |
クレーヴンストリート36番地の建物は、修復工事を経て、ベンジャミン・フランクリンの生誕300周年に該る2006年1月17日に、「ベンジャミン・フランクリンハウス(Benjamin Franklin House)」として、一般に公開されている。
なお、クレーヴンストリート36番地の建物は、ベンジャミン・フランクリンが住んでいた家屋のうち、世界中で唯一現存しているものである。














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