2026年2月27日金曜日

ロンドン ベンジャミン・フランクリンハウス / クレーヴンストリート36番地(Benjamin Franklin House / 36 Craven Street)

「ベンジャミン・フランクリンハウス」
(クレーヴンストリート36番地)の建物全景
<筆者撮影>


印刷業で成功を収めた後、政界へ進出したベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin:1706年ー1790年 / 米国の政治家 / 外交官 / 著述家 / 物理学者 / 気象学者)は、英国領北米植民地における待遇改善を要求するため、1757年に、ペンシルヴェニア植民地(Pennsylvania Assembly)により、英国へと派遣される。


ベンジャミン・フランクリンの渡英300周年を記念して、
セントバーソロミュー・ザ・グレイト教会
(The Priory Church of St. Bartholomew the Great →
2026年2月17日 / 2月19日 / 2月22日付ブログで紹介済)
が印刷した冊子
(Painting of from Boston Public Library /
Artist : Joseph-Siffrede Duplessis)


彼は、1757年から1775年までの約20年間、現在のシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)内にあるクレーヴンストリート36番地(36 Craven Street)に間借りしていた。


「ベンジャミン・フランクリンハウス」の看板
<筆者撮影>

「ベンジャミン・フランクリンハウス」の入口
<筆者撮影>


チャリングクロス駅(Charing Cross Station → 2014年9月20日付ブログで紹介済)の前を通って東西に延びるストランド通り(Stand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)からテムズ河(River Thames)へ向かい、クレーヴンストリート(Craven Street → 2014年8月3日付ブログで紹介済)が南北に延びている。

クレーヴンストリート36番地の建物は、クレーヴンストリートの東側に、チャリングクロス駅に隣接するように建っている。


「ベンジャミン・フランクリンハウス」の外壁には、
ベンジャミン・フランクリンがここに住んでいたことを示すプラークが掛けられている。
<筆者撮影>

ベンジャミン・フランクリンがクレーヴンストリート36番地の建物に住んでいたことを示す
プラークのアップ

<筆者撮影>

クレーヴンストリート36番地の建物は、英国の建築家であるヘンリー・フリットクロフト(Henry Flitcroft:1697年ー1729年)により設計された。


「ベンジャミン・フランクリンハウス」内の階段(その1)
<筆者撮影>

「ベンジャミン・フランクリンハウス」内の階段(その2)
<筆者撮影>


当時、クレーヴンストリート36番地の建物には、マーガレット・スティーヴンスン夫人(Mrs. Margaret Stevenson)と娘のポリー・スティーヴンスン(Polly Stevenson)が所有しており、ベンジャミン・フランクリンは、彼女達から建物の一部を借り受けたのである。

ベンジャミン・フランクリンは、彼女達に対して、年間、100ポンドの家賃を支払っていたと記録されている。


ベンジャミン・フランクリンが間借りしていた区画の想像図
<筆者撮影>

ベンジャミン・フランクリンが間借りしていた区画の現在
<筆者撮影>

ベンジャミン・フランクリンが間借りしていた区画の窓から外を見たところ
<筆者撮影>


クレーヴンストリート36番地の建物の地下では、一時、マーガレット・スティーヴンスン夫人の義理の息子であるウィリアム・ヒュースン医師(Dr. William Hewson)が、解剖学の学校を運営していた。


「ベンジャミン・フランクリンハウス」の地下の壁にも、
ベンジャミン・フランクリンがここに住んでいたことを示すプラークが掛けられている。
<筆者撮影>

「ベンジャミン・フランクリンハウス」の中庭から上を見上げたところ
<筆者撮影>


クレーヴンストリート36番地の建物は、修復工事を経て、ベンジャミン・フランクリンの生誕300周年に該る2006年1月17日に、「ベンジャミン・フランクリンハウス(Benjamin Franklin House)」として、一般に公開されている。

なお、クレーヴンストリート36番地の建物は、ベンジャミン・フランクリンが住んでいた家屋のうち、世界中で唯一現存しているものである。


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