| 下から「ホガースの階段」と呼ばれる吹き抜け階段を下から見上げたところ - アーサー・ヘイスティングス中尉と旧友のジョン・キャヴェンティッシュの2人が 上から降りて来る場面が、この角度で撮影されている。 <筆者撮影> |
(1)右側の壁:「善きサマリア人(The Good Samaritan)」(1737年)
サマリア人善意で救命行為を行なっている場面が描かれている。
| 吹き抜け階段の上から見たウィリアム・ホガース作「善きサマリア人」 <筆者撮影> |
(2)左側の壁:「ベテスダの池(The Pool of Bethesda)」(1736年)
万病を治す聖なる池において、病人が傷を癒している場面が描かれている。
| 吹き抜け階段の上から見たウィリアム・ホガース作「ベテスダの池」 <筆者撮影> |
これらの壁画を描いたのは、18世紀の英国画壇を代表する国民的画家のウィリアム・ホガース(William Hogarth:1697年ー1764年 → 2026年1月17日 / 1月29日 / 2月5日付ブログで紹介済)である。
![]() | |
| ナショナルギャラリー(National Gallery)において所蔵 / 展示されている ウィリアム・ホガース作「自画像」(1745年)
|
ウィリアム・ホガースは、1697年11月10日、ラテン語学校の教師であるリチャード・ホガース(Richard Hogarth)と母アン・ギボンズ(Anne Gibbons)の長男として、ロンドンのセントバーソロミュー病院の直ぐ近くのバーソロミュークローズ(Bartholomew Close)に出生。
彼の下には、1699年生まれのメアリー(Mary)と1701年生まれのアン(Ann)の妹2人が 居る。
![]() |
| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から バービカン地区の地図を抜粋。 |
ウィリアム・ホガースが生まれたバーソロミュークローズは、セントバーソロミュー病院の北東に所在する通りで、非常に近接している。
12世紀のイングランド王であるヘンリー1世碩学王(Henry I Beauclerc:1068年頃ー1135年 在位期間:1100年ー1135年)の寵臣ラヒア(Rahere:?ー1144年)が設立したセントバーソロミュー修道院(Priory of St. Bartholomew - 現在のセントバーソロミュー・ザ・グレイト教会(The Priory Church of St. Bartholomew the Great)とセントバーソロミュー病院の両方を含む)は、テューダー朝(House of Tudor)の第2代イングランド王であるヘンリー8世(Henry VIII:1491年ー1547年 在位期間:1509年ー1547年 → 2024年7月26日付ブログで紹介済)による宗教改革の一環として実施した修道院解散(Dissolution of the monasteries:1536年ー1539年)政策に基づき、セントバーソロミュー修道院とセントバーソロミュー病院の2つに分離された。
![]() |
| セントバーソロミュークローズから見たセントバーソロミュー・ザ・グレイト教会 <筆者撮影> |
その後、テューダー朝の第5代かつ最後の君主であるエリザベス1世(Elizabeth I:1533年ー1603年 在位期間:1558年-1603年)により、セントバーソロミュー修道院は、英国国教会の教会へと変えられ、現在、セントバーソロミュー・ザ・グレイト教会として存続しているが、バーソロミュークローズは、この南側に位置している。
バーソロミュークローズの周辺は、再開発が行われて、オフィスやフラット等が立ち並んでいる。











0 件のコメント:
コメントを投稿