2023年3月1日水曜日

ジョン・ディクスン・カー作「嘲る者の座」(The Seat of the Scornful by John Dickson Carr)- その2

大英図書館(British Library)から2022年に出版された
ジョン・ディクスン・カー作「嘲る者の座」の表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science & Society Picture Library)


ホレース・アイアトン(Horace Ireton)は、英国の高等法院(高等裁判所)の判事で、猫が鼠をいたぶるように、冷酷無比に被告人を裁くことで、世間によく知られた法の番人である。

今日も、ホレース・アイアトン判事は、西部地方春期巡回裁判の最終日において、姦通を認めた妻を、怒りの余り、殴り殺してしまった被告ジョン・エドワード・リピアット(John Edward Lypiatt)に対して、絞首刑を宣告したばかりであった。


ホレース・アイアトン判事は、ロンドンのサウスオードリーストリート(South Audley Street)に本宅を、そして、バークシャー州(Berkshire)に別宅を有していたが、毎年、春か夏の終わり頃になると、デヴォン州(Devon)のトーニッシュ(Tawnish)にある海岸沿いのバンガロー「デューン荘(The Dune)」において、数週間を過ごすのが、習慣となっていた。デューン荘は一軒家で、半マイル以内には、他に人家はなく、出歩く人も全く見かけない、非常に静かな場所に所在していた。


ホレース・アイアトン判事は、既に妻を亡くしており、一人娘のコンスタンス・アイアトン(Constance Ireton - 愛称:コニー(Connie))は21歳の年頃になっていた。

ホレース・アイアトン判事としては、娘のコンスタンスに、彼女の幼馴染で、現在、王室弁護士となっているフレデリック・バーロウ(Frederick Barlow - 愛称:フレッド(Fred))との結婚を望んでいたが、彼女が結婚相手として選んだのは、アントニー・モレル(Anthony Morell - 愛称:トニー(Tony))だった。娘のコンスタンスによると、アントニー・モレルは、ロンドンにおいて、ナイトクラブの共同オーナーをしていて、唸る程のお金を有しているとのことだったが、ホレース・アイアトン判事としては、アントニー・モレルに対して、早くも胡散臭さを感じ取っていたのである。


コンスタンスは、父のホレース・アイアトン判事と恋人のアントニー・モレルが話し合う場を設けると、「近所をぶらついてくる。」と言って、デューン荘をあとにした。

アントニー・モレルと2人になると、ホレース・アイアトン判事は、彼の過去の悪行について、いきなり斬り込んだ。


本名は、アントニオ・モレリ(Antonio Morelli)。イタリアのシシリー島生まれで、英国に帰化。

5年前に、アントニオ・モレリは、裕福な有力者の娘シンシア・リー(Cynthia Lee)と密かに婚約。ところが、女性側の熱が冷めたため、アントニオ・モレリは、「約束通り、自分と正式に結婚しなければ、自分が受け取ったスキャンダラスな手紙の束を、君の父親に見せる。」と、女性側を脅迫。逆上したシンシア・リーは、アントニオ・モレリを拳銃で撃とうとしたため、彼女は殺人未遂罪で告発された。

キングストン(Kingston)の巡回裁判において、ホレース・アイアトン判事の友人であるウィス判事(Justice Wythe)が本件を担当し、シンシア・リーの父親の友人であるサー・チャールズ・ホウリー(Sir Charles Hawley)が彼女の弁護を担当。

結果としては、凶器の拳銃が見つからなかったため、殺人未遂罪で告発されたシンシア・リーは、無罪放免となった。


会見を続けたホレース・アイアトン判事とアントニー・モレルは、


(1)ホレース・アイアトン判事は、アントニー・モレルに対して、3千ポンドを現金で支払う。

(2)その対価として、アントニー・モレルは、コンスタンス・アイアトンから手を引き、今後一切、彼女にはつきまとわない。


という条件で合意し、次の会見の日時は、翌日の午後8時、また、場所は、再度、デューン荘と決まった。

1936年4月27日(金)の夕方のことだった。


翌日の4月28日(土)、アントニー・モレルは、ロンドン発の汽車に乗り、トーニッシュには午後8時に着くと、マーケットスクエア(Market Square)において、デューン荘へと向かう海岸道路への道順を尋ねた。

ある証人によると、アントニー・モレルは、午後8時25分に、ホレース・アイアトン判事のバンガローであるデューン荘に到着し、電話交換局の女性によると、午後8時半に、彼は何者かに頭を撃たれて即死することになる。

そして、法の番人であるホレース・アイアトン判事が、彼のバンガローにおいて発生した奇々怪界な殺人事件の唯一の容疑者になるという逆説的な設定で、事件の幕が上がるのであった。


0 件のコメント:

コメントを投稿