若い家庭教師であるヴァイオレット・ハンター(Violet Hunter)が、ジェフロ・ルーカッスル氏(Mr. Jephro Rucastle)なる人物から、破格の給料(年額100ポンド → 後に、年額120ポンドへ値上げ)で、住み込みの家庭教師の申し出を受け、ハンプシャー州(Hampshire)のウィンチェスター(Winchester)から5マイル離れた「ぶな屋敷」へ向かってから、何事もなく、2週間が経過したある夜、彼女からシャーロック・ホームズ宛に、緊急を知らせる電報が届いた。
翌日の午前11時、ホームズとジョン・H・ワトスンの二人は、ウィンチェスターへと向かい、ヴァイオレット・ハンターに指定されたブラックスワンホテル(Black Swan Hotel)で、彼女に会った。
ヴァイオレット・ハンターによると、彼女がぶな屋敷に到着した最初の2日間は、何事もなく、平穏に過ぎたが、3日目に入ると、非常に奇妙なことが始まったと言う。
(1)ルーカッスル氏により、指定された青いドレスに着替えさせられた後、ぶな屋敷の前を通る幹線道路であるサザンプトンロード(Southampton Road)に面した応接室へと案内され、中央の窓の近くに置かれた椅子に座らされると、ルーカッスル氏から面白い話を聞かせられたり、別の日には、本を読ませられたりした。
(2)彼女がそうしている間、サザンプトンロードの垣根にもたれ、頬髭を生やして、灰色の背広を着た小柄な男が、こちらの方を見ていた。
(3)ヴァイオレット・ハンターの部屋には、古い整理箪笥があり、鍵が掛かっていた一番下の引き出しの中に、自分のと同じような切られた金髪が入っていた。
(4)ぶな屋敷の別棟の2階には、4つの窓が一列に並んでおり、その内の3つは汚れた窓だったが、4つ目の窓には、鎧戸が降りており、その部屋の中に、誰かが居る気配がした。
(5)ルーカッスル氏は、「カルロ(Carlo)」と呼ばれる大きなマスティフ犬を飼っていて、夜になると、マスティフ犬を屋敷の敷地内に放していた。
ヴァイオレット・ハンターから、ぶな屋敷における奇妙な話の数々を聞いたホームズが早速調査を始めると、ぶな屋敷の秘密が明らかになった。
ぶな屋敷の別棟の2階にある鎧戸が降りている部屋の中には、ルーカッスル氏と前妻の間に生まれた娘のアリス(Alice)が幽閉されていた。アリスは、亡き母親から莫大な遺産を受け継いでいたが、ルーカッスル氏は、再婚した夫人(Mrs. Rucastle)と一緒に、その莫大な遺産を横取りしようと狙っていたのである。そのために、彼らは、アリスの替え玉として、ヴァイオレット・ハンターの存在は必要だったのだ。
英国で出版された「ストランドマガジン」 1892年6月号に掲載された挿絵(その11) - 飼主であるジェフロ・ルーカッスル氏の喉元に噛み付いた マスティフ犬のカルロに向かって、 ワトスンが銃を放つ。 挿絵:シドニー・エドワード・パジェット(1860年 - 1908年) |
そのため、コナン・ドイルは、自分の母親に送った手紙の中で、ホームズシリーズを打ち切るつもりでいることを打ち明けた。その手紙を受け取った母親は、息子に対して、猛反対を唱えるとともに、彼女が少し前に送った粗筋(金髪の娘が誘拐された後、巻き毛を切られ、ある目的のために、他の娘に仕立て上げられるという筋)を使って見るように勧めたのである。母親の意見に反対したくなかったコナン・ドイルは、母親から得た物語のアイディアに基づき、「ぶな屋敷(The Copper Beeches)」を執筆したのである。
コナン・ドイルが打ち切りを予定していたホームズシリーズは存続することとなり、「ぶな屋敷」は、「ストランドマガジン」の1892年6月号に掲載され、「ボへミアの醜聞」から「ぶな屋敷」までの12短編作品は、ホームズシリーズの第1短編集である「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録された。
その後、コナン・ドイルは、「ストランドマガジン」の1892年10月号に「名馬シルヴァーブレイズ(The Silver Blaze)」を発表して、連載を再開させたが、当初の打ち切りの意思は固く、「ストランドマガジン」の1893年12月号に発表した「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」において、ホームズを、「犯罪界のナポレオン(Napoleon of crime)」と呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と一緒に、スイスのマイリンゲン(Meiringen)にあるライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)に葬ることになる。
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