2023年9月18日月曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<英国 TV ドラマ版>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その3

英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
「牧師館の殺人」のペーパーバック版の表紙には、
英国のイラストレーターであるビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)によるイラストが、
ルシアス・プロセロウ大佐の殺害に使用された拳銃の形
切り取られているものが使用されている。


英国の TV 会社 ITV 社が制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage → 2022年10月30日 / 10月31日 / 11月26日付ブログで紹介済)」(1930年)の TV ドラマ版である「Agatha Christie’s Miss Marple」の第2話(第1シリーズ)「牧師館の殺人」の場合、アガサ・クリスティーの原作に比べると、物語の展開上、以下の違いが見受けられる。今回は、ルシアス・プロセロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe)が殺害された後の相違点について、述べる。


(7)

<原作>

その日の午後5時半頃、レナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement)は電話を受け、「ロウアーファーム(Lower Farm)のアボット氏(Mr. Abbott)が危篤状態なので、側に居てほしい。」と頼まれる。レナード・クレメント牧師は、今からロウアーファームまで出かけると、ルシアス・プロセロウ大佐との約束の午後6時15分までに牧師館へ戻ることは難しいと判断して、ルシアス・プロセロウ大佐には書斎で待っていてもらうよう、メイドに頼むと、急いでロウアーファームへと向かった。

レナード・クレメント牧師がロウアーファームのアボット氏の元を訪れると、驚くことに、本人は全くピンピンとしていて、先程の電話は悪戯であったことが判明する。

午後7時頃、レナード・クレメント牧師が牧師館へと戻った際、非常に取り乱した様子のローレンス・レディング(Laurence Redding)が大慌てで牧師館から立ち去るところだった。不思議に思ったレナード・クレメント牧師が書斎に入ると、ルシアス・プロセロウ大佐が拳銃で後頭部を撃たれて、牧師の書き物机の上に突っ伏してたまま、息絶えているのを発見したのである。

<TV ドラマ版>

基本的に、TV ドラマ版も、原作と同じ流れであるが、TV ドラマ版の場合、ルシアス・プロセロウ大佐の射殺死体がレナード・クレメント牧師によって発見されるまでの間に、以下の場面が追加されている。


*セントメアリーミードのハイストリートにおいて、いきなり走って来たオートバイに轢かれそうになり、転倒して、足を挫いてしまったミス・ジェイン・マープルの世話を、彼女の自宅(道を挟んで、牧師館の向かい側に所在)において、アン・プロセロウ(Anne Protheroe)がやいている。その時、ミス・マープルの自宅に電話がかかってきて、ミス・マープルの代わりに、アン・プロセロウが応答する。その電話は、ミス・マープル宛ではなく、アン・プロセロウ宛だったようで、電話を終えたアン・プロセロウは、ミス・マープルの自宅から出て来ると、ミス・マープルに対して、特に事情を説明しないまま、手ぶらの姿で、牧師館へと向かう。その後、アン・プロセロウは、牧師館から出て来ると、牧師館の庭の一画にある不倫相手のローレンス・レディングのアトリエ小屋へと行った。


*ルシアス・プロセロウ大佐の屋敷に滞在して、建築や室内装飾等を調査するフランス人のオーグスティン・デュフォス(Ausgustin Dufosse - 祖父)とヘレン・デュフォス(Helene Dufosse - 孫娘)の二人が、別々に牧師館の前の道を彷徨いていた。


(8)

<原作>

地元警察から、メルチェット大佐(Colonel Melchett - セントメアリーミード村を管轄する警察の本部長(Chief Constable))とスラック警部(Inspector Slack - セントメアリーミード村を管轄する警察の警部)が、牧師館へと派遣される。

<TV ドラマ版>

英国 TV ドラマ版の場合、メルチェット大佐は登場しない。


(9)

<原作>

メルチェット大佐とスラック警部が率いる地元警察が捜査を進める中、ローレンス・レディングとアン・プロセロウの二人が、それぞれに、ルシアス・プロセロウ大佐の殺害を自供した。

ところが、ローレンス・レディングは、正確ではない犯行時刻を主張する一方、アン・プロセロウの場合、犯行時刻の頃、彼女が牧師館を訪れるのを、牧師館の隣りに住むミス・マープルが見かけており、アン・プロセロウは、拳銃のような大きさのものが入ったバッグ等を持っていなかったと、ミス・マープルは明言する。

牧師館の隣りに住むミス・マープルは、詮索好きで、偶々、同館の様子を窺っていた結果、同館の書斎において発生したルシアス・プロセロウ大佐射殺事件にかかる非常に重要な証人となったのである。

地元警察は、不倫関係のため、ルシアス・プロセロウ大佐の殺害動機があると疑われたローレンス・レディングとアン・プロセロウの二人が、お互いにかばいあっているものと考えて、一旦、二人を無罪放免とし、他に容疑者を求めることになった。

<TV ドラマ版>

ミス・マープルの自宅にかかってきた電話に応答したアン・プロセロウが、ミス・マープルの自宅から出て来ると、ミス・マープルに対して、特に事情を説明しないまま、牧師館へと向かった。足を挫いていたため、自宅の庭でアン・プロセロウをそのまま見送ったミス・マープルであったが、牧師館へと向かったアン・プロセロウは、両肩を出した服装の上、手ぶらの格好だったため、拳銃のような大きさのものが入ったバッグ等を一切持っていなかったと、ミス・マープルは明言した。

そう言った意味では、アン・プロセロウをルシアス・プロセロウ大佐を殺害した容疑者から一旦外されることになった経緯については、TV ドラマ版の方が、原作より自然のように思える。


(10)

<原作>

原作の場合、ルシアス・プロセロウ大佐の所有地において、考古学の発掘調査を行うストーン博士(Dr. Stone)と彼の若い助手であるグラディス・クラム(Miss Gladys Cram)が登場する。

実は、ストーン博士は偽者で、考古学の発掘調査を行う傍ら、ルシアス・プロセロウ大佐の屋敷内にある様々な調度品を偽物に入れ替えていたのである。ただし、グラディス・クラムは、偽者のストーン博士による犯罪とは、無関係だった。

<TV ドラマ版>

TV ドラマ版の場合、ルシアス・プロセロウ大佐の屋敷に滞在して、建築や室内装飾等を調査するフランス人のオーグスティン・デュフォスとヘレン・デュフォスが、ストーン博士とグラディス・クラムに代わって、登場する。

実は、オーグスティン・デュフォスとヘレン・デュフォスの二人は、「祖父」と「孫娘」と言う関係ではなく、「祖父」と「義理の孫娘」と言う関係で、復讐のため、ルシアス・プロセロウ大佐の命を付け狙っていたのである。

オーグスティン・デュフォスの孫であるアンリ・デュフォス(Henri Dufosse)は、第二次世界大戦中(1939年-1945年)、フランスにおいて、レジタンスに参加していた。ヘレン・ハーグレイヴス(Helen Hargreaves)は、レジタンスのサポートのために、英国軍からフランスへ派遣されたエージェントで、1943年にアンリ・デュフォスと出会い、結婚していた。ルシアス・プロセロウ大佐は、レジスタンスに対して、武器、爆薬や軍資金等への供給を、ロンドンから指揮する立場に居た。1944年のある日、フランスのレジタンスのため、英国軍から数万フランの軍資金が投下されることになった。当日、アンリとヘレンの二人は、ある場所で、英国軍の飛行機から軍資金が投下されるのを待っていたが、実際に軍資金が投下されたのは、全く別の場所で、それは、ルシアス・プロセロウ大佐とレジタンス内の裏切り者によって横取りされていたのである。更に、軍資金の投下を待っていたアンリとヘレンの二人は、ルシアス・プロセロウ大佐が流した情報に基づいて、ドイツ軍によって拘束されてしまった。ヘレンは、なんとか逃げ出すことができたが、アンリは、ドイツ軍による過酷な拷問を受けて、残念ながら、亡くなってしまった。

そのため、祖父のオーグスティン・デュフォスと義理の孫娘のヘレン・デュフォスの二人は、ルシアス・プロセロウ大佐の命を付け狙い、アンリの復讐をしようとしていたのである。

ルシアス・プロセロウ大佐が殺害された日、オーグスティン・デュフォスは、拳銃を携えて、牧師館へ向かい、ルシアス・プロセロウ大佐を殺そうとしたが、既に遅く、誰かに殺されていたと証言した。


(11)

<原作>

レティス・プロセロウ(Lettice Protheroe - ルシアス・プロセロウ大佐の娘で、アン・プロセロウの義理の娘)は、自分の本当の母親であるエステル・レストレンジ夫人(Mrs. Estelle Lestrange - 最近、セントメアリーミード村に引っ越して来たばかりの謎めいた婦人)と再会して、一緒に暮らしていくことになる。

<TV ドラマ版>

レティス・プロセロウの本当の母親の名前は、エステル・レストレンジ夫人からレスター夫人へと変更されている。


(12)

<原作>

ルシアス・プロセロウ大佐を殺害したのは、アン・プロセロウとローレンス・レディングの二人で、不倫関係を成就させることが、彼らの殺害動機だった。

<TV ドラマ版>

ルシアス・プロセロウ大佐を殺害したのは、原作と同様に、アン・プロセロウとローレンス・レディングの二人だったが、彼らの殺害動機は、原作とは異なっている。

実は、アン・プロセロウとローレンス・レディングの二人は、元々、恋人同士で、第二次世界大戦に出征して戻って来なかったのは、ローレンス・レディングだったのである。そして、第二次世界大戦後の生活に困窮したアン・プロセロウが、他に選択肢がなく、やむを得ず、ルシアス・プロセロウ大佐と結婚した後、セントメアリーミードへ肖像画家としてやって来たローレンス・レディングと再会した。昔の関係が再燃したアン・プロセロウとローレンス・レディングの二人は、邪魔な存在であるルシアス・プロセロウ大佐を排除しようとした訳である。


(13)

<原作>

ルシアス・プロセロウ大佐の殺害犯人として、アン・プロセロウとローレンス・レディングの二人が逮捕されるが、その後、二人の処罰がどうなったのかについては、言及されていない。

<TV ドラマ版>

ルシアス・プロセロウ大佐の殺害犯人として逮捕されたアン・プロセロウとローレンス・レディングの二人が絞首刑に処せられる場面を以って、物語は最後を迎える。

アン・プロセロウとローレンス・レディングの二人が絞首刑に処せられる場面に並行して、ミス・マープルが物思いに沈む場面が挿入される。セントメアリーミードのハイストリートにおいて、アン・プロセロウと会ったミス・マープルは、彼女から、「恋人が第二次世界大戦に出征して戻って来なかったため、やむを得ず、ルシアス・プロセロウ大佐の後妻に入った」ことを聞かされ、自分自身も、「I lost someone in a war, who got a mdeal for dying(→ 不倫相手のアインスワース大尉(Captain Ainsworth)のこと). His wife will have cherished it.」と告白すると、アン・プロセロウに、「Easier for you, then, Jane. He was dead. You didn’t have to choose between right and wrong.」と切り返された。

TV ドラマ版の場合、


*ミス・マープル:妻帯者のアインスワース大尉と不倫関係にあったが、彼が出征する際に、彼に対して、自分は身を引くことを伝える。アインスワース大尉は戦死して、自分の妻の元へ帰ることができなかった。つまり、恋人のアインスワース大尉は戦死したため、その後における自分の身の処し方について、選択を行う必要がなかった。


*アン・プロセロウ:恋人が第二次世界大戦に出征して戻って来なかったため、やむを得ず、ルシアス・プロセロウ大佐の後妻に入ったが、その後、セントメアリーミードに肖像画家としてやって来た元恋人のローレンス・レディングと再会して、ルシアス・プロセロウ大佐を殺害する破目に陥った。つまり、恋人のローレンス・レディングは戦死したものと思い、ルシアス・プロセロウ大佐の後妻に入ったが、ローレンス・レディングは生還したため、その後における自分の身の処し方について、選択を行う必要があり、悪い選択を行ってしまった。


と言うように、「選択を行う必要がなかったミス・マープル」と「選択を行う必要があり、悪い選択を行ってしまったアン・プロセロウ」の2人の末路が、うまく対比されていると言える。


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