アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1969年に発表したエルキュール・ポワロシリーズの長編「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」をベースにして、英国の俳優 / 映画監督 / 脚本家 / プロデューサーであるサー・ケネス・ブラナー(Sir Kenneth Branagh:1960年ー)が監督と主演を務め、2023年9月15日に公開された映画「名探偵ポワロ:ヴェネチアの亡霊(A Haunting in Venice)」を観た感想を、今回は述べたいと思う。
サー・ケネス・ブラナーが監督と主演を務めた第1作目の「オリエント急行殺人事件(Murder on the Orient Express)」(2017年)については、DVD で観たものの、ポワロが全くエレガントでなかっため、もっと明確に言えば、あまりにも下品なキャラクターだっため、第2作目の「ナイル殺人事件(Death on the Nile)」(2022年)に関しては、全く興味を感じなかった。
東京創元社が発行する創元推理文庫 デュ・モーリア傑作集「いま見てはいけない」の表紙− カバーイラスト:浅野 信二氏 カバーデザイン:柳川 貴代氏 + Fragment |
何故、第3作目の「名探偵ポワロ:ヴェネチアの亡霊」を観る気になったかと言うと、個人的に好きな英国の小説家であるディム・ダフニ・デュ・モーリエ(Dame Daphne du Maurier:1907年ー1989年)が執筆した短編で、映画化もされている「いま見てはいけない(Don’t Look Now → 2019年9月7日 / 9月17日付けブログで紹介済)」(1971年)が、イタリアのヴェネツィア(Venice)を舞台にした幻想的かつホラーめいた作品で、今回の映画も、ヴェネツィアを物語の舞台にしていたからである。
2006年に Penguin Classics として出版された ダフニ・デュ・モーリエ作「Don't Look Now and Other Stories」– 本の表紙には、ニコラス・ローグが監督した 「Don't Look Now」の一場面が使用されている |
ニコラス・ローグが監督した「Don't Look Now」の DVD |
「名探偵ポワロ:ヴェネチアの亡霊」の場合、(1)探偵役:エルキュール・ポワロ、(2)依頼人:アリアドニ・オリヴァー(Ariadne Oliver)、(3)被害者:ジョイス・レイノルズ(Joyce Reynolds)と(4)犯人:ロウィーナ・ドレイク(Rowena Drake)と言う役割については、遵守しているもののの、アガサ・クリスティーの原作とは全く異なる内容となっている。
映画版において、名前と役割に関しては、原作に沿ってはいるものの、原作とは異なり、アリアドニ・オリヴァーは、ポワロに対して、ある悪意を抱いている上に、ジョイス・レイノルズは、ハロウィーンの夜に開催された降霊会に姿を見せた謎めいた霊能者であるし、ロウィーナ・ドレイクは、元オペラ歌手で、アリシア(Alicia Drake)と言う名前の娘が居たと言う人物設定に変えられている。
また、アガサ・クリスティーの原作にも出てくる人物として、映画版には、(5)オルガ・セミノフ(Olga Seminoff - ドレイク家の家政婦)、(6)レスリー・フェリアー医師(Dr. Leslie Ferrier - 元軍医で、現在は、ドレイク家の主治医)、(7)レオポルド・フェリアー(Leopold Ferrier - レスリー・フェリアー医師の10歳の息子)、(8)デズデモーナ・ホーランド(Desdemona Holland - 弟のニコラスと一緒に、降霊会のアシスタントを務める)や(9)ニコラス・ホーランド(Nicholas Holland - 姉のデズデモーナと一緒に、降霊会のアシスタントを務める)も登場するが、彼らの人物設定も、全く変更されている。極論を言えば、原作から名前だけを借りているだけである。
映画版の内容についても、ダークで、かつ、ホラーめいた部分が非常に強調されていて、原作で醸し出されている人間の悪意の本当の怖さと言うものが、正直ベース、全く感じられない。
また、映画版の殺害動機に関しても、第1の被害者であるジョイス・レイノルズと第2の被害者であるレスリー・フェリアー医師(原作では、ジョイス・レイノルズの弟であるレオポルド・レイノルズ(Leopold Reynolds))の場合、原作と同様に、「自己保身」であるが、娘のアリシア・ドレイクの場合、ミス・ジェイン・マープルシリーズの長編「復讐の女神(Nemesis)」(1971年)にかなり近いと言える。
映像的に気になったのは、一つ目は、個人的に期待していたヴェネツィアと言う舞台が、物語の始めと終わりに、撮影に使用されているだけで、後は CG とセットでの撮影で済ませられていると思われる点である。
もう一つは、米国映画であるため、仕方ないのかもしれないが、各キャラクターのアップとセリフで、物語が展開する場面が非常に多い点である。特に、殺人事件が発生した後、ポワロが事件関係者達に対する尋問を個別に進めていくが、物語的には、どうしても単調な展開になりやすいにもかかわらず、各尋問において、各キャラクターのアップとセリフで場面が切り替わることが多く、正直ベース、あまりにも不自然な印象を否めなかった。
かなり前の事例となるが、軍法会議サスペンスをテーマにした米国映画「ア・フュー・グッドメン(A Few Good Men)」(1992年)において、主人公のダニエル・キャフィー中尉(Lieutenant Daniel Kaffee)を演じるトム・クルーズ(Tom Cruise)と敵役のネイサン・R・ジェセップ大佐(Colonel Nathan R. Jessep)を演じるジャック・ニコルソン(Jack Nicholson)の2人は、同じ映像内に一緒に撮影されることは決してなかった。仮に同じ映像内に一緒におさまる場合であっても、どちらか一方は必ず後ろ向きの姿で、後ろ向きの姿は、本人ではなく、別の俳優が演じていた。
本作品には、他に、ジョアン・ギャロウェイ少佐(Lieutenant Commander Joanne Galloway)を演じるデミ・ムーア(Demi Moore)も出演しているが、彼女は、トム・クルーズと同じ映像内に一緒におさまっている。
また、犯罪アクションをテーマにした米国映画「ヒート(Heat)」(1995年)においても、主人公のヴィンセント・ハナ刑事(Lieutenant Vincent Hanna)を演じるアル・パチーノ(Al Pacino)と敵役の強盗団リーダーのニール・マッコーリー(Neil McCauley)を演じるロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)の2人も、同じ映像内に一緒に撮影されることは決してなかった。仮に同じ映像内に一緒におさまる場合であっても、どちらか一方は必ず後ろ向きの姿で、後ろ向きの姿は、本人ではなく、別の俳優が演じていた。
米国映画では、以前、一流スターの場合、別の一流スターと一緒に、同じ映像内に一緒におさまることを嫌う傾向があり、出演契約書上、そう言った制約を付すことが多かったと聞く。
現在は、そう言った傾向は少ないかとは思うが、「名探偵ポワロ:ヴェネチアの亡霊」の場合、各出演者が同じ映像内に一緒におさまる場面は、それなりにあるものの、殺人事件が発生した後、ポワロが事件関係者達に対する尋問を個別に進めていく場面になると、一転して、各キャラクターのアップとセリフで場面が切り替わることが、メインとなっている。もしかすると、単調になる傾向がある尋問場面を、各キャラクターのアップとセリフで場面を切り替えることで、サスペンスを高める意図があったのかもしれないが、個人的には、その意図とは別に、逆に、不自然さが強調されてしまっていて、功を奏していない感じが非常に強い。
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