ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)が描く ミス・マープルシリーズの長編第1作目「牧師館の殺人」の一場面 (筆者が購入した「アガサ・クリスティー マープル 2023年カレンダー」から抜粋) |
英国の TV 会社 ITV 社が制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage → 2022年10月30日 / 10月31日 / 11月26日付ブログで紹介済)」(1930年)の TV ドラマ版である「Agatha Christie’s Miss Marple」の第2話(第1シリーズ)「牧師館の殺人」の場合、アガサ・クリスティーの原作に比べると、物語の展開上、以下の違いが見受けられる。今回は、ルシアス・プロセロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe)が殺害される前までの相違点について、述べる。
(1)
<原作>
本作品の語り手を務めるのは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)という小さな村にある教会の司祭(vicar)であるレナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement)である。
物語は、ある水曜日の午後の牧師館から始まる。レナード・クレメント牧師は、若き妻のグリゼルダ(Griselda)と甥のデニス(Dennis)と一緒に、昼食をとっていたが、その際、彼らの話題は、ルシアス・プロセロウ大佐のことでもちきりだった。ルシアス・プロセロウ大佐は、セントメアリーミード村の教区委員で、次の日の午後、牧師館にやって来て、教会の献金袋から盗まれた1ポンド紙幣の件について、レナード・クレメント牧師と話し合うことになっていた。
ルシアス・プロセロウ大佐は、レナード・クレメント牧師を困らせることを何よりも至上の楽しみにしていたので、昼食の席上、レナード・クレメント牧師は、思わず、「誰でもいいから、ルシアス・プロセロウ大佐をあの世へ送ってくれたら、世の中は随分と良くなるだろう。」と口走ってしまう。
<TV ドラマ版>
原作におけるこのやりとりは、レナード・クレメント牧師が、セントメアリーミードに滞在中の肖像画家であるローレンス・レディング(Laurence Redding)を、牧師館の夕食に招いた際の場面へと変更されている。
(2)
<TV ドラマ版>
逆に、TV ドラマ版の場合、第二次世界大戦へと出征する前のアインスワース大尉(Captain Ainsworth)が、妻のメイ・アインスワース(May Ainsworth)と一緒に、写真屋において、記念写真を撮ってもらう場面から、物語が始まる。
このアインスワース大尉は、TV ドラマ版の第1話(第1シリーズ)に該る「書斎の死体(The Body in the Library → 2023年6月10日 / 6月14日 / 6月22日付ブログで紹介済)」において、ミス・ジェイン・マープルの自宅のテーブルの上に置かれていた写真の軍人と同一人物である。
「牧師館の殺人」の TV ドラマ版において、実は、ミス・マープルは、このアインスワース大尉と不倫の関係にあったことが、後に明らかにされる。アインスワース大尉が出征する際、彼の妻であるメイ・アインスワースではなく、若き日のミス・マープルが、駅まで見送りに行っている。ただし、若き日のミス・マープルは、出征していくアインスワース大尉に対して、「When you volunteered, you made a choice to do your duty. I had to make a choice. I’ve chosen to do my duty. Come back safe, but for your wife, not for me.」と言って、自分は身を引くことを伝えている。残念ながら、「アインスワース大尉は、戦死したので、帰還しなかった。」と、ミス・マープルは、告白している。
<原作>
当然のことながら、原作上、このような設定は為されていない。
(3)
<原作>
昼食後、レナード・クレメント牧師は、セントメアリーミードに滞在中の肖像画家であるローレンス・レディングのアトリエへと出向く。牧師館の庭の一画に小屋があり、彼は、この小屋をアトリエとして使用していた。
レナード・クレメント牧師は、このアトリエ内でローレンス・レディングとルシアス・プロセロウ大佐の妻であるアン・プロセロウ(Anne Protheroe)の二人が情熱的なキスを交わしている現場を、偶然見かけてしまう。レナード・クレメント牧師の跡を追って、牧師館の書斎まで追いかけてきたアン・プロセロウに対して、レナード・クレメント牧師は、軽はずみな関係はできる限り早く終わらせるよう、諭す。
その夜、ローレンス・レディングは、牧師館の夕食に招かれていた。
夕食後、牧師館の書斎において、レナード・クレメント牧師は、ローレンス・レディングに対して、厳しく叱責するとともに、できるだけ早く村を立ち去るよう、忠告する。ところが、ローレンス・レディングは、レナード・クレメント牧師の忠告を全く受け入れず、「ルシアス・プロセロウ大佐が死んでくれれば、いい厄介払いになる。」とうそぶくと、「自分は、25口径のモーゼル銃を持っている。」と、恐ろしいことを口にする。
<TV ドラマ版>
牧師館での夕食の際、
レナード・クレメント牧師:「I cold strangle him sometimes.」
グリゼルダ・クレメント:「I’d stab him.」
ロナルド・ホーズ(Ronald Haws)牧師補:「I’d poison him.」
デニス・クレメント:「I’d shoot him.」
ローレンス・レディング:「Use my gun.」
と言うように、夕食の出席者が皆恐ろしいことを口走っている。なお、ミス・マープルも、夕食の席に参加しているが、彼女は、皆の話を黙って聞いている。
(4)
<原作>
アン・プロセロウは、ルシアス・プロセロウ大佐の後妻であるが、彼女の過去について、原作上、特に言及されていない。
<TV ドラマ版>
アン・プロセロウは、ルシアス・プロセロウ大佐の後妻となる前に、結婚を約束していた男性が居たが、第二次世界大戦に出征して、戻って来なかった。第二次世界大戦後の生活に困窮したアン・プロセロウは、「他に選択肢がなかったので、やむを得ず、ルシアス・プロセロウ大佐と結婚した。」と、ミス・マープルに対して、告げている。
(5)
<原作>
翌朝、セントメアリーミードのハイストリートにおいて、レナード・クレメント牧師は、ルシアス・プロセロウ大佐と偶然出会った際、耳が遠くなりかけている人にありがちで、自分以外の人間も耳が遠いと思い込んでいるルシアス・プロセロウ大佐は、当日の午後の約束を大声で念押ししつつ、約束の時間も午後6時15分へと変更された。
レナード・クレメント牧師が牧師館に戻ると、ローレンス・レディングが立ち寄って、「アン・プロセロウとの不倫関係を清算して、明日、村を去るつもりだ。」と、レナード・クレメント牧師に告げる。
<TV ドラマ版>
物語の冒頭、説教が終わり、教会の前で、皆が雑談に興じている際、教会の献金袋からお金が盗まれた件で、ルシアス・プロセロウ大佐が、レナード・クレメント牧師に対して、「火曜日の午後6時15分に、牧師館へ行く。」と、既に告げている。
つまり、原作の場合、教会の献金袋からお金が盗まれた件にかかる牧師館での話し合いの約束について、ルシアス・プロセロウ大佐とレナード・クレメント牧師の間で、2回、会話されているが、TV ドラマ版の場合、1回のみである。
(6)
<TV ドラマ版>
セントメアリーミードのハイストリートにおいて、ミス・マープルとアン・プロセロウの2人がお茶をした後、いきなり走って来たオートバイに轢かれそうになり、ミス・マープルは転倒して、足を挫いてしまう。
このことにより、ミス・マープルは外に出歩くことが困難になり、自宅前の庭において、双眼鏡で野鳥を観察する日課となる。ミス・マープルのことを心配したアン・プロセロウが、彼女の世話を焼く。
その結果、道を挟んで、牧師館の向かい側に住むミス・マープルは、同館の書斎において発生したルシアス・プロセロウ大佐射殺事件にかかる非常に重要な証人となるのである。
<原作>
TV ドラマ版の場合とは異なり、オートバイに轢かれそうになって、ミス・マープルが足を挫くことはなく、牧師館の隣りに住むミス・マープルが、詮索好きで、偶々、同館の様子を窺っていた結果、同館の書斎において発生したルシアス・プロセロウ大佐射殺事件にかかる非常に重要な証人となるだけである。
そう言った意味では、ミス・マープルがルシアス・プロセロウ大佐射殺事件にかかる証人となる流れについては、TV ドラマ版の方が、より自然のように思える。
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