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第54話「青列車の秘密」が収録された エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 6 の裏表紙 |
英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第54話(第10シリーズ)として、2006年1月1日に放映されたアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「青列車の秘密(The Mystery of the Blue Train)」(1928年)の TV ドラマ版の場合、原作対比、以下のような差異が見受けられる。
原作に比べると、TV ドラマ版の場合、エルキュール・ポワロを含む事件が関係者達が青列車に乗車するまでの物語がかなり長くなっているので、今回は、彼らが青列車に乗車するまでの部分について、相違点を列挙する。
(1)
<原作>
1928年6月、フランスのパリにおいて、米国の大富豪であるルーファス・ヴァン・オールディン(Rufus Van Aldin)は、ロシア人の外交官から、悲劇と暴力の長い歴史に彩られた「炎の心臓(Heart of Fire)」と呼ばれる傷一つないルビーを手に入れた。
ルーファス・ヴァン・オールディンが、ロシア人の外交官からルビーを買い取ってから10分も経たないうちに、彼は2人の暴漢に襲われるが、なんとか事なきを得る。
ルーファス・ヴァン・オールディンが、法外な値段にもかかわらず、不気味な伝説を伴うルビーを手に入れたのは、彼の人生で唯一愛する娘のルース・ケタリング(Ruth Kettering)のためだった。このルビーで、結婚に失敗した娘の気を紛らわせることができるのであれば、ルーファス・ヴァン・オールディンは、金に糸目を全くつけなかったし、如何なる危険も顧みなかったのである。
<TV ドラマ版>
TV ドラマ版の場合、物語の年代は、1930年代に設定されている。
米国の大富豪であるルーファス・ヴァン・オールディンが「炎の心臓」を購入したのは、パリの路上においてである。
その後、彼は2人組の通り魔に襲われるが、自分自身で彼らを撃退する。
(2)
<原作>
実は、2人の暴漢は、「侯爵(Monsieur Le Marquis)」と呼ばれる男が差し向けた手の者だった。この「侯爵」は、国際的な宝石泥棒で、英国人にしては、フランス語を非常に流暢に話すことができた。「侯爵」は、珍しい骨董品ばかりを取り扱うキリオス・パポポラス(Kyrios Papopolous)の店を訪れると、「暴漢による襲撃は失敗したが、次の計画は失敗する筈がない。」と豪語するのであった。
<TV ドラマ版>
TV ドラマ版の場合、登場人物として、キリオス・パポポラスと彼の娘であるジア・パポポラス(Zia Papopolous)は割愛されているので、このような場面は存在しない。
(3)
<TV ドラマ版>
レディー・ロザリー・タンプリン(Lady Rosalie Tamplin)と彼女の娘であるレノックス・タンプリン(Lenox Tamplin)が、従姉妹のキャサリン・グレイ(Katherine Grey)が相当な額の遺産を相続したと言うニュースを新聞で知る。
<原作>
原作の場合、物語の初期の段階で、このような言及は為されていない。
(4)
<TV ドラマ版>
ロンドンのパークレーンホテル(Park Lane Hotel)に、ポワロが到着する。
そのポワロの元に、ルーファス・ヴァン・オールディンと娘のルース・ケタリングが寄ってきて、ポワロをルース・ケタリングの誕生日パーティーへと招待した。ポワロとしては、意に沿わなかったが、嫌々ながら、招待を受ける。
<原作>
原作の場合、ポワロがルーファス・ヴァン・オールディンと会うのは、娘のルース・ケタリングが青列車内で殺害された後で、彼女を殺害した犯人を見つけ出すように依頼される。従って、TV ドラマ版のように、物語の初期段階で、つまり、ルース・ケタリングが殺害される前に、ポワロがルーファス・ヴァン・オールディンと会うことはない。
また、原作の場合、ポワロが生前のルース・ケタリングには会っていない。初対面は、青列車内で殺害されたルース・ケタリングの死体を、同列車に乗車していたポワロが調べた際である。
(5)
<TV ドラマ版>
ルース・ケタリングの誕生日パーティーにおいて、ポワロは、ルーファス・ヴァン・オールディンから、彼の秘書であるリチャード・ナイトン少佐(Major Richard Knighton)を紹介される。
パーティー会場内で、ルース・ケタリングと彼女の夫であるデリク・ケタリング(Derek Kettering)がダンスを踊る様子を見物する。
また、デリク・ケタリングが、カードゲームで大負けしている現場も目撃した。なお、カードゲームで、デリク・ケタリングを打ち負かしていたのは、ルース・ケタリングの愛人であるアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵(Armand, Comte de la Roche)であった。
<原作>
原作の場合、ポワロがリチャード・ナイトン少佐と会うのは、ルース・ケタリングが青列車内で殺害された後で、彼女を殺害した犯人を見つけ出すように、父親のルーファス・ヴァン・オールディンに依頼された際である。従って、TV ドラマ版のように、物語の初期段階で、つまり、ルース・ケタリングが殺害される前に、ポワロがリチャード・ナイトン少佐と会うことはない。
同様に、ルース・ケタリングが殺害される前に、ポワロがデリク・ケタリングやアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵を見かけることもない。
(6)
<原作>
ルーファス・ヴァン・オールディンの娘のルースは、将来、レコンバリー卿(Lord Leconbury)となるデリク・ケタリングと結婚していた。ルースと結婚する前のデリク・ケタリングは、派手なギャンブルや出鱈目な生活等で、一家の財産を食い潰してきたが、結婚を機にして、その暮らしぶりを改めるのではないかと思われた。ところが、周囲の期待とは裏腹に、デリク・ケタリングの暮らしぶりが改まることはなく、それに加えて、悪名高いダンサーであるミレーユ(Mirelle)を愛人にしていた。
<TV ドラマ版>
原作の場合、デリク・ケタリングが、ミレーユ・ミレジ(Mirelle Milesi)を愛人にしているが、英国 TV ドラマ版の場合、ルーファス・ヴァン・オールディンが、ミレーユ・ミレジを愛人にしている。
(7)
<原作>
パリからロンドンへと戻ったルーファス・ヴァン・オールディンは、早速、ルビーを娘のルース・ケタリングにプレゼントするとともに、ろくでなしの夫デリク・ケタリングとの離婚を勧めるのであった。当初、妙に躊躇うそぶりを見せるルース・ケタリングであったが、ルーファス・ヴァン・オールディンは、「デリク(・ケタリング)は、金目当てに、お前と結婚した」ことをルース・ケタリングに認めさせ、離婚の手続を進めることに同意させた。
<TV ドラマ版>
ルース・ケタリングの誕生日パーティーの最中、ルーファス・ヴァン・オールディンは、秘書のリチャード・ナイトン少佐を同席させ、デリク・ケタリングを呼び出すと、彼に対して、ルース(・ケタリング)との離婚を要求した。そして、ルース(・ケタリング)との離婚に同意する条件として、10万ポンドの支払を提示。
(8)
<TV ドラマ版>
ルース・ケタリングの誕生日パーティーを抜け出したポワロは、パークレーンホテルのレストランにおいて、キャサリン・グレイがワインのテイスティングに困っているところを手助けする。助けられて、打ち解けたキャサリン・グレイは、ポワロに対して、「明日、リヴィエラ(Riviera)のニース(Nice)へ行く予定だ。」と話した。
<原作>
ポワロとキャサリン・グレイの初対面は、青列車に乗車した際である。
(9)
<TV ドラマ版>
パークレーンホテルの洗面所において、ルース・ケタリングは、愛人のアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵に対して、青列車のチケット(三等車)を秘密裏に渡す。
また、キャサリン・グレイがリチャード・ナイトン少佐と出会う場面も挿入される。
<原作>
TV ドラマ版の場合、ルース・ケタリングの愛人であるアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵も、青列車に乗車するが、原作の場合、アルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵は、青列車に乗車せず、パリで秘密裏に逢い引きするために、ルース・ケタリングは、青列車に乗って、フランスへと向かうのである。
また、原作の場合、青列車に乗車する前に、キャサリン・グレイがリチャード・ナイトン少佐に出会うことはない。原作の場合、キャサリン・グレイとリチャード・ナイトン少佐の間に、恋愛感情は芽生えないが、英国 TV ドラマ版の場合、キャサリン・グレイとリチャード・ナイトン少佐の間に、恋愛感情が芽生えていくのである。
(10)
<原作>
ルース・ケタリングは、南フランスのリヴィエラで冬のシーズンを過ごすため、近いうちに、ロンドンを発つ予定だった。ルーファス・ヴァン・オールディンは、ルース・ケタリングに対して、ルビーをリヴィエラへ持参するリスクは避けて、銀行の貸金庫に保管しておくよう、強く警告する。
しかしながら、残念なことに、ルーファス・ヴァン・オールディンの警告は、無視されることとなった。そして、それが、ルース・ケタリングにとって、悲劇を呼ぶことになる。ルース・ケタリングは、代償として、自分の命を落とすことになるのであった。
<TV ドラマ版>
基本的に、原作と同じであるが、ルーファス・ヴァン・オールディンが、ルース・ケタリングに対して、「お前がフランスから戻って来るまでに、デリク・ケタリングとの離婚は、成立している筈だ。」と伝えている。
(11)
<原作>
愛人のミレーユは、デリク・ケタリングに対して、「ルース・ケタリングは、リヴィエラで冬のシーズンを過ごすと言っているが、実際にはパリへ向かう予定で、そこでアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵と逢い引きする筈だ!」と話す。10年前、デリク・ケタリングと結婚するまで、ルースが女誑しの悪党であるローシュ伯爵と恋仲だったことを考えると、あり得る話だった。
ミレーユの話を聞いたデリク・ケタリングは、ミレーユのフラットを飛び出すと、ニース行き青列車(Blue Train)の寝台を予約した。それは、妻のルースがリヴィエラへ向かう列車で、ミレーユの話が本当であれば、少なくとも、パリまでは乗って行く筈だ。
<TV ドラマ版>
TV ドラマ版の場合、ミレーユ・ミレジは、デリク・ケタリングの愛人ではなく、ルーファス・ヴァン・オールディンの愛人に変更されているため、原作のような場面は存在していない。
(12)
<原作>
ニース行きの青列車は、リヴィエラで冬のシーズンを過ごす予定である英国の有閑階級の人達で満席だった。
ルース・ケタリングは、メイドのエイダ・メイスン(Ada Mason)を連れて、青列車に乗車する。父親のルーファス・ヴァン・オールディンに強く警告されたにもかかわらず、リースは、父親からプレゼントされたルビー「炎の心」を携えたままであった。
青列車の乗客の中には、英国の有閑階級の人達に初めて加わるキャサリン・グレイも居た。彼女は、ついこの前まで金持ちの話し相手(コンパニオン)を務めていて、彼女の雇い主が遺してくれた財産を相続したばかりだった。
彼女は、長い間、連絡の途絶えていた従姉妹のレディー・ロザリー・タンプリンから、「数ヶ月間、リヴィエラで一緒に過ごさないか?」と招かれていた。レディー・タンプリンにとって、興味があるのは、自分が相続したばかりの財産だと気付いてはいたが、キャサリン・グレイは、自分に巡ってきた幸運を享受するつもりだった。
<TV ドラマ版>
ルース・ケタリングとメイドのエイダ・メイスンに加えて、デリク・ケタリングとミレーユ・ミレジも、青列車に乗車している。ただし、原作とは異なり、TV ドラマ版の場合、ミレーユ・ミレジは、デリク・ケタリングの愛人ではなく、ルーファス・ヴァン・オールディンの愛人に変更されているため、2人は別行動をしている。また、原作とは異なり、アルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵も、青列車に乗車している。
更に、原作とは異なり、青列車に、レディー・ロザリー・タンプリン、コーキー(Corky - レディー・ロザリー・タンプリンの4番目の夫)とレノックス・タンプリンの3人も、青列車に乗車して来て、キャサリン・グレイを出迎える。そして、4人は、夕食を一緒にすることになった。ちなみに、キャサリン・グレイの部屋は、レノックス・タンプリンの部屋の隣りの「7号室」となった。
なお、原作の場合、レディー・ロザリー・タンプリンの若い夫は、チャールズ・エヴァンズ(Charles Evans)と言う名前で、「Chubby」と言う愛称で呼ばれているが、英国 TV ドラマ版の場合、「コーキー」と言う愛称で呼ばれている。
(13)
<TV ドラマ版>
ルーファス・ヴァン・オールディンとリチャード・ナイトン少佐の2人は、ロンドンからパリへ飛行機で向かい、ジョルジュサンクホテル(George Cinq Hotel)に宿泊する。
ルーファス・ヴァン・オールディンは、リチャード・ナイトン少佐に対して、「休む。」と言い、自分の部屋へと一旦退くが、リチャード・ナイトン少佐には見つからないようにして、ホテルを出て行く。
<原作>
原作の場合、TV ドラマ版のような場面はない。