英国の Laurence King Publishing Group Ltd. より、昨年(2023年)に発行されたアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)をテーマにしたトランプの各カードについて、引き続き、紹介したい。
(49)K ♠️「トミー&タペンス(Tommy and Tuppence)」
トミー&タペンスは、アガサ・クリスティーが創作した英国人夫婦の探偵 / 諜報員で、長編4作と短編17作の計21作品に登場する。
*トマス・ベレズフォード(Thomas Beresford)
「トミー」は、彼の愛称。赤毛の好青年で、慎重に考えて行動するタイプ。
*プルーデンス・ベレズフォード(Prudence Beresford)
「タペンス」は、彼女の愛称で、旧姓は、カウリー(Cowley)。牧師の娘で、好奇心の強い行動的なタイプ。
初登場作品は、長編「秘密機関(The Secret adversary)」(1922年)で、最終作は、長編「運命の裏木戸(Postern of Fate)」(1973年)である。
トミー&タペンスシリーズは、アガサ・クリスティーも気に入っていた主人公で、読者からの人気も高かったが、出版社側からは、エルキュール・ポワロものを求める力が強かった上に、出版時期ベースで言うと、1930年からミス・ジェイン・マープルも登場したために、二人の後塵を拝して、登場作品数は非常に限られる状況となっている。
英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている アガサ・クリスティー作トミーとタペンスシリーズ 「秘密機関」のペーパーバック版の表紙 <Cover design : HarperCollinsPublishers / Agatha Christie Ltd 2015> |
登場作品
<長編>
*「秘密機関」(1922年)
*「N か M か(N or M?)」(1941年)
*「親指のうずき(By the Pricking of my Thumbs)」(1968年)
*「運命の裏木戸」(1973年)
<短編>
*「おしどり探偵(Partners in Crime)」(1929年)
・「アパートの妖精(A Fairy in the Flat)」[連作]
・「お茶をどうぞ(A Pot of Tea)」[連作]
・「桃色真珠紛失事件(The Affair of the Pink Pearl)」
・「怪しい来訪者(The Adventure of the Sinister Stranger)」
・「キングを出し抜く(Finessing the King)」[連作]
・「新聞紙の服を着た男(The Gentleman Dressed in Newspaper)」[連作]
・「婦人失踪事件(The Case of the Missing Lady)」
・「目隠しごっこ(Blindman’s Bluff)」
・「霧の中の男(The Man in the Mist)」
・「パリパリ屋(The Cracker)」
・「サニングデールの謎(The Sunningdale Mystery)」
・「死のひそむ家(The House of Lurking Death)」
・「鉄壁のアリバイ(The Unbreakable Alibi)」
・「牧師の娘(The Clergyman’s Daughter)」[連作]
・「赤い館の謎(The Red House)」[連作]
・「大使の靴(The Ambassador’s Boots)」
・「16号だった男(The Man Who Was N. 16)」
(50)K ❤️「’H’のイニシャルが刺繍されたハンカチ(Monogrammed Handkerchief)」
「H」のイニシャルが刺繍されたハンカチは、長編「オリエント急行の殺人(Murder on the Orient Express → 2023年12月27日付ブログで紹介済)」(1934年)において、オリエント急行(Orient Express)内で米国人の実業家であるサミュエル・エドワード・ラチェット(Samuel Edward Ratchett)を殺害した犯人が数多く残した手掛かりの一つである。
本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第14作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第8作目に該っている。
英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ 「オリエント急行の殺人」のペーパーバック版の表紙 |
中東のシリア(Syria)での仕事を終えて、イスタンブール(Istanbul)のホテル(The Tokatlian Hotel)に到着したエルキュール・ポワロは、そこで「直ぐにロンドンへ戻られたし。」という電報を受け取る。早速、ポワロはホテルにイスタンブール発カレー(Calais)行きのオリエント急行の手配を依頼するが、通常、冬場(12月)は比較的空いている筈にもかかわらず、季節外れの満席だった。
とりあえず、駅へ向かったポワロであったが、ベルギー時代からの友人で、ホテルで再会した国際寝台車会社(Compagnie Internationale des Wagons Lits)の重役ブック氏(Mr. Bouc)が、ポワロのために、二等寝台席を確保してくれる。なお、ブック氏は、仕事の関係で、スイスのローザンヌ(Lausanne)へと向かう予定だった。
なんとかヨーロッパへの帰途についたポワロは、米国人のヘクター・ウィラード・マックイーン(Hector Willard MacQueen)と同室になる。
季節外れにもかかわらず、オリエント急行には、様々な国と職業の人達が乗り合わせていた。
その中の一人で、イスタンブールのホテルで既に見かけていた米国人の実業家であるサミュエル・エドワード・ラチェットが、ポワロに対して、話しかけてくる。彼は、最近脅迫状を数回受け取っていたため、身の危険を感じており、ポワロに自分の護衛を依頼してきたのであった。彼の狡猾な態度を不快に思ったポワロは、彼の依頼を即座に断る。
翌日の夜、ベオグラード(Belgrade - 現在のセルビア共和国の首都)において、アテネ(Athens)発パリ(Paris)行きの車輌が接続され、ブック氏はその車輛へと移り、自分の一等寝台席(1号室)をポワロに譲ったため、ポワロはカレーまでゆっくりと一人で過ごせる筈だった。ところが、ポワロの希望とは裏腹に、列車は、ヴィンコヴツィ(Vinkovciー現在のクロアチア(Croatia)共和国領内)近くで積雪による吹き溜まりに突っ込んで、立ち往生しつつあった。
その夜、隣室(2号室)のラチェットの部屋での出来事や廊下での騒ぎ等により、ポワロは、何度も安眠を邪魔された。そして、翌朝、車掌が、ポワロの隣室において、ラチェットが死んでいるのを発見する。彼は、刃物で全身を12箇所もメッタ刺しの上、殺害されていたのである。
ブック氏は、会社の代表者として、ポワロに対し、事件の解明を要請し、それを受諾したポワロは、別の車輛に乗っていたギリシア人の医師コンスタンティン博士(Dr. Constantine)と一緒に、ラチェットの検死を行う。ラチェットが殺害された現場には、燃やされた手紙が残っていて、ポワロは、その手紙からデイジー・アームストロング(Daisy Armstrong)という言葉を解読した。サミュエル・エドワード・ラチェットという名前は偽名であり、彼は、5年前に、米国において、幼いデイジー・アームストロングを誘拐して殺害した犯人カセッティ(Cassetti)で、身代金を持って海外へ逃亡していたのである。
ラチェットの正体を知ったポワロは、ブック氏/コンスタンティン博士と一緒に、列車の乗客の事情聴取を開始する。積雪のため、立ち往生した列車の周囲には足跡がなく、外部の人間が犯人とは思えなかった。列車には、
*1号室(一等寝台席):エルキュール・ポワロ
*2号室(一等寝台席):サミュエル・エドワード・ラチェット
*3号室(一等寝台席):キャロライン・マーサ・ハバード夫人(Mrs. Caroline Martha Hubbard)- 陽気でおしゃべりな中年女性(米国人)
*4号室(二等寝台席):エドワード・ヘンリー・マスターマン(Edward Henry Masterman)- ラチェットの執事(英国人)
*5号室(二等寝台席):アントニオ・フォスカレリ(Antonio Foscarelli)- 自動車のセールスマン(米国に帰化したイタリア人)
*6号室(二等寝台席):ヘクター・ウィラード・マックイーン - ラチェットの秘書(米国人)
*7号室(二等寝台席):空室(当初、ポワロが使用していた)
*8号室(二等寝台席):ヒルデガード・シュミット(Hildegarde Schmidt)- ドラゴミロフ公爵夫人に仕える女中(ドイツ人)
*9号室(二等寝台席):空室
*10号室(二等寝台席):グレタ・オルソン(Greta Ohisson) 愛想のいい中年女性(スウェーデン人)
*11号室(二等寝台席):メアリー・ハーマイオニー・デベナム(Mary Hermione Debenham)- 家庭教師(英国人)
*12号室(一等寝台席):エレナ・マリア・アンドレニ伯爵夫人(Countess Elena Maria Andrenyi / 旧姓:エレナ・マリア・ゴールデンベルク(Elena Maria Goldenberg))- ルドルフ・アンドレニ伯爵の妻(ハンガリー人)
*13号室(一等寝台席):ルドルフ・アンドレニ伯爵(Count Rudolf Andrenyi)- 外交官(ハンガリー人)
*14号室(一等寝台席):ナタリア・ドラゴミロフ公爵夫人(Princess Natalia Dragomiroff)- 亡命貴族の老婦人(フランスに帰化したロシア人)
*15号室(一等寝台席):アーバスノット大佐(Colonel Arbuthnot)- 軍人(英国人)
*16号室(一等寝台席):サイラス・ベスマン・ハードマン(Cyrus Bethman Hardman)- セールスマンと言っているが、実はラチェットの身辺を護衛する私立探偵(米国人)
ポワロと被害者のラチェット以外に、12名の乗客とオリエント急行の車掌で、フランス人のピエール・ポール・ミシェル(Pierre Paul Michel)が乗っていた。
果たして、ラチェットを惨殺した犯人は、誰なのか?ところが、何故か、乗客達のアリバイは、互いに補完されていて、容疑者と思われる者は、誰も居なかった。
捜査に難航するポワロであったが、最後には驚くべき真相を明らかにするのであった。
本作品において、犯行動機の重要なファクターとなるデイジー・アームストロング誘拐殺人事件については、初の大西洋単独無着陸飛行(1927年5月20日ー同年5月21日)を成功したことで有名な米国人飛行家チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ(Charles Augustus Lindbergh:1902年ー1974年)の長男チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ・ジュニア(当時1歳8ヶ月)が、1932年3月1日にニュージャージー州(New Jersey)の自宅から誘拐され、約2ヶ月後に邸宅付近で死亡しているのが発見されるという実際の事件があり、アガサ・クリスティーは、この事件から着想を得たものとされている。
(51)K ♣️「噴霧器(Atomiser)」
「鏡は横にひび割れて(The Mirror Crack’d from Side to Side)」(1962年)において、米国の映画女優マリーナ・グレッグ(Marina Gregg)と結婚した映画監督ジェイスン・ラッド(Jason Rudd)の秘書エラ・ジーリンスキー(Ella Zielinsky)は、花粉症治療用の噴霧器に毒を入れられて、死亡する。
本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第53作目に該り、ミス・ジェイン・マープルシリーズの長編のうち、第8作目に該っている。
英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている アガサ・クリスティー作ミス・ジェイン・マープルシリーズ 「鏡は横にひび割れて」のペーパーバック版の表紙 <イラスト:ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)> |
ミス・ジェイン・マープルは、セントメアリーミード村(St. Mary Mead)内を散歩中、倒れてしまうが、野戦病院協会(St. John Ambulance)の幹事を務めるヘザー・バドコック(Mrs. Heather Badcock)に助けられ、自宅まで連れて帰ってもらった。
二人で紅茶を飲んでいる最中、ミス・マープルは、バドコック夫人から、「ゴシントンホール(Gossington Hall - ミス・マープルの親友であるドリー・バントリー(Mrs. Dolly Bantry - バントリー大佐(Colonel Bantry)の妻)が所有していた邸宅)を購入して、最近、セントメアリーミード村に引っ越して来た米国の映画女優であるマリーナ・グレッグに、以前、会ったことがある。」という話を聞かされた。
セントメアリーミード村に引っ越して来たマリーナ・グレッグと彼女の夫で、映画監督であるジェイスン・ラッドは、野戦病院協会支援のためのパーティーを開催する。
そのパーティーには、以下の人物が招待されていた。
*バントリー夫人
*ローラ・ブルースター(Lola Brewster - 米国の映画女優で、マリーナの元夫と結婚)
*アードウィック・フェン(Ardwyck Fenn - マリーナの友人で、以前、マリーナと交際していた過去がある)
*ヘザー・バドコック
*アーサー・バドコック(Arthur Badcock - ヘザーの夫)
パーティーの席上、バドコック夫人は、マリーナを捕まえると、長い昔話を始めた。
バドコック夫人によると、数年前にマリーナがバミューダ(Bermuda)を訪れた際、当時そこで働いていた自分と会ったことがある、とのことだった。その時、バドコック夫人は病気だったが、マリーナの大ファンだったため、病床を推して、マリーナに会いに行く、彼女からサインをもらったと言う。
バドコック夫人とマリーナの二人の会話を近くで聞いていたバントリー夫人は、バドコック夫人が話している間、マリーナが非常に奇妙な表情を浮かべていたことに気付いた。
そうこうしていると、バドコック夫人が突然倒れて、死亡してしまったのである。
スコットランドヤードのダーモット・クラドック主任警部(Chief Inspector Dermot Craddock)/ ウィリアム・ティドラー部長刑事(Sergeant William Tiddler)、そして、地元警察のフランク・コーニッシュ警部(Inspector Frank Cornish)が捜査を担当する。
検死解剖の結果、バドコック夫人の死因は、推奨量の6倍もの精神安定剤を摂取したことによるもので、その精神安定剤は、マリーナが持っていたダイキリ(daiquiri)のグラス内に混入されており、自分の飲み物をこぼしたバドコック夫人に対して、マリーナがそのグラスを手渡したのであった。
ということは、実際には、マリーナ・グレッグの命が狙われていて、バドコック夫人は、その巻き添えに会ったということなのか?
警察の捜査が進む中、更に、二人の人物が殺されることになる。
(52)K ♦️「’炎の心(Heart of Fire’と呼ばれるルビー(Heart of Fire Ruby)」
「炎の心(Heart of Fire)」と呼ばれるルビーは、長編「青列車の秘密(The Mystery of the Blue Train → 2022年11月19日付ブログで紹介済)」(1928年)において、米国の大富豪ルーファス・ヴァン・オールディン(Rufus Van Aldin)が、彼の人生で唯一愛する娘のルース・ケタリング(Ruth Kettering)のために、手に入れたものである。
本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第8作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第5作目に該っている。
英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ 「青列車の秘密」のペーパーバック版の表紙 |
1928年6月、フランスのパリにおいて、米国の大富豪であるルーファス・ヴァン・オールディンは、ロシア人の外交官から、悲劇と暴力の長い歴史に彩られた「炎の心」と呼ばれる傷一つないルビーを手に入れた。
ルーファス・ヴァン・オールディンが、ロシア人の外交官からルビーを買い取ってから10分も経たないうちに、彼は2人の暴漢に襲われるが、なんとか事なきを得る。実は、2人の暴漢は、「侯爵(Monsieur Le Marquis)」と呼ばれる男が差し向けた手の者だった。この「侯爵」は、国際的な宝石泥棒で、英国人にしては、フランス語を非常に流暢に話すことができた。「侯爵」は、珍しい骨董品ばかりを取り扱うパポポラス(Papopolous)の店を訪れると、「暴漢による襲撃は失敗したが、次の計画は失敗する筈がない。」と豪語するのであった。
ルーファス・ヴァン・オールディンが、法外な値段にもかかわらず、不気味な伝説を伴うルビーを手に入れたのは、彼の人生で唯一愛する娘のルース・ケタリングのためだった。このルビーで、結婚に失敗した娘の気を紛らわせることができるのであれば、ルーファス・ヴァン・オールディンは、金に糸目を全くつけなかったし、如何なる危険も顧みなかったのである。
ルーファス・ヴァン・オールディンの娘のルースは、将来、レコンバリー卿(Lord Leconbury)となるデリク・ケタリング(Derek Kettering)と結婚していた。ルースと結婚する前のデリク・ケタリングは、派手なギャンブルや出鱈目な生活等で、一家の財産を食い潰してきたが、結婚を機にして、その暮らしぶりを改めるのではないかと思われた。ところが、周囲の期待とは裏腹に、デリク・ケタリングの暮らしぶりが改まることはなく、それに加えて、悪名高いダンサーであるミレーユ(Mirelle)を愛人にしていた。
パリからロンドンへと戻ったルーファス・ヴァン・オールディンは、早速、ルビーを娘のルースにプレゼントするとともに、ろくでなしの夫デリクとの離婚を勧めるのであった。当初、妙に躊躇うそぶりを見せるルースであったが、ルーファス・ヴァン・オールディンは、「デリクは、金目当てに、お前と結婚した」ことをルースに認めさせ、離婚の手続を進めることに同意させた。
ルースは、南フランスのリヴィエラ(Riviera)で冬のシーズンを過ごすため、近いうちに、ロンドンを発つ予定だった。ルーファス・ヴァン・オールディンは、ルースに対して、ルビーをリヴィエラへ持参するリスクは避けて、銀行の貸金庫に保管しておくよう、強く警告する。
しかしながら、残念なことに、ルーファス・ヴァン・オールディンの警告は、無視されることとなった。そして、それが、ルースにとって、悲劇を呼ぶことになる。ルースは、代償として、自分の命を落とすことになるのであった。
愛人のミレーユ(Mirelle)は、デリク・ケタリングに対して、「ルース・ケタリングは、リヴィエラで冬のシーズンを過ごすと言っているが、実際にはパリへ向かう予定で、そこでアルマン・ド・ラ・ローシュ伯爵(Arman, Comte de la Roche)と逢い引きする筈だ!」と話す。10年前、デリクと結婚するまで、ルースが女誑しの悪党であるローシュ伯爵と恋仲だったことを考えると、あり得る話だった。
ミレーユの話を聞いたデリク・ケタリングは、ミレーユのフラットを飛び出すと、ニース(Nice)行き青列車(Blue Train)の寝台を予約した。それは、妻のルースがリヴィエラへ向かう列車で、ミレーユの話が本当であれば、少なくとも、パリまでは乗って行く筈だ。
ニース行きの青列車は、リヴィエラで冬のシーズンを過ごす予定である英国の有閑階級の人達で満席だった。
ルース・ケタリングは、メイドのエイダ・メイスン(Ada Mason)を連れて、青列車に乗車する。父親のルーファス・ヴァン・オールディンに強く警告されたにもかかわらず、リースは、父親からプレゼントされたルビー「炎の心臓」を携えたままであった。
青列車の乗客の中には、英国の有閑階級の人達に初めて加わるキャサリン・グレイ(Katherine Grey)も居た。彼女は、ついこの前まで金持ちの話し相手(コンパニオン)を務めていて、彼女の雇い主が遺してくれた財産を相続したばかりだった。
彼女は、長い間、連絡の途絶えていた従姉妹のレディー・ロザリー・タンプリン(Lady Rosalie Tamplin)から、「数ヶ月間、リヴィエラで一緒に過ごさないか?」と招かれていた。レディー・タンプリンにとって、興味があるのは、自分が相続したばかりの財産だと気付いてはいたが、キャサリン・グレイは、自分に巡ってきた幸運を享受するつもりだった。
昼食をとるために、食堂車へと向かったキャサリン・グレイは、ルース・ケタリングと隣席になる。ルースは、「自分がこれからパリでしようとしている逢い引きについて、無謀だった。」と感じ始めており、キャサリンに対して、自分の気持ちを吐露するのであった。
通常、こういった打ち明け話をした場合、打ち明けた当人は、打ち明けた相手に対して、二度と会いたがらないものだ。実際、ルースは、自室内で夕食を取るようで、食堂車へ赴いたキャサリンは、別の人物と同席することになる。それは、他ならぬエルキュール・ポワロだった。
それ以降、キャサリン・グレイの身辺には、特に何も起きなかったが、青列車がニースに到着すると、彼女は恐ろしい事件に巻き込まれる。
昨日、昼食の席で隣席となったルース・ケタリングが、自室内において、就寝中、何者かによって、首を絞められて殺害された後、激しい一撃で、顔の見分けがつかない程になっているのが発見されたのである。そして、彼女が携えていた「炎の心臓」が紛失していた。
メイドのエイダ・メイスンも、その姿を消していたため、警察は、キャサリン・グレイに対して、身元の確認を依頼するが、顔の判別がつかず、それは難しかった。
そして、その場に居合わせたポワロが、警察に対して、捜査の協力を申し出るのであった。
「青列車の秘密」は、1926年の失踪事件後、アガサ・クリスティーが精神的に不安定な時期に執筆した作品で、既に短編として発表されている「プリマス行き急行列車(The Plymouth Express)」を長編用に焼き直したものとして知られている。
アガサ・クリスティー自身、本作品を全く気に入っておらず、「アガサ・クリスティー自伝」において、「この時が、私にとって、アマチュアからプロへと転じた瞬間であった。プロの重荷を、私は身に付けたのである。それは、書きたくない時にも、書くこと、あまり気に入っていないものでも、書くこと、そして、特によく書けていないものでも、書くことだった。私は、「青列車の秘密」がずーっと嫌で堪らなかったが、書かねばならなかった。そして、私は出版社へ届けた。「青列車の秘密」は、この前の本と同じ位によく売れたのである。そのことで、私は満足しなければならなかった。そうは言っても、あまり自慢できるような話はない。」と回想している。
「青列車の秘密」に登場するキャサリン・グレイは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)に住んでいる設定になっている。
セントメアリーミードとは、アガサ・クリスティーが1930年に発表した「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage → 2022年10月30日 / 10月31日付ブログで紹介済)」において、初登場したミス・ジェイン・マープルが住んでいる場所でもある。
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