2025年5月22日木曜日

ロンドン サー・ジョン・ソーンズ博物館(Sir John Soane’s Museum)- その1

サー・ジョン・ソーンズ博物館の入口(右側)と出口(左側)


米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第5作目に該る「死時計(Death-Watch → 2025年4月30日 / 5月4日付ブログで紹介済)」の場合、9月4日、風が吹くひんやりした夜の12時近く、ギディオン・フェル博士とメルスン教授(Professor Melson - 歴史学者で、ギディオン・フェル博士の友人)が、ホルボーン通り(Holborn → 2025年5月6日付ブログで紹介済)を歩いていところから、その物語が始まる。



2人は、劇場で映画を観た帰りで、メルスン教授が宿泊する予定のリンカーンズ・イン・フィールズ(Lincoln’s Inn Fileds → 2016年7月3日付ブログで紹介済)へと向かっていた。メルスン教授は、当初、ブルームズベリー地区(Bloomsbury)に宿泊しようとしたが、生憎と、どこも満員だったため、居心地が悪そうではあったものの、リンカーンズ・イン・フィールズ15番地(15 Lincoln’s Inn Fields)に寝室兼居間を見つけていた。


リンカーンズ・イン・フィールズの北側に建つ建物 -
サー・ジョン・ソーンズ博物館へ行くには、画面右へと進む必要がある。

その日の午後、メルスン教授は、フォイルズ書店(Foyles → 2025年5月7日 / 5月9日付ブログで紹介済)において、中世ラテン語の写本辞書を見つけており、これは正真正銘の掘り出し物のため、ギディオン・フェル博士は、メルスン教授の宿でそれを見せてもらおうと考えていたのである。


画面左側には、リンカーンズ・イン・フィールズ内の公園が広がっている。

 彼らはリンカンズ・イン・フィールズの北側へ出た。広場そのものは、昼間見るよりも広大に見える。家々の正面はひっそりと静まり返り、とざされたカーテンの奥から明りがちらほら洩れているだけで、木立ちにしても、整然とした森のようであった。かすんだ月が空にかかり、街灯のように青ざめている。

「右へ曲がるんです」メイスンが言った。「あれがソーン博物館です。この二軒むこうが……」のっぺりした家々を見上げながら、地下勝手口の湿った鉄柵に手を走らせ、「わたしの泊まっている家です。隣がジョハナスの家です。なんにもならないんじゃないでしょうか、つっ立ってあの家を見ていても……」

「はっきりしたことはわからんのだが」フェル博士が言った。「玄関のドアがあいている……」

(吉田 誠一訳)


リンカーンズ・イン・フィールズ12番地の建物 -
サー・ジョン・ソーンズ博物館の一棟


メルスン教授が宿泊する予定のリンカーンズ・イン・フィールズ15番地へ行くために、ギディオン・フェル博士とメルスン教授の2人が前を通った「ソーン博物館」とは、「サー・ジョン・ソーンズ博物館(Sir John Soane’s Museum)」のことで、リンカーンズ・イン・フィールズに面して建っている。


リンカーンズ・イン・フィールズ13番地の建物 -
サー・ジョン・ソーンズ博物館の一棟

リンカーンズ・イン・フィールズとは、ロンドンの特別区の一つであるロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)のホルボーン地区(Holborn → 2016年9月24日 / 2025年4月22日付ブログで紹介済)内にある広場とその周辺地域を指している。

厳密に言うと、リンカーンズ・イン・フィールズ内の広場、東側、北側および西側の建物はロンドン・カムデン区に属しているが、南側の建物はシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)に属している。また、リンカーンズ・イン・フィールズは、ロンドン・カムデン区最古の広場で、かつ、ロンドン最大の面積を誇っている。


リンカーンズ・イン・フィールズ14番地の建物 -
サー・ジョン・ソーンズ博物館の一棟

サー・ジョン・ソーンズ博物館は、英国の古典主義を代表する建築家で、1788年にロバート・テイラー(Robert Taylor:1714年ー1788年)の後を継いで、イングランド銀行(Bank of England → 2015年6月21日 / 6月28日付ブログで紹介済)の建築家に就任し、その後、1833年まで45年間にわたり、その任を務めたサー・ジョン・ソーン(Sir John Soane:1753年ー1837年)の邸宅兼スタジオを使用しており、彼が手掛けた建築に関する素描、図面や建築模型、更に、彼が収集した絵画や骨董品等を所蔵している。


イングランド銀行裏手(ロスベリー通り(Lothbury)沿い)の外壁に設置されている
サー・ジョン・ソーン像(その1)


イングランド銀行裏手(ロスベリー通り(Lothbury)沿い)の外壁に設置されている
サー・ジョン・ソーン像(その2)


なお、サー・ジョン・ソーンズ博物館は、リンカーンズ・イン・フィールズ12番地 / 13番地 / 14番地(12, 13, 14 Lincoln’s Inn Fields)の3棟を占めており、ジョン・ディクスン・カー「死時計」の物語上、


*メルスン教授が宿泊する予定の場所:リンカーンズ・イン・フィールズ15番地

*有名な時計師(clockmaker)であるジョハナス・カーヴァー(Johannus Carver)家で、事件の舞台となる場所:リンカーンズ・イン・フィールズ16番地(16 Lincoln’s Inn Fields)


と言う設定になっている。


0 件のコメント:

コメントを投稿