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現在、チャリングクロスロード107番地(107 Charing Cross Road)に所在する フォイルズ書店(本店)の外観(その1) |
米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第5作目に該る「死時計(Death-Watch → 2025年4月30日 / 5月4日付ブログで紹介済)」は、次のようにして始まる。
「それは九月四日の夜のことであった。(中略)風のそよ吹くひんやりとした夜の十二時ちかく、二人(ギディオン・フェル博士と友人で歴史学者のメルスン教授(Professor Melson))はホルボーン通りを歩いていたのだった。思いがけずブルームズベリ区がどこも万人だったので、メルスンは宿としてリンカンズ・イン・フィールズの五階にある、居心地の悪そうな寝室兼居間を見つけておいたのだが、この程度のものしか見つからなかったのだ。この夜、二人は劇場からの帰りがおそくなってしまった。ミリアム・ホプキンズ嬢の魅力のとりこになったフェル博士が、その映画を二回通して見ようと言ってきかなかったからである。しかも、その日の午後メルスンが、正真正銘の掘り出し物、中世ラテン語の写本辞書を、フォイルズ書店で見つけていたので、博士はそいつを見せてもらわなければ自分の宿へ帰らない、と頑強に言い張っていたのだった。」(吉田 誠一訳)
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現在、チャリングクロスロード107番地に所在する フォイルズ書店(本店)の外観(その2) |
メルスン教授が中世ラテン語の写本辞書を見つけた「フォイルズ書店(Foyles)」は、ロンドン市内に実在する老舗書店である。
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現在、チャリングクロスロード107番地に所在する フォイルズ書店(本店)の入口 |
公務員試験に通らなかったウィリアム・アルフレッド・ウェストロップ・フォイル(William Alfred Westropp Foyle:1885年ー1963年)と弟のギルバート・フォイル(Gilbert Foyle)は、大量に持っていた受験用の教科書を売りに出したところ、在庫以上の注文を受ける。このことがキッカケとなり、フォイル兄弟は、1903年に自宅で古本を販売する事業を始めた。
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現在、チャリングクロスロード107番地に所在する フォイルズ書店(本店)の建物を下から見上げたところ |
自宅での古本販売が軌道に乗ったフォイル兄弟は、1903年にペッカム(Peckham)、1904年にウェストエンド(West End)に店舗を開いた後、1906年に(現在の本店に近い)チャリングクロスロード135番地(135 Charing Cross Road)にも店舗を開設。
同年の1906年、フォイル兄弟は、チャリングクロスロード119番地(119 Charing Cross Road)にフォイルズビル(Foyles Building)を構え、ロンドン内の店舗をここに集約。また、隣接するビルも獲得して、売り場面積を拡張。
書店内の本棚の専有面積(30マイル / 48㎞)と書籍の数に関して、フォイルズ書店は、世界最大の書店として、以前、ギネス(Guinness Book of Records)に登録されるまでになり、現在でも、英国内では最大級の書店であり続けている。
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現在、チャリングクロスロード107番地に所在する フォイルズ書店(本店)の外観(その3) |
ジョン・ディクスン・カー作「死時計」が1935年に発表されたことを考えると、ギディオン・フェル博士の友人で、歴史学者のメルスン教授が中世ラテン語の写本辞書を見つけたのは、「フォイルズ書店」がチャリングクロスロード119番地に所在した頃だと思われる。
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