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英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から 2023年に刊行されている Pushkin Vertigo シリーズの一つである 横溝正史作「悪魔が来りて笛を吹く」の裏表紙 (Cover design by Anna Morrison) |
日本の推理作家である横溝正史(Seishi Yokomizo:1902年ー1981年)による長編推理小説で、金田一耕助(Kosuke Kindaichi)シリーズの長編第8作目に該る「悪魔が来りて笛を吹く(The Devil’s Flute Murders)」(1951年ー1953年)の場合、1947年(昭和22年)9月28日、元子爵(former Viscount)である椿 英輔(Hidesuke Tsubaki)の娘 美禰子(Mineko Tsubaki)が、金田一耕助の元を訪れたところから、その物語が始まる。
金田一耕助は、前年の1946年(昭和21年)、日本へ復員した後、東京都大森の山手地区に所在する割烹旅館である松月館(Pine Moon Inn)に、その身を置いていた。
椿 美禰子の父親である椿 英輔元子爵は、この春、世間を騒がせた「天銀堂事件(Tengindo murders)」の容疑者として、警察に疑われた人物だった。
1947年1月15日の午前10時頃、銀座(Ginza)に所在する宝石店「天銀堂(Tengindo)」に、「伝染病予防のために、保健所から来た。」と称する男が姿を現した。この男が、宝石店の店員全員に対して、毒薬を飲ませて殺傷して、宝石を奪い、逃亡すると言う事件が発生していたのである。
毒薬を飲まされたものの、幸いにして、生き残った店員からの情報に基づいて作成されたモンタージュ写真から、警察は、宝石を奪い、逃亡した男として、椿 英輔元子爵を取り調べた。
作者の横溝正史は、実際の事件である「帝銀事件」の舞台を、東京都郊外の銀行から銀座の宝石店へと変更の上、物語に取り入れている。
*帝銀事件:1948年(昭和23年)1月26日に東京都豊島区長崎に所在する帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店において、実際に発生した事件。東京都の防疫消毒班を名乗る男が現れ、「近くで集団赤痢が発生したため、皆さんには赤痢の予防薬を飲んでもらう必要がある。」と告げると、持っていた小児用の薬瓶からスポイト状の道具を使い、湯呑みに薬を注いだ。ところが、実際には、赤痢用の予防薬ではなく、青酸系の毒物が入っていた。その結果、薬を飲んだ行員16名のうち、12名が死亡。東京都の防疫消毒班を名乗る男は、18万円余りの現金と小切手が奪って、逃走したのである。
「天銀堂事件」の容疑者として疑われ、警察に取り調べられた椿 英輔元子爵は、その後、失踪。約1ヶ月半後の同年4月14日、長野県の霧ヶ峰(Mount Kirigamine)において、彼の遺体が発見された。
椿 英輔元子爵は、娘の美禰子に遺書を残していた。
その遺書には、「父は、これ以上の屈辱と不名誉に耐えていくことはできないのだ。これが暴露されると、由緒ある椿の家名も、泥沼の中へ落ちてしまう。ああ、悪魔が来りて笛を吹く。(I can bear no more humiliation and disgrace. If this story comes to light, the good name of the Tsubaki family will be cast into the mud. Oh, the devil will indeed come and play his flute.)」と書かれてあった。
椿 美禰子は、金田一耕助に対して、更に驚くべきことを告げる。
彼女の母親である椿 秌子(Akiko Tsubaki)が、最近、椿 英輔元子爵らしき人物を目撃したと言うのだ。
それでは、長野県の霧ヶ峰において遺体として見つかったのは、一体、誰なのか?
夫である椿 英輔元子爵を目撃した椿 秌子が、何故か、非常に怯えているため、「父が本当に生きているかどうかについて、椿家で砂占いで確かめることになった。」と、椿 美禰子は金田一耕助に説明するとともに、彼にその砂占いへの同席を依頼するのであった。

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