2024年7月25日木曜日

アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」<小説版(愛蔵版)>(Peril at End House by Agatha Christie )- その3

2024年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の内扉


今回、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)を再読して思うことは、名探偵エルキュール・ポワロの正義に対する考え方である。


日本の文藝春秋社から2022年に出版された
有栖川 有栖作「捜査線上の夕映え」の
ハードカバー版の表紙
カバー写真: 堀内 洋助
装丁: 関口 聖司

まず、その前に、日本の出版社である株式会社文藝春秋から出版された日本の小説家 / 推理作家である有栖川 有栖(Alice Arisugawa:1959年ー)作「捜査線上の夕映え」(2022年)の中から、ある文章を紹介したい。

同作は、京都の英都大学において、犯罪社会学を研究している火村 英生(Hideo Himura)准教授を主人公とするシリーズの1作で、同作に登場する推理作家の有栖川 有栖(Alice Arisugawa - 作者と同姓同名)が、彼のことを以下ように評している。


「犯罪そのものより、彼は犯罪者 - 端的に言うと人を殺す者を憎んでいる。殺人を犯した者がその罪を自らの命で償うのは当然だとも考えている。理由は、自分が人を殺したいと思ったことがあるから。」


英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
ペイパーバック版の表紙(その1)

エルキュール・ポワロも、「殺人を犯した者は、その罪を自らの命で償うのは、当然だと考えている」と、個人的には、思っている。

勿論、ポワロの方が、火村 英生准教授よりも、「先駆者」であるが、ポワロの考え方は、より絶対的な正義を体現していると言える。


英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
ペイパーバック版の表紙(その2)

ポワロによる絶対的な正義の片鱗は、まず最初に、「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd → 2023年9月25日 / 10月2日付ブログで紹介済)」(1926年)に見られる。

ポワロは、ロジャー・アクロイド(Roger Ackroyd)を殺害した犯人に対して、事件の記録を書き上げた後、自殺をするように促す。


2022年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「アクロイド殺し」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Holly Macdonald /
Illustrations by Shutterstock.com) 


そして、本作「エンドハウスの怪事件」の場合、マギー・バックリー(Maggie Buckley)を射殺したことをポワロによって指摘された犯人は、友人である女性に対して、「あなたがしている腕時計を譲ってほしい。」と頼む。

実は、友人である女性から譲ってもらった腕時計の中には、コカインが仕込まれていた。裁判で死刑に処せられることを回避するために、犯人はそのコカインで自殺しようと考えていた。ポワロは、そのことを知っていたが、罪を自らの命で償わせるために、あえて何も言及しなかった。


次は、「オリエント急行の殺人(Murder on the Orient Express)」(1934年)となる。

オリエント急行の乗客の一人、米国人の実業家であるサミュエル・エドワード・ラチェット(Samuel Edward Ratchett)が殺害される。

実は、サミュエル・エドワード・ラチェットという名前は偽名であり、彼は、5年前に、米国において、幼いデイジー・アームストロング(Daisy Armstrong)を誘拐して殺害した犯人カセッティ(Cassetti)で、身代金を持って海外へ逃亡していたことが判明する。

ポワロは、デイジー・アームストロングを誘拐の上、殺害したサミュエル・エドワード・ラチェット自身、殺害されることで、罪を自らの命で償ったと考えているのではないだろうか?

ただ、デイジー・アームストロングの復讐のためとは言え、サミュエル・エドワード・ラチェットを殺害した犯人達について、ポワロは、最終的に、見逃している。


2013年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「オリエント急行の殺人」
(ペーパーバック版)の表紙
(Cover design by Claire Ward / HarperCollinsPublishers Ltd.
Background illustration and silhouette Shutterstock.com)


年代はかなり後半となるが、


*「死者のあやまち(Dead Man’s Folly → 2023年8月18日 / 8月22日付ブログで紹介済)」(1956年)


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「死者のあやまち」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
アガサ・クリスティーの夏期の住まいである
デヴォン州のグリーンウェイが、ナス屋敷として描かれている。


*「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party → 2023年10月6日 / 10月11日付ブログで紹介済)」(1969年)


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Sarah Foster / HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover images by Shutterstock.com) 


を経て、(執筆自体は、第2次世界大戦(1939年ー1945年)中であるが、)ポワロの最終作である「カーテン ポワロ最後の事件」において、ポワロによる絶対的な正義は、結実するのである。


英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「カーテン:ポワロ最後の事件」の
ペイパーバック版の表紙

2024年7月24日水曜日

ケンブリッジ(Cambridge) フィッツウィリアム美術館(Fitzwilliam Museum)- その2

Sir Issac Newton (1642年 - 1727年) :
Notebooks (1665年 - 1668年)
筆者がフィッツウィリアム美術館で購入した絵葉書から抜粋。
サー・アイザック・ニュートンは、
英国の自然哲学者、数学者、物理学者、天文学者、そして、神学者として有名。


英国の女流推理作家であるフィリス・ドロシー・ジェイムズ(Phyllis Dorothy James:1920年ー2014年 / 一般に、「P・D・ジェイムズ(P. D. James)」と呼ばれている)作「女には向かない職業(An Unsuitable Job for a Woman → 2024年5月5日 / 5月20日 / 5月23日付ブログで紹介済)」(1972年)において、女探偵のコーデリア・グレイ(Cordelia Gray - 22歳)は、ケンブリッジ(Cambridge)のガーフォースハウス(Garforth House)に住む天然資源保護論者(conservationist)/ 微生物学者(microbiologist)であるサー・ロナルド・カレンダー(Sir Ronald Callender)から、最近亡くなった彼の子息で、ケンブリッジ大学(University of Cambridge)の学生だったマーク・カレンダー(Mark Callender)が本当に自殺をしたのか、その原因を調査したほしい、との依頼を受ける。

サー・ロナルド・カレンダーからの依頼を引き受けた後の食事の席で、英国の小説家であるジェーン・オーステン(Jane Austen:1775年ー1817年)が好きなコーデリア・グレイに対して、彼の秘書であるエリザベス・レミング(Elizabeth Leaming)は、フィッツウィリアム美術館(Fitzwilliam Museum)を訪れることを勧めた。


Edgar Degas (1834年 - 1917年) :
Au Cafe (1875年頃 - 1877年頃)
Oil on canvas / 65.7 cm x 54.6 cm
筆者がフィッツウィリアム美術館で購入した絵葉書から抜粋。
エドガー・ドガは、フランス印象派の画家 / 彫刻家。

フィッツウィリアム美術館は、ケンブリッジ大学に附属する美術館で、ケンブリッジ(Cambridge)の中心部に位置するトランピントンストリート(Trumpington Street)沿いに建っている。

Claude Monet (1840年 - 1926年) :
Rocks at Port-Coton, the Lion Rock, Belle lle (1886年)
Oil on canvas / 65.4 cm x 81.2 cm
筆者がフィッツウィリアム美術館で購入した絵葉書から抜粋。
クロード・モネは、フランス印象派の画家。

アイルランドの貴族で、英国の庶民院議員を務めた第7代フィッツウィリアム子爵リチャード・フィッツウィリアム(Richard FitzWilliam, 7th Viscount FitzWilliam:1745年ー1816年)が死後に自身のコレクションをケンブリッジ大学に寄贈したことを元に、フィッツウィリアム美術館が創設された。

Pierre Auguste Renoir (1841年 - 1919年) :
The Gust of Wind (1872年頃)
Oil on canvas / 52 cm x 82.5 cm
筆者がフィッツウィリアム美術館で購入した絵葉書から抜粋。
ピエール=オーギュスト・ルノワールは、フランス印象派の画家。

第7代フィッツウィリアム子爵リチャード・フィッツウィリアムから遺贈されたコレクションは、当初、別の場所に保管されていたが、膨大なコレクションを所蔵するための建物の建設が始まる。

英国の建築家であるイライアス・ジョージ・バセヴィ(Elias George Basevi:1794年ー1845年)による設計に基づき、1837年から1843年にかけて、フィッツウィリアム美術館が建設され、1848年に開館を迎えた。


Georges Seurat (1859年 - 1891年) :
The Rue St. Vincent, Paris, in Spring (1884年)
Oil on canvas / 24.7 cm x 15.5 cm
筆者がフィッツウィリアム美術館で購入した絵葉書から抜粋。
ジョルジュ・スーラは、フランス新印象派の画家。


フィッツウィリアム美術館のコレクションは、現在、50万点を超えており、


(1)アンティーク

(2)工芸品

(3)コイン / メダル

(4)写本 / 書籍

(5)絵画 / 素描


の5つの部門から成っている。

なお、多くの展示品は、ケンブリッジ大学からの貸出と言う形になっている。


フィッツウィリアム美術館の建物は、現在、「第一級建造物(Grade I listed)」に指定されている。


2024年7月23日火曜日

ニック・カイム作「シャーロック・ホームズ / 遺産」(Sherlock Holmes : The Legacy of Deeds by Nick Kyle) - その4

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から2017年に出版された
ニック・カイム作「シャーロック・ホームズ:遺産」の表紙(部分)
(Images : Shutterstock / Dreamstime)


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


作家 / 編集者であるニック・カイム(Nick Kyme)作「シャーロック・ホームズ / 遺産(Sherlock Holmes : The Legacy of Deeds → 2024年7月8日 / 7月14日 / 7月19日付ブログで紹介済)」 の場合、


*「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」

*3年間の第空位時代

*「空き家の冒険(The Empty House → 2022年5月27日 / 7月1日 / 7月10日 / 7月17日 / 7月24日 / 7月29日 / 8月3日 / 8月6日付ブログで紹介済)」


を経て、シャーロック・ホームズがロンドンに帰還した1894年4月から、約半年が経過した同年の冬から始まる。


3週間程、仕事が全くなく、ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)にずーっと閉じこもっているシャーロック・ホームズのことを心配したジョン・H・ワトスンは、自分のポケットマネーを叩いて、ホームズをロイヤルオペラハウス(Royal Opera House → 2015年8月29日付ブログで紹介済)へと連れ出す。2人がクラシックバレエ「白鳥の湖(Swan Lake)」の第2幕目(Act II)を鑑賞する中、舞台上の照明が薄暗くなり、突然、後ろの方の幕が下りる。そして、再度、幕が上がると、そこには、白鳥を踊っていた女性ダンサーの一人が、後頭部への一撃を受けて、殺されていると言うセンセーショナルな幕開けを以って、物語が展開していく。


(2)物語の展開について ☆☆☆☆(4.0)


*ロイヤルオペラハウスにおいて、クラシックバレエ「白鳥の湖」が行われている最中に、白鳥を踊っていた女性ダンサーの一人が殺害される。

*ロシア貴族であるコンスタンティン公爵(The Grand Duke Konstantin)による英国訪問

*ワトスンがリージェントストリート(Regent Street)において見かけた掏摸と思しき若い女性と彼女を追っている男

*ウェリントンストリート(Wellington Street)沿いにあるグレイスンギャラリー(Grayson Gallery)において、ギャラリーのパトロンである30名以上の男女が、青酸ガスで殺害される。

*メイフェア地区(Mayfair)に住み、グレイスンギャラリーのパトロンでありながら、画家である「アイヴァー・ラザラス(Ivor Lazarus)」としても活動しているダミアン・グレーヴス(Damian Graves)による怪しい動き


等の事件や出来事が最終的に一つに収束し、ブラックフライアーズ橋(Blackfriars Bridge)において、結末を迎える。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆半(3.5)


ロイヤルオペラにおける女性ダンサー殺害事件から始まり、いろいろな事件がや出来事が起きるが、ホームズは、最終的に、全てをキチンと一つの流れに収束させて、解決に導いている。


(4)総合評価 ☆☆☆半(3.5)


ロイヤルオペラにおける女性ダンサー殺害事件を初めとする諸々の事件や出来事が、本作品内に詰め込まれているが、最終的に、全てがキチンと収束する上に、約270ページの中に、うまくまとめられている。

また、非常に読み易く、物語がうまい具合に展開して行くので、読んでいて、飽きることがない。 


2024年7月22日月曜日

ロンドン ウェリントンストリート(Wellington Street)

ウェリントンストリート(北側)とラッセルストリートが交差した北西の角
<筆者撮影>

作家 / 編集者であるニック・カイム(Nick Kyme)作「シャーロック・ホームズ / 遺産」(Sherlock Holmes : The Legacy of Deeds → 2024年7月8日 / 7月14日 / 7月19日付ブログで紹介済) において、ウェリントンストリート(Wellington Street)沿いにあるグレイスンギャラリー(Grayson Gallery)に勤める学芸員のアシスタントであるエドムンド・ガレット(Edmund Garret)と言う男性が、ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)のシャーロック・ホームズの元を訪れて、「殺人事件が起きたので、ギャラリーまで一緒に来てほしい。」と依頼。

彼に連れられて、グレイスンギャラリーに着いたホームズとジョン・H・ワトスンの2人がギャラリー内に入ると、驚くことに、床の上にギャラリーのパトロンである30名以上の男女が死んでいたのである。その中には、学芸員のアーサー・マボット(Arthur Mabbot)と2名のウェイターも含まれていた。

(ちなみに、グレイスンギャラリーは、架空の場所である。)


<筆者撮影>

ウェリントンストリートは、ロンドンの中心部に位置するシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)内に所在している。


ストランド通りから、ウェリントンストリートを北上するところ -
画面奥を左右に横切るのが、エクセターストリート。
<筆者撮影>

ウェリントンストリートの南側は、テムズ河(River Thames)に並行して東西に延びるストランド通り(Strand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)から始まり、北上する途中、


(1)エクセターストリート(Exeter Street)

(2)タビストックストリート(Tavistock Street)


と交差した後、コヴェントガーデン(Covent Garden)から東へ延びるラッセルストリート(Russell Street)と交差したところで、ウェリントンストリートの北側は、終わっている。


タビストックストリートを横切って、ウェリントンストリートを更に北上するところ -
画面奥を左右に横切るのが、ラッセルストリート。
<筆者撮影>

ウェリントンストリート(北側)とラッセルストリートが交差した北東の角
<筆者撮影>


その後、ウェリントンストリートは、ボウストリート(Bow Street → 2014年10月31日付ブログで紹介済)へと名前を変えて、更に北上を続けて行く。


ボウストリート警察署が入っていた建物
<筆者撮影>


なお、ウェリントンストリートの名前は、英国の軍人 / 貴族 / 政治家である初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー(Arthur Wellesley, 1st Duke of Wellington:1769年ー1852年)に因んでいる。

初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーは、1815年のワーテルローの戦い(Battle of Waterloo)において、フランス第一帝政の皇帝であるナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte:1769年-1821年 在位期間:1804年ー1814年 / 1815年)と会戦して、彼を打ち破った軍人として、非常に有名である。軍人としての最終階級は、陸軍元帥(Field-marshall)。

また、彼は、保守党の政治家としても活躍して、2度にわたり、英国首相(在職期間:1828年ー1830年 / 1834年)を務めている。


初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーの名前を冠した
パブ「ザ・ウェリントン(The Wellington)」-
なお、パブは、ウェリントンストリートとストランド通りが
交差する南西の角に建っている。
<筆者撮影>

パブ「ザ・ウェリントン」の看板
<筆者撮影>

パブ「ザ・ウェリントン」の店名の由来を記した碑銘
<筆者撮影>

ウェリントンストリート沿いに建つ有名な建物としては、シャーロック・ホームズシリーズの長編第2作目に該る「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」に出てくるライシアム劇場(Lyceum Theatre → 2014年7月12日付ブログで紹介済)がある。


ライシアム劇場では、現在、
ミュージカル「ライオンキング」がロングランを続けている。
<筆者撮影>


また、ボウストリート沿いに建つ有名な建物としては、シャーロック・ホームズシリーズの短編第6作目に該る「唇のねじれた男(The Man with the Twisted Lip)」に出てくるボウストリート警察署(Bow Street Police Station → 2014年10月31日付ブログで紹介済)や同シリーズの短編第41作目に該る「赤い輪(The Red Circle)」 / ニック・カイム作「シャーロック・ホームズ / 遺産」に出てくるロイヤルオペラハウス(Royal Opera House → 2015年8月29日付ブログで紹介済)がある。


Royal Opera House Exterior
(Photography by Luke Hayes) -
ロイヤルオペラハウスで購入した絵葉書から抜粋。

The auditorium of the Royal Opera House
(Photography by Sim Canetty-Clarke) -
ロイヤルオペラハウスで購入した絵葉書から抜粋。


2024年7月21日日曜日

アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」<小説版(愛蔵版)>(Peril at End House by Agatha Christie )- その2


2024年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の裏表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) 

 「コーニッシュ リヴィエラ(Cornish Riviera)」と呼ばれるコンウォール州(Cornwall)のセントルー村(St. Loo - 架空の場所)に近いマジェスティックホテル(Majestic Hotel)において、エルキュール・ポワロと彼の相棒で、友人でもあるアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)は、優雅な休暇を楽しんでいた。

一方、新聞では、世界一周飛行に挑戦中の飛行家であるマイケル・シートン大尉(Captain Michael Seton)が、太平洋上で行方不明になっていることを伝えていた。


テラスから庭へと通じる階段でポワロが足を踏み外したところ、丁度運良くそこに通りかかったニック・バックリー(Nick Buckley - 本名:マグダラ・バックリー(Magdala Buckley))に助けられる。

彼女は、ホテルからほんの目と鼻の先にある岬の突端に立つやや古びた屋敷エンドハウス(End House)の若き女主人であった。

また、彼女は、父のフィリップ(Philip)と母のエイミー(Amy)を早くに亡くしており、祖父のサー・ニコラス・バックリー(Sir Nicholas Buckley)に育てられた。そのため、祖父が「Old Nick」、そして、彼女自身が「Young Nick」と呼ばれ、彼女は、「ニック」と言う愛称を得たのである。


ポワロ達との会話を終えると、ホテルからほんの目と鼻の先にある岬の突端に立つやや古びた屋敷エンドハウス(End House)の若き女主人であるニック・バックリーは、それまでかぶっていた日除け帽子をテラスのテーブルの上に忘れたまま、立ち去った。

ポワロが残された帽子を手に取ってみると、帽子のつばには穴があいており、その上、近くには弾丸が落ちていたのである。と言うことは、先程、ニック・バックリーが蜂による一刺しだと思ったのは、実際には、銃による狙撃だったのだ!


先程の会話によると、ニック・バックリーは、「3日間に3回も命拾いをした。」とのことだった。


<1回目>

彼女が寝ているベッドの頭板の上に架かっている大きな油絵の額が、ある夜、額を支えている針金が切れて落下したが、ちょうど彼女が目を覚ましてベッドから離れていたため、間一髪のところだった。


<2回目>

彼女が海水浴のためにエンドハウスから小道を下っていた際、丸石が崖から転がり落ちてきて、もう少しで当たるところだった。


<3回目>

車のブレーキが突然効かなくなったが、近くの植え込みに突っ込むだけで、なんとか事無きを得た。


会話を終えて、彼女が立ち去る際に忘れていった日よけ帽子の広いつばには、穴が開いており、狙撃によるものだと、ポワロは見抜いた。つまり、ポワロが先程拾った弾丸は、何者かが彼女の命を狙って発射したことになる。更に言うと、彼女は、3回ではなく、4回も命を狙われたことになる。大胆にも、名探偵である自分の目前で、殺人を行おうとした犯人に、ポワロはプライドを大きく傷つけられたのだった。

そこで、ポワロは、ヘイスティングス大尉を伴って、ニック・バックリーが住むエンドハウスへと赴く。


ニック・バックリーには、一緒に食事をしたり、飲んだりする友人が、3人居た。


(1)フレデリカ・ライス(Frederica Rice - 愛称:フレディー(Freddie)):2、3年前に、アルコール中毒の夫と別れたものの、元夫は行方知らず。


(2)ジム・ラザラス(Jim Lazarus):ロンドンのボンドストリート(Bond Street → 2017年5月21日付ブログで紹介済)において、美術商(art dealer)を営む。


(3)ジョージ・チャレンジャー(George Challenger):英国海軍中佐(Royal Navy Commander)


ニック・バックリーは、彼女の取り巻きの友人から、何か恨まれているのだろうか?エンドハウスが多額の抵当に入っていることから、金銭面が動機とは思われなかった。現時点において、ニック・バックリーの命を付け狙う犯人の動機が、ポワロには、ハッキリとしなかった。


そのため、ポワロとしては、犯人の可能性がある人物を突き止めるまでの間、何としてでも、ニック・バックリーの命を守る必要性があった。

そこで、ポワロは、ニック・バックリーに対して、ヨークシャー州(Yorkshire)の牧師(clergyman)であるジャイルズ・バックリー(Giles Buckley)の娘で、彼女の従姉妹に該るマギー・バックリー(Maggie Buckley)を呼び寄せて、いつも彼女の側に居てもらうよう、説得した。


ところが、セントルー村で開催された花火の夜、ニック・バックリーがヨークシャー州から呼び寄せたマギー・バックリーが、何者かに殺害されてしまった。

事件当夜、マギー・バックリーは、ニック・バックリーの真っ赤なチャイナシルクのショールを借りていたため、ニック・バックリーと間違えられて、犯人に拳銃で撃たれたものと思われた。これで、ニック・バックリーは、謎の人物に5回も命を狙われて、5回とも、命拾いしたことになる。ただし、今回の5回目の場合、彼女の従姉妹であるマギー・バックリーが、彼女の代わりに、殺されてしまった訳である。


その翌日、世界一周飛行に挑戦中だった飛行家のマイケル・シートン大尉が、飛行中の墜落事故により、死亡したと言うニュースが報道される。

約1週間前に、マイケル・シートン大尉の叔父で、大富豪のサー・マイケル・シートン(Sir Michael Seton)が死去した結果、彼は、世界一周飛行に挑戦中に、莫大な遺産を相続することになっていたのである。

ニック・バックリーは、ポワロに対して、「自分とマイケル・シートン(大尉)は、密かに婚約していた。」と告白する。

また、マイケル・シートン大尉は、「自分に何かあった場合、マグダラ・バックリー(Magdala Buckley)に対して、自分の全財産を遺す」と言う遺言書を作成していたことが判明した。

と言うことは、世界一周飛行に挑戦中のマイケル・シートン大尉が亡くなった結果、マグダラ・バックリー(愛称:ニック・バックリー)に、巨万の富が転がり込んでいることになる訳だった。これが、ニック・バックリーが、何度も命を付け狙われる理由なのではないだろうか?


何度も、自分の目前で犯行を繰り返す殺人犯の正体を暴くべく、ポワロは灰色の脳細胞をフル回転させるのだった。



2024年7月20日土曜日

ケンブリッジ(Cambridge) フィッツウィリアム美術館(Fitzwilliam Museum)- その1

フィッツウィリアム美術館の正面玄関(その1)
<筆者撮影>

英国の女流推理作家であるフィリス・ドロシー・ジェイムズ(Phyllis Dorothy James:1920年ー2014年 / 一般に、「P・D・ジェイムズ(P. D. James)」と呼ばれている)作「女には向かない職業(An Unsuitable Job for a Woman → 2024年5月5日 / 5月20日 / 5月23日付ブログで紹介済)」(1972年)の場合、物語の冒頭に該る1972年6月のある朝、探偵事務所(Detective Agency)の共同パートナーであったバーナード・G・プライド(Bernard G. Pryde)は、癌に罹っており、手首を切って、事務所内で自殺してしまう。共同パートナーを失ったコーデリア・グレイ(Cordelia Gray)は、途方に暮れるものの、いろいろと考えた末に、22歳の若輩ながら、一人で探偵稼業を続けていくことに決めた。


フィッツウィリアム美術館の内部展示(その1)
<筆者撮影>

そんな最中、探偵事務所の単独代表となった彼女の元に、エリザベス・レミング(Elizabeth Leaming)と言う女性が、最初の依頼者として訪れる。彼女は、天然資源保護論者(conservationist)/ 微生物学者(microbiologist)であるサー・ロナルド・カレンダー(Sir Ronald Callender)の秘書を務めていた。


フィッツウィリアム美術館の内部展示(その2)
<筆者撮影>

エリザベス・レミングに連れられて、ケンブリッジ(Cambridge)のガーフォースハウス(Garforth House)までやって来たコーデリア・グレイは、そこで彼女の到着を待っていたサー・ロナルド・カレンダーから、ある事件の調査を依頼される。

それは、18日前に(=5月26日の夜)、彼の子息で、ケンブリッジ大学(University of Cambridge)の学生だったマーク・カレンダー(Mark Callender)が自分の命を突然断った事件で、サー・ロナルド・カレンダーとしては、コーデリア・グレイに、マークが自殺をしたのか、その原因を調査したほしい、とのことだった。



フィッツウィリアム美術館の内部展示(その3)
<筆者撮影>

サー・ロナルド・カレンダーからの依頼を引き受けたコーデリア・グレイに対して、エリザベス・レミングは、後の食事の席において、「ケンブリッジに来る列車の中で、トマス・ハーディーを読んでいたが、彼の作品が好きなのか?(’When we were travelling here together you were reading Hardy. Do you enjoy him?’)」と尋ねた。

エリザベス・レミングの問いに、コーデリア・グレイは、「トマス・ハーディーの作品は好きだが、ジェーン・オーステンの方が好きです。(’Very much. But I enjoy Jane Austen more.’)」と答えると、エリザベス・レミングは、「それならば、ケンブリッジのフィッツウィリアム美術館へ行くと良い。そこには、ジェーン・オーステンが書いた手紙が展示されているので、きっと興味深い筈だ。(’Then you must try to find an opportunity of visiting the Fitzwilliam Museum in Cambridge. They have a letter written by Jane Austen. I think you’ll find it interesting.’)」と返している。


なお、トマス・ハーディー(Thomas Hardy:1840年ー1928年)は、英国の小説家 / 詩人で、ジェーン・オーステン(Jane Austen:1775年ー1817年)も、英国の小説家である。


フィッツウィリアム美術館の正面玄関(その2)
<筆者撮影>


フィッツウィリアム美術館(Fitzwilliam Museum)は、ケンブリッジ大学に附属する美術館で、ケンブリッジ(Cambridge)の中心部に所在している。


2024年7月19日金曜日

ニック・カイム作「シャーロック・ホームズ / 遺産」(Sherlock Holmes : The Legacy of Deeds by Nick Kyle) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2017年に出版された
ニック・カイム作
「シャーロック・ホームズ:遺産」の内扉


ウェリントンストリート(Wellington Street)沿いにあるグレイスンギャラリー(Grayson Gallery)に勤める学芸員のアシスタントであるエドムンド・ガレット(Edmund Garret)と言う男性が、シャーロック・ホームズの元を訪れて、「殺人事件が起きたので、ギャラリーまで一緒に来てほしい。」と依頼した。

彼に連れられて、グレイスンギャラリーに着いたホームズとジョン・H・ワトスンの2人がギャラリー内に入ると、驚くことに、床の上にギャラリーのパトロンである30名以上の男女が死んでいたのである。その中には、学芸員のアーサー・マボット(Arthur Mabbot)と2名のウェイターも含まれていた。


ウェリントンストリートを画面右方向へ進むと、
ロイヤルオペラハウスへと至る。
<筆者撮影>


ホームズは、30名以上の男女の死体の前に掛かっている絵画が気になった。それは、死神(Death)と思われる骸骨が描かれた「不死の男(Undying Man)」と言う題で、作者は「アイヴァー・ラザラス(Ivor Lazarus)」となっていた。ホームズからの問い掛けに対して、エドムンド・ガレットは、「アイヴァー・ラザラスと言う画家本人を知らないし、会ったこともない。」と答えた。


丁度そこへ、スコットランドヤードのトビアス・グレッグスン警部(Inspector Tobias Gregson)が現れた。

グレッグスン警部によると、「彼らの死因は、シャンパンに入った毒に違いない。」とのことだった。

ところが、ホームズは、「彼らは、毒入りシャンパンで殺害されたのではなく、青酸ガスで殺されたんだ。」と言う意見であった。

ホームズがグレッグスン警部に対して、展覧会の主催者のことを尋ねると、「メイフェア地区(Mayfair)に住む D. G. と言う人物だが、それ以上のことは判らない。」との回答を得た。


ホームズとワトスンは、ベイカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)の一人をパブに呼び出して、メイフェア地区に住む D. G. の住所を聞き出すと、翌朝、その住所であるバークリースクエア(Berkeley Square)へと向かった。


バークリースクエアの中心は、
バークリースクエアガーデンズ(Berkeley Square Gardens)と呼ばれる大きな公園になっている。 
公園の真ん中から、南側を望んだところ。
画面左下には、現在、英国の彫刻家ヘンリー・ムーア
(Henry Moore:1898年―1986年)の作品が設置されている。
<筆者撮影>


そして、2人は、D. G. こと、ダミアン・グレーヴス(Damian Graves)と面会した。

2人が通された部屋は、美術品やサーベル等の武器に囲まれており、ダミアン・グレーヴスは、2人に対して、「美術と歴史に興味がある。」と話した。

壁に掛かっている絵画を見て、ホームズが「アイヴァー・ラザラスの作品か?」と尋ねると、ダミアン・グレーヴスは、「アイヴァー・ラザラスは、自分のペンネームだ。」と答える。更に、ダミアン・グレーヴスは、「自分はグレイスンギャラリーのパトロンであるが、ダミアン・グレーヴスとアイヴァー・ラザラスをキチンと使い分けており、アイヴァー・ラザラスの作品の展覧会を行う場合、ダミアン・グレーヴスである自分は、いつも出席していない。」と付け加えた。

ホームズがグレイスンギャラリーで発生した毒殺事件を伝えると、ダミアン・グレーヴスの返事は、「今初めて聞いた。」だった。


ダミアン・グレーヴスの邸宅を出たホームズは、ワトスンに対して、「ダミアン・グレーヴスの手は、芸術家の手ではない。」と告げる。更に、ホームズは、ワトスンに、「ダミアン・グレーヴスが邸宅を出たら、跡をつけんだ。」と頼むと、馬車に乗って、去って行った。

ワトスンがバークリースクエアのベンチに座って待つこと、1時間、ダミアン・グレーヴスが邸宅から出て来て、玄関で待っていた馬車に乗り込んだ。そこで、ワトスンは、彼の後を追うべく、馬車を捕まえる。


ダミアン・グレーヴスは、ロンバードストリート(Lombard Street → 2015年1月31日付ブログで紹介済)、プリンスズストリート(Princes Street)、そして、スレッドニードルストリート(Threadneedle Street → 2014年10月30日付ブログで紹介済)のイングランド銀行(Bank of England → 2015年6月21日 / 6月28日付ブログで紹介済)で用事を済ませると、サヴィルロウ(Savile Row)で買い物をした後、リージェントストリート(Regent Street)で早めの夕食をとると、スピタルフィールズマーケット(Spitalfields Market)方面へと戻った。


地下鉄バンク駅(Bank Tube Station)の入口辺りからみたロンバードストリート
<筆者撮影>

プリンシズストリート側から見た
ロスベリー通り(Lothbury)へのショートカット
<筆者撮影>

スレッドニードルストリートで信号待ちをしている車やバス
<筆者撮影>

イングランド銀行の建物正面
<筆者撮影>

スピタルフィールズマーケットの跡地は、1990年代に取り壊され、
2001年から2005年にかけて、オフィスや小売店舗等が入居する建物として再開発され、
現在は、「ビショップススクエア(Bishops Square)」と呼ばれている。
<筆者撮影>

馬車を降りたダミアン・グレーヴスの後を、ワトスンは、狭い通りを抜けながらつけて行くが、突然、彼の姿を見失ってしまう。

驚くワトスンの後ろに、ダミアン・グレーヴスが姿を見せると、「二度と自分の後をつけてくるな!」と脅す口調で告げ、去って行ってしまった。