2016年11月13日日曜日

シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 陰謀の糸を紡ぐ者(The further adventures of Sherlock Holmes / The Web Weaver)


シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 陰謀の糸を紡ぐ者
The further adventures of Sherlock Holmes /
The Web Weaver
著者 Sam Siciliano 2012年
出版 Titan Books        2012年

本作品は、1994年に発表された「オペラ座の天使(The Angel of the Opera)」(2015年1月24日付ブログで紹介済)の続編に該り、シャーロック・ホームズの従兄弟であるヘンリー・ヴェルニール医師(Dr. Henry Vernier)が、前作と同様に、ホームズの相棒を務めている。本来の事件記録者であるジョン・H・ワトスンは今回も登場しない。プロローグにおいて、ワトスンとの関係は全く良くなかったと、ヘンリーは認めている。また、前作には登場しなかったが、ヘンリーの妻で医師のミッシェル・ドゥデ・ヴェルニール(Dr. Michelle Doudet Vernier)が本作品から登場する。

ある年の10月初旬で、雨模様の午後、ヘンリーはベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)のホームズの元を訪れる。その際、ホームズとヘンリーの間で交わされる会話の中で、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」に掲載されたワトスン作「最後の事件(The Final Problem)」を話題にしている。<「最後の事件」がストランドマガジンに掲載されたのは1893年12月なので、推測するに、本作品の事件発生年月は1894年10月ではないかと思われる。ただ、「ストランドマガジン」への掲載から1年近くが経過しているにもかかわらず、ホームズとヘンリーがワトスンの作品を話題にしているのが、物語の本筋とは全く関係ないものの、やや奇異に感じられて仕方がない。ホームズが登場する物語を執筆する上で、著者はサー・アーサー・コナン・ドイルが発表した作品の内容をかなり詳細に調べたに違いないと思うが、日付の整合性があまり合っていない。>

そんなところへ、ドナルド・ホイールライト(Donald Wheelwright)がハドスン夫人に案内されて、事件の相談にやって来る。自分と妻ヴァイオレット(Violet Wheelwright)の身に危険が迫っていると、彼はホームズとヘンリーの二人に告げる。それは、2年前の1月にハリントン卿(Lord Harrington)の邸宅で舞踏会が催された時のことである。その舞踏会の会場に、突如、女ジプシーがどこからともなく現れて、招待客達に恐ろしい呪いをかけたのだ。ドナルド・ホイールライトによると、彼と妻ヴァイオレットもその舞踏会に居合わせたと言う。ホームズは、米国の作家エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の「赤き死(Red Death)」に似た話だと呟く。そして、ドナルド・ホイールライトは、ある朝、自宅の図書室において、妻ヴァイオレットが死を予告するメモを発見したと、ホームズに告げる。妻ヴァイオレットを命の危険から守ることをホームズに依頼すると、ドナルド・ホイールライトは急いで帰って行く。ホームズはヘンリーに対して、ドナルド・ホイールライトの服装の乱れを指摘する。「ここ(ベイカーストリート221B)を訪れる直前まで、愛人のところに居たに違いない。」と...

ちょうど同じ頃、ヘンリーの妻で医師のミッシェルは診療にあたっており、ヴァイオレットはボランティア活動の一環でミッシェルを手伝っていた。診療が終わった後、ヴァイオレットに誘われて、ミッシェルは彼女と二人でシンプソンズ(Simpspn'sーローストビーフで有名)へ向かう。そして、そこで彼女達は先に食事をしていたホームズとヘンリーに出会う。ホームズとヴァイオレットは運命的な出会いをするのである。

シャーロック・ホームズとヴァイオレット・ホイールライトが
運命的な出会いをするレストラン「シンプソンズ」
(2014年11月23日付ブログで紹介済)

女ジプシーの呪い通り、舞踏会を催したハリントン卿がカミソリで自分の喉を掻き切って、謎の自殺を遂げる。また、ホイールライト夫妻の近所に住むジョージ・ハーバート(George Herbert)とエミリー・ハーバート(Emily Herbert)の夫妻が所有する高価なネックレスが偽物に掏り替えられるという事件も発生する。これらは、2年前にハリントン卿の邸宅で催された舞踏会に突然姿を見せた女ジプシーの呪いによるものなのか?ホームズは、ヴァイオレットへの殺害予告だけでなく、謎の自殺や盗難等も捜査することになる。<女ジプシーが呪いをかけたのが、2-3ヶ月程度前の話であれば、呪いと事件を関連づけることは理解できるものの、2年も前の話であり、両方を関連づけるには無理がある。ここでも、著者の神経が細部まで行き渡っていない。>

そして、ホームズ、ヘンリーとミシェルが招待されたホイールライト夫妻との夕食会の終盤、ヴァイオレットが大きなチョコレートケーキを切り分けるため、ナイフをケーキに入れた時、更に事件が発生した。ナイフの切り口かた、巨大な黒い蜘蛛が這い出て来たのである。巨大な蜘蛛の後から、無数の小さな蜘蛛も続いて出て来た。果たして、これらの事件の背後で、陰謀の糸を紡いでいる人物は誰なのか?


読後の私的評価(満点=5.0)

1)事件や背景の設定について ☆☆半(2.5)
本作品のメインテーマは、謎の女ジプシーに呪いをかけられたヴァイオレット・ホイールライトの命を救うことで、そのテーマをハリントン卿の謎の自殺やハーバート夫妻が所有する高価なネックレスの盗難等が取り巻いている。物語の終盤、これらの事件は一つに繋がるものの、残念ながら、事件自体の魅力に乏しい。

2)物語の展開について ☆半(1.5)
ヴァイオレット・ホイールライトへの殺害予告や殺害未遂等が発生するものの、物語が遅々として進まない。また、ホームズとヴァイオレットの間が恋愛めいた関係になっていき、そのために、ホームズが事件解決に手をこまねいている感じが強く、そういった話が前面に押し出されていて、残念である。

3)ホームズ/ヘンリー/ミッシェルの活躍について ☆☆(2.0)
前作の「オペラ座の天使」と同様に、ワトスンが描くホームズ像は偽りで、本当のホームズ像(人間味にあふれるホームズ像)を描くことを、著者は目的にしているようである。この手法は「オペラ座の天使」の際は成功したように見えるが、本作品の場合、ホームズは事件の真相にある程度肉迫しながら、最後の部分を明らかにできないまま、物語がやや延々と続き、あまり印象が良くない。ある意味、恋愛感情により、ホームズの推理能力が鈍っているように思えてしまう。

4)総合評価 ☆☆(2.0)
本作品の性格上(ヴァイオレット・ホイールライトの命を救う目的のため)、ホームズとヴァイオレットの間の恋愛めいた感情を描いて、物語を盛り上げたくなる著者の気持ちは分らない訳ではないが、物語が全く進まない。更に、ホームズの推理能力に疑問符がつくような展開は、逆に、悪影響しか生まない。本作品の場合、400ページ近い長編になっているが、途中から物語がずーっと停滞しており、正直、長過ぎる印象を否めない。

2016年11月12日土曜日

ロンドン チェスターゲート通り(Chester Gate)

チェスターゲート通りがチェスターテラスと交差した角から
チェスターゲート通りの東側を望む。

アガサ・クリスティー作「厩舎街(ミューズ)の殺人(Murder in the Mews)」(1937年)は、ガイ・フォークス ナイト(Guy Fawkes Night)に該る11月5日、打ち上げられる花火がロンドンの夜空を照らす中、物語が始まる。
「厩舎街の殺人」は、1937年に出版された中編集「厩舎街の殺人」(英国版)/「死人の鏡(Dead Man's Mirror)」(米国版)に収められている。


夕食を終えて、静かな脇道のバーズリーガーデンミューズ(Bardsley Garden Mews)を歩くスコットランドヤードのジャップ主任警部(Chief Inspector Japp)は、隣りを歩くエルキュール・ポワロに次のように話しかける。「殺人を行うには、うってつけの晩だ。今夜なら、たとえピストルを撃ったとしても、誰にも聞こえやしない。」と...
全くの偶然ではあるが、彼らが歩いていたバーズリーガーデンミューズにおいて、事件が発生する。若い未亡人であるバーバラ・アレン夫人(Mrs. Barbara Allen)が拳銃自殺をしたのである。しかし、彼女には自殺する理由が見当たらない上に、現場には自殺と断定するには疑わしい点が多かった。何故ならば、ピストルは彼女の右手の中にあったものの、握られていた訳ではなかった。不自然なことに、ピストルの弾丸は、彼女の頭の右側からではなく、左側から入っていたのである。つまり、何者かが彼女を殺害した後で、自殺に見せかけようとしたのだ!これを他殺と考えたジャップ主任警部は、ポワロに事件の捜査協力を依頼する。

チェスターゲート通りから
リージェンツパークを周回するアウターサークルを見たところ

「厩舎街(ミューズ)」とは、厩舎(うまや)から表通りまでの路地のことを指している。ロンドン市内では、厩舎だった建物が後にフラット等の住居に改装され、人が住むようになったが、「ミューズ」という名は市内各所にそのまま残り、以前、厩舎が建ち並ぶ路地であったことを今に伝えている。


英国のTV会社 ITV1 で放映された「Agatha Christie's Poirot」シリーズの「厩舎街の殺人」(1989年)の回では、物語はロンドンの夜空に打ち上げられるガイ・フォークス ナイトの花火から始まる。このシーンは、リージェンツパーク(Regent's Park)の近くにあるチェスターゲート通り(Chester Gate)で撮影されている。
チェスターゲート通りは、リージェンツパークの東側にあり、リージェンツパークを周回するアウターサークル(Outer Circleー外周道路)とその外側のアルバニーストリート(Albany Street)を東西に結ぶ通りで、ロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)のリージェンツパーク地区(Regent's Park)内に位置している。

チェスターゲート通りから
北へ向かって、チェスターテラスを見たところ

チェスターゲート通りの南側から北へ向かい、約300mにわたって、「チェスターテラス(Chester Terrace)」と呼ばれるスタッコ塗りの白いテラス式ハウスが42棟並んでいる。「チェスターテラス」は、リージェントストリート(Regent Street)やリージェンツパーク等の開発を行った建築家で、かつ都市計画家のジョン・ナッシュ(John Nash:1752年ー1835年)により設計され、ブルームズベリー地区(Bloomsbury)の整備に尽力したジェイムズ・バートン(James Burton:1761年ー1837年)が建設した。
チェスターゲート通りやチェスターテラスの「チェスター」は、英国王ジョージ4世(George IV:1762年ー1830年 在位期間:1820年ー1830年)が即位前に有していた爵位の「チェスター伯爵(Earl of Chester)」に因んでいる。

セントジェイムズスクエア(St. James's Square)の
プライベートガーデン内に設置されているジョン・ナッシュ像

アガサ・クリスティーの原作において、物語の冒頭、ポワロと一緒にバーズリーガーデンミューズを歩くのは、スコットランドヤードのジャップ主任警部であるが、TV版では、原作には登場しないヘイスティングス大尉がポワロやジャップ主任警部と一緒に居て、原作ではジャップ主任警部が言ったセリフ「殺人を行うには、うってつけの晩だ。今夜なら、たとえピストルを撃ったとしても、誰にも聞こえやしない。」を、ヘイスティングス大尉が変わりに発している。

2016年11月6日日曜日

スタニスラス=アンドレ・ステーマン作「殺人者は21番地に住む」('L'Assasin habite au 21' per Stanislas-Andre Steeman)

東京創元社の創元推理文庫から出版されている
スタニスラス=アンドレ・ステーマン作「殺人者は21番地に住む」―
カバー画は、安田忠幸氏によるもの

193X年11月10日の午後11時、霧深いロンドンのウェストボーングリーン地区(Westbourne Green)内にあるタヴィストックロード(Tavistock Road)で、その事件は始まった。


タヴィストックロードにおいて、バーマン氏が何者かによって殺害された以降、ロンドンの深い霧の中で次々に発生する連続殺人。しかも、犯行現場には、「スミス氏」と書かれた名刺が必ず残されていたのである。第二の「切り裂きジャック(Jack the Ripper)事件」(1888年8月31日ー1888年11月9日)と世間が大騒ぎする中、スコットランドヤードとしては決して手をこまねいている訳ではなかった。当連続殺人事件を担当するストリックランド警視は様々な手立てを講じるものの、残念ながら、スミス氏を逮捕するには至っていなかった。スミス氏の場合、切り裂きジャック事件とは異なり、被害者の死体に対して残酷な損傷を加えることはなく、ただひたすら金銭欲だけに駆り立てられた犯行ではあったが、ロンドン市内は恐怖のどん底に陥ったのである。そして、スコットランドヤードによる捜査に大きな進展が見られないまま、7人目の犠牲者を数えるに至った。

スミス氏による最初の殺人が発生したタヴィストックロードを
東端から西側へ向かって見たところ

年が明けた193X年1月28日の午前5時、ヘンリー・ビーチャム巡査は、ロンドンのショーディッチ地区(Shoreditch)のクェーカーストリート(Quaker Street)を巡回していた。そこで彼は椰子の木に登るように街灯によじ登っている酔っ払いを拘束する。酔っ払いは前科者のトビー・マーシュで、ヘンリー・ビーチャム巡査にスコットランドヤードに至急連絡をとるよう、依頼する。トビー・マーシュは、「スミス氏の住所を知っている。」と言うのだ。

タヴィストックロードの東端の角に建つ
パブ「The Metropolitan」―
パブの右側には、地下鉄ウェストボーンパーク駅
(Westbourne Park Tube Station)がある

スコットランドヤードからストリックランド警視が駆け付ける。トビー・マーシュ曰く、一昨日、サットンストリートでスミス氏が犯行を犯した際、犯行現場に偶然居合わせて、深い霧の中、スミス氏の後をつけたと言う。そして、スミス氏はラッセルスクエア21番地(21 Russell Square)の家に入って行ったのである。トビー・マーシュの説明に色めき立つストリックランド警視達であったが、トビー・マーシュが突然げらげら笑い出したため、ストリックランド警視は不気味な不安に襲われた。そして、トビー・マーシュは言い放つのであった。「ラッセルスクエア21番地は、素人下宿なのさ。」と...

スミス氏が住む下宿ヴィクトリア荘として設定されている
ラッセルスクエア21番地

トビー・マーシュが言う通り、ラッセルスクエア21番地は、ヴァレリー・ホブソン夫人が営むヴィクトリア荘という名の下宿であった。ヴィクトリア荘には、

(1)アーネスト・クラブトリ(完全に妻の尻に敷かれている内気そうな小男)
(2)イーニッド・クラブトリ(アーネスト・クラブトリの妻ーずんぐりした体型で、元気がいい)
(3)アンドレエフ氏(自信たっぷりの顔つきで、目が鋭い痩せた長身のロシア人)
(4)ハイド医師(無口で人嫌いの性格で、もう医師をしていない)
(5)フェアチャイルド少佐(インド派遣軍の旧将校)
(6)コリンズ氏(ラジオ器具のセールスマン)
(7)ララ=プール教授(インド人手品師)
(8)ジュリー氏(コレージュ・ド・フランスのエジプト学教授をしているフランス人)
(9)ミス・ポーター(IBC インシュラ放送会社の宣伝部に勤める現代的な若い女性)
(10)ミス・ホーランド(子供向けの新聞にお伽噺を書いて生計を立てている中年女性)

が下宿人として住んでいた。犯行の内容的には、犯人は男性である可能性が高いが、先入観は禁物で、女性の可能性も捨て切れなかった。ストリックランド警視はスコットランドヤード内に指示を出して、警官達にラッセルスクエア21番地のヴィクトリア荘を包囲させ、下宿人達を尾行させるが、何故か、スミス氏の犯行が繰り返されるのであった。果たして、スミス氏は上記の下宿人のうちの誰なのか?

ラッセルスクエア21番地の入口全景

連続殺人犯のスミス氏が住んでいる素人下宿のヴィクトリア荘が建つラッセルスクエア21番地は実在の場所で、ロンドンの中心部ロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にあり、ラッセルスクエア(Russell Square)を囲む建物の一つである。ラッセルスクエア近辺には、大英博物館(British Museum)やロンドン大学(University of London)等がある。
それらに加え、ロンドンへ出て来て諮問探偵を始めて間もないシャーロック・ホームズがジョン・H・ワトスンと一緒にベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)で共同生活を始める前に住んでいたモンタギューストリート(Montague Street)は、ラッセルスクエアの南西の角から始まり、大英博物館に沿って南へ延びる通りである。
なお、ラッセルスクエア21番地の建物には、現在、ロンドン大学の施設(The School of Oriental and African Studies)が入っている。

ラッセルスクエア21番地には、現在、
ロンドン大学の施設(SOAS)が使用している

本作品「殺人者は21番地に住む(L'Assasin habite au 21)」は、ベルギーの小説家であるスタニスラス=アンドレ・ステーマン(Stanislas-Andre Steeman:1908年ー1970年)によって、1939年に発表された。
フランドル人とスラブ人の血を半々に受け継いだ彼は、1908年にベルギーのリエージュに出生した。
1924年に彼はブリュッセルの「ラ・ナシオン・ベルジュ(La Nation belge)」誌に記者として入社して、同僚のジャーナリストであるサンテール(Sintair)と共作で探偵小説を執筆する。
1929年からは単独で執筆を始め、1931年に「六死人(Six hommes mortsー2016年10月8日付ブログで紹介済)」でフランス冒険小説大賞を受賞して、一躍名声を手に入れる。冒険小説大賞とは、フランスの歴史あるミステリー賞で、パリのシャンゼリゼ書店が主催していたものである。「六死人」は、アガサ・クリスティー作「そして誰もいなくなった(And Then There Were None)」(1939年)に先行する作品として、後世の評判を呼んでいる。


1939年に発表された本作品は、物語の終盤、二度にわたって読者への挑戦が行われるという本格編である。本作品は、1942年にアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの第1回監督作品として同題で映画化され、公開されている。
スタニスラス=アンドレ・ステーマンは、1945年からは南仏に居を構え、癌のため、1970年にこの世を去っている。

2016年11月5日土曜日

ガイ・フォークス ナイト(Guy Fawkes Night)

「火薬陰謀事件」の主なメンバー達

アガサ・クリスティー作「厩舎街(ミューズ)の殺人(Murder in the Mews)」(1937年)は、ガイ・フォークス ナイト(Guy Fawkes Night)に該る11月5日、打ち上げられる花火がロンドンの夜空を照らす中、物語が始まる。
「厩舎街の殺人」は、1937年に出版された中編集「厩舎街の殺人」(英国版)/「死人の鏡(Dead Man's Mirror)」(米国版)に収められている。

地下鉄チャリングクロス駅(Charing Cross Tube Station)内にある
ジュビリーライン(Jubilee Line)のプラットフォームの壁に描かれている

夕食を終えて、静かな脇道のバーズリーガーデンミューズ(Bardsley Garden Mews)を歩くスコットランドヤードのジャップ主任警部(Chief Inspector Japp)は、隣りを歩くエルキュール・ポワロに次のように話しかける。「殺人を行うには、うってつけの晩だ。今夜なら、たとえピストルを撃ったとしても、誰にも聞こえやしない。」と...


全くの偶然ではあるが、彼らが歩いていたバーズリーガーデンミューズにおいて、事件が発生する。若い未亡人であるバーバラ・アレン夫人(Mrs. Barbara Allen)が拳銃自殺をしたのである。しかし、彼女には自殺する理由が見当たらない上に、現場には自殺と断定するには疑わしい点が多かった。何故ならば、ピストルは彼女の右手の中にあったものの、握られていた訳ではなかった。不自然なことに、ピストルの弾丸は、彼女の頭の右側からではなく、左側から入っていたのである。つまり、何者かが彼女を殺害した後で、自殺に見せかけようとしたのだ!これを他殺と考えたジャップ主任警部は、ポワロに事件の捜査協力を依頼する。

ロンドンの秋深まる夜空を明るく彩るガイ・フォークス ナイトの打ち上げ花火


「厩舎街(ミューズ)」とは、厩舎(うまや)から表通りまでの路地のことを指している。ロンドン市内では、厩舎だった建物が後にフラット等の住居に改装され、人が住むようになったが、「ミューズ」という名は市内各所にそのまま残り、以前、厩舎が建ち並ぶ路地であったことを今に伝えている。

実行役のガイ・フォークス(左側)と
首謀者のロバート・ケイツビー(Robert Catesby)

ガイ・フォークス(Guy Fawkes:1570年ー1606年)は、1606年に発覚した「火薬陰謀事件(Gunpowder Plot)」と呼ばれる政府転覆未遂事件の実行役として知られる人物である。彼は、グイド・フォークス(Guido Fawkes)という別名でも知られている。
事件の首謀者はロバート・ケイツビー(Robert Catesby:1573年ー1605年)で、英国国教会(Church of England)優遇政策の下、弾圧されていたカトリック教徒の過激派によって計画され、イングランド議会の上院議場の地下に仕掛けた大量の火薬を用いて、1605年11月5日の上院開院式に出席する英国王ジェイムズ1世(James I:1566年ー1625年 在位期間:1603年ー1625年)達を爆殺しようと企てたが、実行直前に計画は露見し、失敗に終わった。



この陰謀が発覚した11月5日をガイ・フォークス ナイトと呼び、毎年この日には「ガイ(guy)」と呼ばれるガイ・フォークスを模した人形を街中を引き回した後に篝火(かがりび)で焼く行事が、英国各地で行われるようになった。1650年代以降、篝火だけではなく、花火も打ち上げられるようになった。今では、人形の方は廃れてきたが、昼間からかんしゃく玉を爆発させて、陽が暮れると、篝火を焚く風習は残っている。ただし、主に都市部では、打ち上げ花火を楽しむ祭事へと変わってきている。また、英語で「男」や「奴」を意味する「guy」は、ガイ・フォークスに因んでいると言われている。

2016年10月30日日曜日

シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 切り裂きジャックの遺産(The further adventures of Sherlock Holmes / The Ripper Legacy)


シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 切り裂きジャックの遺産
(The further adventures of Sherlock Holmes / The Ripper Legacy)
著者 David Stuart Davis   2016年
出版 Titan Books            2016年

ジョン・ワトスンは「四つの署名(The Sign of Four)」事件で知り合ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚し、シャーロック・ホームズとの共同生活を解消していたが、1892年の冬、彼女がジフテリアに罹患して死去し、1894年4月にホームズが3年ぶりにロンドンへ戻ったことに伴い、ワトスンはベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)でのホームズとの共同生活を再開した。そして、1年近くが経過した1895年3月のある雨の晩、クラブで暇を持て余したワトスンがベイカーストリート221B に寄ると、ホームズの元に事件の依頼者が訪れていた。

事件の依頼者は、ロンドンの郊外(北西部)クリックルウッド(Cricklewood)に住み、株式仲買人をしているロナルド・テンプル(Ronald Temple)という若い男性であった。彼によると、6日前、彼の妻シャルロット・テンプル(Charlotte Temple)とナニーのスーザン・ゴードン夫人(Mrs. Susan Gordon)が息子のウィリアム・テンプル(William Temple)を連れて、自然史博物館(National History Museum)へ出かけた後、三人でケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens)を散策していると、雑踏の中、正体不明の男二人によってウィリアムが誘拐された、とのこと。通常、誘拐は身代金目的であるが、何故か、その後、誘拐犯からテンプル家に対して身代金の要求が全くないらしい。更に、彼は、金持ちでもない自分の息子が何故誘拐されるたのか、皆目見当がつかないと言う。彼としては、警察にも捜査を依頼したが、全く進展がないため、ホームズにウィリアムを見つけ出してほしいと頼み込むのであった。事件の依頼を受けたホームズは、ウィリアムの誘拐時の詳細を夫人のシャルロット・テンプルに尋ねるべく、ワトスンやロナルド・テンプルと一緒に、馬車でクリックルウッドへと向かった。

ワトスンと一緒に、シャルロット・テンプル夫人と面談したホームズであったが、残念ながら、誘拐事件解決の糸口になるような有益な情報は得られなかった。
翌朝、再度、シャルロット・テンプル夫人を訪ねたホームズは彼女に対して、「誘拐された息子さんは、あなた方の本当の子供ではないのではないか?」という疑問をぶつける。その理由として、誘拐されたウィリアムの写真から、彼の顔立ちが夫妻に似ていないことをホームズは指摘した。暫く迷った挙げ句、テンプル夫妻は、「ロンドン南部キャンバーウェル(Camberwell)で保育所を営むゲートルード・チャンドラー夫人(Mrs. Gertrude Chandler)から8年前にウィリアムを養子に迎えた。」と、ホームズに告げるのであった。

ホームズは、早速、ワトスンと共に、チャンドラー夫人が営む保育所を訪れ、「ウィリアムの出生記録をみせてほしい。」と依頼するが、何故か、チャンドラー夫人は非協力的で、ホームズ達に記録を見せることを異様に拒む。彼女は何か重要なことを隠そうとしているように思われた。
一旦、その場を辞去したホームズであったが、チャンドラー夫人の態度を不審に感じた彼は、その夜、ワトスンと二人で、チャンドラー夫人の保育所に忍び込んで、ウィリアムの出生記録を調べようとした。ところが、ホームズ達の無断訪問は予め想定されていたようで、謎の男達がホームズ達を待ち構えていた。ホームズ達は銃で狙われる破目に陥ったものの、なんとかウィリアムの出生記録を取り出して、その場から退却するのであった。

翌朝、ホームズは、ウィリアムの出生記録について、ワトスンと話をする。記録によると、ウィリアムは、8年前、ロンドンのホワイトチャペル地区(Whitechapel)にあるバットストリート(Bat Street)に住むアリス・サンダーランド(Alice Sunderland)が生んだことになっている。ホワイトチャペル地区と言うと、1888年秋、切り裂きジャック(Jack the Ripper)が娼婦を何人も惨殺した場所である。何か関係があるのだろうか?
ホワイトチャペル地区へ向かったホームズ達は、驚くべき事実に遭遇する。

ベイカーストリート221B のホームズの元を訪れたスコットランドヤードのドミニック・ゴーント警部(Inspector Dominic Gaunt)はホームズに対して、頻りに誘拐事件の情報開示を求めるとともに、共同捜査を提案してくるが、彼の態度には何か怪しいところがある。
また、シャーロック・ホームズの兄マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)はシャーロックに対して、誘拐事件から手を引くよう、強く要請してきた。何故、英国政府が単なる一市民の子供の誘拐事件にこれ程までに介入しようとするのか?
そして、ウィリアムの誘拐事件の背後では、思ってもみなかった或る人物が糸を引いていたのである。それは、死んだ筈のホームズの宿敵であった...


読後の私的評価(満点=5.0)

1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆(4.0)
内容としては、単純な子供の誘拐事件であるが、子供の出生の背景には、1888年秋に発生した切り裂きジャック事件が大きく関係しており、マイクロフト・ホームズから、切り裂きジャック事件にかかる驚愕の真相が明らかにされる。それ以降、この真相は誘拐事件の本筋には影響しないが、これだけでも別の作品で書いてほしい位で、正直、こちらの話の方を読みたい。マイクロフト・ホームズをはじめとする英国政府とシャーロック・ホームズの永遠の宿敵がこの誘拐事件に深く絡んできて、非常に面白い。

2)物語の展開について ☆☆☆☆半(4.5)
他の著者による作品とは違って、本筋には関係ない話や単なる前ふりの話等と言ったページかせぎの展開が一切なく、物語の冒頭から結末まで、本筋の話が一気にテンポよく進み、読みやすい。サー・アーサー・コナン・ドイル作のホームズ作品(例:チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン等)と似た展開もあって、読者を楽しませてくれる。

3)ホームズ/ワトスンの活躍について ☆☆☆半(3.5)
シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンの二人は、事件の依頼人であるテンプル夫妻と英国政府を代表するマイクロフト・ホームズの間で板挟みになりながら、誘拐事件の背後で糸を引く永遠の宿敵との厳しい戦いを繰り広げる。子供を欲しながらも、妻メアリー・モースタンとの間に子供を設けられなかったワトスンは、誘拐されたテンプル夫妻の息子ウィリアムの安否を気遣い、深く苦慮する。大英帝国存亡の危機という重大事であり、最後はマイクロフト・ホームズに先んじられてしまい、ハッピーエンドとはならなかったが、シャーロック・ホームズであれば、何か別の解決ができたような気がして、著者によるもうひとひねりが欲しかった。

4)総合評価 ☆☆☆☆(4.0)

切り裂きジャック事件という鉄板のテーマをベースにして、英国王室と大英帝国の土台を大きく揺るがす危険性を有する子供の誘拐事件に、マイクロフト・ホームズやシャーロック・ホームズの永遠の宿敵が関与し、オールキャストの豪華な内容になっている。ただ、切り裂きジャック事件の真相そのものは、物語の前半、マイクロフト・ホームズの口から簡単に説明された後、本筋の誘拐事件が取り扱われて、以降、深くは掘り下げられない。できれば、今回明らかにされた切り裂きジャック事件の真相自体をメインテーマにした大長編を書いてほしい。

2016年10月29日土曜日

アガサ・クリスティー没後40周年記念切手6「予告殺人(A Murder is Announced)」

リトルパドックス館内の明かりが突然消えて、部屋の扉が開き、
懐中電灯を持った謎の男(ルディー・シャーツ)が部屋に侵入して来た場面が描かれている。
銃声が響き、明かりが灯ると、何故か、床には謎の男自身の死体が横たわっていたのである

(6)「予告殺人(A Murder is Announced)」(1950年)

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては第40作目に、そして、ミス・ジェーン・マープルシリーズの長編としては第4作目に該る。

チッピングクレグホーン村(Chipping Cleghorn)の地元紙朝刊「ギャゼット(Gazette)」の広告欄に、非常に変わった連絡が掲載された。「殺人をお知らせ致します。10月29日の金曜日、午後6時半にリトルパドックス館においてです。(A murder is announced and will take place on Friday, October 29th, at Little Paddocks, at 6:30 pm.)」と。

チッピングクレグホーン村の郊外にあるリトルパドックス館(Little Paddocks)の女主人であるレティシア・ブラックロック(Letitia Blacklock)は、この広告を見て困惑する。一方で、当日、好奇心旺盛な村の人々が、続々とリトルパドックス館に集まって来て、何が起きるのか、とても心待ちにしていた。


そして、時計が午後6時半を告げた時、室内の明かりが突然消えると、部屋の扉が開いて、懐中電灯を持った男が姿を現した。村の人々が何かの余興だと思った時、銃声が響く。

部屋の扉が閉まり、明かりが灯ると、そこには、突然部屋に侵入して来た男の死体が横たわっていたのである。レティシア・ブラックロックの親友であるドーラ・バンナー(Dora Bunner)によると、死んでいた男は、村の近くのメデナムウェルズ(Medenham Wells)にある「ロイヤルスパホテル(Royal Spa Hotel)」に勤める従業員のルディー・シャーツ(Rudi Scherz)とのこと。


警察が呼ばれ、クラドック警部(Inspector Craddock)が、その場に居合わせた村の人々を一人ずつ調べていく。状況としては、自殺、あるいは、事故のように思われるが、クラドック警部としては、どちらにも納得がいかなかった。


クラドック警部にとって非常に幸運なことに、死亡したルディー・シャーツが勤めていたホテルには、探偵好きな独身の老婦人ミス・マープルが、リューマチの湯治のため、滞在していたのである。

ミス・マープルの手腕を高く評価している警察の上層部から、クラドック警部は、事件の真相解明のために、ミス・マープルに協力を求めるよう、指示される。クラドック警部からの依頼を受けたミス・マープルは、驚くべき事件の真相を明らかにするのであった。


アガサ・クリスティーの没後40周年を記念して発行された切手には、リトルパドックス館内の明かりが突然消えて、部屋の扉が開き、懐中電灯を持った謎の男(ルディー・シャーツ)が部屋に侵入して来たシーンが描かれている。ルディー・シャーツが持った懐中電灯で照らされた部屋の壁が、時計のようにデザインされている。明かりが消えたランプが12時を、ミス・マープルの横顔が描かれた絵が3時を、午後6時半を示すスイス製時計が午後9時を、そして、ルディー・シャーツの拳銃で狙われた女性が6時を指している。また、その女性は右手に地元紙朝刊「ギャゼット」を持っていて、予告殺人が掲載された広告欄が懐中電灯に照らし出されている。

2016年10月23日日曜日

アガサ・クリスティー没後40周年記念切手5「書斎の死体(The Body in the Library)」

絞殺された若い女性の死体が運び出された後の書斎のシーンが描かれている。
帽子、老眼鏡とピンク色の紐が、ミス・ジェーン・マープルの顔を形作っている。
また、書斎の奥にある本棚には、「書斎の死体」に至るまでのエルキュール・ポワロシリーズを除く
アガサ・クリスティーの作品が並んでいる。

(5)「書斎の死体(The Body in the Library)」(1942年)

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては第31作目に、そして、ミス・ジェーン・マープルシリーズの長編としては第2作目に該る。

退役軍人であるアーサー・バントリー大佐(Colonel Arthur Bantry)と妻のドリー・バントリー(Mrs. Dolly Bantry)が住む屋敷ゴシントンホール(Gossington Hall)において、思いもよらぬ事件が発生する。早朝、メイドに起こされたバントリー夫妻は、書斎に見知らぬ若い女性の死体が横たわっていることを告げられるのである。
アーサー・バントリー大佐の知らせを受けて、ラドフォードシャー州(Radfordshire)警察の本部長(Chief Constable)であるメルチェット大佐(Colonel Melchett)と彼の部下のスラック警部(Inspector Slack)がバントリー邸に駆け付ける。書斎に横たわる若い女性は絞殺されており、死亡時刻は前日の午後10時から午後12時の間と、検死結果が出るが、彼女の身元が杳として知れなかった。
そこで、バントリー夫人は古い友人であるミス・ジェーン・マープルに電話をかけ、事件の調査を依頼する。探偵好きな独身の老婦人ミス・マープルが、警察よりも先に、事件の真相を鮮やかに解明するのであった。

アガサ・クリスティーの没後40周年を記念して発行された切手には、絞殺された若い女性の死体が運び出された後の書斎のシーンが描かれている。左手前のテーブルの上には本があり、更に、その上には帽子と老眼鏡が置かれていて、ピンク色の紐が帽子と老眼鏡を繫ぎ、ミス・マープルの顔を形作っている。
書斎の奥にある本棚には、エルキュール・ポワロシリーズを除くアガサ・クリスティーの作品が、左から以下のように並んでいる。

(1)「The Secret Adversary(秘密機関)」(1922年)―トミーとタペンス・ベレズフォード第1作
(2)「The Man in the Brown Suit(茶色の服の男)」(1924年)
(3)「The Secret of Chimneys(チムニーズ館の秘密)」(1925年)
(4)「The Seven Dials Mystery(七つの時計)」(1929年)
(5)「Partners in Crime(おしどり探偵)」(1929年)―トミーとタペンス・ベレズフォード登場
(6)「The Mysterious Mr. Quin(謎のクィン氏)」(1930年)
(7)「Murder at the Vicarage(牧師館の殺人)」(1930年)ーミス・マープル第1作
(8)「The Sittaford Mystery(シタフォードの秘密)」(1931年)
(9)「The Thirteen Problems(火曜クラブ)」(1932年)ーミス・マープル登場
(10)「The Hound of Death(死の猟犬)」(1933年)
(11)「The Listerdale Mystery(リスタデール卿の謎)」(1934年)
(12)「Why Didn't They Ask Evans ?(なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?)」(1934年)
(13)「Parker Pyne Investigates(パーカー・パイン登場)」(1934年)
(14)「Murder Is Easy(殺人は容易だ)」(1939年)
(15)「And Then There Were None(そして誰もいなくなった)」(1939年)
(16)「N or M ? (NかMか)」(1941年)

つまり、「書斎の死体」に至るまでのエルキュール・ポワロシリーズを除く作品が並んでいるのである。となると、左手前のテーブルの上にあるのは、「書斎の死体」だろうか?