2024年7月31日水曜日

横溝正史作「悪魔の手毬唄」(The Little Sparrow Murders by Seishi Yokomizo)- その4

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2024年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

横溝正史作「悪魔の手毬唄」の内扉
(Cover design by Anna Morrison)


金田一耕助(Kosuke Kindaichi)が鬼首村(Onikobe)の「亀の湯(Turtle Spring)」に逗留し始めて、2週間程経った8月7日、逗留中に親しくなった多々羅放庵(Hoan Tatara - 庄屋の末裔)から、手紙の代筆を頼まれる。

多々羅放庵は、先代同様の道楽者で、生涯で妻を7回も取り替えたり、芝居に入れあげたり、放蕩三昧の生活を送ったため、現在は没落の身であった。8番目の妻であるお冬(O-Fuyu)は、多々羅放庵を見限って、昨年の1954年(昭和29年)、彼の元を出奔していた。

多々羅放庵によると、(セールスマンの恩田幾三(Ikuzo Onda)が「亀の湯」の主人である青池源治郎(Genjiro Aoike)を殺害の上、逃亡した事件が発生した)1932年(昭和7年)に、多々羅放庵の元を出奔した5番目の妻であるおりん(O-Rin)が、復縁を求めてきた、とのこと。

多々羅放庵は、「生憎と、右手が不自由で文字が書けない。」と言うので、金田一耕助は、彼のために、おりん宛に、復縁を受け入れる旨の手紙を代筆したのである。


英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2024年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

横溝正史作「悪魔の手毬唄」に付されている
鬼首村の地図


3日後の8月10日の夕方、金田一耕助は、用事のため、鬼首村から山向こうの総社(Soja)の町へと向かう途中、仙人峠(Sennin Pass)において、おりんと名乗る老婆とすれ違った。

当日中に鬼首村へ戻ることができず、総社の町の旅館「井筒(Izutsu Inn)」に宿泊することになった金田一耕助は、旅館の女将であるおいと(O-Ito)から、「おりんは、今年の春先に神戸で亡くなっている。」と知らされる。おいとは、多々羅放庵の知人で、おりんの遠縁の親戚でもあったので、彼女が言うことを信じるしか他になかった。


その話を聞いて驚いた金田一耕助は、翌朝(8月11日)、おいとと一緒に、総社から鬼首村へと急いで向かい、「人喰い沼(Man-Eating Marsh)」と呼ばれる沼地の近くに建つ多々羅放庵の草庵(Mr. Tatara’s Cabin)を訪れる。

草庵には、多々羅放庵の姿も、おりんの姿もなかった。ただし、来客があったことをうかがわせる2人分の酒盛りの跡に加えて、多々羅放庵のものと思われる微量の吐血の痕跡が残されていたのである。

一体、多々羅放庵は、どこへ行ったのか?また、前日、金田一耕助が仙人峠ですれ違ったおりんと名乗る老婆は、一体、誰なのか?


一方、奇しくも同日の8月11日に鬼首村に凱旋里帰りした「グラマーガール」と呼ばれる国民的人気歌手である大空ゆかり(Yukari Ozora)こと、別所千恵子(Chieko Bessho - 22歳)を囲む歓迎会が、8月13日の晩、村総出で催された。


「別所家(屋号:錠前屋)」の関係者の系図
<筆者作成>


ところが、別所千恵子の元同級生として、彼女の歓迎会に出席する予定だった由良泰子(Yasuko Yura - 22歳)の姿が見当たらない。

由良泰子は、由良家(The Yura Family - 屋号:枡屋)の先代の当主である由良卯太郎(Utaro Yura)の娘で、「亀の湯」の女将である青池リカ(Rika Aoike)の息子の青池歌名雄(Kanao Aoike)と付き合っていた。

村総出で夜を徹する捜索の結果、翌朝(8月14日)、由良泰子は、「人喰い沼」近くの滝壺(Waterfall)の中で、絞殺死体となって発見された。彼女の口には、「漏斗」が差し込まれており、崖の途中に置かれた「枡」を満たした滝の水が漏斗へと注がれていたのである。


「由良家(屋号:枡屋)」の関係者の系図
<筆者作成>


由良泰子の通夜が行われた同日(8月14日)の晩、今度は、別所千恵子や由良泰子と同級生だった仁礼文子(Fumiko Nire - 22歳)は行方不明になったのだ。

仁礼文子は、仁礼家(The Nire Family - 屋号:秤屋)の現在の当主である仁礼嘉平(Kahei Nire)の娘で、青池歌名雄のことが好きな彼女は、歌名雄と由良泰子の交際を快く思っていなかった。また、仁礼嘉平は、「亀の湯」に足繁く通い、青池リカに対して、歌名雄と文子の縁談を持ち込んでいた。

翌朝(8月15日)、仁礼文子は、仁礼家の葡萄酒工場(Winery)の中で、由良泰子と同じように、絞殺死体となって発見された。彼女の腰には、「竿秤」が差し込まれており、秤の皿の上には、正月飾りに使われる作り物である「大判小判」が置かれていたのである。


「仁礼家(屋号:秤屋)」の関係者の系図
<筆者作成>

金田一耕助と岡山県警(Okayama prefectural police headquarters)の磯川警部(Inspector Isokawa)は、何故、犯人が由良泰子と仁礼文子の死体を奇妙な姿にしたのか、どうしても解せなかった。

そんな最中、由良卯太郎の母で、由良泰子の祖母である由良五百子(Ioko Yura - 83歳)が、鬼首村に古くから伝わっている手毬唄を、2人に歌って聞かせる。驚くことに、由良五百子が2人に歌って聞かせた手毬唄の歌詞は、由良泰子殺害と仁礼文子殺害に沿った内容だった。

つまり、犯人は、鬼首村に古くから伝わっている手毬唄の歌詞に従って、殺人を行っていたのである。


日本の推理作家である横溝正史(Seishi Yokomizo:1902年ー1981年)による長編推理小説で、金田一耕助(Kosuke Kindaichi)シリーズの一つである「悪魔の手毬唄(The Little Sparrow Murders - 1957年(昭和32年)8月号から1959年(昭和34年)1月号にかけて、雑誌「宝石」に連載)」は、彼の中期の代表作になっている。


                                           

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