2025年4月30日水曜日

ジョン・ディクスン・カー作「死時計」(Death-Watch by John Dickson Carr)- その1

日本の出版社である東京創元社から創元推理文庫として出版された
ジョン・ディクスン・カー作「死時計」の表紙
カバーイラスト:山田 雅史


今回は、ジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)作「死時計(Death-Watch)」について、紹介したい。


「死時計」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カーが1935年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第5作目に該る。


日本の出版社である東京創元社から創元推理文庫として出版された
ジョン・ディクスン・カー作「盲目の理髪師」(新訳版)の表紙
  カバーフォーマット:本山 木犀
カバーデザイン:折原 若緒
カバーイラスト:榊原 一樹


なお、「死時計」の前作で、ギディオン・フェル博士シリーズの第4作目に該るのは、「盲目の理髪師(The Blind Barber → 2018年11月17日 / 11月24日付ブログで紹介済)」(1934年)。また、「死時計」の次作で、ギディオン・フェル博士シリーズの第6作目に該るのは、「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man → 2020年5月3日 / 5月23日 / 6月13日 / 6月20日付ブログで紹介済)」(1935年)。「三つの棺」は、ジョン・ディクスン・カーによる数ある密室ミステリーの中でも、最高峰と評されている不朽の名作である。


日本の出版社である早川書房からハヤカワミステリ文庫として出版された
ジョン・ディクスン・カー作「三つの棺」の表紙
カバーデザイン: 山田雅史

原作を既に読んだ人にはお判りになるかと思うが、
推理小説として、この表紙の内容は、非常に掟破りの内容を言える。


歴史学者であるメルスン教授(Professor Melson)は、ロンドンに出て来て、友人であるギディオン・フェル博士と会い、2人でホルボーン通り(Holborn)を歩いていた。それは、9月4日、風が吹くひんやりした夜の12時近くだった。

ギディオン・フェル博士とメルスン教授の2人は、劇場で映画を観た帰りで、メルスン教授が宿泊する予定のリンカーンズ・イン・フィールズ(Lincoln’s Inn Fileds → 2016年7月3日付ブログで紹介済)へと向かっていた。メルスン教授は、当初、ブルームズベリー地区(Bloomsbury)に宿泊しようとしたが、生憎と、どこも満員だったため、居心地が悪そうではあったものの、リンカーンズ・イン・フィールズ15番地(15 Lincoln’s Inn Fields)に寝室兼居間を見つけていた。

その日の午後、メルスン教授は、フォイルズ書店(Foyles)において、中世ラテン語の写本辞書を見つけており、これは正真正銘の掘り出し物のため、ギディオン・フェル博士は、メルスン教授の宿でそれを見せてもらおうと考えていたのである。


隣りを歩くギディオン・フェル博士の様子を見たメルスン教授は、彼に対して、「何か新しい犯罪事件が起こったのですか?」と尋ねた。すると、ギディオン・フェル博士は、ハッキリとはしない口振りながらも、スコットランドヤードのディヴィッド・ハドリー主任警部(Chief Inspector David Hadley)から聞いた話を語り始める。

それは、1週間程前に、ガムリッジデパートの貴金属宝石売場において発生した事件で、売場監督が突然何者かの片腕を掴むと、辺りには混乱、乱闘、そして、喚き声が満ちた。そして、売場監督がバッタリと倒れて、彼の身体の下に血が流れ始めた。彼の身体をひっくり返してみると、刃物で腹部を大きく切り裂かれているのが判った。残念ながら、売場監督は既に死亡していた。

周囲の証言から、売場監督は万引き犯を捕まえようとして、それを逃れようとする万引き犯に殺害されたものと思われた。厄介なことに、万引き犯が女性だったと言うこと以外には、手掛かりもない上に、彼女の人相も全く判らなかった。


「何か貴重なものでも盗られたんですか?」と尋ねるメルスン教授に対して、ギディオン・フェル博士は、「懐中時計が1個だ。」と告げる。ギディオン・フェル博士の声は、妙な響きを帯びていた。更に、メルスン教授が尋ねると、ギディオン・フェル博士の答えは、彼を驚かせるものだった。

売場監督を殺害した上に、万引き犯の女性がガムリッジデパートの貴金属宝石売場から盗んだ懐中時計は、有名な時計師(clockmaker)であるジョハナス・カーヴァー(Johannus Carver)が所蔵していたもので、彼はリンカーンズ・イン・フィールズ16番地(16 Lincoln’s Inn Fields)に住んでいる、とのこと。なんと、リンカーンズ・イン・フィールズ16番地は、メルスン教授の宿であるリンカーンズ・イン・フィールズ15番地の隣りの建物なのだ。


これは、偶然の一致なのだろうか?


2025年4月29日火曜日

コナン・ドイル作「緑柱石の宝冠」<小説版>(The Beryl Coronet by Conan Doyle )- その1

英国で出版された「ストランドマガジン」
1892年5月号に掲載された挿絵(その1) -
物語が始まるのは、明るく爽やかな2月の朝だったが、前日に降った雪がまだ地面に厚く積もっていた。
シャーロック・ホームズが出窓から通りを見下ろしていたところ、
スレッドニードルストリートにあるホールダー&スティーヴンスン銀行
(シティー内では2番目に大きな民間銀行)の頭取を務めている
アレクサンダー・ホールダーが、ホームズの元を訪れる。
ホームズの部屋に入って来た
アレクサンダー・ホールダーの目には、苦悩と絶望の色が見えた。
じっとしていられない
アレクサンダー・ホールダーを、
ホームズは落ち着かせようとして、手を叩くと、宥めるような口調で話しかけるのであった。
画面左側から、ジョン・H・ワトスン、シャーロック・ホームズ、
そして、
アレクサンダー・ホールダー


英国の作家であるミシェル・バークビー(Michelle Birkby)作の長編「ベイカー街の女たち(The House at Baker Street → 2025年3月30日 / 4月2日 / 4月10日 / 4月26日付ブログで紹介済)」(2016年)の場合、他のパスティーシュとは異なり、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンではなく、2人が下宿するベーカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)の家主であるハドスン夫人(Mrs/ Hudson)と呼ばれているマーサ・ハドスン(Martha Hudson)と、「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)を経てワトスン夫人(Mrs. Watson)となったメアリー・ワトスン(Mary Watson)の2人が主人公となり、ホームズとワトスンは脇役へとまわる。

なお、ハドスン夫人のファーストネームが「マーサ」となっているのは、コナン・ドイル作「最後の挨拶(His Last Bow → 2021年6月3日付ブログで紹介済)」に登場する老婦人のマーサは、ハドスン夫人であると言う作者ミシェル・バークビーによる想定に基づいている。


マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンは、ホームズの元を訪れるものの、相談内容の詳細を明らかにできなかったため、依頼を断られてしまったローラ・シャーリー(Mrs. Laura Shirley)に対して、手を差し伸べるところから、物語が動き出す。

マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人は、ホームズとは異なり、事件捜査の専門家ではないものの、ホームズの捜査手法をある程度理解しているので、


*ベーカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)のリーダーであるウィギンズ(Wiggins)

*ベーカーストリート221B の給仕であるビリー(Billy)

*ホームズが「あの女性(ひと)」と呼ぶアイリーン・ノートン(Irene Norton - 旧姓:アドラー(Adler))


のサポートを受けつつ、調べを進めていく。

そして、最後に、彼女達は、事件の背後に潜む強請屋(ゆすりや)の正体を明らかにする。犯人の強請屋は、自分の立場を使って得た情報を利用して、金銭目的ではなく、自分の支配力を誇示したいがために、大勢の女性を食い物にしていた上に、自分の正体を知る人物達を殺害までしていたのである。


マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人が、事件の背後に潜む強請屋の正体を調べていく過程で、容疑者の一人として、サー・ジョージ・バーンウェル(Sir George Burnwell)が登場する。


サー・ジョージ・バーンウェルは、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「緑柱石の宝冠(The Beryl Coronet)」に登場する人物で、スレッドニードルストリート(Threadneedle Street → 2014年10月30日付ブログで紹介済)にあるホールダー&スティーヴンスン銀行(banking firm of Holder & Stevenson - シティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)内では2番目に大きな民間銀行)の頭取を務めているアレクサンダー・ホールダー(Alexander Holder)の息子アーサー・ホールダー(Arthur Holder)の友人である。


緑柱石の宝冠」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、11番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1892年5月号に掲載された。

同作品は、同年の1892年に発行されたホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」に収録されている。


2025年4月28日月曜日

コナン・ドイル作「覆面の下宿人」<小説版>(The Veiled Lodger by Conan Doyle )- その2

英国で出版された「ストランドマガジン」
1927年2月号に掲載された挿絵(その2) -
プロの曲芸師(professional acrobat)であるレオナルド(Leonardo)と通じた
ロンダー夫人は、サーカスの団長で、凶暴な夫であるロンダーの殺害を計画。
レオナルドが五本爪の棍棒でロンダーの頭蓋骨を殴って、
サーカスで飼っているライオンの仕業に見せかけようとした。
ロンダー夫人が、ライオンの檻の掛け金を外したところ、
血の匂いで興奮していたライオンが、ロンダー夫人に向かって、
いきなり飛び掛かったのである。

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「覆面の下宿人(The Veiled Lodger)」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、55番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1927年2月号に、また、米国の「リバティー(Liberty)」の1927年1月22日号に掲載された。

同作品は、同年の1927年に発行されたホームズシリーズの第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿(The Case-Book of Sherlock Holmes)」に収録されている。


コナン・ドイル作「覆面の下宿人」の場合、1896年の終わり頃のある午前中から、その物語が始まる。


ジョン・H・ワトスンは、シャーロック・ホームズから「ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)へ来て欲しい。」と言う速達を受け取る。

ワトスンが急いでホームズの元を訪れると、そこには、ホームズの他に、年配で母親を思わせる女家主タイプの女性が座っていた。

その女性は、サウスブリクストン(South Brixton)のメリロウ夫人(Mrs Merrilow)で、ある相談のために、ホームズを訪ねて来たのである。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1927年2月号に掲載された挿絵(その3) -
ロンダー夫人の告白を聞き終えた
シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの2人は、
彼女の元を辞去しようとした。
しかし、ロンダー夫人の声に滲む何かが、ホームズの注意を引いた。
ホームズは、彼女の方を振り向くと、
「あなたの命は、あなただけのものではありません。ですから、早まってはいけませんよ。
(Your life is not your own. Keep your hands off it.)」と
告げるのであった。
画面左側から、ジョン・H・ワトスン、シャーロック・ホームズ、
そして、黒いヴェールで顔を覆っているロンダー夫人。

メリロウ夫人によると、彼女の相談の対象は、彼女の家に7年前から下宿しているロンダー夫人(Mrs Ronder)で、いつもヴェールで顔を覆っていて、自分の素顔を見せようとはしなかった。

メリロウ夫人は、一度だけ、偶然にロンダー夫人の顔を見かけたことがあり、その顔は恐ろしく傷付いた状態で、ロンダー夫人が素顔のままで上階の窓から外を見ているのを、牛乳配達人がちらっと目にしたため、牛乳の缶を落として、全部前の庭にぶちまけてしまった程だった。


メリロウ夫人は、ロンダー夫人の過去を全く知らなかったが、知りたいとは思わなかった。

メリロウ夫人の家に下宿する際、ロンダー夫人は紹介状を持っていなかったものの、3ヶ月分の家賃を前金として現金で支払った上に、入居条件については、何も口を挟まなかった。ロンダー夫人以上に物静かで、いざこざを起こさない下宿人を見つけることは無理なので、メリロウ夫人は、現状に満足していた。


ところが、ここのところ、ロンダー夫人が次第に弱っており、メリロウ夫人としては、ロンダー夫人の健康を気にかけていた。

更に、夜になると、ロンダー夫人は、「人殺し!(Murder!)」とか、「この酷いケダモノ!この怪物!(You cruel beast! You monster!)」と叫び、それが家中に響き渡り、メリロウ夫人は全身震え上がった。


ロンダー夫人の健康状態に加えて、彼女の精神状態を心配したメリロウ夫人は、ロンダー夫人に対して、聖職者や警察への相談を打診したが、ロンダー夫人は、その申し出を拒否。

メリロウ夫人が諮問探偵のホームズの話をすると、ロンダー夫人は、その話に飛び付いた。そして、ロンダー夫人は、メリロウ夫人に対して、「ホームズさんが来てくれなそうであれば、自分は、野獣ショー(beast show)のロンダー(Ronder)の妻だと伝えて下さい。それに加えて、ホームズさんには、アッバス パルヴァ(Abbas Parva)の名前を言って下さい。」と告げた。


メリロウ夫人の話を聞いたホームズは、「午後3時頃、お宅にお伺いします。」と答えると、彼女はホームズの元を辞去した。

メリロウ夫人が帰った後、ホームズは、部屋の隅にある備忘録の山へと突進する。ホームズは、探していたものを見つけたようで、仏像のように足を交差させ、辺り一面に備忘録を散らかして、そのうちの1冊を膝の上で広げるのであった。


ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett:1933年ー1995年)を主人公のシャーロック・ホームズ役に据えて、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が TV ドラマ「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)を制作しているものの、残念ながら、「覆面の下宿人」に関しては、映像化されていない。


2025年4月27日日曜日

コナン・ドイル作「覆面の下宿人」<小説版>(The Veiled Lodger by Conan Doyle )- その1

英国で出版された「ストランドマガジン」
1927年2月号に掲載された挿絵(その1) -
1896年の終わり頃のある午前中、シャーロック・ホームズは、
サウスブリクストン(South Brixton)のメリロウ夫人(Mrs Merrilow)から
相談を受ける。
彼女の家には、ヴェールで顔を覆ったロンダー夫人(Mrs Ronder)が
7年前から下宿しており、
一度だけ、偶然に彼女の顔を見かけることがあったが、
その顔は恐ろしく傷付いた状態だった。
ロンダー夫人の精神状態を心配したメリロウ夫人は、ホームズに対して、
ロンダー夫人への訪問を依頼した。
メリロウ夫人によると、
ロンダー夫人は、
「自分は、野獣ショー(beast show)のロンダーの妻です。
ホームズさんには、アッバス パルヴァ(Abbas Parva)の名前を言って下さい。」と
言っている、とのこと。
メリロウ夫人が帰った後、ホームズは、部屋の隅にある備忘録の山へと突進した。
ホームズは、探していたものを見つけたようで、
仏像のように足を交差させ、辺り一面に備忘録を散らかして、
そのうちの1冊を膝の上で広げていた。


英国の作家であるミシェル・バークビー(Michelle Birkby)作の長編「ベイカー街の女たち(The House at Baker Street → 2025年3月30日 / 4月2日 / 4月10日 / 4月26日付ブログで紹介済)」(2016年)の場合、他のパスティーシュとは異なり、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンではなく、2人が下宿するベーカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)の家主であるハドスン夫人(Mrs. Hudson)と呼ばれているマーサ・ハドスン(Martha Hudson)と、「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)を経てワトスン夫人(Mrs. Watson)となったメアリー・ワトスン(Mary Watson)の2人が主人公となり、ホームズとワトスンは脇役へとまわる。

なお、ハドスン夫人のファーストネームが「マーサ」となっているのは、コナン・ドイル作「最後の挨拶(His Last Bow → 2021年6月3日付ブログで紹介済)」に登場する老婦人のマーサは、ハドスン夫人であると言う作者ミシェル・バークビーによる想定に基づいている。


マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンは、ホームズの元を訪れるものの、相談内容の詳細を明らかにできなかったため、依頼を断られてしまったローラ・シャーリー(Mrs. Laura Shirley)に対して、手を差し伸べるところから、物語が動き出す。

マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人は、ホームズとは異なり、事件捜査の専門家ではないものの、ホームズの捜査手法をある程度理解しているので、


*ベーカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)のリーダーであるウィギンズ(Wiggins)

*ベーカーストリート221B の給仕であるビリー(Billy)

*ホームズが「あの女性(ひと)」と呼ぶアイリーン・ノートン(Irene Norton - 旧姓:アドラー(Adler))


のサポートを受けつつ、調べを進めていく。

そして、最後に、彼女達は、事件の背後に潜む強請屋(ゆすりや)の正体を明らかにする。犯人の強請屋は、自分の立場を使って得た情報を利用して、金銭目的ではなく、自分の支配力を誇示したいがために、大勢の女性を食い物にしていた上に、自分の正体を知る人物達を殺害までしていたのである。


犯人に強請られていたのが、ローラ・シャーリー一人ではないと考えたマーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人は、ウィギンズとビリーから、ホワイトチャペル地区(Whitechapel)に住む「ホワイトチャペルレディー(Whitechapel Lady)」と呼ばれる貴婦人の存在を知り、彼女の元を訪れる。

ウィギンズとビリーによると、「ホワイトチャペルレディー」は、身を落として、場末であるイーストエンド(East End)に流れ着いたのではなく、上流階級の奥方で、誰でも診察してくれる無料の診療所を開いたり、薬や食べ物を渡す等の慈善活動を行っている、とのこと。

ウィギンズとビリーの2人は、更に、「ホワイトチャペルレディー」について、


*夜でも、日曜日でも、ホワイトチャペル地区から外へは一歩も出ない。

*黒いヴェールでいつも顔を覆っていて、表情が見えない。

*誰にも名前を明かさない。


と告げ、「顔も名前もない人なんです。」(駒月 雅子訳)と付け加えた。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「覆面の下宿人(The Veiled Lodger)」には、「ホワイトチャペルレディー(Whitechapel Lady)」と呼ばれる貴婦人のように、顔をヴェールで隠した婦人が登場する。


「覆面の下宿人」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、55番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1927年2月号に、また、米国の「リバティー(Liberty)」の1927年1月22日号に掲載された。

同作品は、同年の1927年に発行されたホームズシリーズの第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿(The Case-Book of Sherlock Holmes)」に収録されている。


2025年4月26日土曜日

ミシェル・バークビー作「ベイカー街の女たち」(The House at Baker Street by Michelle Birkby)- その4

日本の出版社である KADOKAWA から、
角川文庫として出版されている

ミシェル・バークビイ作「ベイカー街の女たち
ミセス・ハドスンとメアリー・ワトスンの事件簿1」の表紙

       カバーイラスト: いとう あつき
 カバーデザイン: 西村 弘美

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


シャーロック・ホームズの同居人で、相棒でもあるジョン・H・ワトスンが「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)を通じて出会ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚して、約7ヶ月が経った1889年4月のある日から、物語が始まる。

本作品の主人公は、他のパスティーシュとは異なり、ホームズとワトスンではなく、2人が下宿するベーカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)の家主であるハドスン夫人(Mrs. Hudson)と呼ばれているマーサ・ハドスン(Martha Hudson)とワトスン夫人(Mrs. Watson)となったメアリー・ワトスン(Mary Watson)の2人で、ホームズとワトスンは脇役へとまわる。

なお、ハドスン夫人のファーストネームが「マーサ」となっているのは、コナン・ドイル作「最後の挨拶(His Last Bow → 2021年6月3日付ブログで紹介済)」に登場する老婦人のマーサは、ハドスン夫人であると言う作者ミシェル・バークビーによる想定に基づいている。

マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンは、ホームズの元を訪れるものの、相談内容の詳細を明らかにできなかったため、依頼を断られてしまったローラ・シャーリー(Mrs. Laura Shirley)に対して、手を差し伸べるところから、物語が動き出す。

事件の背後には、金銭目的ではなく、自分の支配力を誇示したいがために、大勢の女性を食い物にしている強請屋(ゆすりや)が関わってくる。


(2)物語の展開について ☆☆☆半(3.5)


マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人は、ホームズとは異なり、事件捜査の専門家ではないので、ホームズとワトスンを主人公とする他のパスティーシュのようには、なかなかうまく行かず、何度も試行錯誤が続く。

ただし、マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンは、ホームズの捜査手法をある程度理解しているので、


*ベーカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)のリーダーであるウィギンズ(Wiggins)

*ベーカーストリート221B の給仕であるビリー(Billy)

*ホームズが「あの女性(ひと)」と呼ぶアイリーン・ノートン(Irene Norton - 旧姓:アドラー(Adler))


のサポートを受けつつ、最後には、強請屋の正体に肉迫していくので、それ程もどかしい感じはしない。


日本の出版社である KADOKAWA から、
角川文庫として出版されている

ミシェル・バークビイ作「ベイカー街の女たち
ミセス・ハドスンとメアリー・ワトスンの事件簿1」の文庫本体

(3)マーサ・ハドスン / メアリー・ワトスンの活躍について ☆☆☆☆(4.0)


マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人は、自分の立場を利用して得た情報を使い、金銭目的ではなく、自分の支配力を誇示したいがために、大勢の女性を自分の言いなりにしている強請屋に対して、激しい怒りを感じており、彼女達の立場を守る上で、ホームズとワトスンに、事件のことを一切相談せず、自分達の事件として、調べを進める。

そうは言っても、事件捜査の専門家ではないため、ウィギンズ、ビリーやアイリーン・ノートンの手助けを借りつつ、次第に、彼らとの間に、強い絆を築いていく。特に、マーサ・ハドスン/ メアリー・ワトスンとウィギンズ / ビリーの間に、信頼関係が次第に芽生えていく過程が、キチンと描かれている。

そして、マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人が、何度も試行錯誤を繰り返しつつも、最後には、事件の背後に潜む強請屋の正体を明らかにするのである。


(4)総合評価 ☆☆☆半(3.5)


本作品は、マーサ・ハドスンとメアリー・ワトスンの2人を主人公とはしているものの、脇役ながら、


*シャーロック・ホームズ

*ジョン・H・ワトスン

*ウィギンズ

*ビリー


*マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)

*スコットランドヤードのレストレイド警部(Inspector Lestrade)


*アイリーン・ノートン(旧姓:アドラー):「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia → 2022年12月18日 / 2023年8月6日 / 2023年8月9日 / 2023年8月19日付bログで紹介済)」に登場

*ラングデイル・パイク(Langdale Pike → 2021年7月17日付ブログで紹介済):「三破風館(The Three Gables → 2021年7月29日付ブログで紹介済)」に登場

*サー・ジョージ・バーンウェル(Sir George Burnwell):「緑柱石の宝冠(The Beryl Coronet)」に登場


と言ったサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)が生み出したキャラクターが登場して、関与の仕方に差異はあるが、物語に彩りを与えている。



2025年4月25日金曜日

江戸川乱歩作「緑衣の鬼」- その2

日本の出版社である講談社から
江戸川乱歩推理文庫の1冊(第18巻)として

1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「緑衣の鬼」の裏表紙
<装画:天野 喜孝
  装幀:安彦 勝博>


主にデヴォン州(Devon)を舞台にした田園小説、戯曲や詩作で既に名を成した英国の作家であるイーデン・ヘンリー・フィルポッツ(Eden Henry Phillpotts:1862年ー1960年 → 2022年2月6日 / 2月13日付ブログで紹介済)が1922年に発表した推理小説「赤毛のレドメイン家(The Red Redmaynes → 2022年6月12日+2025年4月20日 / 4月21日 / 4月23日付ブログで紹介済)」の登場人物と、明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家 / 怪奇・恐怖小説家 / アンソロジストである江戸川乱歩(1894年ー1965年)が、同作の筋書きをベースに、日本向けに翻案 / 脚色 / 再構成して、「講談倶楽部」の1936年(昭和11年)1月号から12月号まで連載した長編小説「緑衣の鬼」の登場人物の間では、設定上、以下のような差異がある。


<探偵役>


(1)

<赤毛のレドメイン家>

マーク・ブレンドン(Mark Brendon):スコットランドヤードの刑事 / 35歳

<緑衣の鬼>

大江 白蛇(おおえ はっこう):探偵小説家 / 35、6歳


(2)

<赤毛のレドメイン家>

該当なし

<緑衣の鬼>

折口 幸吉(おりぐち こうきち):大江 白蛇の友人 / 帝国日日新聞の警視庁詰めの社会部記者 / 30歳前後


(3)

<赤毛のレドメイン家>

ピーター・ギャンズ(Peter Ganns):米国人 / アルバート・レドメイン(後述)の友人 / ニューヨーク市警察の元刑事

<緑衣の鬼>

乗杉 龍平(のりすぎ りゅうへい):夏目 菊太郎の友人 / 警視庁捜査課の元刑事 / 40歳前後


<事件関係者>


(4)

<赤毛のレドメイン家>

ジェニー・ペンディーン(Jenny Pendean - 旧姓:レドメイン(Redmayne)):オーストラリア南部のヴィクトリア州に住むジョン・レドメイン(John Redmayne)の長男:ヘンリー・レドメイン(後述)の娘で、マイケル・ペンディーン(後述)の妻

<緑衣の鬼>

笹本 芳枝(ささもと よしえ - 旧姓:絹川):折口 幸吉の妹 伸子(のぶこ)の女学校時代の友人 / 夏目 菊三郎(後述)の娘で、笹本 静雄(後述)の妻


(5)

<赤毛のレドメイン家>

マイケル・ペンディーン(Michael Pendean):元貿易商 / ジェニー・ペンディーンの夫

<緑衣の鬼>

笹本 静雄(ささもと しずお):童話作家 / 笹本 芳枝の夫


(6)

<赤毛のレドメイン家>

ヘンリー・レドメイン(Henry Redmayne):ジョン・レドメインの長男 / 英国に父親の代理店を設立して、羊毛販売を営む / オーストラリアへ向かう船旅の途中、船が沈没し、妻と一緒に死亡

<緑衣の鬼>

夏目 菊三郎(なつめ きくさぶろう):夏目三兄弟の末弟 / 笹本 芳枝の父 / 借財だけを残して、妻ともども、既に死去


(7)

<赤毛のレドメイン家>

アルバート・レドメイン(Albert Redmayne):ジョン・レドメインの次男 / 書籍蒐集家 / 現在、引退して、イタリアに居住。

<緑衣の鬼>

夏目 菊太郎(なつめ きくたろう):夏目三兄弟の長男 / 粘菌学者 / 現在、和歌山県の人里離れた洋館に居住。


(8)

<赤毛のレドメイン家>

ベンディゴー・レドメイン(Bendigo Redmayne):ジョン・レドメインの三男 / 貨物船の元船長 / 現在、引退して、デヴォン州(Devon)に居住。

<緑衣の鬼>

夏目 菊次郎(なつめ きくじろう):夏目三兄弟の次男 / 数社の会社の大株主で、名義上の重役も務める / 配当生活者


(9)

<赤毛のレドメイン家>

ロバート・レドメイン(Robert Redmayne):ジョン・レドメインの四男 / 元大尉

<緑衣の鬼>

夏目 太郎(なつめ たろう):夏目 菊次郎の息子 / 27、8歳 / 緑色を偏愛しており、服装や所持品を全て緑色としている / 笹本 芳枝に対して、思いを寄せている


(10)

<赤毛のレドメイン家>

ジュゼッペ・ドリア:ベンディゴー・レドメインのモーターボート操縦士 / イタリア / トリノ(Torino)の旧家の出身 / ギリシア彫刻のような美貌の持ち主

<緑衣の鬼>

山崎(やまざき):夏目 菊次郎の秘書 / 笹本 芳枝の護衛係 / ギリシア彫刻のような美貌の持ち主


2025年4月24日木曜日

江戸川乱歩作「緑衣の鬼」- その1

日本の出版社である講談社から
江戸川乱歩推理文庫の1冊(第18巻)として

1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「緑衣の鬼」の表紙
<装画:天野 喜孝
  装幀:安彦 勝博>

「赤毛のレドメイン家(The Red Redmaynes → 2022年6月12日+2025年4月20日 / 4月21日 / 4月23日付ブログで紹介済)」は、主にデヴォン州(Devon)を舞台にした田園小説、戯曲や詩作で既に名を成した英国の作家であるイーデン・ヘンリー・フィルポッツ(Eden Henry Phillpotts:1862年ー1960年 → 2022年2月6日 / 2月13日付ブログで紹介済)が、1921年に発表した最初の推理小説である「灰色の部屋(The Grey Room → 2022年3月13日 / 3月27日付ブログで紹介済)」に続き、1922年に発表した推理小説である。

イーデン・フィルポッツは、上記の2作品の他に、「闇からの声(A Voice from the Dark → 2022年5月23日 / 5月29日付ブログで紹介済)」を1925年に発表している。


明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家 / 怪奇・恐怖小説家 / アンソロジストである江戸川乱歩(1894年ー1965年)が「赤毛のレドメイン家」を絶賛したこともあって、特に、「赤毛のレドメイン家」と「闇からの声」の2作品は、日本の推理小説ファンの間では、読むべき傑作として、非常に名高い。


江戸川乱歩は、「赤毛のレドメイン家」の読書体験を「万華鏡」に譬えて、探偵小説ベスト10の第1位に推している。以下に、江戸川乱歩のコメントを引用する。


「この小説の読者は、前後三段にわかれた万華鏡が、三回転するかのごとき鮮やかに異なった印象を受けることに一驚を喫するであろう。第一段は前半までの印象であって、そこには不思議な犯罪のほかに美しい風景もあり、恋愛の葛藤さえある。第二段は後半から読了までの印象であって、ここに至って読者はハッと目のさめるような生気に接する。そして二段返し、三段返し、底には底のあるプロットの妙に、おそらくは息をつく暇もないにちがいない。一ヵ年以上の月日を費やしてイタリアのコモ湖畔におわる三重四重の奇怪なる殺人事件が犯人の脳髄に描かれる緻密なる「犯罪設計図」にもとづいて、一分一厘の狂いなく、着実冷静に執行されていった跡は驚嘆のほかはない。そして読後日がたつにつれて、またしてもがらりと変わった第三段の印象が形づくられてくるのだ。万華鏡は最後のけんらんたる色彩を展開するのだ。」(江戸川乱歩)


1931年(昭和6年)9月18日に勃発した満州事変(Mukden incident)を機に、推理小説専門雑誌が続々と廃刊になり、推理作家への執筆依頼は減る一方であった。読者から熱烈な支持を得ていた江戸川乱歩だけは、大衆雑誌で活躍していたものの、大衆雑誌では本格推理小説を発表することはなかなかできないと言うジレンマに悩んでいた。

そんな最中、江戸川乱歩は、英国のジャーナリスト / 詩人 / 推理作家であるエドマンド・クレリヒュー・ベントリー(Edmund Clerihew Bentley:1875年ー1956年)が1913年に発表した「トレント最後の事件(Trent’s Last Case)」のトリックに刺激を受けて執筆した中編小説「石榴(ざくろ)」を1934年(昭和9年)9月に「中央公論」に発表したものの、残念ながら、期待した程の反響を得られなかった。

その結果、江戸川乱歩は、自分の時代が既に去ったものと思い込み、エッセー、編纂や監修等の仕事へと舵を切っていた。


創作に倦んでいた江戸川乱歩に、講談社から長編連載の依頼が入った。講談社からの依頼を断りかねていた江戸川乱歩は、1935年(昭和10年)に日本の探偵小説評論家 / 翻訳家である井上良夫(1908年ー1945年)から紹介されたイーデン・フィルポッツ作「赤毛のレドメイン家」に感銘を受けていたため、同作に着想を得て、その責を果たそうとした。

そして、江戸川乱歩は、同作の筋書きをベースにして、日本向けに翻案 / 脚色 / 再構成した作品を、「講談倶楽部」の1936年(昭和11年)1月号から12月号まで連載した。

その長編小説が、「緑衣の鬼」である。


2025年4月23日水曜日

イーデン・フィルポッツ作「赤毛のレドメイン家」(The Red Redmaynes by Eden Phillpotts) - その4

日本の出版社である東京創元社から、
創元推理文庫として出版されている

イーデン・フィルポッツ作「赤毛のレドメイン家」(旧訳版)に付されている地図 -
事件の舞台となる英国デヴォン州と
イタリアのコモ湖畔が記されている。


プリンスタウンのステーションコテージ3号に住むジェニー・ペンディーン(Jenny Pendean)から話を聞いたスコットランドヤードの刑事であるマーク・ブレンドン(Mark Brendon - 35歳)がプリンスタウン(Princetown)警察署に戻ると、車が待機していたので、事件現場であるフォギンター採石場跡へと向かう。そこには、ハーフヤード署長が待っていた。


ジェニー・ペンディーンから「夜半になっても、叔父ロバート・レドメイン(Robert Redmayne)と夫マイケル・ペンディーン(Michael Pendean)が、フォギンター採石場跡から戻って来ない。」と言う相談を受けたハーフヤード署長は、フォード巡査達を採掘場跡へ派遣。慌てて戻って来たフォード巡査によると、「バンガローが文字通り血の海です。」と言うことだった。

フォード巡査の報告を聞いたハーフヤード署長は、車でフォギンター採石場跡へ向かった。バンガローの台所になる予定の部屋は凄まじく、台所へ入る裏口の横木にまで、血が飛び散っていたのである。


ジェニー・ペンディーンの話を総合すると、彼女の叔父であるロバート・レドメインが彼女の夫であるマイケル・ペンディーンを殺害したものと思われたが、マイケル・ペンディーンの死体は発見できず、また、ロバート・レドメインの行方は杳としてしれなかった。

マーク・ブレンドンは、プリンスタウン警察署に協力し、彼の精力、創意工夫の才、そして、経験を総動員の上、2人の発見に努めたが、どちらの生死も判らないままだった。


夫のマイケル・ペンディーンが行方不明となり、一人になったジェニー・ペンディーンは、2番目の叔父であるベンディゴー・レドメイン(Bendigo Redmayne - 貨物船の元船長)の元で世話になっていることが判った。

貨物船の船長を既に引退していたベンディゴー・レドメインは、デヴォン州(Devon)ダートマス(Dartmouth → 2023年9月6日付ブログで紹介済)の先にある家「烏(カラス)の巣」に住んでいた。


ジェニー・ペンディーンからの手紙を受け取ったマーク・ブレンドンが、指定されたキングスウェア(Kingswear)のフェリー乗り場で待っていると、モーターボートが迎えに来る。

ジェニー・ペンディーンは、ベンディゴー・レドメインと彼のモーターボート操縦士であるジュゼッペ・ドリアの2人に世話になっていた。ジュゼッペ・ドリアは、イタリア / トリノ(Torino)の旧家の出身で、ギリシア彫刻のような美貌の持ち主だった。ジェニー・ペンディーンに想いを寄せていたマーク・ブレンドンは、自分のライバルとなりそうなジュゼッペ・ドリアに対して、競争心を掻き立てられる。


そんな最中、ベンディゴー・レドメイン邸「烏の巣」近辺に、赤毛のロバート・レドメインが姿を見せ、彼に海岸の洞窟へと呼び出されたベンディゴー・レドメインが殺害された。

マーク・ブレンドンは、ダートマス警察署のダマレル署長に協力して、事件を捜査するものの、またもや、ロバート・レドメインは行方知れずのままだった。


身を寄せるところを失ったジェニー・ペンディーンは、レドメイン家で唯一残った1番目の叔父であるアルバート・レドメイン(Albert Redmayne - 書籍蒐集家)の世話になることに決まり、 イタリアへと旅立った。

2つの事件を未解決のままで残したマーク・ブレンドンは、休暇を終えて、ロンドンに戻り、難事件を見事に解決し、翳りが見えた名声をある程度復活させたように思えたが、彼の自尊心は全く回復せず、心の内で熱く燃え盛る恋の炎も、小さくなることはなかった。

数ヶ月後の3月下旬のある日、マーク・ブレンドンは、海外から小さな三角形の包みを受け取った。荷物を開けてみると、中には一切れのウェディングケーキが入っていた。ジェニー・ペンディーンは、彼のライバルであるジュゼッペ・ドリアと結婚していたのである。そして、彼ら2人は、アルバート・レドメイン邸で一緒に暮らしていた。マーク・ブレンドンは、大きなショックを受け、落ち込む。


更に驚くことには、イタリアのグリアンテ(Griante)のコモ湖(Lago di Como)畔に建つアルバート・レドメイン邸の近辺に、ロバート・レドメインが姿を現したのである。

事件を解決できず、苦戦するマーク・ブレンドン。事件の解決には、アルバート・レドメインの友人(米国人)で、ニューヨーク市警察の元刑事であるピーター・ギャンズ(Peter Ganns)の登場を待つ必要があった。


2025年4月22日火曜日

ロンドン ホルボーン地区(Holborn)- その2

リンカーンズ・イン・フィールズ66番地の建物
(66 Lincoln's Inn Fields, London WC2A 3LH)


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「エッジウェア卿の死(Lord Edgware Dies → 2025年3月19日 / 3月29日付ブログで紹介済)」(1933年)の場合、リージェントゲート(Regent Gate → 2025年3月23日付ブログで紹介済)に住むエッジウェア卿(Lord Edgware - 第4代エッジウェア男爵ジョージ・アルフレッド・セント・ヴィンセント・マーシュ(George Alfred St. Vincent Marsh, 4th Baron Edgware)/ 美術品のコレクター)が殺害された夜、妻のジェーン・ウィルキンスン(Jane Wilkinson - 米国出身の舞台女優)は、晩餐会に出席していた。


筆者がチジックハウス(Chiswick House)で購入した
イングリッシュヘリテージ(English Heritage)のガイドブック


その晩餐会は、テムズ河(River Thames)畔のチジック地区(Chiswick → 2016年7月23日付ブログで紹介済)にあるサー・モンタギュー・コーナー(Sir Montague Corner)邸において開催された。



リンカーンズ・イン・フィールズ内の庭園(その1)


一方、英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第47話(第7シリーズ)として、2000年1月19日に放映されたアガサ・クリスティー作「エッジウェア卿の死」のTV ドラマ版( → 2025年3月24日 / 3月26日 / 3月31日 / 4月1日 / 4月3日 / 4月5日付ブログで紹介済)の場合も、ジェーン・ウィルキンスンは、晩餐会に出席していた。

その晩餐会は、テムズ河畔のチジック地区ではなく、ロンドンのホルボーン地区(Holborn → 2016年9月24日付ブログで紹介済)にあるサー・モンタギュー・コーナー邸において開催されている。


リンカーンズ・イン・フィールズ65番地の建物
(65 Lincoln's Inn Fields, London WC2A 3AA)

リンカーンズ・イン・フィールズ65番地の建物外壁に掛けられているブループラーク


ホルボーン地区は、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の北側に位置するロンドン特別区の一つであるロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)内にある。


リンカーンズ・イン・フィールズ61番地の建物
(61 Lincoln's Inn Fields, London WC2A 3JW)-
現在、クラブ クォーターズ ホテル リンカーンズ イン フィールズ
(Club Quarters Hotel Lincoln's Inn Fields)が営業している。

リンカーンズ・イン・フィールズ内の庭園(その2)

「ホルボーン」の名前は、古製英語で(1)「窪地/盆地(hollow)」を意味する「hol」と(2)「小川(brook)」を意味する「bourne」が合わさったものに由来すると言われている。実際、ホルボーン地区辺りには、昔フリート川(River Fleet)が流れていたことに起因してる。

一方で、フリート川に流れ込んでいた古い川を意味する「Old Bourne」に由来するという説もある。

ホルボーン地区は、「Holborn District」(1855年)→「Metropolitan Borough of Holborn」(1900年)→「London Borough of Camden」(1965年)という変遷を辿っている。


リンカーンズ・イン・フィールズ内の庭園(その3)

リンカーンズ・イン・フィールズ内の庭園(その4)

ホルボーン地区の真ん中を、ピカデリーサーカス(Piccadilly Circus)とシティー・オブ・ロンドン(City of London → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)を結ぶハイホルボーン通り(High Holborn)が東西に貫いている。

19世紀頃には、ハイホルボーン通りには宿屋や居酒屋(パブ)等が多く建ち並んでいたが、現在はオフィスビルやホテル等が増えてきている。スーパーマーケットのセインズベリーズ(Sainsbury's)の本社が入居しているビルも、上記の中に含まれる。

近年、シティー内に流入する企業が増加しており、シティー内におけるオフィス供給に限界があるため、シティーに隣接するホルボーン地区内での不動産開発(特にオフィスビル)が進んでいる。オフィスビルやホテル等が建ち並ぶに従って、レストランや小売業のチェーン店等も通り沿いに集まってきている。


リンカーンズ・イン・フィールズ29番地の建物
(29 Lincoln's Inn Fields, London WC2A 3EG
→ 2017年4月2日付ブログで紹介済)

リンカーンズ・イン・フィールズの北東角から北へ延びる
ニューマンズロウ(Newmans Row)側にある
リンカーンズ・イン・フィールズ29番地の建物外壁に、
設計者(左側)と建設業者(右側)が刻まれている

TV ドラマ版の場合、晩餐会が開催されたサー・モンタギュー・コーナー邸がホルボーン地区のどこに所在しているのかについては、言及されていないが、前述の内容やサー・モンタギュー・コーナー邸だと言うことを考えると、リンカーンズ・イン・フィールズ(Lincoln’s Inn Fields → 2016年7月3日付ブログで紹介済)内に所在しているのではないかと推測される。