日本の出版社である株式会社 文藝春秋から 文春文庫として出版されている 「シェイクスピアのソネット」の表紙 装画:山本 容子(1952年ー : 日本の銅版画家) デザイン:十河 岳男 |
エルキュール・ポワロやミス・ジェイン・マープル等のシリーズ探偵を生み出したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が、メアリー・ウェストマコット(Mary Westmacott)名義で、第二次世界大戦(1939年ー1945年)中の1944年に発表した長編小説「春にして君を離れ(Absent in the Spring → 2024年11月10日付ブログで紹介済)」は、ロマンス小説と分類される全6作のうち、第3作目に該る。
なお、メアリー・ウェストマコット名義で発表されたロマンス小説は、以下の通り。
(1)「愛の旋律(Giant’s Bread)」(1930年)
(2)「未完の肖像(Unfinished Portrait)」(1934年)
(3)「春にして君を離れ」(1944年)
(4)「暗い抱擁(The Rose and the Yew Tree)」(1948年)
(5)「娘は娘(A Daughter’s a Daughter)」(1952年)
(6)「愛の重さ(The Burden)」(1956年)
文春文庫「シェイクスピアのソネット」に挿入されている ウィリアム・シェイクスピアの肖像画 絵:山本 容子 |
タイトルに関しては、英国(イングランド)の劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年)による「ソネット集第98番(Sonnet 98)」の一節である「From you have I been absent in the spring」から採られている。
今回は、「ソネット集第98番」の一節である「From you have I been absent in the spring」について、紹介したい。
文春文庫「シェイクスピアのソネット」のうち、 「ソネット集第98番」の挿絵 絵:山本 容子 |
Sonnet 98 : From you have I been absent in the spring
<小田島 雄志(1930年ー : 日本の英文学者 / 演劇評論家)訳>
From you have I been absent in the spring,
あなたから離れているあいだ、季節は春でした。
When proud-pied April, dressed in all his trim,
華やかなまだら模様の(晴着をつけた)四月が
Hath put a spirit of youth in everything,
万物に青春のはずむような息吹きを送りこんだので、
That heavy Saturn laughed and leaped with him.
陰気な農耕神(サターン)さえいっしょに踊り浮かれたほどでした。
Yet nor the lays of birds, nor the sweet smell
だが小鳥たちの歌を聞いても、色とりどりに咲く
Of different flowers in odour and in hue,
花それぞれの甘い香りをかいでも、私は
Could make me any summer’s story tell,
楽しい夏物語を語る気にはなれなかったし、
Or from their proud lap pluck them where they grew:
咲き誇る花床から花を摘む気にもなれませんでした。
Nor did I wonder at the lily’s white,
また、純白の百合を讃嘆することもなく、
Nor praise the deep vermilion in the rose;
深紅のバラを称賛することもありませんでした。
They were but sweet, but figures of delight
この花々は甘く香るだけのもの、喜びの模写、
Drawn after you, – you pattern of all those.
あなたをモデルにして描いたあなたの似姿にすぎません。
Yet seem’d it winter still, and, you away,
だが私には永い冬に思われ、あなたがいないから
As with your shadow I with these did play.
あなたの影と思って花々とたわむれたのでした。