2024年4月23日火曜日

高木彬光作「刺青殺人事件」(The Tattoo Murder by Akimitsu Takagi)- その2

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2022年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

高木彬光作「刺青殺人事件」の裏表紙
(Cover design by Jo Walker)


日本の推理作家である高木彬光(Akimitsu Takagi:1920年ー1995年)によるデビュー長編推理小説で、神津恭介(Kyosuke Kamizu)シリーズの第1作目に該る「刺青殺人事件(The Tattoo Murder)」は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)/ 太平洋戦争(1941年-1945年)が終わり、1年が経過した1946年(昭和21年)8月20日、東京帝国大学医学部法医学教室の研究員である松下研三(Kenzo Matsushita - 29歳)が、東亜医大の医学博士で、刺青の研究家でもある早川平四郎博士(Dr. Heishiro Hayakawa)に誘われて、「江戸彫勇会(Edo Tattoo Society)」が主催する刺青競艶会を見学にやって来たところから、物語が始まる。

松下研三は、そこで、中学時代の先輩である最上久(Hisashi Mogami)と再会する。なんと、早川平四郎博士と最上久は、叔父と甥の関係にあった。


その後、刺青競艶会において、審査員、参加者および観客の全員の目を奪い、場を圧倒したのは、野村絹枝(Kinue Nomura)で、彼女の背中に見事に彫られた「大蛇丸(Orochimaru)」の刺青だった。彼女は、女性部門の優勝を掻っ攫ったのである。

野村絹枝は、最上久の兄で、土建屋「最上組(Mogami Group)」の社長である最上竹蔵(Takezo Mogami)の愛人となっていた。


野村絹枝本人と彼女の見事な刺青の圧倒的な魅力に惹かれた松下研三は、後日、彼女を訪ねた際に、彼女から背中の刺青の由来を聞かされるとともに、彼女と関係を持ってしまう。


彼女の父で、刺青師である野村彫安(Horiyasu Nomura)は、


(1)野村常太郎(Tsunetaro Nomura - 野村絹枝の兄で、父親と同じ刺青師)に「自来也 / 児雷也(Jiraiya - 蝦蟇の妖術を使う)」を、

(2)野村絹枝に「大蛇丸(蛇の妖術を使う)」を、

そして、

(3)野村珠枝(Tamae Nomura - 野村絹枝の双子の妹)に「綱出姫(Tsunedahime - 蛞蝓の妖術を使う)」を


彫り分けたのである。


「自来也 / 児雷也」、「大蛇丸」と「綱出姫」は、感和亭鬼武が江戸時代の文化3年(1806年)に刊行した読本「自来也説話」が設定の基礎となり、戯作者である美図垣笑顔、一筆庵(浮世絵師の渓斎英泉)、柳下亭種員、そして、柳下亭種清の順で書き継がれて、江戸時代後期の天保10年(1839年)から明治元年(1868年)にかけて刊行されたものの、残念ながら、未完に終わった43編から成る長編の合巻作品である「児雷也豪傑譚」に登場する人物である。

「児雷也豪傑譚」の主人公は、蝦蟇を操る「児雷也」であるが、一筆庵が作を担当した頃から、蛞蝓を操る「綱出姫(後に、「児雷也」の妻となる)と蛇を操る「大蛇丸(「児雷也」の宿敵)」も登場して、「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみを配した関係が設定され、物語の幅が拡大された。その後、彼らは、三すくみの争いを繰り広げて行く。


従って、「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみを1人の身体に彫った場合、3人が争い合った末に、刺青を彫られた本人が死んでしまうため、タブーとされていた。

刺青師である野村彫安は、「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみを、1人の身体にではなく、自分の子供3人の背中に彫ったのである。


「「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみの呪いにより、自分は殺されるかもしれない。実際、正体不明の人物から、「お前の命は、間もなく終わる。」と告げる手紙を受け取った。」と、不安を感じる野村絹枝との約束に基づき、松下研三は、下北沢(Shimokitazawa)にある彼女の自宅を訪ねた。松下研三は、同じように、彼女の自宅を訪ねて来た早川平四郎博士と、偶然、一緒になる。

松下研三と早川平四郎博士の2人は、野村絹枝の自宅内を搜索するものの、彼女の姿を発見することはできなかった。更に、野村絹枝の自宅内の搜索を続ける彼らは、内側から鍵がかかった浴室内において、女性の死体を発見する。

浴室内の死体には、首と両手両足しかなく、胴体はなかった。松下研三と早川平四郎博士の2人は、首を見て、野村絹枝の死体と判断した。


背中に「大蛇丸」が彫られた野村絹枝の胴体は、一体、どこに消えてしまったのか?

そもそも、野村絹枝を殺害した犯人は、彼女の胴体を持って、鍵がかかった浴室内から、一体、どのような方法で抜け出すことができたのか?


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