2026年3月22日日曜日

アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」<小説版(愛蔵版)>(The Sittaford Mystery by Agatha Christie )- その2

2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の裏表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村の
ヘイゼルムーア荘を訪れる場面が描かれている。
ただし、表紙とは異なり、裏表紙の場合、
ヘイゼルムーア荘の門の前に立つジョン・バーナビー少佐が居なくなっている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1931年に発表した「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery)」(1931年)の場合、事件の舞台となるのは、デヴォン州(Devon)ダートムーア(Dartmoor)の周辺部に所在するシタフォード(Sittaford)と言う小さな村である。


海軍のジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐(Captain Joseph Arthur Trevelyan)は、10年前に退役した後、シタフォード村に退き、シタフォード荘(Sittaford House)と言う屋敷を建てて、そこに住んでいた。

ある年の10月の終わり頃、不動産エージェント経由、冬の間、シタフォード荘を借りたいと言う依頼があり、先方が提示した家賃の額も非常に良かったため、ジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐は、シタフォード村を出ると、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン(Exhampton)と言う村に所在するヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を借りて、転居していた。

そして、南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)の2人がシタフォード荘に入居して、約2ヶ月が経過する。


なお、シタフォード荘の周りには、6つのコテージがあり、以下の人物が住んでいた。


*1号コテージ:ジョン・エドワード・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby - ジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐の友人)

*2号コテージ:ワイアット大尉(Captain Wyatt - 病人)+使用人(インド人)のアブドゥル(Abdul)

*3号コテージ:ライクロフト氏(Mr. Rycroft - 心霊研究会(Psychical Research Society)会員)

*4号コテージ:キャロライン・パーシハウス(Miss Caroline Percehouse - 未婚の婦人)+ロナルド・ガーフィールド(Ronald Garfield - キャロラインの甥 / 愛称:ロニー(Ronnie))

*5号コテージ:カーティス氏(Mr. Curtis - シタフォード荘のの元庭師)+カーティス婦人(Mrs. Curtis - カーティス氏の妻)

*6号コテージ:デューク氏(Mr. Duke - 最近、シタフォード村に越して来た人物)


12月のある金曜日の午後(午後3時半)、ウィレット母娘の2人は、


*1号コテージ:ジョン・バーナビー少佐

*3号コテージ:ライクロフト氏

*4号コテージ:ロナルド・ガーフィールド

*6号コテージ:デューク氏


の4人をシタフォード荘のお茶会に招待する。4日間にわたって、雪が英国中で降り続き、シタフォード村でも、数フィートの雪が積もっていた。


毎週金曜日の晩、ジョン・バーナビー少佐が、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むエクスハンプトン村のヘイゼルムーア荘(10月末以前は、シタフォード荘)を訪れ、毎週火曜日の晩、逆に、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が、ジョン・バーナビー少佐が住む1号コテージを訪れる習慣を長年続けていた。

そのため、ウィレット母娘は、ジョン・バーナビー少佐がお茶会の招待を受けないのではないかと危惧していたが、蓋を開けてみると、ジョン・バーナビー少佐は、ウィレット母娘の招待を受けて、シタフォード荘に姿を見せていた。

シタフォード荘でのお茶会後、ジョン・バーナビー少佐は、今までの習慣通り、ヘイゼルムーア荘にジョーゼフ・トリヴェリアン大佐を訪ねるつもりのようだが、これから更に降雪がある模様だった。


お茶会の後、ウィレットは、他の5人に対して、ブリッジ(bridge)を提案したものの、残念ながら、デューク氏は「ブリッジはやらない。」とのことだったので、ロナルド・ガーフィールドが、代わりに、テーブルターニング(table-turning / 降霊術会)を提案する。

心霊研究会の会員であるライクロフト氏は、直ぐに賛意を示したが、ジョン・バーナビー少佐は、あまり乗り気ではないようだった。ブリッジを断ったデューク氏も、ロナルド・ガーフィールドの提案に賛同したため、6人はテーブルターニングを始めた。


テーブルターニングの最中、驚くことに、霊が「トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げた。霊のお告げを見たジョン・バーナビー少佐は、長年の友人であるジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を気遣う。

残念なことに、シタフォード荘には、電話がなく、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に連絡をとることができない。また、今日までの降雪のため、道路は車が通れない状況だった。更に、これから大雪になると言う予報がが出ていた。

ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を心配するジョン・バーナビー少佐は、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村まで歩いて行くことを宣言すると、シタフォード荘を出て行った。


そして、2時間半後(午後8時前)、吹雪の中、ジョン・バーナビー少佐は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に到着。

ジョン・バーナビー少佐はヘイゼルムーア荘のベルを鳴らしたが、不思議なことに、屋内からは誰の応答もなかった。

不測の事態に困ったジョン・バーナビー少佐は、ヘイゼルムーア荘の近くにある派出所のグレイヴス巡査(Constable Graves)と派出所の直ぐ隣に住んでいるウォーレン医師(Dr. Warren)を呼んで、ヘイゼルムーア荘へと戻る。

そして、3人がヘイゼルムーア荘の書斎の窓から家の中に入ったところ、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が床の上に横たわっているのを発見する。残念ながら、彼は既に死亡していた。

ウォーレン医師がジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の死体を調べた結果、頭蓋骨の骨折が死因であり、凶器は死体の傍らに落ちていた砂が入った緑色の袋だった。


ジョン・バーナビー少佐が懸念していた通り、シタフォード荘で催されたテーブルターニングの最中、霊が告げた内容が本当のことになったのである。


         

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