2022年5月21日土曜日

グラフィックノベル「シャーロック・ホームズ 犯罪通り」(Sherlock Holmes Crime Alleys) - その2

米国の Dark Horse Books 社から2016年に出版された
「シャーロック・ホームズ 犯罪通り」の英語訳版の裏表紙


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆半(2.5)


本作品(グラフィックノベル)は、「緋色の研究(A Study in Scarlet)」事件を通して、ジョン・H・ワトスンがシャーロック・ホームズと出会う以前の「語られなかった事件」となる。それに加えて、その後、長年の宿敵となるジェイムズ・モリアーティー(James Moriarty)に、ホームズが初めて邂逅する事件でもあって、意義が深い。

ただ、一方で、ジェイムズ・モリアーティーの父親であるヘンリー・モリアーティー(Henry Moriarty)がロンドンの裏社会を完全に掌握しているように見受けられるが、ジェイムズ・モリアーティーの場合、今一つ詰めが甘く、その器ではないように感じられてしまう。コナン・ドイル作「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」において、ホームズは、ジェイムズ・モリアーティーについて、「彼の経歴は驚くべきものだ。彼は良い家の生まれで、素晴らしい教育を受けている上に、並外れた数学的な才能にも恵まれているんだ。21歳の時に、彼は二項定理に関する論文を書いて、ヨーロッパ中で大評判を得たのさ。その功績が認められて、彼は大学の数学部長の座を手に入れて、誰の目から見ても、彼の前には、非常に輝かしい未来が待っていたんだ。」(’His career has been an extraordinary one. He is a man of good birth and excellent education, endowed by nature with a phenomenal mathematical faculty. At the age of twenty-one he wrote a treatise upon the Binomial Theorem, which has had a European vogue. On the strength of it he won the Mathematical Chair at one of our smaller universities, and had, to all appearance, a most brilliant career before him.’)と評しているが、本作品におけるジェイムズ・モリアーティーは、そういった人物設定にはなっておらず、単なる粗野な人物設定にとどまっている。例え、この後、かなり成長したとしても、「最後の事件」に登場したジェイムズ・モリアーティーのイメージには合致せず、その辺りがおかしい。


(2)物語の展開について ☆☆☆半(3.5)


ヘンリー / ジェイムズ・モリアーティー父子がロンドンのインテリ階級を拉致した上で行なっていた犯罪は、科学的な根拠に乏しく、やや荒唐無稽と言うか、強引な感じは否めない。例え、この頃、英国で発表された「フランケンシュタイン、或いは、現代のプロメテウス(Frankenstein; or, the Modern Prometheus. → 2021年3月24日付ブログで紹介済)」(1818年)や「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)」(1886年)等の作品を受け入れるとしても、である。

ただし、物語は、(1)ホームズによる失踪したルームメイトのロン(Ron Jantscher)の捜索、(2)ロンドンの裏社会を牛耳るヘンリー / ジェイムズ・モリアーティー父子の確執や(3)組織を裏切ろうとした弟エメット(Emmett)を殺害された兄タイロン(Tyron)のモリアーティー父子への復讐の3つの話が緊迫したまま進み、約100ページの話を一気に読ませる勢いがある。ちょっとした短めの長編小説を読破した感じを与えてくれる。


ロンドンの裏社会を牛耳る
ヘンリー / ジェイムズ・モリアーティー父子の背後に潜む謎の人物

(3)ホームズの活躍について ☆半(1.5)


ヘンリー / ジェイムズ・モリアーティー父子の確執やタイロンの復讐等にかなり多めのページが割かれていることもあり、ホームズとしては、大した活躍をできていない。モリアーティー父子配下の者との格闘場面でのみ、ホームズはかなりの強さを見せるものの、本来の諮問探偵としての推理力を発揮するような場面がほとんど見られない。

やむを得ない状況ではあるが、途中、モリアーティー父子の囚われの身になり、タイロンによって救出されるまでの間、為す術がなかったり、また、物語の最後に起きる悲劇を阻止できなかったり、ホームズとしては、あまりピリッとしていない。


(4)総合評価 ☆☆半(2.5)


物語としては、読者をグイグイと引き寄せるが、どちらかと言うと、モリアーティー父子の確執と兄タイロンによる弟エメットの復讐が、ストーリーの主体となっていて、ホームズが(特に、本来の諮問探偵として)活躍する場面がほとんど見られず、非常に残念である。タイロンが物語の主人公になってしまっている印象が非常に強い。

また、ジェイムズ・モリアーティーの人物設定が、コナン・ドイルの原作とは合致せず、ロンドンの裏社会を掌握できるような器には、全くなっていない。



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