2023年11月22日水曜日

コナン・ドイル作「まだらの紐」<グラフィックノベル版>(The Speckled Band by Conan Doyle )- その1

英国の MX Publishing 社から2014年に出版された
ペトル・コペル作画による
「ボヘミアの醜聞」(グラフィックノベル版)の表紙 -
画面上段:「Sherlock Holmes」の文字の中に、
「ボヘミアの醜聞」に登場するアイリーン・アドラー(Irene Adler)が
描かれている。
画面下段(手前):左側から、「ボヘミアの醜聞」に登場する
フォン・クラム伯爵(Count von Kramm -
実際には、ボヘミア国王(King of Bohemia))、
シャーロック・ホームズ、ジョン・H・ワトスン、
そして、ベイカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)の
カートライト(Cartwright)が描かれている。
画面下段(奥):「まだらの紐」に登場する
ヘレン・ストーナー、グリムズビー・ロイロット博士、
そして、ロイロット博士が飼っているチーターが描かれている。


今回は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「まだらの紐(The Speckled Band)」のグラフィックノベル版の1つ目を紹介したい。


チェコ共和国(Czech Republic)ヴィソチナ州トシェビーチ郡の都市トシェビーチ出身のイラストレーターであるペトル・コプル(Petr Kopl:1976年ー)が、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia → 2022年12月18日 / 2023年8月6日 / 8月9日 / 8月19日付ブログで紹介済)」をベースにして、1998年にグラフィックノベル版「ボヘミアの醜聞(→ 2022年12月7日 / 12月9日 / 12月10日付ブログで紹介済)」を雑誌に発表。本グラフィックノベル版は、2013年に単行本化された後、2014年に英国の MX Publishing 社から英訳版が発行された。


なお、ペトル・コプルによるシャーロック・ホームズ作品のグラフィックノベル版について、全部で3作の英訳版が英国内で出版されている。


(1)「ボヘミアの醜聞」

(2)「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles)」

(3)「最後の事件(The Final Problem)」


「ボヘミアの醜聞」のグラフィックノベル版の場合、話の途中に、「まだらの紐」が挿入されているため、全体で約150ページの分量となっている。

なお、「まだらの紐」の分量は、50ページ強である。


「まだらの紐」は、ホームズシリーズの短編小説56作のうち、8番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン」の1892年2月号に掲載された後、同年発行の第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」に収録されている。


ペトル・コプルによるグラフィックノベル版「まだらの紐」における主要な登場人物は、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの他は、コナン・ドイルの原作と同様に、


チャリングクロス駅(Charing Cross Station)から、
サリー州(Surrey)のレザーヘッド駅(Leatherhead Station)経由、
ストークモラン(Stoke Moran)へと向かう
シャーロック・ホームズ(右側の人物)とジョン・H・ワトスン(右側の人物)


(1)ヘレン・ストーナー(Helen Stoner - 双子の妹)

事件の相談のために、
ベイカーストリート221B(221B Baker Street →
2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)
を訪れた
ヘレン・ストーナー(左側の人物)と
彼女を迎えたシャーロック・ホームズ(右側の人物)

(2)ジュリア・ストーナー(Julia Stoner - 双子の姉)


「まだらの紐」に襲われて亡くなる前のジュリア・ストーナー(左側の人物)
と彼女の部屋を訪れたヘレン・ストーナー(右側の人物)

(3)グリムズビー・ロイロット博士(Dr. Grimesby Roylott - ジュリア・ストーナーとヘレン・ストーナーの義父)


ヘレン・ストーナーが帰った後、
ベイカーストリート221Bに押しかけて来た
グリムズビー・ロイロット博士

(4)ハドスン夫人(Mrs. Hudson)

グリムズビー・ロイロット博士がひん曲げた火搔き棒を見て、驚くとともに、
シャーロック・ホームズに対して、クレームをするハドスン夫人

である。


厳密に言うと、コナン・ドイルの原作の場合、午前7時15分過ぎにワトスンを起こしたホームズの説明の中で、ハドスン夫人のことが言及されるだけで、ハドスン夫人が実際に登場する訳ではないが、ペトル・コプルによるグラフィックノベル版の場合、グリムズビー・ロイロット博士がホームズ / ワトスンの部屋の火搔き棒を素手でひん曲げてしまった際に、1ページだけだが、ハドスン夫人が姿を見せる。


勿論、ジュリア・ストーナーは、コナン・ドイルの原作においても、ペトル・コプルによるグラフィックノベル版においても、ヘレン・ストーナーによる事件説明の中に登場するのみである。


2023年11月21日火曜日

ウォーハンマー40周年記念切手(40th Anniversary of Warhammer)- その3

< Warhammer 40,000 - Rogue Trader >


英国のゲーム製作会社であるゲームズワークショップ(Games Workshop)が1983年に「ウォーハンマー(Warhammer)」と言うミニチュアゲームを発売した以降、同ゲームはシリーズ化しており、その40周年に伴い、本年6月8日に、英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、10種類の記念切手が発行されたので、前回に引き続き、御紹介したい。


< Warhammer The Old World - Battle for Skull Pass >

ミニチュアゲーム「ウォーハンマー」において使用される駒は、未組立 / 未彩色のため、購入者自身で成形と彩色を行う必要がある。


< Warhammer Age of Sigmar - Yndrasta, The Celestial Spear >

剣と魔法のファンタジー世界「オールドワールド(The Old World)」を舞台にした「Warhammer Fantasy Battle」の初版が1983年に発売された際、それまで歴史上の戦場再現が中心であったミニチュアゲームの世界に、新風を巻き起こしたのである。

それまでは、ファンタジー / SF 系のミニチュアゲームは、低俗として扱われていたが、「Warhammer Fantasy Battle」の登場を経て、次第に市民権を得るようになっていった。


< Warhammer The Horus Heresy - The Emperor of Mankind >


ミニチュアゲーム「ウォーハンマー」の発売元であるゲームズワークショップは、英国外での直接販売やルールブックの翻訳等も、積極的に行っている。


< 上記の4種類の記念切手を一つに纏めた Miniature Sheet >


ちなみに、日本にも、ゲームズワークショップの日本支社があり、日本国内に、日本支社の直営店が10店舗以上ある。全世界では、500店舗以上の直営店が営業している。


2023年11月20日月曜日

アガサ・クリスティーの世界<ジグソーパズル>(The World of Agatha Christie )- その28

英国の Orion Publishing Group Ltd. から出ている「アガサ・クリスティーの世界(The World of Agatha Christie)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の生涯や彼女が執筆した作品等に関連した90個の手掛かりについて、前回に続き、紹介していきたい。


今回も、アガサ・クリスティーが執筆した作品に関連する手掛かりの紹介となる。


(74)魚肉ペースト(練りもの)のサンドウィッチ(fish paste sandwich)


ジグソーパズルにおいて、手前にある大テーブルの上には、
恋敵であるメアリー・ジェラードに対して、モルヒネを盛るために、
エリノア・カーライルが食べさせたものと、警察に疑われた
魚肉ペーストのサンドウィッチの皿が置かれている。

本ジグソーパズル内において、アガサ・クリスティーが腰掛けている椅子の前にある大テーブルの上に、食べかけの魚肉ペーストのサンドウィッチの皿が置かれている。


これから連想されるのは、アガサ・クリスティーが1940年に発表したエルキュール・ポワロシリーズ作品「杉の柩(Sad Cypress)」である。本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第27作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第18作目に該っている。


英国の Harper CollinsPublishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ
「杉の柩」のペーパーバック版の表紙

婚約中のエリノア・カーライル(Elinor Carlisle)とロデリック・ウェルマン(Roderick Welman)の2人は、ロンドンで生活を送っていた。エリノア・カーライルは、金持ちの未亡人であるローラ・ウェルマン(Mrs. Laura Welman)の姪で、ロデリック・ウェルマンは、ローラ・ウェルマンの亡き夫の甥に該る。

裕福な叔母ローラ・ウェルマンは、現在、寝たきりの状態で、彼女が亡くなった場合、エリノア・カーライルとロデリック・ウェルマンの2人には、かなりの額の財産が入る予定で、彼らは、ローラ叔母の遺産が入り次第、結婚するつもりでいた。


そんな時、「寝たきりの未亡人の財産が、若い女に狙われている。」と言う匿名の手紙が、エリノア・カーライルの元に届く。

エリノア・カーライルとロデリック・ウェルマンの2人は、本気で心配した訳ではないが、見舞いのため、ローラ叔母が住むハンターベリー(Hunterbury)の屋敷へと向かった。

ローラ叔母は、発作の後遺症で左半身が麻痺しており、エリノア・カーライルが彼女と話をしていると、そこにローラ叔母を治療している若いピーター・ロード医師(Dr. Peter Lord)がやって来る。自分の患者の美しい姪に初めて会ったピーター・ロード医師は、思わず赤面する。

一方、その頃、外を散歩していたロデリック・ウェルマンは、ローラ叔母のお気に入りで、ウェルマン家の門番の娘であるメアリー・ジェラード(Mary Gerrard)に出会い、その美しさに心を奪われてしまう。


その翌週、エリノア・カーライルとロデリック・ウェルマンの2人は、ピーター・ロード医師より、ローラ叔母が再び発作に襲われたとの連絡を受け、ハンターベリーの屋敷へと急いだ。

死期が近いことを悟ったローラ叔母は、エリノア・カーライルに対して、「(お気に入りの)メアリー・ジェラードのために、遺言書に追加条項を加えたいので、翌朝、弁護士を呼んでほしい。」と強く希望した。

ピーター・ロード医師によると、その日、ローラ叔母の容態は大丈夫な筈であったが、翌朝、ローラ叔母は、眠ったまま、亡くなっていた。


ローラ・ウェルマンを看護していたジェシー・ホプキンズ(Nurse Jessie Hopkins)は、持って来た筈のモルヒネがないことに気付く。

また、ローラ・ウェルマンの弁護士であるセドン(Mr. Seddon)は、彼女が遺言書を作成していなかったことを告げる。

その結果、唯一の血縁者であるエリノア・カーライルが、ローラ叔母の全財産を相続することになった。その一方で、ロデリック・ウェルマンが、メアリー・ジェラードに対する想いを明らかにしたため、エリノア・カーライルとロデリック・ウェルマンの婚約は、白紙となってしまう。


ジェシー・ホプキンズ看護婦の助言を受けたメアリー・ジェラードは、ニュージーランドに居る伯母に財産を遺す遺言書を作成する。また、エリノア・カーライルも、ロデリック・ウェルマンに全財産を遺す遺言書を作成した。


ロデリック・ウェルマンが居ないハンターベリーの屋敷に住む気になれないエリノア・カーライルは、屋敷を売ることに決めた。

約1ヶ月後、ハンターベリーの屋敷の買い手がついたので、エリノア・カーライルは、引き渡しの準備と家具の整理のために、屋敷を訪れた。また、メアリー・ジェラードも、ジェシー・ホプキンズ看護婦と一緒に、門番小屋の片付けに来ていた。

エリノア・カーライルの心中には、メアリー・ジェラードに対する嫉妬と憎しみが渦巻いていたが、表向きは礼儀正しさを崩さず、メアリー・ジェラードとジェシー・ホプキンズ看護婦の2人を、昼食(お茶とサンドウィッチ)に誘った。ところが、エリノア・カーライルがつくった魚肉ペーストのサンドウィッチを食べたメアリー・ジェラードが、昼食後間もなく、急に苦しんで、息を引き取ってしまったのである。


その結果、エリノア・カーライルは、メアリー・ジェラードに対して、モルヒネを盛った疑いで、警察に逮捕される。

ピーター・ロード医師は、エルキュール・ポワロの元を訪れると、「エリノア・カーライルが無実であることを立証してほしい。」と依頼するのであった。


2023年11月19日日曜日

カナレット(Canaletto)- その1

ヴェネツィア共和国の景観画家 / 版画家である
ジョヴァンニ・アントーニオ・カナレット(Giovanni antonio Canaletto:1697年ー1768年)作
「View of the Grand Canal」-
ケンブリッジ(Cambridge)のフィッツウィリアム博物館(Fitzwilliam Museum)で
筆者が購入した絵葉書から抜粋。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「五匹の子豚(Five Little Pigs → 2023年11月9日 / 11月13日付ブログで紹介済)」(1943年)では、エルキュール・ポワロは、カーラ・ルマルション(Carla Lemarchant)から再調査を依頼された事件(=彼女の母親カロリン・クレイル(Caroline Crale)が画家の夫アミアス・クレイル(Amyas Crale)を毒殺したと考えられている事件)の重要関係者である5人を順番に訪れて、当時の事情や経緯等を尋ねる。

ポワロが4番目にコンタクトするのは、セシリア・ウィリアムズ(Cecilia Williams - 事件当時、カロリン・クレイルの異母妹であるアンジェラ・ウォレン(Angela Warren)の家庭教師)で、ポワロがセシリア・ウィリアムズを訪れた際、彼女の部屋の壁には、数枚の絵画が掛けられていた。


アガサ・クリスティーの原作には、以下のように記載されている。


The walls were distempered an ascetic pale grey, and various reproductions hung upon them. Dante meeting Beatrice on a bridge - and that picture once described by a child as a ‘blind girl sitting on an orange and called, I don’t know why, “Hope”’. There were also two watercolours of Venice and a sepia copy of Botticelli’s ‘Primavera’.


「オレンジの上に座る目隠しされた少女(blind girl sitting on an orange)」の絵画「希望(Hope)」(1886年)については、2023年6月4日付ブログで、また、「希望」を描いた英国ヴィクトリア朝時代の画家 / 彫刻家であるジョージ・フレデリック・ワッツ(George Frederic Watts:1817年ー1904年)に関しては、2023年6月12日 / 6月16日付ブログで紹介済である。


アガサ・クリスティーの原作上、「ヴェネツィアの水彩画2枚」としか記述されていないが、おそらく、カナレット(Canaletto)による絵画の複製ではないかと思われる。


カナレットの本名は、ジョヴァンニ・アントーニオ・カナール(Giovanni Antonio Canal:1697年ー1768年)で、彼は、ヴェネツィア共和国(Republic of Venice)の景観画家 / 版画家である。


ジョヴァンニ・アントーニオ・カナールは、1697年、画家 / 劇場舞台背景制作者のベルナルド・カナール(Bernardo Canal:1664年ー1744年)の子として、ヴェネツィア(Venice)に出生。

彼は、父親も画家であったことから、両者を区別するために、「小カナール(カナレット)」と呼ばれるようになった。


カナレットは、父親の下で見習いを始め、ローマにおいて、父親と一緒に、劇場舞台背景制作に携わった。

彼は、1719年にローマからヴェネツィアに戻って来た後、絵画の制作を開始した。


2023年11月18日土曜日

チャールズ・ディケンズの世界<ジグソーパズル>(The World of Charles Dickens )- その6

画面中央の男性(右手に原稿の束を、左手に羽根ペンを持った男性)が、
英国の小説家 / 推理作家 / 劇作家であるウィリアム・ウィルキー・コリンズである。


英国の The Orion Publishing Group Ltd. より、2021年に発売されたジグソーパズル「チャールズ・ディケンズの世界(The World of Charles Dickens)」のイラスト内には、ヴィクトリア朝を代表する英国の小説家であるチャールズ・ジョン・ハファム・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens:1812年ー1870年)や彼が生きた時代の人物、そして、彼の作品に登場するキャラクター等が散りばめられているので、次回以降、順番に紹介していきたい。


今回紹介するのは、推理小説「月長石(The Monnstone → 2022年9月30日 / 10月13日付ブログで紹介済)」(1868年)の作者で、ヴィクトリア朝時代(1837年-1901年)に活躍した英国の小説家 / 推理作家 / 劇作家のウィリアム・ウィルキー・コリンズ(William Wilkie Collins:1824年ー1889年 → 2022年9月2日 / 9月4日付ブログで紹介済)である。


Penguin Books Ltd. から
Penguin Classics シリーズの一つとして1998年に出版されている
ウィルキー・コリンズ作「月長石」の表紙
(Cover design : Detail from Moonrise by the Sea (1822)
by Caspar David Friedrich
in the Nationalgalerie Berlin
Photo : Staatliche Museen zu Berlin Preussischer Kulturbesitz /
Jorg P. Anders ) 


彼は、1824年にロイヤルアカデミー(Royal Academy)に所属する高名な風景画家であるウィリアム・コリンズ(William Collins)の長男としてロンドンに出生し、父親の名前に因んで、ウィリアム・ウィルキー・コリンズと名付けられるが、名付け親(godfather)であるディヴィッド・ウィルキー(David Wilkie)からもらったミドルネームを用いて、ウィルキー・コリンズと呼ばれるようになった。


彼の出生後、彼の両親がロンドン市内で何度も引っ越しをしたため、1828年に生まれた4歳下の弟チャールズ・オールストン・コリンズ(Charles Allston Collins)と一緒に、彼らの母親から自宅で初期教育を受けた。また、彼の両親は宗教的に厳格だったため、自分達の子供達に教会への参列を強制したが、彼自身は嫌だったようである。

1836年から1838年に架けて、彼は、家族とともに、イタリア、そして、フランスに移住し、そこでイタリア語とフランス語を学ぶ。

欧州から英国に戻ったウィルキー・コリンズは、私立学校に入学するが、そこでいじめに遭う。就寝前に、いじめっ子から必ず一つ物語を話すように強制された彼は、次第に物語を創作することに喜びを見出していく。


1840年、17歳の時、彼は父親の友人が営む紅茶商へ見習いとして入る。彼は見習いの仕事を嫌っていたが、最終的に、そこで5年間働き通した。

父親は彼を牧師にしようとしたが、父親の宗教的な几帳面さや保守的な考えに反発する彼が全く興味を示さないため、諦める。そして、1846年、安定的な収入を願った父親のために、彼はリンカーン法曹院(Lincoln’s Inn → 2017年3月19日付ブログで紹介済)に入り、法学を学び始めた。


リンカーン法曹院の
グレイトホール/ニューホールと入口の門


しかしながら、彼は紅茶商の見習いとして働いているときも、また、リンカーン法曹院で法学を学んでいる時も、残りの大部分の時間を小説の執筆に費やしていたのである。

1847年に父親が死去すると、ウィルキー・コリンズは「父ウィリアム・コリンズの回想録(Memoirs of the Life of William Collins, Esq., R.A.)」を出版する。これが、彼の処女作に該る。

途中、画家を目指したこともあったが、1850年に彼は処女小説「アントニナ(Antonina)」を発表して、本格的に作家としての道を歩み始める。

その後、彼は法学を修めたものの、実際に法律家として活動したことはないが、後に発表する小説の中で、彼はその時に学んだ法律の知識を活かすことになる。


1851年3月、ウィルキー・コリンズは、共通の友人(画家)の紹介で、彼と同じくヴィクトリア朝時代を代表する英国の小説家であるチャールズ・ディケンズと知り合う。

彼は、チャールズ・ディケンズが出版する雑誌「暮らしの言葉(Household Works)」に定期的に寄稿したり、また、チャールズ・ディケンズや共通の友人達と一緒に、フランス、スイスやイタリアを旅行したりして、親交を深め、二人は生涯にわたる親友かつ協力者となった。

ちょうど、この頃、痛風(関節炎)の最初の発作がウィルキー・コリンズを襲い、鎮痛剤として服用した阿片チンキに次第に耽溺するようになり、この悪癖が彼の晩年を苦しめることになる。


1860年代に入ると、ウィルキー・コリンズは、最盛期を迎える。彼の代表作と言われる以下の4作品は、この年代に集中している。


(1)「白衣の女(The Woman in White)」(1860年) → 1859年11月から1860年8月まで雑誌に連載され、連載後直ぐに出版されて、1860年11月までに第8版まで重ね、大ヒットとなった。

(2)「ノーネーム(No Name)」(1862年) → 1862年から1863年にかけて、雑誌に連載。

(3)「アーマデイル(Armadale)」(1866年) → 1864年から1866年にかけて、雑誌に連載。

(4)「月長石(The Monnstone)」(1868年) → 1868年1月から同年8月にかけて、雑誌に連載。英国の詩人 / 劇作家 / 文芸評論家であるトマス・スターンズ・エリオット(Thomas Stearns Eliot:1888年-1965年)は、この作品を「最初の最大にして最良の推理小説」と絶賛している。


ただし、その名声の裏で、彼の阿片チンキへの傾斜は、遥かに悪化の状況を辿っていたのである。


ウィルキー・コリンズは、結婚という形態に批判的であり、生涯結婚はしなかったが、1850年代に出会ったキャロライン・グレーヴス(Caroline Graves)という未亡人の女性と、(彼が全く結婚に同意しないため、彼女が別の男性と結婚していた2年間(1868年ー1870年)を除いて、)彼が1889年に亡くなるまで同居して、彼女の連れ子(ハリエット(Harriet))を自分の娘として育てた。ウィルキー・コリンズがキャロライン・グレーヴス達と一緒に同居していた家が、グロースタープレイス65番地(65 Gloucester Place)にある。


推理小説「月長石」の作者であるウィリアム・ウィルキーコリンズが
住んでいたグロースタープレイス65番地の全景写真


その一方で、彼は、1868年に知り合った19歳年下の女性マーサ・ルッド(Martha Rudd)との間に、3人の私生児(娘2人+息子1人)を設け、自分の家の近くに住まわせ、援助を行った。

こういった二重生活を亡くなるまでの20年間近く続けたため、晩年、彼は当時の社交界から追放されるという憂き目に会った。


そして、1889年9月23日、ウィルキー・コリンズは65歳でなくなり、ケンサルグリーン墓地(Kensal Green Cemetery)に葬られた。キャロライン・グレーヴスは、1895年に亡くなり、彼と一緒の墓に入った。また、マーサ・ルッドは、1919年に亡くなっている。


2023年11月17日金曜日

ウォーハンマー40周年記念切手(40th Anniversary of Warhammer)- その2

前身の「Warhammer Fantasy Battle」シリーズに登場するハイエルフ(High Elves)-
ハイエルフは、悠久の時を生きる高貴な種族で、
剣の技を磨き、魔法を探求し、ドラゴンと交流して、知識を高めている。


英国のゲーム製作会社であるゲームズワークショップ(Games Workshop)が1983年に「ウォーハンマー(Warhammer)」と言うミニチュアゲームを発売した以降、同ゲームはシリーズ化しており、その40周年に伴い、本年6月8日に、英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、10種類の記念切手が発行されたので、前回に引き続き、御紹介したい。


前身の「Warhammer Fantasy Battle」シリーズに登場するドワーフ( Dwarfs)-
たっぷりと蓄えられた髭と、小さい体躯であるものの、
頑健な身体を特徴とする種族で、誇り高い上に、執念深い。
以前は、一大王国を作り上げて、繁栄を極めたが、
エルフとの戦争や天変地異等により、現在は、没落してしまっている。


(3)ファンタジー世界を舞台にしている「Warhammer Fantasy Battle」 → 2015年に「Warhammer Age of Sigmar」へ変更


2015年から開始された「Warhammer Age of Sigmar」シリーズに登場する Stormcast Eternals

前身の「Warhammer Fantasy Battle」は、「オールドワールド(The Old World)」と呼ばれる中世ヨーロッパに似た地形と文化を有する世界を舞台にし、様々な種族や国家が覇権を求めて、戦いを繰り広げている。


2015年から開始された「Warhammer Age of Sigmar」シリーズに登場する Slaves to Darkness

「Warhammer Fantasy Battle」シリーズは、第8版まで発売されたが、2015年に、同じくファンタジー世界を舞台にした「Warhammer Age of Sigmar」と言う新シリーズによって、取って代わられた。


なお、新シリーズの「Warhammer Age of Sigmar」は、現在、第3版までが発売されている。


2023年11月16日木曜日

アガサ・クリスティー作「予告殺人」<英国 TV ドラマ版>(A Murder Is Announced by Agatha Christie )- その2

ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)が描く
ミス・ジェーン・マープルシリーズの長編第4作目「予告殺人」の一場面
(筆者が購入した「アガサ・クリスティー マープル 2023年カレンダー」から抜粋)


英国の TV 会社 ITV 社が制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「「予告殺人(A Murder Is Announced → 2022年12月5日付ブログで紹介済)」(1950年)の TV ドラマ版である「Agatha Christie’s Miss Marple」の第4話(第1シリーズ)「予告殺人」の場合、アガサ・クリスティーの原作に比べると、物語の展開上、以下の違いが見受けられる。


(1)

<原作>

チッピングクレグホーン村(Chipping Cleghorn)の地元紙朝刊「ギャゼット(Gazette)」の広告欄に、非常に変わった連絡が掲載された。「殺人をお知らせ致します。10月29日の金曜日、午後6時半にリトルパドックス館においてです。(A murder is announced and will take place on Friday, October 29th, at Little Paddocks, at 6:30 pm.)」と。

チッピングクレグホーン村の郊外にあるリトルパドックス館(Little Paddocks)の女主人であるレティシア・ブラックロック(Letitia Blacklock)は、この広告を見て困惑する。一方で、当日、好奇心旺盛な村の人々が、続々とリトルパドックス館に集まって来て、何が起きるのか、とても心待ちにしていた。

<TV ドラマ版>

チッピングクレグホーン村の地元紙朝刊「ギャゼット」の広告欄に掲載された予告殺人の日時は、原作の「10月29日(金)の午後6時半」ではなく、「9月25日(金)の午後7時半」に変更されている。


そして、時計が午後6時半を告げた時、室内の明かりが突然消えると、部屋の扉が開いて、懐中電灯を持った男が姿を現した。村の人々が何かの余興だと思った時、銃声が響く。

部屋の扉が閉まり、明かりが灯ると、そこには、突然部屋に侵入して来た男の死体が横たわっていたのである。レティシア・ブラックロックの親友であるドーラ・バンナー(Dora Bunner)によると、死んでいた男は、村のホテルに勤める従業員のルディー・シャーツ(Rudi Scherz)とのこと。


警察が呼ばれ、ダーモット・クラドック警部(Inspector Dermot Craddock - 捜査主任)が、その場に居合わせた村の人々を一人ずつ調べていく。状況としては、自殺、あるいは、事故のように思われるが、クラドック警部としては、どちらにも納得がいかなかった。


(2)

<原作>

ダーモット・クラドック警部にとって非常に幸運なことに、死亡したルディー・シャーツが勤めていた村のホテルには、探偵好きな独身の老婦人ミス・ジェーン・マープルが滞在していたのである。

ミス・マープルの手腕を高く評価している警察の上層部(ジョージ・ライデスデール(George Rydesdale - 地元の警察署長(Chief Constable)で、ダーモット・クラドック警部の上司)+サー・ヘンリー・クリザリング(Sir Henry Clithering - 前警視総監で、ダーモット・クラドック警部の名付け親))から、クラドック警部は、事件の真相解明のために、ミス・マープルに協力を求めるよう、指示される。

<TV ドラマ版>

TV ドラマ版の場合、原作とは異なり、警察関係者として、ダーモット・クラドック警部しか登場しないため、原作のような展開はない。


(3)

<原作>

ダーモット・クラドック警部の事件捜査に協力することになったミス・マープルは、チッピングクレグホーン村のジュリアン・ハーモン(Julian Harmon - 牧師)とダイアナ・ハーモン(Diana Harmon - ジュリアン・ハーモンの妻)の家に滞在することになる。

<TV ドラマ版>

TV ドラマ版の場合、原作とは異なり、ジュリアン・ハーモンとダイアナ・ハーモンは登場しないため、ミス・マープルは、エイミー・マーガトロイド(Amy Murgatroyd - 養鶏業者)とリジー・ヒンチクリフ(Lizzie Hinchcliffe - 養鶏業者で、エイミー・マーガトロイドの同居人)の家に滞在することになる。エイミー・マーガトロイドが、ミス・マープルの友人の娘と言う設定になっている。


ルディー・シャーツの恋人で、地元のスパホテルのウェートレスであるマーナ・ハリス(Myrna Harris)は、ダーモット・クラドック警部とミス・マープルに対して、「ルディー・シャーツは、何者かに雇われて、リトルパドックス館に侵入する強盗犯を演じた。」と言う話をするが、残念ながら、誰がルディー・シャーツを雇ったのかは、不明だった。

その結果、この事件において、本当に命を狙われたのは、リトルパドックス館の女主人であるレティシア・ブラックロックであり、ルディー・シャーツは、その口封じのために殺されたと言う説が有力となるのであった。