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英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた アガサ・クリスティー作「オリエント急行」のペーパーバック版の表紙 - オリエント急行の寝台車輌内、もしくは、食堂車輌内に置かれた 電灯をイメージしているものと思われる。 |
英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。
前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。
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| ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形 <筆者撮影> |
(36)オリエント急行(Orient Express)
ジグソーパズルの下段中央の右手にある床の上に、オリエント急行の機関車模型が置かれている。
なお、オリエント急行の機関車模型の上側にあるのは、青列車(blue train)の車輌模型である。
(37)赤い着物を着た女性 (woman in a scarlet kimono)
ジグソーパズルの中段の一番左手にあるテーブルの前に、赤い着物を着た女性がこちらに背を向けて立っている。
(38)「H」の頭文字が入ったハンカチ(embroidered handkerchief)
ジグソーパズルの中央のやや左側にある暖炉内の前の床の上に、「H」の頭文字が入ったハンカチが落ちている。
(39)車掌(train conductor)
ジグソーパズル中央に立つエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)から右真横へ移動した位置に居て、画面右側にある柱の側に立っている執事のジョージ(George → 2025年10月23日付ブログで紹介済)の左斜め下に、車掌が立っている。
これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1934年に発表した「オリエント急行の殺人(Murder on the Orient Express → 2023年8月25日 / 8月29日付ブログで紹介済)」である。
「オリエント急行の殺人」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第14作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第8作目に該っている。
なお、「オリエント急行の殺人」の場合、米国版のタイトルは、「Murder in the Calais Coach」が使用されている。
ちなみに、作者のアガサ・クリスティーは、自伝において、「私はこれまでずっと、オリエント急行に乗ってみたいと思い続けていた。フランスやスペインやイタリアへ旅行した時、オリエント急行はよくカレーに停車していて、一度これに乗ってみたいと大いに望んでいたものだった。」と綴っている。
アガサ・クリスティーは、1920年の推理作家デビュー以降、長編5作と短編集1作を既に発表していたが、推理作家としての彼女の知名度は、今ひとつだった。しかしながら、1926年に発表した長編第6作目「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd → 2022年11月7日付ブログで紹介済)」のフェア・アンフェア論争により、アガサ・クリスティーの知名度は大きく高まり、ベストセラー作家の仲間入りを果たした。
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| 英国の Harper Collins Publishers 社から以前に出版されていた アガサ・クリスティー作「アクロイド殺し」の ペーパーバック版の表紙 - ロジャー・アクロイド(Roger Ackroyd)が住む フェルンリーパーク館(Fernly Park)へと向かう ジェイムズ・シェパード医師(Dr. James Sheppard)が運転する車を イメージしていると思われる。 |
一方で、同年、アガサ・クリスティーは、最愛の母親を亡くしたことに加えて、夫であるアーチボルド・クリスティー(Archibald Christie:1889年ー1962年)に、別に恋人が居ることが判明して、精神的に不安定な状態にあった。
当時、ロンドン近郊の田園都市であるサニングデール(Sunningdale)の自宅スタイルズ荘(Styles - 「茶色の服の男(The Man in the Brown Suit → グラフィックノベル版については、2021年1月18日付ブログで紹介済)」(1924年)の出版により得たまとまった収入で購入し、処女作に因んで命名)に住んでいたアガサ・クリスティーは、同年(1926年)12月3日、住み込みのメイドに対して、行き先を告げず、「外出する。」と伝えると、当時珍しかった自動車を自分で運転して、自宅を出たまま、行方不明となってしまう。
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| 英国の Metro Media Ltd. から、 Self Made Hero シリーズの一つとして、2016年に出版された 「Agatha - The Real Life of Agatha Christie」からの一場面 - 自宅を出た後、行方不明となったアガサ・クリスティーが 運転していた自動車が、 サリー州(Surrey)内のある湖の近くに 乗り捨てられているのが発見された。 |
「アクロイド殺し」がベストセラー化したことにより、有名人となった彼女の失踪事件は、世間の興味を非常に掻き立てた。警察は、彼女の行方を探すとともに、彼女が事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて、捜査を進め、夫のアーチボルドも疑われることになった。マスコミは格好のネタに飛び付き、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-193年)やピーター・デス・ブリードン・ウィムジイ卿(Lord Peter Death Bredon Wimsey)シリーズの作者であるドロシー・L・セイヤーズ(Dorothy Leigh Sayers:1893年ー1957年)等が、マスコミから求められて、コメントを出している。
11日後、彼女は、保養地(Harrogate)のホテル(The Swan Hydropathic Hotel)に別人(夫アーチボルドの愛人であるナンシー・ニール(Nancy Neele)と同じ姓のテレサ・ニール(Teresa Neele))の名義で宿泊していたことが判り、保護された。
上記の通り、1926年に、アガサ・クリスティーは、キャリア面において、ベストセラー作家の仲間入りを果たすとともに、プライベート面においても、失踪事件を起こして、世間からの脚光を浴びてしまう。
上記の失踪事件を経て、1928年に、アガサ・クリスティーは、夫のアーチボルドと離婚することになる。
同年の秋、ディナーパーティーにおいて、他の出席者から勧められたオリエント急行に乗って、アガサ・クリスティーは、中東旅行へと出発して、トリエステ(Trieste)、ベオグラード(Belgrade)、イスタンブール(Istanbul)、アレッポ(Aleppo)、ダマスカス(Damascus)、そして、バグダッド(Baghdad)まで足を伸ばした。その後、メソポタミア文明の首都と見做されていたウル(Ur)の発掘現場(1925年-1931年)も訪問して、考古学者のレオナード・ウーリー(Leonard Woolley)夫妻と知り合う。
この時の経験が、後に「オリエント急行の殺人」(1934年)へと結実するのである。
中東や考古学等に興味を抱いたアガサ・クリスティーは、翌年の1930年に、再度、中東旅行に出かけ、ウルの発掘現場において、レオナード・ウーリーの弟子として働いていた考古学者で、14歳年下のマックス・エドガー・ルシアン・マローワン(Max Edgar Lucien Mallowan:1904年ー1978年)と出会い、彼からプロポーズを受け、同年の9月11日に再婚する。











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