19世紀の英国を代表する風景画家であるジョン・コンスタブルが 1821年の夏場と1822年の夏場に住んでいたロウワーテラス2番地の家 |
ロンドン北西部郊外の高級住宅街ハムステッド地区(Hampstead→2018年8月26日付ブログで紹介済)内のウェルウォーク40番地(40 Well Walk → 2018年12月29日付ブログで紹介済)には、19世紀の英国を代表する風景画家であるジョン・コンスタブル(John Constable:1776年ー1837年)が住んでいた家がある。
ジョン・コンスタブルは、ロンドンの中心部ロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)のフィッツロヴィア地区(Fitzrovia)内にあるシャーロットストリート(Charlotte Street)沿いにアトリエを有していたが、結核を患う妻マリア(Maria:1787年ー1828年)の療養のため、1827年にハムステッドヒースに近いウェルウォーク40番地の家を借りた。
ロウワーテラスの通り(その1) |
残念ながら、彼の妻マリアは、翌年の1828年に死去してしまうが、ジョン・コンスタブルは、この家で暮らし続けて、ハムステッド地区周辺の風景を描くとともに、妻マリアとの間に生まれた7人の子供を一人で育て上げた。
1837年3月31日、彼は、ロンドン市内のアトリエにおいて、心臓麻痺のため、61歳の生涯を終えたが、亡くなるまで、ウェルウォーク40番地の家に住んでいたのである。
ロウワーテラスの通り(その2) |
それは、ロウワーテラス2番地(2 Lower Terrace)にある家である。
ロウワーテラスの通り(その3) |
ジョン・コンスタブルが、1827年から亡くなる1837年までの間、住んでいたウェルウォーク40番地の家は、地下鉄ハムステッド駅(Hampstead Tube Station)からハムステッドヒース(Hampstead Heath→2015年4月25日付ブログで紹介済)へと北上するヒースストリート(Heath Street)の東側にあるが、ロウワーテラス2番地の家は、ヒースストリートの西側に所在している。
ロウワーテラスの通りから2番地の家を望む |
建物の2階の外壁に、 ジョン・コンスタブルが1821年の夏場と1822年の夏場に ここに住んでいたことを示すプラークが架けられている |
ジョン・コンスタブルが、1821年の夏場と1822年の夏場に、ロウワーテラス2番地の家に住んでいたことを示すプラークが、建物の2階の外壁に架けられている。
ロウワーテラスの通り(その4) |
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