2023年12月7日木曜日

コナン・ドイル作「まだらの紐」<グラフィックノベル版>(The Speckled Band by Conan Doyle )- その6

2011年に米国の Lerner Publishing Group, Inc. より
Graphic Universe シリーズの1冊として出版社されている
コナン・ドイル作「まだらの紐」のグラフィックノベル版に掲載されている
登場人物表


米国の作家である Mr. Murray Shaw / Ms. M. J. Cosson が構成を、そして、フランスのイラストレーターである Ms. Sophie Rohrbach がイラストを担当したサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「まだらの紐(The Speckled Band)」のグラフィックノベル版における主要な登場人物は、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの他は、コナン・ドイルの原作と同様に、


(1)ヘレン・ストーナー(Helen Stoner - 双子の妹)

(2)ジュリア・ストーナー(Julia Stoner - 双子の姉)

(3)グリムズビー・ロイロット博士(Dr. Grimesby Roylott - ジュリア・ストーナーとヘレン・ストーナーの義父)


の3人である。


コナン・ドイルの原作の場合、1883年4月の初め、午前7時15分過ぎにワトスンを起こしたホームズの説明の中で、ハドスン夫人(Mrs. Hudson)のことを言及しているだけで、ハドスン夫人が実際に登場する訳ではない。本グラフィックノベル版の場合、ホームズがワトスンを起こす際に、ハドスン夫人のことを全く言及していない。


本グラフィックノベル版は、米国で出版されていることもあり、物語に出てくる場所の位置関係について、読者に判りやすいように、ロンドンと英国の地図も掲載されている。


2011年に米国の Lerner Publishing Group, Inc. より
Graphic Universe シリーズの1冊として出版社されている
コナン・ドイル作「まだらの紐」のグラフィックノベル版に掲載されている
ロンドンと英国の地図

(1)ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)

言わずと知れた、ホームズとワトスンが共同生活を行なっている場所である。


現在の住所表記上、ベイカーストリート221番地に該る建物は、
フラットに改装されている。


(2)ウォータールー駅(Waterloo Station → 2014年10月19日付ブログで紹介済)

事件の依頼人であるヘレン・ストーナーは、早朝、当駅に到着した後、ベイカーストリート221Bのホームズの元を訪れている。

また、その日の午後、ホームズとワトスンは、当駅から列車に乗り、グリムズビー・ロイロット博士の屋敷へと向かっている。


ウォータールー駅の正面玄関


(3)ストークモラン(Stoke Moran)

グリムズビー・ロイロット博士、ジュリア・ストーナーとヘレン・ストーナーの3人が暮らしていた屋敷がある場所で、今回の事件の舞台となる。なお、ストークモランは、架空の場所だと理解している。


(4)レザーヘッド駅(Leatherhead Station)

事件の依頼人であるヘレン・ストーナーは、早朝、ストークモランの屋敷を出ると、当駅から列車に乗り、ロンドンのウォータールー駅へと向かった。

また、その日の午後、ホームズとワトスンは、ウォータールー駅から列車に乗り、グリムズビー・ロイロット博士の屋敷があるストークモランに近い当駅へと向かっている。


(5)ハーロウ(Harrow)

ロンドンの北西部にある場所で、ジュリア・ストーナー / ヘレン・ストーナーの母の妹に該るホノリア・ウェストファイル(Honoria Westphail)と言う未婚の叔母が住んでいる。ジュリアとヘレンの2人は、短期間であれば、叔母の家に泊まることが許されていた。

2年前のクリスマスに、ジュリアは、叔母の家へ出かけた際、そこで休職手当を受給している海軍少佐(half-pay major of marines)と出会い、婚約することになる。残念ながら、そのことが、彼女の命を縮めることになった。


(6)レディング

ロンドンに隣接するイングランド南部バークシャー州(Berkshire)の町で、1ヶ月前、ヘレン・ストーナーに対して結婚を申し込んだパーシー・アーミテージ(Percy Armitage)の父親であるアーミテージ氏(Mr. Armitage)が、レディングの近くのクレーンウォーター(Crane Water)と言う場所に住んでいる。なお、パーシー・アーミテージは、アーミテージ氏の次男である。


2023年12月6日水曜日

アガサ・クリスティー作「スタイルズ荘の怪事件」<小説版(愛蔵版)>(The Mysterious Affair at Styles by Agatha Christie )- その2

2022年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「スタイルズ荘の怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の裏表紙
(Cover design by Holly Macdonald /
Illustrations by Shutterstock.com) 
同年に発売された「アクロイド殺し」の表紙が「赤色」なので、
「スタイルズ荘の怪事件」の表紙は「緑色」を基調としている


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の商業デビュー作であり、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編第1作目、かつ、彼の初登場作品に該る「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles)」は、第一次世界大戦(1914年ー1918年)中の1916年に執筆された。


1914年に結婚した最初の夫アーチボルド・クリスティー大尉(Captain Archibald Christie:1889年ー1962年)が、第一次世界大戦中、フランスへ出征している間、アガサ・クリスティーは、薬剤師の助手として奉仕活動に従事していた。その際に、彼女は毒薬の知識を得ており、本作品において、その経験が存分に生かされている。

また、第一次世界大戦中、負傷して、デヴォン州(Devon)のトーキー(Torquay → 2023年9月1日 / 9月4日付ブログで紹介済)において手当てを受けていたベルギー兵士や、同じく、

戦火を避けて、トーキーに亡命していたベルギー人が、エルキュール・ポワロのモデルとなっている。


本作品は、エルキュール・ポワロの初登場作品であることに加えて、ポワロシリーズにおいて御馴染みのアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)とスコットランドヤードのジェイムズ・ジャップ警部(Inspector James Japp → 後に、主任警部( Chief Inspector)に昇進)の2人も、初登場している。


アーサー・ヘイスティングス大尉がエルキュール・ポワロの活躍を記録すると言う形式は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作シャーロック・ホームズシリーズにより定番となったジョン・H・ワトスンがシャーロック・ホームズの活躍を記録する形式と同じであり、推理小説における当時の主流だった。


スタイルズ荘(Styles Court)の2階の見取り図 -
右翼には、上から、アルフレッド・イングルソープの部屋、
エミリー・イングルソープの部屋、そして、シンシア・マードックの部屋が、
また、左翼には、上から、ジョン・キャヴェンディッシュの部屋、
メアリー・キャヴェンディッシュの部屋、そして、
ローレンス・キャヴェンディッシュの部屋が並んでいる。
「My Room」には、アーサー・ヘイスティングス大尉が滞在している。

「スタイルズ荘の怪事件」を書き上げたアガサ・クリスティーは、複数の出版社宛に原稿を送ったものの、残念ながら、採用されなかった。

アガサ・クリスティーは、The Bodley Head 社宛にも原稿を送ったが、応募したこと自体を忘れて、数ヶ月が経過した頃、同社の設立者の一人であるジョン・レーン(John Lane:1854年ー1925年)から連絡を受けた。

ジョン・レーンの指示を受けて、アガサ・クリスティーは、最終章前の「第12章 最後の環(Chapter 12 - The Last Link)」を全面的に書き直した版が、The Bodley Head 社の本社である米国の John Lane 社から、1920年(10月)に発表されている。英国本国の場合、John Lane 社の英国会社である The Bodley Head 社から、1921年(1月)に出版された。

「スタイルズ荘の怪事件」は、出版当初、新人作家としては、まずまずの2千部位しか売れなかったが、その後、アガサ・クリスティーが、推理作家としての評価を着実に上げた結果、推理小説の古典として認められるようになっていった。


何者かにストリキニーネで毒殺されたエミリー・イングルソープの
部屋の見取り図

「スタイルズ荘の怪事件」の愛蔵版には、最終的に出版された第12章に加えて、アガサ・クリスティーによって執筆された当初の第12章も収録されている。


なお、第12章の最終版と当初版では、以下の違いがある。


<第12章の最終版>

義母であるエミリー・イングルソープ(Emily Inglethrop)の毒殺犯人として逮捕されたジョン・キャヴェンディッシュ(John Cavendish)の弁護のために、妻のメアリー・キャヴェンディッシュ(Mary Cavendish)がロンドンのケンジントン地区(Kensington)に借りた家に、エルキュール・ポワロが、事件関係者達とジェイムズ・ジャップ警部を初めとする警察関係者達を招いて、そこで自分の推理を披露する。


<第12章の当初版>

義母であるエミリー・イングルソープの毒殺犯人として逮捕されたジョン・キャヴェンディッシュの裁判が行われているロンドンの中央刑事裁判所(Central Criminal Cout → 2016年1月17日付ブログで紹介済)に証人として出廷したエルキュール・ポワロが、そこで自分の推理を披露する。


中央刑事裁判所の上部全景

2023年12月5日火曜日

コナン・ドイル作「まだらの紐」<グラフィックノベル版>(The Speckled Band by Conan Doyle )- その5

2011年に米国の Lerner Publishing Group, Inc. より
Graphic Universe シリーズの1冊として出版社されている
コナン・ドイル作「まだらの紐」のグラフィックノベル版の表紙


今回は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「まだらの紐(The Speckled Band)」のグラフィックノベル版の2つ目を紹介したい。


米国の作家である Mr. Murray Shaw / Ms. M. J. Cosson が構成を、そして、フランスのイラストレーターである Ms. Sophie Rohrbach がイラストを担当したサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「まだらの紐」のグラフィックノベル版が、米国ミネソタ州(Minnesota)ミネアポリス(Minneapolis)に所在する Lerner Publishing Group, Inc. より、Graphic Universe シリーズの1冊として、2011年に出版されている。


2011年に米国の Lerner Publishing Group, Inc. より
Graphic Universe シリーズの1冊として出版社されている
コナン・ドイル作「まだらの紐」のグラフィックノベル版の裏表紙


なお、シャーロック・ホームズシリーズのグラフィックノベル版として、Lerner Publishing Group, Inc. より、以下の6作品が発行されている。


(1)「ボヘミアの醜聞(Sherlock Holmes and a Scandal in Bohemia)」

ホームズシリーズの短編小説56作のうち、最初(1番目)に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1891年7月号に掲載された。

同作品は、ホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録されている。


(2)「アビー屋敷(Sherlock Holmes and the Adventure at the Abbey Grange)」

ホームズシリーズの短編小説56作のうち、36番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン」の1904年9月号に、また、米国の「コリアーズ ウィークリー(Collier’s Weekly)」の1904年12月31日号に掲載された。

同作品は、ホームズシリーズの第3短編集である「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」(1905年)に収録されている。


(3)「青いガーネット(Sherlock Holmes and the Adventure of the Blue Gem)」

ホームズシリーズの短編小説56作のうち、7番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン」の1891年7月号に掲載された。

同作品は、ホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」(1892年)に収録されている。


(4)「踊る人形(Sherlock Holmes and the Adventure of the Dancing Men)」

ホームズシリーズの短編小説56作のうち、27番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン」の1903年12月号に、また、米国の「コリアーズ ウィークリー」の1903年12月5日号に掲載された。

同作品は、ホームズシリーズの第3短編集である「シャーロック・ホームズの帰還」(1905年)に収録されている。


(5)「まだらの紐(Sherlock Holmes and the Adventure of the Speckled Band)」

ホームズシリーズの短編小説56作のうち、8番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン」の1892年2月号に掲載された。

同作品は、ホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」(1892年)に収録されている。


(6)「サセックスの吸血鬼(Sherlock Holmes and the Adventure of the Sussex Vampire)」

ホームズシリーズの短編小説56作のうち、48番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン」の1924年1月号に、また、米国の「ハーツ インターナショナル(Heart’s International)」の1924年1月号に掲載された。

同作品は、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


「まだらの紐」のグラフィックノベル版の場合、全体で約50ページ(解説、地図や登場人物紹介等のページを除くと、実質的には、約40ページ)の中に、非常にうまくまとめられていると言える。


2023年12月4日月曜日

チャールズ・ディケンズの世界<ジグソーパズル>(The World of Charles Dickens )- その8(1)

画面中央に建つ男性(黒い帽子を被り紫色のコートを羽織り、左手に杖を持った男性)が、
チャールズ・ディケンズと同時代のヴィクトリア朝時代に活躍した
小説家のウィリアム・メイクピース・サッカレーである。


英国の The Orion Publishing Group Ltd. より、2021年に発売されたジグソーパズル「チャールズ・ディケンズの世界(The World of Charles Dickens)」のイラスト内には、ヴィクトリア朝を代表する英国の小説家であるチャールズ・ジョン・ハファム・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens:1812年ー1870年)や彼が生きた時代の人物、そして、彼の作品に登場するキャラクター等が散りばめられているので、次回以降、順番に紹介していきたい。


今回紹介するのは、チャールズ・ディケンズや小説家 / 推理作家 / 劇作家のウィリアム・ウィルキー・コリンズ(William Wilkie Collins:1824年ー1889年 → 2022年9月2日 / 9月4日付ブログで紹介済)と同じように、ヴィクトリア朝時代(1837年-1901年)に活躍した英国の小説家のウィリアム・メイクピース・サッカレー(William Makepeace Thackeray:1811年ー1863年)である。


ウィリアム・メイクピース・サッカレーは、1811年7月18日、東インド会社(East India Company)に勤務する父リッチモンド・サッカレー(Richmond Thackeray:1781年ー1815年)と母アン・ベッカー(Anne Becher:1792年ー1864年)の下、インドのカルカッタ(Calcutta)に長男として出生。

母親のアン・ベッカーには、ヘンリー・カーマイケル=スミス(Henry Carmichael-Smyth)と言う恋人が居たが、祖母を初めとする家族の反対に遭い、英国からインドへと送られて、そこでリッチモンド・サッカレーと出会い、結婚したのである。

母親のアンは、インドにおいて、元恋人のヘンリー・カーマイケル=スミスに偶然再会し、1815年9月13日に、リッチモンド・サッカレーが熱病で亡くなると、1817年3月13日にヘンリー・カーマイケル=スミスと再婚した。

その後、ウィリアム・メイクピース・サッカレーは、一人、インドから英国へと送られ、母方の祖母に預けられた。


ウィリアム・メイクピース・サッカレーは、サザンプトン(Southampton)とロンドンのチジック(Chiswick)の学校で学んだ後、サリー州(Surrey)のチャーターハウス学校(Charterhouse School)に入学した。

ウィリアム・メイクピース・サッカレー本人にとって、チャーターハウス学校を酷く嫌っており、「Slaughterhouse」と皮肉っている。

母のアンと義父のヘンリーが英国へと戻って来たのは、1820年になってからである。


ウィリアム・メイクピース・サッカレーは、1829年にケンブリッジ(Cambridge)のトリニティーカレッジ(Trinity College)へと進む。

しかし、彼は学業には専念しないで、詩を投稿したり、賭博に熱中したりした結果、翌年の1830年にトリニティーカレッジを中退し、欧州大陸各地を旅して、自由奔放な生活を送った。その際、彼は、ドイツを代表する文豪であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johan Wolfgang von Goethe:1749年ー1832年 → 2017年11月4日 / 11月11日付ブログで紹介済)に出会っている。


フランクフルトのゲーテハウス / ゲーテ博物館(Goethe Haus / Goethe Musem
→ 2017年11月18日 / 11月25日付ブログで紹介済)で購入した
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの絵葉書
「Goethe in Der Campagna」(1848) by Karl Bennert (1815 - 1885)

欧州大陸の旅から英国へと戻ったウィリアム・メイクピース・サッカレーは、法曹院の一つであるミドルテンプル(Middle Temple)において、法学を学び始めたものの、残念ながら、直ぐに諦めた。

彼は、21歳になると(1832年)、亡き父リッチモンドの遺産を相続するが、投機や新聞社の設立等に遺産を使ったものの、いずれも失敗に終わる。

更に、悪いことに、遺産を預けていたインドの銀行2行が倒産してしまい、遺産の大部分を失った。

困った彼は、パリで学んだ美術をベースに、画家として身を立てようとするが、これもうまく行かなかった。


2023年12月3日日曜日

アガサ・クリスティー作「スタイルズ荘の怪事件」<小説版(愛蔵版)>(The Mysterious Affair at Styles by Agatha Christie )- その1

2022年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「スタイルズ荘の怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Holly Macdonald /
Illustrations by Shutterstock.com) 
同年に発売された「アクロイド殺し」の表紙が「赤色」なので、
「スタイルズ荘の怪事件」の表紙は「緑色」を基調としている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1920年に発表した「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles)」について、英国の HarperCollinsPublishers 社から、「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd)」の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年9月25日 / 10月2日付ブログで紹介済)と一緒に、2022年に愛蔵版(ハードバック版)が出版されているので、紹介致したい。


本作品は、アガサ・クリスティーの商業デビュー作であり、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編第1作目、かつ、ポワロの初登場作品に該る。

なお、本作品は、第一次世界大戦(1914年ー1918年)中の1916年に執筆され、米国の John Lane 社から、1920年(10月)に発表されている。英国本国の場合、John Lane 社の英国会社である The Bodley Head 社から、1921年(1月)に出版された。


2022年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「スタイルズ荘の怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の内扉

第一次世界大戦(1914年ー1918年)中に負傷したアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings - 30歳)は、英国に帰還する。旧友であるジョン・キャヴェンディッシュ(John Cavendish - 45歳)の招きで、エセックス州(Essex)にあるスタイルズ荘(Styles Court)を訪れたヘイスティングス大尉であったが、到着早々、事件に巻き込まれるのであった。


ジョン・キャヴェンディッシュの義母で、スタイルズ荘の持ち主である老婦人エミリー・イングルソープ(Emily Inglethrop - 70歳を超えている)は、20歳も年下のアルフレッド・イングルソープ(Alfred Inglethrop)と再婚して、屋敷で暮らしていた。屋敷内には、他には、


(1)ジョン・キャヴェンディッシュ → エミリーの義理の息子(兄)

(2)メアリー・キャヴェンディッシュ(Mary Cavendish)→ ジョン・キャヴェンディッシュの妻

(3)ローレンス・キャヴェンディッシュ(Lawrence Cavendish - 40歳)→ エミリー・イングルソープの義理の息子(弟)

(4)シンシア・マードック(Cynthia Murdoch)→ エミリー・イングルソープの友人の孤児で、現在は、彼女の養子

(5)エヴリン・ハワード(Evelyn Howard - 40歳位)→ エミリー・イングルソープの話相手(住み込みの婦人)


が住んでいた。


7月18日(水)の朝、エミリー・イングルソープがストリキニーネで毒殺されているのが発見された。


エミリー・イングルソープの前夫の遺言書によると、スタイルズ荘については、エミリー・イングルソープの死後、ジョン・キャヴェンディッシュが相続することになっていた。

一方、エミリー・イングルソープが保有する現金資産に関しては、彼女が毎年更新する遺言書の内容に従って分配されることになっており、彼女が作成した最新の遺言書によると、現在の夫であるアルフレッド・イングルソープが相続する内容だった。

前日の7月17日(火)、エミリー・イングルソープが、夫のアルフレッド・イングルソープか、義理の息子のジョン・キャヴェンディッシュとの間で、言い争いをしていたようだった。その後、彼女は遺言書を書き替えたが、その新しい遺言書は、どこにも見当らなかった。


エミリー・イングルソープの死により、最も大きな利益を得ることになる夫のアルフレッド・イングルソープが、まず容疑者として疑われる。

ただ、彼女が毒殺された日の夜、彼はスタイルズ荘を不在にしていたが、何故か、居所を明らかにしようとしない上に、村の薬局において、ストリキニーネを購入したしたのは、自分ではないと強く否定する。

エミリー・イングルソープの話相手であるエヴリン・ハワードは、アルフレッド・イングルソープの従妹であるにもかかわらず、以前から彼のことを憎んでいるようで、エミリー・イングルソープを毒殺した人物は、彼で間違いないと言う主張を崩さなかった。


アガサ・クリスティーの没後40周年を記念して、2016年9月15日に発行された切手には、

旧友ジョン・キャヴェンディッシュの義母エミリー・イングルソープの命を奪った毒薬の壜を挟んで、

アーサー・ヘイスティングス大尉(左側の人物)が、

同じく旧友であるエルキュールポワロ(右側の人物)と一緒に、

事件の真相を解明しようとしているシーンが描かれている。

切手中央は、髑髏(どくろ)の形になっていて、

ヘイスティングス大尉とポワロの頭部が髑髏の両目に、

テーブルの上に置かれたランプが髑髏の鼻に、

そして、テーブルに敷かれたテーブルクロスが髑髏の歯を表している。


スタイルズ荘の近くのスタイルズセントメアリー村(Styles St. Mary)にベルギーから戦火を避けて亡命していた旧友ポワロと再会したヘイスティングス大尉は、ポワロに対して、この難事件の捜査を依頼する。


スコットランドヤードのジェイムズ・ジャップ警部(Inspector James Japp)が、エミリー・イングルソープの毒殺犯人として、アルフレッド・イングルソープを逮捕しようとするが、ポワロは、ストリキニーネ購入時における薬局の記録上の署名が彼の筆跡ではないことを証明して、アルフレッド・イングルソープの逮捕を思いとどまらせた。


そのため、スコットランドヤードのジェイムズ・ジャップ警部が、アルフレッド・イングルソープの次に疑ったのは、エミリー・イングルソープの死により利益を得る上に、事件当夜のアリバイがないジョン・キャヴェンディッシュであった。

ストリキニーネ購入時における薬局の記録上の署名が彼の筆跡に酷似していること、また、アルフレッド・イングルソープとよく似た付け髭と鼻眼鏡が発見されたことが決め手となり、ジョン・キャヴェンディッシュは逮捕されてしまう。


果たして、スコットランドヤードのジェイムズ・ジャップ警部による捜査通り、ジョン・キャヴェンディッシュが、義母であるエミリー・イングルソープを、ストリキニーネで毒殺したのであろうか?

ポワロの灰色の脳細胞は、どのような結論を導き出すのか? 


2023年12月2日土曜日

コナン・ドイル作「まだらの紐」<グラフィックノベル版>(The Speckled Band by Conan Doyle )- その4

ヘレン・ストーナーの寝室(元は、ジュリア・ストーナーの寝室)において、
沼マムシを撃退したシャーロック・ホームズは、ジョン・H・ワトスンと一緒に、
グリムズビー・ロイロット博士の寝室へと飛び込むが、
その部屋には、誰も居なかった。


チェコ共和国(Czech Republic)ヴィソチナ州トシェビーチ郡の都市トシェビーチ出身のイラストレーターであるペトル・コプル(Petr Kopl:1976年ー)によるグラフィックノベル版「まだらの紐(The Speckled Band)」の場合、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の原作に比べると、物語の展開上、以下の違いが見受けられる。


(10)

<原作>

原作の場合、シャーロック・ホームズが撃退した蛇「沼マムシ(swamp adder)」に噛まれて、グリムズビー・ロイロット博士が死亡した場所は、ヘレン・ストーナーの寝室(元は、ジュリア・ストーナーの寝室)に隣接する彼の寝室である。

<グラフィックノベル版>

グラフィックノベル版の場合、沼マムシに噛まれて、グリムズビー・ロイロット博士が死亡した場所は、彼の寝室ではなく、彼の寝室の更に奥にある動物飼育場(menagerie)である。


シャーロック・ホームズが沼マムシを撃退したのは、「Julia's Chamber」で、
彼は、ジョン・H・ワトスンと一緒に、「Doctor Roylott's Chamber」へと入るが、
誰も発見できなかった。

「Doctor Roylott's Chamber」から走り出したシャーロック・ホームズは、
ジョン・H・ワトスンの報告を受けて、
「The Doctor's Menagerie」へと向かった。

(11)

<原作>

原作の場合、グリムズビー・ロイロット博士は、ヒヒの他に、チーター(cheetah)も飼っているが、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの2人がチーターを見かけることはない。

<グラフィックノベル版>

グラフィックノベル版の場合、グリムズビー・ロイロット博士の動物飼育場において、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの2人は、チーターに襲われるが、ヘレン・ストーナーが、右手に椅子を持ち、そして、左手の鞭を使って、檻の中に閉じ込めると言う活躍を見せる。ヘレン・ストーナーによると、グリムズビー・ロイロット博士がチーターを鞭で調教する現場を何度も見ており、それで覚えた、とのことだった。


動物飼育場において、
沼マムシに噛まれて死亡しているグリムズビー・ロイロット博士を発見した
シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの2人を、
博士が飼っていたチーターが、樹木の上から狙っている。

シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの2人を襲ったチーターを、
ヘレン・ストーナーが、鞭と椅子を使って、おとなしくさせた。

(12)

<原作>

原作の場合、ヘレン・ストーナーは、婚約者であるパーシー・アーミテージ(Percy Armitage)と無事結婚できる明るい予感を感じさせつつ、物語は終わりを迎える。

<グラフィックノベル版>

グラフィックノベル版の場合、事件後、ヘレン・ストーナーは、婚約者(彼の名前は、明らかになっていない)と無事結婚するものの、残念ながら、その数ヶ月後に、彼女は亡くなってしまうと言う悲しい結果を迎えるのである。


ジョン・H・ワトスンは、ヘレン・ストーナーとの間で、
彼女の存命中は、「まだらの紐」事件を世間には公表しないと言う約束を交わした。
ヘレン・ストーナーは、事件後、婚約者と無事結婚できたが、
その数ヶ月後には、亡くなってしまい、短い生涯を終えている。

2023年12月1日金曜日

スコットランド アイリーンドナン城(Eilean Donan Castle)

英国の Seven Dials, Cassel & Co が2000年に出版した
ポール・ジョンスン(Paul Johnson)著
「Castles of England, Scotland & Wales」(筆者所有)から抜粋。


英国の TV 会社 ITV 社が制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「「予告殺人(A Murder Is Announced → 2022年12月5日付ブログで紹介済)」(1950年)の TV ドラマ版である「Agatha Christie’s Miss Marple」の第4話(第1シリーズ)「予告殺人」において、チッピングクレグホーン村(Chipping Cleghorn)の郊外にあるリトルパドックス館(Little Paddocks)の女主人レティシア・ブラックロック(Letitia Blacklock)が、何故、ルディー・シャーツ(Rudi Scherz - リトルパドックス館へ押し入ったスイス人の強盗)に命を狙われたのかが語られる。


彼女は、かつて資産家ランダル・ゲドラー(Randall Goedler)の下で、秘書として働いていた。

ランダル・ゲドラーの遺産は、彼の死後、彼の妻ベル・ゲドラー(Belle Goedler)が相続したが、彼女の死期が近かった。

ベル・ゲドラーが亡くなった場合、レティシア・ブラックロックが、ゲドラー家の財産を相続するが、万が一、レティシア・ブラックロックがベル・ゲドラーよりも先に亡くなった場合、ゲドラー家の財産は、20年前に、ランダル・ゲドラーの反対を押し切って、駆け落ち結婚をした妹ソニア・ゲドラー(Sonia Goedler)の双子の子供であるピップ(Pip)とエマ(Emma)の手に渡る手筈になっていた。


捜査主任のダーモット・クラドック警部(Inspector Dermot Craddock)は、スコットランドへ赴き、病床に臥すベル・ゲドラーと面会する。

その際、ベル・ゲドラーが住む屋敷として、スコットランドに所在するアイリーンドナン城(Eilean Donan Castle)が、映像上、使用されている。


アイリーンドナン(Eilean Donan)は、スコットランドのハイランド(Highlands)西部に位置する小さい島で、「Loch Duich」、「Loch Long」と「Loch Alsh」と言う3つの入江が合流した場所に所在している。


英国の Seven Dials, Cassel & Co が2000年に出版した
ポール・ジョンスン(Paul Johnson)著
「Castles of England, Scotland & Wales」(筆者所有)から抜粋。
以前、スコットランドへ旅行に行った際、
エディンバラ(Edinburgh)まで電車で行き、エディンバラでレンタカーを借りて、
スコットランドの中央を抜けて、インヴァネス(Inverness)まで到達。
帰りは、ネス湖(Loch Ness)の西側を通り、スコットランドの西側を回り込んで、
上記の地図に表示されていないいくつかの城を観光の上、エディンバラへと帰還。
アイリーンドナン城は、ネス湖のかなり西側に位置しており、
周辺には、他に観光の名所がなく、
アイリーンドナン城を往復するには、旅行の日程上、かなり厳しかったので、
アイリーンドナン城の観光を諦めた経緯あり。
今思うと、旅行の日程をもう1日伸ばして、
アイリーンドナン城を訪問しておけば良かったと反省している。


「アイリーンドナン」の名前は、ケルト語で「ドナンの島(Island of Donnan)」と言う意味で、617年に殉教したと言われているケルトの聖人「アイグのドナン(Donnan of Eigg)」に因んで、「アイリーンドナン」と命名された。

アイグのドナンが島に教会を設立したと言う伝説が残されているが、その伝説を示す遺跡は存在していない。


アイリーンドナン城は、13世紀に建設され、マッケンジー一族(Clan Mackenzie)とその同盟であるマクレー一族(Clan MacRae)の拠点となった。


1688年から1746年にかけて、「ジャコバイトの反乱(Jacobite Rebellions)」と呼ばれる蜂起 / 反乱 / 戦争が勃発。

これは、英国における最後のカトリック国王で、1688年の名誉革命(Glorious Revolution)により追放されたジェイムズ2世(James II:1633年ー1701年 在位期間:1685年ー1688年)の復位を目指したものである。ジェイムズ2世は、当時、フランスにおいて、復位の機会を伺っており、彼の死後は、その子孫の復位を目指した。

なお、蜂起 / 反乱 / 戦争の名前は、ジェイムズのラテン語読みである「Jacobus」を起源としている。

18世紀初頭、マッケンジー一族がジャコバイトの反乱に関与したため、1719年に英国艦隊による砲撃を受けて、城壁が破壊された上に、アイリーンドナン城は占拠された。


1919年から1932年にかけて、ジョン・マクレー・ギルストラップ中佐(Lieutenant-Colonel John Macrae-Gilstrap)による再建作業により、アイリーンドナン城は、現在の姿となっている。


アイリーンドナン城は、アイリーンドナン島の大部分を占めており、現在、歩道橋(footbridge)によって、本土と結ばれている。