2026年9月24日木曜日

ロンドン メクレンバーグスクエア37番地(37 Mecklenburgh Square)- その2

ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が住んでいた
メクレンバーグスクエア37番地の建物は、画面左側の棟に該る。
<筆者撮影>


1912年8月10日に結婚した英国の小説家 / 評論家であるヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf / 本名:アデリーン・ヴァージニア・スティーブン(Adeline Virginia Stephen):1882年ー1941年)と英国の作家 / 出版業者 / 公務員であるレナード・シドニー・ウルフ(Leonard Sidney Woolf:1880年ー1969年)の2人は、1914年の秋から約10年間を過ごしたリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)を離れ、ロンドンの中心部へと戻り、1924年3月、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にあるタヴィストックスクエア52番地(52 Tavistock Square → 2026年8月11日 / 8月17日付ブログで紹介済)に居を構えた。


レナード・シドニー・ウルフとヴァージニア・ウルフの2人が、
リッチモンドから引っ越した
タヴィストックスクエア52番地の跡地に建つ
タヴィストックホテル
<筆者撮影>


タヴィストックホテルの玄関左側の外壁に掛けられている
英国ヴァージニア・ウルフ協会のプラークには、
ヴァージニア・ウルフとレナード・ウルフの2人が、1924年から1939年までの間、
タヴィストックスクエア52番地の建物に住んでいたことが記されている。
<筆者撮影>


ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人がロンドンの中心部へと戻って来た1924年3月当時は、第一次世界大戦(1914年ー1918年)を経て、戦勝国である英国の経済が急速に回復し、好景気に沸いている頃だった。

残念ながら、この好景気は一時的なものにすぎず、1929年の米国ニューヨーク株式市場における大暴落を皮切りに始まった世界恐慌(The Great Depression)は、全世界へと拡大して、各地に失業と貧困を引き起こした。その結果、ナチズムとファシズムが台頭、再び戦争の足音が聞こえ始めるのだった。

レナード・シドニー・ウルフはユダヤ人だったため、2人は反ユダヤ主義を伴ったファシズムを非常に恐れていた。こうして、ヴァージニア・ウルフの精神状態は、またもや悪化の一途を辿っていくのである。


ナショナルポートレイトギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売
されている
ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書
(by George Charles Beresford / 1902年7月 /
platinum print / 152 mm x 108 mm)


ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が恐れていたことが、やがて現実となった。1939年、英国がドイツに対して宣戦布告したため、第二次世界大戦(1939年ー1945年)が勃発。

ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフが住んでいたタヴィストックスクエア52番地の建物は、ドイツ軍によるロンドン爆撃を受けて、損壊。

そのため、同年、ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人は、比較的安全な地域と考えられたカムデン区のセントパンクラス地区(St. Pancras)内にあるメクレンバーグスクエア37番地(37 Mecklenburgh Square)の最上階へと引っ越したのである。


メクレンバーグスクエア37番地に引っ越したのも束の間、1940年9月から始まったドイツ軍によるロンドン大空襲(The Blitz)により被害を受け、ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人は、1919年に購入したイーストサセックス州(East Sussex)にある別荘モンクスハウス(Monk’s House)へと移動せざるを得なかった。


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
セントパンクラス地区近辺の地図を抜粋。



ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフが1939年から1940年まで住んでいたメクレンバーグスクエア37番地の家は、メクレンバーグスクエアガーデンズ(Mecklenburgh Square Gardens)に面している。


画面左側に見える庭園が
メクレンバーグスクエアガーデンズ。
<筆者撮影>


メクレンバーグスクエアガーデンズは、西側に隣接するブランズウィックスクエアガーデンズ(Brunswick Square Gardens → 2026年6月28日付ブログで紹介済)と同じく、元々、英国の船長(sea captain)から慈善家(philanthropist)へ転じたトマス・コラム(Thomas Coram:1668年-1751年)が1739年に設立した孤児院(Foundling Hospital)に属する土地だった。


ブランズウィックスクエアガーデンズ内の案内板
<筆者撮影>


ブランズウィックスクエアガーデンズの園内
<筆者撮影>


孤児院運営用の資金調達のため、英国の不動産開発業者(property developer)であるジェイムズ・バートン(James Burton:1761年ー1837年)が、1795年から1802年にかけて、後にブランズウィックスクエアとなる周辺の住宅街を建設。続いて、1804年から1825年にかけ、後にメクレンバーグスクエアとなる周辺の住宅街が建設された。


ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている
ハノーヴァー朝の第4代英国王であるジョージ4世の肖像画
(By Sir Thomas Lawrence / Oil on canvas / 1814年頃)
<筆者撮影>


西側の区画は、ハノーヴァー朝(House of Hanover)第4代英国王のジョージ4世(George IV:1762年ー1830年 在位期間:1820年ー1830年)の王妃であるキャロライン・アメリア・エリザベス・オブ・ブランズウィック=ウォルフェンビュッテル(Caroline Amelia Elizabeth of Brunswick-Wolfenbuttel:1768年ー1821年)に因んで、「ブランズウィックスクエア(Brunswick Square)」と、また、東側の区画は、ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)の王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ(Sophia Charlotte of Mecklenburg- Strelitz:1744年ー1818年)に因んで、「メクレンバーグスクエア(Mecklenburgh Square)」と名付けられた。


ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている
ハノーヴァー朝の第3代英国王であるジョージ3世の肖像画
(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている
ジョージ3世の王妃である
ソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ
(1744年ー1818年)の肖像画

(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


現在、「ブランズウィックスクエア」の北側には、孤児院の歴史を紹介する孤児院博物館(Foundling Museum)や孤児院を設立したトマス・コラムのブロンズ像が建っている。


ブランズウィックスクエアの北東の角に建つ孤児院博物館
<筆者撮影>


ブランズウィックスクエアの北東の角に設置されている
慈善家で、1739年に孤児院を設立した
トマス・コラムのブロンズ像
<筆者撮影>


慈善家で、1739年に孤児院を設立した
トマス・コラムの説明プレート
<筆者撮影>


ブランズウィックスクエアの東側には、サッカー競技場と「コラムフィールズ(Coram’s Fields - 大人は、子供を伴っている場合のみ、入園可能)」が広がっている。


メクレンバーグスクエアの北側から東方面を見たところ -
画面中央奥に見える建物が、
メクレンバーグスクエア26番地の NYU Byron Court(学生寮)。
<筆者撮影>


更に、その東側には、メクレンバーグスクエアガーデンズが所在している。

メクレンバーグスクエアガーデンズ自体は、1809年から1810年にかけて、造園された。

ブランズウィックスクエアガーデンズは、一般に開放されているが、一方、メクレンバーグスクエアガーデンズの場合、周辺の住民のみがアクセス可能。


メクレンバーグスクエアの北東の角から北方面を見たところ -
画面奥へ延びる通りは、メクレンバーグストリート(Mecklenburgh Street)。
<筆者撮影>


「メクレンバーグスクエア」は、「ブランズウィックスクエア」や「コラムフィールズ」と一緒に、歴史がある公園 / 庭園(Historic Parks and Gardens)として、Grade II listed に指定されている。


ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が住んでいた
メクレンバーグスクエア37番地の跡地に建てられた William Goodenough House -
現在、四つ星ホテルが入って、営業中。
<筆者撮影>


なお、ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフが1939年から1940年までの間住んでいたメクレンバーグスクエア37番地の家は、1940年9月から始まったドイツ軍によるロンドン大空襲により被害を受けたため、1957年に Goodenough College の William Goodenough House として建て替えられている。

現在、Goodenough Accommodation と言う四つ星ホテルが入って、営業している。



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