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| タヴィストックスクエアガーデンズの南西の角に設置されている ヴァージニア・ウルフのブロンズ胸像のアップ <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書 (by George Charles Beresford / 1902年7月 / platinum print / 152 mm x 108 mm) |
レナード・シドニー・ウルフが、1917年3月、パラダイスロード34番地 / ホガースハウス(Hogarth House, 34 Paradise Road → 2026年7月31日 / 8月5日付ブログで紹介済)に設立した出版社「ホガースプレス(Hogarth Press)」に参加したことにより、ヴァージニア・ウルフの精神状態が落ち着き、その結果、執筆にも脂がのってきたこと、また、ヴァージニア・ウルフ自身が若い頃から慣れ親しんできたロンドンの街の刺激が恋しくなったことが、彼らがロンドンの中心部へと戻った理由だった。
2人がパラダイスロード34番地 / ホガースハウスの居間に設立した「ホガースプレス」は、タヴィストックスクエア52番地の建物の地下に設置された。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ブルームズベリー地区近辺の地図を抜粋。 |
ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人は、1924年から第二次世界大戦(1939年-1945年)が始まった1939年までの間、タヴィストックスクエア52番地に住むことになる。
現在、タヴィストックスクエア52番地の跡地には、タヴィストックホテル(Tavistock Hotel)が建っている。
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| 画面奥に見える建物は、 ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が 約10年間を過ごしたリッチモンドを離れ、ロンドンの中心部へと戻り、 1924年3月に移ったタヴィストックスクエア52番地の跡地に建つタヴィストックホテル - 手前に見える庭園は、タヴィストックスクエアガーデンズ。 <筆者撮影> |
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| タヴィストックホテルの玄関左側の外壁に掛けられている 英国ヴァージニア・ウルフ協会のプラークには、 ヴァージニア・ウルフとレナード・ウルフの2人が、1924年から1939年までの間、 タヴィストックスクエア52番地の建物に住んでいたことが記されている。 <筆者撮影> |
タヴィストックスクエア52番地の建物が面するタヴィストックスクエア(Tavistock Square)の中央に設けられたタヴィストックスクエアガーデンズ(Tavistock Square Gardens)の南西の角に、ヴァージニア・ウルフのブロンズ胸像が設置されている。
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| 南側の入口近くに設置されている タヴィストックスクエアガーデンズの沿革に関する説明板 <筆者撮影> |
このヴァージニア・ウルフのブロンズ胸像は、英国の芸術家であるスティーヴン・トムリン(Stephen Tomlin:1901年-1937年)が1931年に制作したもののコピー / レプリカ版である。
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| タヴィストックスクエアガーデンズの南西の角に設置されている ヴァージニア・ウルフのブロンズ胸像の全体像(その1) <筆者撮影> |
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| タヴィストックスクエアガーデンズの南西の角に設置されている ヴァージニア・ウルフのブロンズ胸像の全体像(その2) <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフとレナード・シドニー・ウルフの2人が出版社「ホガースプレス」を立ち上げたのは、1917年3月、パラダイスロード34番地 / ホガースハウスにおいてではあるが、2人が1924年3月にリッチモンドからタヴィストックスクエア52番地へと引っ越して来た後、出版社「ホガースプレス」がモダニズムの小説や詩集等の出版に更に注力したことを踏まえて、英国ヴァージニア・ウルフ協会(Virginia Woolf Society of Great Britain)が同地を設置場所として選定の上、2004年6月26日に除幕式が行われたのである。











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