シャーロック・ホームズの更なる冒険 / ジキル博士とホームズ
(The further adventures of Sherlock Holmes / Dr. Jekyll & Mr. Holmes)
著者 Loren D. Estleman 1979年
出版 Titan Books 2010年
本作品は、ロバート・ルイス・スティーヴンソンの代表的な小説の一つである「ジキル博士とハイド氏の奇妙な物語」(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde) を「本歌取り」している。スティーヴンソンの作品は、1885年に執筆され1886年1月に出版されたが、ジョン・ワトスン博士曰く「概ね正確だが、不完全な説明」だったため、当該事件から32年が経過した1917年8月に本作品が出版された、という形式を採っている。
そして物語は1883年10月に始まる。アターソン弁護士がベーカー街221Bのシャーロック・ホームズを訪ねて来る。アターソン弁護士によると、彼の友人で医学や数学などの博士号を持つ富裕な名士であるヘンリー・ジキル博士は、自分が死去、失踪または説明のつかない3ヶ月以上の不在をした場合には、エドワード・ハイド氏に2万5千ポンドという大金を残すという遺言を作成したとのこと。但し、ハイド氏は、ジキル博士が非常に大きな興味を示しているということ以外は、全く正体不明の人物。そこで、アターソン弁護士はホームズに、この謎の人物であるハイド氏の調査を依頼、かくしてあの有名な事件の幕が開いたのである。
1884年、ハイド氏は殺人を犯して姿を消す。ホームズとワトスンは、ジキル博士の調査のため、エジンバラに赴く。紆余曲折を経て、1885年3月、事件はジキル博士の自宅にて衝撃の結末を迎える。
シャーロック・ホームズの関係年表によると「まだらの紐」事件(1883年4月)と「入院患者」事件(1886年10月)までの約3年半、ワトスンが記録・発表した ’事件がない空白期’ に該り、この「ジキル博士とハイド氏」事件は、その空白に丁度ぴったりとはまっている。そういった意味では、この空白期にホームズは「ジキル博士とハイド氏」事件を調査していたことになり、非常に興味深い。ただ、スティーヴンソンの原作を本歌取りしている故に、事件の始まりから終わりまでに約1年半を要したことになり、名探偵ホームズとしては、予想外に解決するのに手こずった印象をぬぐい難い。個人的には、ホームズにはもっと快刀乱麻のごとく解決してもらいたかった。ここが本歌取りの難しい点である。
物語の最後に、ホームズはスティーヴンソンに「ジキル博士とハイド氏」事件の詳細を説明し、フィクションとしての執筆を促す。但し、ホームズとワトスンの名前は一切出さないことを条件にして。そのため、ジキル博士の最期に至る経緯についても、変更せざるを得なかった。これについてホームズは「この非常に奇妙な事件が本当にあったことで、且つ自分たちが深く関わっていたことが公になることにスコットランドヤードが良い顔をしない。」という言い訳をしている。本来であれば、ワトスンが記録した事件として発表されるところが、上記の理由により、スティーヴンソンの「フィクション」として当事件は公になった訳で、最後はなかなかうまく着地したと言える。
読後の私的評価(満点=5.0)
1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆(4.0)
サー・アーサー・コナンドイルがホームズ物語を発表していた同時期に、ロバート・ルイス・スティーヴンソンが発表した有名な「ジキル博士とハイド氏の奇妙な冒険」のストーリーに、ホームズとワトスンが登場。元々それぞれが、ヴィクトリア女王が統治したロンドンを舞台にしている訳で、設定的にはうまく融合されている。ホームズファンとしては、有名な実在事件を除けば、ホームズ物語として取り上げてほしいフィクション系の大事件のうちの大きな一つである。
2)物語の展開について ☆☆半 (2.5)
「まだらの紐」事件(1883年4月)と「入院患者」(1886年10月)までの約3年半の空白期に当事件は発生しているが、何故ワトスンが記録・発表していないのかを、その理由を割合とうまい具合に説明している。ただし、スティーヴンソンの原作に忠実に沿う必要があるため、ハイド氏が殺人を犯して姿を消してから、事件が衝撃の結末を迎えるまで変な間があいてしまい、やや中だるみな展開になっているように思える。
3)ホームズ/ワトスンの活躍について ☆☆半 (2.5)
例え、人間の常識をはるかに越える非常に奇妙な事件ではあっても、ホームズが事件を解決するまで約1年半を要しており、ホームズファンとしては、ホームズが予想外に解決に手こずったようにしか思えず、印象がやや悪く、残念。
4)総合 ☆☆半(2. 5)
「ジキル博士とハイド氏の奇妙な冒険」の解決に、ホームズとワトスンが挑むという、テーマ的にはとてもワクワクするストーリーではあるが、スティーヴンソンの原作に忠実であるが故に、また忠実であるようにせざるを得なかったが故に、途中やや中だるみの展開になり、かつ、ホームズ自身の推理能力に対して、逆に疑問符が付くような印象を生じさせる結果となり、とても残念。人間の人知を超える事件でもあり、本来であれば、ホームズ自身の推理能力を疑う余地はないのだか、スティーヴンソンの原作を本歌取りして、そこにホームズを登場させたが故に、大きな制約を受けてしまっている。
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