2019年9月16日月曜日

漫画「シャーロック・ホームズの挑戦(Les Enquêtes De Sherlock Holmes)」

「シャーロック・ホームズの挑戦」のフランス語訳版の表表紙–
画面右手前の人物がシャーロック・ホームズ、
画面右手奥の人物がジョン・ワトスンで、
そして、画面中央奥に居る眼鏡をかけている人物が
ジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の原作をベースに、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンの活躍について、小結はるか氏が漫画化した「シャーロック・ホームズの挑戦」が、マンガジュニア名作シリーズの一作として、学研教育出版社から2011年12月に出版された。
「シャーロック・ホームズの挑戦」は、フランス語に翻訳の上、2015年に「Les Enquetes De Sherlock Holmes」というタイトルで出版されている。

「シャーロック・ホームズの挑戦」のフランス語訳版には、以下の5話が収録されている。

(1)Enquête 1 : Les six Napoleons
物語の序盤、つまり、セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew’s Hospital→2014年6月14日付ブログで紹介済)において、ワトスンがホームズに初めて出会う場面のみ、ホームズの記念すべき第1作目の長編である「緋色の研究(A Study in Scarlet→2016年7月30日付ブログで紹介済)」に基づいているが、ワトスンがホームズと出会った後は、「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」に収録されている「六つのナポレオン像(The Six Napoleons)」の内容に沿っている。

(2)Enquête 2 : La bande mouchetee
「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」に収録されている「まだらの紐(The Speckled Band)」の内容に沿っている。

(3) Enquête 3 : La ligue des rouquins
「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」に収録されている「赤毛組合(The Red-Headed League)」の内容に沿っている。

「シャーロック・ホームズの挑戦」のフランス語訳版の裏表紙–
シャーロック・ホームズが、セントバーソロミュー病院において、
実験を行なっている場面が描かれている

(4) Enquête 4 : Le dernier problème
物語の前半は、「シャーロック・ホームズ最後の挨拶(His Last Bow)」に収録されている「瀕死の探偵(The Dying Detective)」に基づいているが、物語の後半は、「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」に収録されている「最後の事件(The Final Problem)」の内容に沿っている。

 (5) Enquête 5 : La maison vide
 シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」に収録されている「空き家の冒険(The Empty House)」の内容に沿っている。

学研教育出版社のマンガジュニア名作シリーズ自体、小学生の高学年を対象にしている関係上、内容は判りやすく、漫画化されている。また、コナン・ドイルの原作が、老若男女に関係なく、全世代に理解しやすい内容になっていることもあって、フランス語訳で読んでも、大人でも非常に面白く感じられる。

2019年9月8日日曜日

アニメーション「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」–その3

「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」全26話のうち、
11話から15話までが収録された DVD –
画面手前(右側)がシャーロック・ホームズで、画面奥(左側)がジョン・ワトスンである

アニメーション「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」の配役は、以下の通り。

(1)ホームズ 
<劇場版> 柴田侊彦(1943年ー) / <テレビ版> 広川太一郎(1939年ー2008年)
広川太一郎は、英国の俳優ロジャー・ムーア等の吹き替えや「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの古代守役 / 「ムーミン」のスノーク役等で有名。

(2)ワトスン
富田耕生(1936年ー)
富田耕生は、「ゲッターロボ」、「ゲッターロボG」、「超電磁ロボ コンバトラーV」、「惑星ロボ ダンガードA」や「サイボーグ009」等の博士役で知られている。

(3)ハドスン夫人
<劇場版> 信沢三恵子(1947年ー) / <テレビ版> 麻上洋子(1952年ー)
麻上洋子は、「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの森雪役や「シティーハンター」シリーズの野上冴子役等で有名で、現在、一龍斎春水という名で講談師をしている。

(4)レストレイド警部
<劇場版> 玄田哲章(1948年ー) / <テレビ版> 飯塚昭三(1933年ー)
玄田哲章は、アーノルド・シュワルツェネッガー等の吹き替えや「シティーハンター」シリーズの海坊主役 / 「クレヨンしんちゃん」のアクション仮面(郷田剛太郎)役 / 「トランスフォーマー」シリーズのコンボ司令官等で有名。また、飯塚昭三は、アニメ / 特撮作品の悪役(首領や幹部クラス)等で知られている。

「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」全26話のうち、
16話から20話までが収録された DVD –
画面手前(右側)がシャーロック・ホームズで、画面奥(左側)がジョン・ワトスンである

(5)モリアーティー教授
大塚周夫(1929年ー2015年)
大塚周夫は、チャールズ・ブロンソン等の吹き替えや「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男役等で知られている。

(6)スマイリー(モリアーティー教授の部下)
<劇場版> 二又一成(1955年ー) / <テレビ版> 千田光男(1940年ー)
二又一成は、「めぞん一刻」の五代裕作役等で知られている。

(7)トッド(モリアーティー教授の部下)
<劇場版> 肝付兼太(1935年ー2016年) / <テレビ版> 増岡弘(1936年ー)
肝付兼太は、「ドカベン」の殿馬一人役、「銀河鉄道999」の999号車掌役や 「ドラえもん」の骨川スネ夫等で有名。また、増岡弘は、「サザエさん」のフグ田マスオ役や「それいけアンパンマン」のジャムおじさん等で有名(最近、年齢を理由に、両方の役を降板し、後進に道を譲っている)。

2019年9月7日土曜日

ダフニ・デュ・モーリエ作「いま見てはいけない」(Don’t Look Now by Dame Daphne du Maurier)–その1

東京創元社が発行する創元推理文庫
デュ・モーリア傑作集「いま見てはいけない」の表紙−
カバーイラスト:浅野 信二氏
カバーデザイン:柳川 貴代氏 + Fragment

「いま見てはいけない(Don’t Look Now)」は、英国の小説家であるディム・ダフニ・デュ・モーリエ(Dame Daphne du Maurier:1907年ー1989年)が執筆した短編で、1971年に発売された短編集「Don’t Look Now and Other Stories」に収録されている。

コンウォール州で購入した
ダフネ・デュ・モーリエ自身と彼女の作品に関連する場所を題材にした
絵葉書

物語は、イタリアのヴェネツィア(Venice)において、幕を開ける。

「ねえ、いま見ちゃいけないよ。(Don’t look now.)」と、ジョン(John)は妻のローラ(Laura)に話しかけた。二つ向こうのテーブルに居る二人連れの老女が、ジョンとローラの方を凝視していたのだ。

最近、ジョンとローラは、5歳の娘クリスティン(Christine)を重い髄膜炎で亡くし、娘に夢中だったローラは、精神的にまいってしまったため、クリスティンの兄であるジョニー(Johnnie)を寄宿学校に残したまま、療養を兼ねて、休暇をとり、二人でヴェネツィアまで旅行に来ていたのである。今日は、ボートでヴェネツィアからトルチェロ島(Torcello)まで観光に来て、レストランでランチをしているところだった。

ジョンとローラの方を凝視する老女二人の正体を探るため、トイレに発った老女の一人に続いて、ローラが面白半分に後を追った。漸くトイレから戻って来たローラは、ほとんどショック状態で、ジョンが居るテーブルによろよろと歩み寄ると、椅子に座り込んだ。心配するジョンであったが、ローラの顔には、恍惚感に近いものが浮かんでいた。

ローラによると、トイレ内で後をつけた老女から急に話しかけられた、と言う。老女二人は、スコットランドのエディンバラ(Edinburgh)出身で、世界一周旅行の途中だった。トイレに発った方は、引退した医者で、妹。そして、テーブルに残っていた方が姉で、数年前に視力を失っている、とのこと。姉の方は、昔からオカルト研究をしていて、霊感が強く、視力を失って以来、霊媒みたいにいろいろと見えるようになり、今回、ジョンとローラの間に、小さな娘(クリスティン)が座って笑っているところを見た、と言うことだった。娘クリスティンが今も自分達と一緒に居ることを告げられたローラは、言葉に言い表せない位の喜びで、感激していた。

大運河(Grand Canal)に程近いホテルへと戻り、一休みした後、歩いて食欲をかきたてるため、ジョンとローラは、サン・ザッカリア教会(Church of San Zaccaria)辺りにあるレストランへと徒歩で向かった。途中、二人は道に迷ってしまい、狭い路地に出てしまった。狭い路地に沿って走る水路も狭く、両岸の家々がすぐ側まで迫っているように感じられた。
突然、対岸の家のどれかから、悲鳴が聞こえた。「酔っ払いか何かだろう。」と答えるジョンであったが、実際には、誰かが首を絞められ、その苦悶の叫びが喉を締め付けられるうちに鎮まったという感じだった。気味が悪くなったローラは、路地を足早に進み出した。
その時、ジョンの目が、小さな人影を捉えた。5~6歳位の女の子が、突然、対岸の家の地下室の入り口から出て来て、すぐ下の細長いボートへと飛び乗ったのである。その女の子は、小さなスカートを履いて、短いコートを纏っていた。そして、頭には、トンガリ頭巾を被っていた。狭い水路には、4隻のボートが互いにロープで繋がれて浮かんでいたが、その女の子は、驚くべき敏捷さでボートからボートへと飛び移り、水路の反対岸にある別の地下室の入り口へと姿を消した。

ジョンが目撃したあの女の子は、一体、何者だったのだろうか?

2019年9月1日日曜日

アニメーション「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」–その2

「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」全26話のうち、
1話から5話までが収録された DVD –
シャーロック・ホームズの絵が使用されている

1982年にアニメーション「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」の制作は一旦中断したが、宮崎駿氏(1941年ー)が徳間書店の月刊アニメ雑誌「アニメージュ」誌上で漫画「風の谷のナウシカ」を連載していた関係上、「アニメージュ」が「名探偵ホームズ」を誌上で度々紹介したり、イベント上映したりして、宣伝に努めていた。
そして、徳間書店が宮崎駿監督のアニメーション映画「風の谷のナウシカ」を制作したことが切っ掛けとなり、広告代理店がテレビのスポンサー獲得に動き始め、テレビ朝日での放送が決まって、「名探偵ホームズ」の制作が再開された。宮崎駿氏の後を継いで、「ルパン3世(TV第2シリーズ)」の演出をメインで担当していた御厨恭輔氏が監督に就任した。また、東京ムービー新社からの発注を受けて、スタジオぎゃろっぷが制作の中心的な役割を果たした。

1984年3月11日にアニメーション映画「風の谷のナウシカ」が公開された際、宮崎駿氏が監督した「名探偵ホームズ」の6話のうち、「青い紅玉(ルビー)」と「海底の財宝」の2話が同時上映された。
上記の2話が「風の谷のナウシカ」と同時上映された時点において、「名探偵ホームズ」はサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の原作には基づかない旨を断るクレジットが入っている。コナン・ドイルは1930年に亡くなっているため、日本の著作権法上、死後50年を経過すると、著作権が消滅する扱いであり、通常であれば、1980年の時点でコナン・ドイルの著作権は消滅しているという理解であった。ところが、実際には、英国は、日本にとって、第二次世界大戦(1939年ー1945年)の交戦国であった関係上、著作権法における戦時加算があり、上記の2話が「風の谷のナウシカ」と同時上映された1984年の時点で、コナン・ドイルの著作権はまだ存続していたことが、同時上映の直前に判明。そのため、コナン・ドイルの著作権に抵触しないよう、急遽、上記の2話に登場する人物の名前が変更されたのである。

具体的には、
(1)シャーロック・ホームズ → シャーベック・ホームズ
(2)ハドスン夫人 → エリソン夫人
(3)レストレイド警部 → レストラント警部
(4)モリアーティー教授 → モリアッチ教授
といった変更が行われている。

「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」全26話のうち、
6話から10話までが収録された DVD –
レストレイド警部の絵が使用されている

アニメーション映画「風の谷のナウシカ」のヒットにより、アニメーション作家としての宮崎駿氏の知名度が高まったところで、1984年11月6日から1985年5月20日にかけて、アニメーション「名探偵ホームズ」全26話(御厨恭輔監督分:20話+宮崎駿監督分:6話)が、テレビ朝日系列で放送された。テレビ放送の際には、権利関係の問題は解決していたようで、コナン・ドイルが原作者としてクレジットされている。

1986年8月2日に宮崎駿監督のアニメーション映画「天空の城ラピュタ」が上映された際、宮崎駿氏が監督した「名探偵ホームズ」の6話のうち、「ミセス・ハドソン人質事件」と「ドーバー海峡の大空中戦」の2話が、テレビ放送後にもかかわらず、同時上映されている。

2019年8月31日土曜日

コンウォール州(Cornwall) ジャマイカ・イン(Jamaica Inn)

宿屋「ジャマイカ・イン」のブローシャー(表側)

「ジャマイカ・イン(Jamaica Innー邦題:埋もれた青春)」は、英国の小説家であるディム・ダフニ・デュ・モーリエ(Dame Daphne du Maurier:1907年ー1989年)が1936年に発表した小説で、1930年に彼女が英国コンウォール州(Cornwall)のボドミンムーア(Bodmin Moor)内に所在する宿屋「ジャマイカ・イン(Jamaica Inn)」に滞在した際に、本作品の着想を得ている。

宿屋「ジャマイカ・イン」のブローシャー(裏側)

コンウォール州で購入した
ダフネ・デュ・モーリエ自身と彼女の作品に関連する場所を題材にした
絵葉書

宿屋「ジャマイカ・イン」は、1750年に建てられ、その後、1778年に拡張されて、現在のL字型の建物となった。

宿屋「ジャマイカ・イン」の看板

密輸業者がジャマイカから英国内に運び込んだ密輸品を当宿屋に保管していたことから、「ジャマイカ・イン」という宿屋名が付けられたものと一般に考えられているが、実際には、宿屋が建つ場所の所有者で、18世紀に一族の者(2名)がジャマイカ総督(Governor of Jamaica)を務めたトレローニー家(Trelawney family)に因んで、宿屋名が付けられたと言われている。

Daphne du Maurier's Smugglers Museum 内に再現されている
ダフニ・デュ・モーリエの書斎–
画面中央奥の壁には、彼女の肖像画が掛けられている。

18世紀半ばから19世紀にかけて、宿屋「ジャマイカ・イン」は、密輸業者が英国外から運び込んだ密輸品をロンドンを初めとする英国各地へと運搬するための「中継地」として使用された。当時、ロンドンから遠く離れたコンウォール州は、「密輸業者の安息所(haven of smugglers)」と呼ばれており、難破船略奪者(wreckersー略奪目的で船舶を難破させる輩)が数多く暗躍していたのである。宿屋「ジャマイカ・イン」は、コンウォール州からロンドンを初めとする英国各地へと向かう幹線道路沿いに経っていることに加えて、ボドミンムーアという荒涼地内にポツンと所在しているため、密輸業者が密輸品を中継する上で、絶好の立地条件に適していた。

画面中央の上の写真は、ダフニ・デュ・モーリエ本人である。

宿屋「ジャマイカ・イン」は、現在、レストランやバー(The Smugglers’ Bar)等を備えたホテルとして営業を行っており、Daphne du Maurier’s Smugglers Museum が併設されている。

博物館内には、ダフニ・デュ・モーリエが発表した数多くの作品が展示されている。

宿屋「ジャマイカ・イン」は、1988年11月23日に、Grade II listedbuilding に指定されて、保存されている。

博物館内には、ダフニ・デュ・モーリエのサインが入った
小説「ジャマイカ・イン(邦題:埋もれた青春)」も展示されている。


2019年8月28日水曜日

ジョン・ディクスン・カー作「緑のカプセルの謎」(The Problem of the Green Capsule by John Dickson Carr)–その3

東京創元社が発行する創元推理文庫「緑のカプセルの謎」の表紙−
カバーイラスト:榊原 一樹氏
カバーデザイン:折原 若緒氏
  カバーフォーマット:本山 木犀氏

桃栽培を営む実業家で資産家でもあるマーカス・チェズニー(Marcus Chesney)が、自宅のベルガード館(Bellegarde)において、青酸により毒殺されたという彼の弟であるジョーゼフ(ジョー)・チェズニー医師(Dr. Joseph (Joe) Chesney)からの電話連絡を受け、ロンドン警視庁犯罪捜査部(スコットランドヤード CID)のアンドルー・マッカンドルー・エリオット警部(Inspector Andrew MacAndrew Elliot)は、地元警察のクロウ本部長(Major Crow) / ボストウィック警視(Superintendent Bostwick)と一緒に、至急、ベルガード館へと駆け付けた。時計の針は、真夜中の12時25分を指していた。

その日の夕食の席上、犯罪研究を趣味としているマーカス・チェズニーは、「100人中、99人は証人として全く役に立たない。」と発言する。他の全員が「自分の目は欺かれない。」と返すと、マーカスは「いかに人間の観察力があてにならないものであるかを実証するために、ちょっとした心理学の実験をしたい。」と言い出した。そして、夕食後、マーカスは、チェズニー家の果樹園の責任者であるウィルバー・エメットを自分の助手に指名して、実験用の寸劇の打ち合わせを始めた。

実験は、真夜中の12時から、マーカスの事務室と折れ戸を挟んで隣りの音楽室を使用して、行われることになった。マーカスの姪であるマージョリー・ウィルズ、マージョリーの婚約者であるジョージ・ハーティング(George Harding)と、マーカスの親友で、引退した大学教授であるギルバート・イングラム(Professor Gilbert Ingram)が、音楽室へと通された。マーカスの弟で、医師でもあるジョーゼフ・チェズニーは、生憎と、往診のため、不在で、午後11時45分までに戻らなければ、彼なしで実験が進められることになっていた。マージョリー、ジョージとギルバートの3人は、これから事務室で行われる寸劇を見て、それが終わった後、彼らの観察力を試すマーカスからの質問に答える流れであった。寸劇の様子は、ジョージが一部始終撮影することになった。

12時になると、問題の寸劇が開始された。マーカスは、事務室と音楽室を隔てる折れ戸を全開にすると、事務室中央にある机に、3人に向かい合わせに座った。マーカスが、まず鉛筆で、それから万年筆を手にして書く仕草をしている。すると、事務室のフランス窓が開いて、シルクハットを頭に、そして、汚れた長いレインコートを着て、襟を立てた男性が、サングラスとマフラーで顔を隠したまま、表の芝生から室内へと入って来た。その男性は、光沢のある手袋をはめ、往診鞄みたいなものを手にしていた。そして、カバンを机の上に置き、3人に背を向けて立つと、レインコートのポケットから小さな厚紙の箱を取り出して、その中に入っていた緑色のカプセルを掴み、マーカスの口に無理やり入れた後、その男性は、机の上の鞄を手にして、フランス窓から外へと姿を消した。謎の人物に緑色のカプセルを飲まされたマーカスは、いきなり机に突っ伏して、死んだふりをしていたが、直ぐに笑いながら起き上がって、折れ戸に近付き、それを閉めた。寸劇の幕が下りた、という合図である。

マーカスが再び折れ戸を開けて、「フランス窓から事務室へと入って来た謎の人物は、ウィルバー・エメットだ。」と、種明かしをする。ただし、マーカスが何度呼んでも、ウィルバーからの返事がないため、マーカスがウィルバーを捜しに、フランス窓から外へ出ると、家と栗の木の間の芝生の上に、シルクハット、サングラスや往診鞄等が放り出してあった。そして、栗の木の向こう側には、火搔き棒で後頭部を殴られたウィルバーが気絶して、うつ伏せに倒れていたのである。寸劇に出てきた謎の人物は、ウィルバーではなかったのだ。更に悪いことに、急に具合が悪くなったマーカスは、フランス窓から事務室へと駆け込むと、机の横で膝の力が抜けたようになった。そして、部屋中にビターアーモンドの匂いを漂わせたまま、マーカスは息を引き取った。マーカスの死因は、寸劇中に謎の人物に無理やり飲まされた緑色のカプセルの中に入れられていた青酸による中毒死だったのである。

エリオット警部、クロウ本部長とボストウィック警視は、早速、事情聴取を始めるが、寸劇を全て見ていた筈のマージョリー、ジョージとギルバートの3人による証言内容は、マーカスの予言通り、かなりの食い違いを見せる。そして、諸々の出来事により、徐々に、マージョリーにとって不利な状況へと向かい始める。イタリアのポンペイ(Pompeii)廃墟において初めて遭遇して以来、マージョリーに恋心を抱いていたエリオット警部は、ソドベリークロス村(Sodbury Cross)の近くのバース(Bath)に湯治に来ていたギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)を訪ねて、助力を求めるのであった。

当作品の主題は、「緑のカプセルの謎(The Problem of the Green Capsule)」(1939年)であるが、物語の内容に因んで、作者のジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)は、副題として、「心理学的殺人事件(Being the psychologist’s murder case→直訳すると、「心理学者の殺人事件」となる)」を使用している。

日本の著述家 / 奇術研究家で、推理作家協会会員でもあった松田道弘氏(1936年ー)は、「新カー問答ーディクスン・カーのマニエリスム的世界」の中で、「緑のカプセルの謎」について、第1位グループの6作品のうち、2番目に挙げて、高く評価している。
なお、1番目の作品は、「火刑法廷(The Burning Court)」(1937年)である。

2019年8月25日日曜日

アニメーション「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」–その1

英国で発売されている「名探偵ホームズ」の DVD パッケージ写真 –
左側がシャーロック・ホームズで、右側がジョン・ワトスン

アニメーション「名探偵ホームズ(Sherlock Hound)」は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)原作のシャーロック・ホームズシリーズをベースにしたテレビアニメである。

イタリアの国営放送局であるイタリア放送協会(RAI)が、イタリアの民間制作会社である REVER 社に「名探偵ホームズ」の制作を発注し、それを受けた REVER 社が日本の東京ムービー新社に共同政策を持ちかけて、日伊合作作品んが実現した。
当初は、日伊で同時に放送する予定で、1981年4月に制作が開始され、東京ムービー新社傘下のテレコム・アニメーションフィルムにおいて、実際の政策が行われた。スタジオジブリのアニメーション映画の監督として非常に有名な宮崎駿氏(1941年ー)は、当初、制作の主体となったテレコム・アニメーションフィルムの若手をバックアップする予定で参加したが、最終的には、6話について、監督 / 演出等を担当している。

「名探偵ホームズ」の制作にあたって、コナン・ドイルの原作から登場人物と舞台等を借りているものの、一部を除き、ほぼオリジナルのストーリーとなっている。登場人物については、全て擬人化した犬というキャラクター設定になっている。また、主要な登場人物に関しては、少数のメンバーに固定され、毎回、モリアーティー教授と彼の2人の部下が悪事(盗難事件が多く、殺人事件は発生しない)を企み、シャーロック・ホームズが、ジョン・ワトスン、ハドスン夫人やスコットランドヤードのレストレイド警部等の助けを借りて、モリアーティー教授達の悪巧みを阻止するという判りやすいストーリーが、主に展開している。

1982年に6話分の作業を進めたところで、「名探偵ホームズ」の制作は、一時中断する。制作中断の理由としては、

(1)イタリア側において、コナン・ドイルの遺族との間で、著作権獲得の交渉が難航したこと
(2)「名探偵ホームズ」制作の過程で、制作の主体となったテレコム・アニメーションフィルムが、別のアニメーション映画(米国との共同制作となる「ニモ(NEMO)」→ 最終的には、1989年に公開)に作業を注力する必要があったこと
(3)制作の依頼主であるイタリア側からの送金が途絶えたこと

等と言われている。