桃栽培を営む実業家で資産家でもあるマーカス・チェズニー(Marcus Chesney)が、自宅のベルガード館(Bellegarde)において、青酸により毒殺されたという彼の弟であるジョーゼフ(ジョー)・チェズニー医師(Dr. Joseph (Joe) Chesney)からの電話連絡を受け、ロンドン警視庁犯罪捜査部(スコットランドヤード CID)のアンドルー・マッカンドルー・エリオット警部(Inspector Andrew MacAndrew Elliot)は、地元警察のクロウ本部長(Major Crow) / ボストウィック警視(Superintendent Bostwick)と一緒に、至急、ベルガード館へと駆け付けた。時計の針は、真夜中の12時25分を指していた。
その日の夕食の席上、犯罪研究を趣味としているマーカス・チェズニーは、「100人中、99人は証人として全く役に立たない。」と発言する。他の全員が「自分の目は欺かれない。」と返すと、マーカスは「いかに人間の観察力があてにならないものであるかを実証するために、ちょっとした心理学の実験をしたい。」と言い出した。そして、夕食後、マーカスは、チェズニー家の果樹園の責任者であるウィルバー・エメットを自分の助手に指名して、実験用の寸劇の打ち合わせを始めた。
実験は、真夜中の12時から、マーカスの事務室と折れ戸を挟んで隣りの音楽室を使用して、行われることになった。マーカスの姪であるマージョリー・ウィルズ、マージョリーの婚約者であるジョージ・ハーティング(George Harding)と、マーカスの親友で、引退した大学教授であるギルバート・イングラム(Professor Gilbert Ingram)が、音楽室へと通された。マーカスの弟で、医師でもあるジョーゼフ・チェズニーは、生憎と、往診のため、不在で、午後11時45分までに戻らなければ、彼なしで実験が進められることになっていた。マージョリー、ジョージとギルバートの3人は、これから事務室で行われる寸劇を見て、それが終わった後、彼らの観察力を試すマーカスからの質問に答える流れであった。寸劇の様子は、ジョージが一部始終撮影することになった。
12時になると、問題の寸劇が開始された。マーカスは、事務室と音楽室を隔てる折れ戸を全開にすると、事務室中央にある机に、3人に向かい合わせに座った。マーカスが、まず鉛筆で、それから万年筆を手にして書く仕草をしている。すると、事務室のフランス窓が開いて、シルクハットを頭に、そして、汚れた長いレインコートを着て、襟を立てた男性が、サングラスとマフラーで顔を隠したまま、表の芝生から室内へと入って来た。その男性は、光沢のある手袋をはめ、往診鞄みたいなものを手にしていた。そして、カバンを机の上に置き、3人に背を向けて立つと、レインコートのポケットから小さな厚紙の箱を取り出して、その中に入っていた緑色のカプセルを掴み、マーカスの口に無理やり入れた後、その男性は、机の上の鞄を手にして、フランス窓から外へと姿を消した。謎の人物に緑色のカプセルを飲まされたマーカスは、いきなり机に突っ伏して、死んだふりをしていたが、直ぐに笑いながら起き上がって、折れ戸に近付き、それを閉めた。寸劇の幕が下りた、という合図である。
マーカスが再び折れ戸を開けて、「フランス窓から事務室へと入って来た謎の人物は、ウィルバー・エメットだ。」と、種明かしをする。ただし、マーカスが何度呼んでも、ウィルバーからの返事がないため、マーカスがウィルバーを捜しに、フランス窓から外へ出ると、家と栗の木の間の芝生の上に、シルクハット、サングラスや往診鞄等が放り出してあった。そして、栗の木の向こう側には、火搔き棒で後頭部を殴られたウィルバーが気絶して、うつ伏せに倒れていたのである。寸劇に出てきた謎の人物は、ウィルバーではなかったのだ。更に悪いことに、急に具合が悪くなったマーカスは、フランス窓から事務室へと駆け込むと、机の横で膝の力が抜けたようになった。そして、部屋中にビターアーモンドの匂いを漂わせたまま、マーカスは息を引き取った。マーカスの死因は、寸劇中に謎の人物に無理やり飲まされた緑色のカプセルの中に入れられていた青酸による中毒死だったのである。
エリオット警部、クロウ本部長とボストウィック警視は、早速、事情聴取を始めるが、寸劇を全て見ていた筈のマージョリー、ジョージとギルバートの3人による証言内容は、マーカスの予言通り、かなりの食い違いを見せる。そして、諸々の出来事により、徐々に、マージョリーにとって不利な状況へと向かい始める。イタリアのポンペイ(Pompeii)廃墟において初めて遭遇して以来、マージョリーに恋心を抱いていたエリオット警部は、ソドベリークロス村(Sodbury Cross)の近くのバース(Bath)に湯治に来ていたギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)を訪ねて、助力を求めるのであった。
当作品の主題は、「緑のカプセルの謎(The Problem of the Green Capsule)」(1939年)であるが、物語の内容に因んで、作者のジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)は、副題として、「心理学的殺人事件(Being the psychologist’s murder case→直訳すると、「心理学者の殺人事件」となる)」を使用している。
日本の著述家 / 奇術研究家で、推理作家協会会員でもあった松田道弘氏(1936年ー)は、「新カー問答ーディクスン・カーのマニエリスム的世界」の中で、「緑のカプセルの謎」について、第1位グループの6作品のうち、2番目に挙げて、高く評価している。
なお、1番目の作品は、「火刑法廷(The Burning Court)」(1937年)である。
0 件のコメント:
コメントを投稿