2021年6月30日水曜日

ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / 神の息吹」(Sherlock Holmes : The Breath of God by Guy Adams) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2011年に出版された
ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / 神の息吹」の裏表紙
(Cover Design : Amazing15.com
Images : Shutterstock)


シャーロック・ホームズは、ジョン・ワトスンを連れて、彼の大学時代の友人で、かつ、ゴシップ屋のラングデイル・パイク(Langdale Pike)に会うために、セントジェイムズストリート(St. James’s Street)に面した彼のクラブを訪ねる。

ホームズの訪問を歓迎したパイクは、ホームズに対して、「ヒラリー・ド・モンフォール(Hilary De Montfort)は、「黄金の夜明け団(The Golden Dawn)」のメンバーだった。」と教える。「黄金の夜明け団」は秘密結社で、霊的な成長のために、秘密の儀式を行っているようである。

そして、更に、パイクはホームズに、「ボレス金の領主(Laird of Boleskine)」とは、スコットランドに住む物書きで、登山家の若きアレイスター・クロウリー(Aleister Crowley)のことで、世界中で一番の変人だ。」と告げるのであった。


ホームズとワトスンの二人が調査を開始したその夜、地方の名士であるバーソロミュー・ラスヴニー卿(Lord Bartholomew Ruthvney)は、書斎で手紙の束を整理していた。

外で風が唸る音が聞こえたので、嵐が来ると思ったラスヴニー卿が外を見てみると、月明かりに照らされた庭で、庭の樹木が、今にも倒れそうな程、大きく揺れていた。そして、芝生の向こう側から、その中を三人の男がこちらに向かって来るのが、目に入った。

突然、ひどい目眩(めまい)と吐き気に襲われたラスヴニー卿が次に感じたのは、激しい飢えだった。その後、吸い取り紙、薄いシルク、更には、剥製の毛皮等を喉に詰まらせて、ラスヴニー卿が死亡しているのが発見された。


翌朝、ロンドン在住の医師で、「心霊医師(Psychical Doctor)」と世間で呼ばれるジョン・サイレンス博士(Dr. John Silence)が、ホームズの元を再訪する。サイレンス博士は、ホームズに対して、「ラスヴニー卿も、ド・モンフォールと同じく、「黄金の夜明け団」のメンバーだった。」と告げる。更に、ボレスキンの領主であるアレイスター・クロウリーも、「黄金の夜明け団」に属しているらしい。

どうやら、ド・モンフォール、ラスヴニー卿、そして、クロウリーは、「黄金の夜明け団」の重鎮達と対立していたようである。ということは、次に命を狙われるのは、クロウリーではないのか?


ホームズは重い腰を上げ、ワトスンとサイレンス博士と一緒に、スコットランドに住むクロウリーに会いに行くべく、セントパンクラス駅(St. Pancras Station)からインヴァネス(Inverness)行きの列車で出かけることに決めた。

ただし、その前に、ホームズとワトスンの二人は、ラスヴニー卿の屋敷を捜索した。その際、ワトスンは、謎の目眩と吐き気に襲われる。一体、彼に何が怒ったのか?そして、ホームズ達の行く手スコットランドでは、何が彼らを待ち受けているのだろうか? 


2021年6月27日日曜日

コナン・ドイル作「ソア橋の謎」<小説版>(The Problem of Thor Bridge by Conan Doyle ) - その3

「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の
1922年2月号 / に3月号掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その3) -
シャーロック・ホームズ達が、
マリア・ギブスンが銃で撃たれて亡くなった事件現場である
ソア橋の上にやって来た場面
(画面左側から、地元警察のコヴェントリー巡査部長(Sergent Coventory)、
ホームズ、そして、ジョン・ワトスン)


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「ソア橋の謎(The Problem of Thor Bridge)」では、ある年(識者の間では、1900年と言われている)の10月の荒涼とした朝、ベーカーストリート221Bを訪れた米国の元上院議員(American Senator)で、かつ金鉱王(Gold King)のニール・ギブスン(Neil Gibson)は、シャーロック・ホームズに対して、「子供の家庭教師で、屋敷に住み込みのグレイス・ダンバー嬢(Miss Grace Dunbar)に、自分の妻マリア・ギブスン(Maria Gibson)を殺害した容疑がかけられている。」と説明し、「ダンバー嬢にかけられている容疑をなんとしても晴らしてほしい。」と依頼する。


「ストランドマガジン」の
1922年2月号 / に3月号掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その4) -
ホームズが自分の杖(ステッキ)を使って、
ソア橋の欄干を打ち据える場面
(画面左側から、コヴェントリー巡査部長、
ワトスン、そして、ホームズ)


「ダンバー嬢の無実を証明できるのであれば、お金に糸目を付けない。」と言って、傲慢な態度をとり続けるギブスンに対して、ホームズは冷ややかな対応を行う。

「What were the exact relations between you and Miss Dunbar?」と言って、ダンバー嬢との関係を問うホームズだったが、ギブスンは「Then I can assure you that our relations were entirely and always those of an employer towards a young lady whom he never conversed with, or ever saw, save when she was in the company of his children.」と答え、雇用関係のみを主張する。しかし、ホームズは、ギブスンに対して、「This case is quite sufficiently complicated to start with, without the further difficulty of false information.」と

言って、ギブスンが真実を話していないことを指摘する。

それを聞いたギブスンは激怒して、座っていた椅子から立ち上がると、ホームズに殴りかからんばかりの勢いだった。ホームズに飛びかかることを自制したものの、ギブスンは、足音荒く、ベーカーストリート221Bから立ち去った。ところが、頭を冷やしたのか、暫くして戻って来たギブスンは、今までの傲慢な態度を改めると、ホームズに対して、真実を語るのであった。

「ストランドマガジン」の
1922年2月号 / に3月号掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その5) -
午後9時に、屋敷近くのソア橋に、グレイス・ダンバー嬢を呼び出したマリア・ギブスンは、
激しい怒りの中、ダンバー嬢に対して、罵声を浴びせかける場面

ギブスンによると、妻マリアに対する愛情が冷めてしまい、冷淡な態度や冷たい仕打ちをとるようになったが、それにもかかわらず、妻の自分に対する燃えるような愛情が変わることはなかった。

そんな中、ダンバー嬢が、子供達の家庭教師として、ハンプシャー州(Hampshire)の屋敷ソアプレイス(Thor Place)へとやって来た。ギブスンはダンバー嬢に心を奪われてしまい、彼女に対して、自分の気持ちを打ち明ける。

ギブスンの話を聞いたダンバー嬢は、屋敷を去ろうとしたが、いろいろと考えた末に、屋敷を去ることを止める。ダンバー嬢は、自分がギブスンに対して強い影響力を有していることが判り、世の中に貢献すべく、彼の莫大な資産を社会奉仕のために使ってもらおうとしたのである。ダンバー嬢は、ギブスンが自分に対して二度と言い寄らないことを条件として、屋敷に残ることにした。

ギブスンとしては、ダンバー嬢が妻マリアを殺害した訳ではなく、自分とダンバー嬢のことを知った妻マリアが、嫉妬と憎しみに駆られて、銃でダンバー嬢を脅そうとしたものの、ダンバー嬢と揉み合う中、銃が暴発して、その弾丸が、ダンバー嬢ではなく、自分にあたったのではないかと推測していた。


「ストランドマガジン)」の
1922年2月号 / に3月号掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その6) -
ウィンチェスター(Winchester)の留置場に居るダンバー嬢の元を
ホームズ達が訪れる場面
(画面手前に座っているのは、ダンバー嬢で、
画面奥左側から、彼女の弁護士である
ジョイス・カミングス(Joyce Cummings)、
ワトスン、そして、ホームズ)


ギブスンから真実を聞いたホームズは、事件の捜査を引き受けるのであった。


「ストランドマガジン」の
1922年2月号 / に3月号掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その7) -
ソア橋の上で、ホームズが、ワトスン達に対して、
マリア・ギブスンを撃った銃が事件現場に残っていないトリックを
実際に披露する場面
(画面手前に立っているのが、ワトスンで、
画面奥左側から、ホームズ、そして、コヴェントリー巡査部長)


本作「ソア橋の謎」は、ホームズシリーズ作品の中でも、本格推理小説としての完成度が高く、最も人気がある作品の一つとなっている。

ソア橋の上で、マリア・ギブスンが銃で亡くなったトリックは、非常に有名になり、後に、ファイロ・ヴァンス(Philo Vance)シリーズで有名な米国の推理作家 / 美術評論家であるS・S・ヴァン・ダイン(S. S. Van Dine:1888年ー1939年 本名:ウィラード・ハンティントン・ライト(Willard Huntington Wright))や金田一耕助シリーズ等で有名な日本の推理作家 / 小説家である横溝正史(1902年ー1981年)が、自作品にこのトリックを応用している。


2021年6月26日土曜日

ハリー・フーディーニ(Harry Houdini)

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2009年に出版されているダニエル・スタシャワー作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体の男」(1985年)の表紙
に描かれている
ハリー・フーディーニ(画面上の一番左に居る男性)


米国の作家兼マジシャンであるダニエル・スタシャワー(Daniel Stashower:1960年ー)作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体の男(The further adventures of Sherlock Holmes - The Ectoplasmic Man → 2021年6月9日 / 6月16日 / 6月20日付ブログで紹介済)」(1985年)に登場するハリー・フーディーニ(Harry Houdini:1874年ー1926年)は、米国で「脱出王」として名を馳せたユダヤ人の奇術師である。


彼は、1874年3月24日、オーストリア=ハンガリー二重君主国ハンガリー王国ブダペスト市に出生。本名は、ヴェイス・エリク(Weisz Erik - ハンガリー人の場合、日本人と同様に、姓を先にして、名を後に表記するため、「ヴェイス」が姓で、「エリク」が名である)。

エリクが4歳の時に、一家は米国ウィスコンシン州アップルトン市へと移住した。渡米後も、彼は自分の名前を「Ehrich Weiss」と綴っていた。

1891年、17歳の時に、米国で出版された「霊媒術の暴露」という霊媒のトリックを詳細に解説した本に書かれていた「縄抜け」のテクニックに対して、彼は非常に興味を示し、奇術師への道を志す。


エリクは、(1)当時、米国で活躍していた奇術師ハリー・ケラーの名「Harry」と(2)フランスの奇術師ロベール・ウーダンの姓「Houdin」の最後に「i」を加えた「Houdini」を組み合わせて、「ハリー・フーディーニ」を芸名とした。

ハリー・フーディーニは、脱出術を得意として、各国の警察の留置場 / 刑務所、凍った運河やミルク缶等からの脱出を観光した。そして、「ハリー・フーディーニにとって、脱出できないところはない」ことを証明し、「脱出王」の異名を以って、米国内で大人気を博した。


この大人気の裏で、ハリー・フーディーニは、最愛の母親を亡くしたことが原因となり、当時大流行していた心霊術(交霊術)信仰へと傾倒していく。彼としては、亡くなった母親と交信できる本物の霊能力者に出会えることを望んでいたが、彼の奇術師としての知識と才能が、彼の前に現れる超能力者や心霊能力者と称する者達全てがトリックやインチキであることを気付かせ、逆に、彼らのイカサマの手口を暴き、白日の下に曝け出すことに、彼を駆り立てていく。そして、彼らへの怒りが彼を「サイキックハンター」への道を歩ませたのである。


シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)も、当時、心霊術の擁護を行なっていた関係上、ハリー・フーディーニはコナン・ドイルと一時親交を結んでいたが、ハリー・フーディーニはコナン・ドイルのことを「高い知性を有するにもかかわらず、非常に騙されやすい人物」と評していた。


1926年、楽屋を訪れた大学生に対して、「腹部を強く殴られても平気」という芸を見せる際に、ハリー・フーディーニは、その準備がまだできていない段階で、腹部を殴られてしまい、それが原因で、同年10月31日、急性虫垂炎により死去してしまった。

ハリー・フーディーニは、亡くなる直前、妻のベアトリス(Wilhelmina Beatrice Rahner - 通称:ベス (Bess))に対して、「死後の世界があるのであれば、必ず連絡をする。」と告げたが、ベスによると、「その後、夫から何の連絡もなかった。」とのこと。


2021年6月23日水曜日

ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / 神の息吹」(Sherlock Holmes : The Breath of God by Guy Adams) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2011年に出版された
ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / 神の息吹」の表紙
(Cover Design : Amazing15.com
Images : Shutterstock)


作者のガイ・アダムス(Guy Adams:1976年ー)は、英国出身で、俳優やコメディアンとして活躍した後、規則的な生活を求めて、作家業へ転身。

本作品「シャーロック・ホームズ / 神の息吹(Sherlock Holmes / The Breath of God)」は、2011年に発表されている。



新世紀幕開け直前の1899年12月27日の夜、宵のうちから降り出した雪が降り続く中、その事件は発生した。

社交界の若き名士の一人であるヒラリー・ド・モンフォール(Hilary De Montfort)は、ロンドン中心部のウェストエンド(West End)内にあるグローヴナースクエア(Grosvenor Square → 2015年2月22日付ブログで紹介済)を囲む通りを恐怖にかられて走っていた。ド・モンフォール本人は、何かに追われていると思っているようだったが、同スクエア内に居た年配の目撃者は、「その通りには、自分とド・モンフォール以外に、誰一人居なかった。」と、後で証言した。

旧米国大使館(ホテルへ改装される予定)側から見た
グローヴナースクエアの広場


翌朝、ド・モンフォールの遺体が、グローヴナースクエア内で発見された。一人の人間による仕業を超える位、身体中の骨が砕け、青痣だらけだった上に、テムズ河(Thames River)の岸に打ち上げられた溺死体のように膨張し、人の形をとどめていなかった。死体への打撃にステッキや棍棒等が使用された形跡はなく、まるで非常に高いところから地面に叩き付けられたかのようであった。ところが、グローヴナースクエアは開けた平坦な場所であり、ド・モンフォールの遺体の周囲には、昨夜降った雪が積もっているだけで、彼以外の足跡は何もなく、彼がどのようにしてなくなったのかについて、全く説明の仕様がなかったのである。

広場内から見たグローヴナースクエアの北側


そんなある日、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元を、ロンドン在住の医師で、「心霊医師(Psychical Doctor)」と巷で呼ばれているジョン・サイレンス博士(Dr. John Silence)が、相談に訪れる。胡散臭げな人物と会うことに、最初は難色を示したホームズであったが、サイレンス博士が語る内容に対して、ホームズは次第に興味をつのらせていくのであった。


サイレンス博士によると、昔治療したことがある水夫シムコックス(Simcox)が訪ねて来て、娘のエルザ(Elsa)が悪霊に取り憑かれているようだと語った、とのことだった。早速、サイレンス博士は、キングスクロス駅(King’s Cross Station)の近くにあるシムコックスのアパートへ赴き、水晶をエルザの額に押し当てて、診療を開始した。

すると、エルザは、可愛らしく無邪気な顔から恐ろしい老婆の顔へと変貌した。サイレンス博士から「君は誰だ?」と尋ねられたエルザは、「どれも自分の名前ではないが、お前に教えてやれる名前は、いくつかある。」と言って、次の3つの名前を告げた。一つ目は「ヒラリー・ド・モンフォール」、二つ目は「ボレスキンの領主(Laird of Boleskine)」、そして、最後の三つ目は「シャーロック・ホームズ」だと…


2021年6月20日日曜日

ダニエル・スタシャワー作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体(エクトプラズム)の男」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Ectoplasmic Man by Daniel Stashower) - その3

1989年に扶桑社から扶桑社ミステリーシリーズの一冊として出版された
日本語版の文庫本の表紙
カバーデザイン: 富永 寿 氏
        イラストレーション: 大山 求 氏

日本語版のタイトルは、「シャーロック・ホームズ・ミステリー
ロンドンの超能力男」となっている。
なお、原題は、「The Adventure of The Ectoplasmic Man」である。

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆半(2.5)

シャーロック・ホームズと同時代の実在の人物で、脱出マジックで鳴らしたハリー・フーディーニ(Harry Houdini:1874年ー1926年)を主要人物として登場させている。彼の脱出マジックがあまりにも素晴らしいが故に、彼が無実の罪で逮捕され、ホームズが彼を救い出すというストーリーになっている。

本作品の作者であるダニエル・スタシャワー(Daniel Stashower:1960年ー)が作家兼マジシャンなので、ハリー・フーディーニを主要登場人物として起用した理由は明白ではあるが、ただ、ホームズの相手役が「切り裂きジャック(Jack The Ripper)」、「ジキル博士とハイド氏(D. Jekyll and Mr. Hyde)」、「フランケンシュタイン(Frankenstein)が創り上げた人造人間」、「ドラキュラ(Dracula)」や「オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)」等のケースと比べると、残念ながら、やや面白みに欠ける。


(2)物語の展開について ☆☆☆(3.0)

英国政府官邸の金庫室からの重要書類盗難をメインにして、それに付随して発生する殺人事件を、ホームズとジョン・ワトスンが調査するというように、物語は展開する。ただ、ストーリー展開としては、物語の終盤部分を除くと、普通で、話の盛り上がりについても、少ない。


(3)ホームズ/ワトスンの活躍について ☆☆☆半(3.5)

鉄壁を誇る英国政府官邸の金庫室内に賊がどうやって侵入したのか、ドイツ人のマジシャンであるクレッピーニ(Kleppini - 架空の人物)がどのようにして難攻不落のアリバイを確保できたのか、そして、ヴァレンカ伯爵夫人(Countess Valenka:英国王太子の昔の愛人 - 架空の人物)を殺害したのは誰なのかを、ホームズは最後に解き明かしてみせる。

特に、2番目の謎については、物語の序盤部分において、ヒントがある会話の中に出てきていたが、個人的には、やや掟破りのような印象が強く、あまりいただけない気がする。


(4)総合評価 ☆☆☆(3.0)

本作品において、密室となった英国政府官邸の金庫室からの盗難、アリバイ崩しや殺人犯捜し等、メインとなるテーマがいろいろと入っていて、作者の頑張りはそれなりに評価できるものの、ストーリー展開が平凡で、話の盛り上がりにややかけていて、今一つ高評価につながらない。特に、アリバイ確保に関しては、やや禁じ手に近い手段が用いられており、納得感が得られないと思う。

世紀の脱出王であるハリー・フーディーニを主要人物として登場させてはいるが、物語全体としては、成功しているとは、あまり言えない。ただし、物語終盤におけるホームズ達による犯人の追跡劇は、活劇風で、なかなか楽しめる。



2021年6月19日土曜日

<第700回> キャロル・カーナック作「妨害されたスキー旅行」(Crossed Skis by Carol Carnac) - その2

大英図書館(British Library)から
British Library Crime Classics シリーズの一つとして
2020年に出版された
キャロル・カーナック作「妨害されたスキー旅行」(1952年)の裏表紙


ブリジット・マナーズ(Bridget Manners)他、スキー旅行一行が、ドーヴァー(Dover)において、フランスへと向かう船を待っている頃、ハイゲート地区(Highgate)に住む妹夫婦を訪ねて、週末を過ごしたメーベル・ステイン夫人(Mrs. Mabel Stein)は、バスでロンドン市内へと戻って来て、ブルームズベリー地区(Bloomsbury)のサザンプトンロウ(Southampton Row)で下車した。ステイン夫人は、近くのレッドライオンスクエア(Red Lion Square)に家があり、小学校の教師2人を含む4人に部屋を間貸ししていた。小学校の教師2人(Mr. Bell / Mr. Rawlinson)は実家に帰省済で、他の2人(Mr. Stephen - 会社員 / Mr. Gray - 新聞記者)も、新年パーティーのため、出払っている筈だった。

自宅へと戻る途中、息子のシド(Syd)と会ったステイン夫人が見たのは、炎に包まれている自宅だった。ステイン夫人の自宅は、この辺りでは、第二次世界大戦(1939年ー1945年)時のロンドン大空襲(1940年)で破壊されなかった唯一の建物だったが、自宅から出火した火災により、消防士達による必死の消火活動も虚しく、甚大な被害を蒙ったのである。


突然の出火により燃えたステイン夫人の自宅であったが、当初、全員が出払っていたため、人的な被害はないと思われたものの、消防士達が家内を捜索した結果、2階の部屋において、男性が1人死亡しているのが見つかった。

ステイン夫人によると、2階の部屋を間借りしていたのは、新聞記者で、20代半ば位のグレイ氏で、彼女が知る限りでは、アイルランド出身とのことだったが、それ以上詳しい内容は判らなかった。

部屋の内にアルコールの瓶の欠片が見つかったため、被害者はかなり泥酔していたものと推測されたが、失火原因となったコイン式のガスストーブに顔を押し付けたまま焼死したため、身元の確認が非常に困難なことに加えて、死因に不審な点があった。


火災現場の検証に立ち会ったスコットランドヤード E Division のブルック警部(Inspector Brook)が現場周辺を調べてみると、建物の玄関脇の地面に、スキーのストックの跡が見つかった。グレイ氏の部屋には、スキー用具がなかったことから、火災発生前に何者かがグレイ氏の部屋を訪れており、建物の玄関脇にスキー用具を置いていたのではないかと推測された。グレイ氏と思われる焼死に、更に不審な点が出てきた。


ブルック警部からの報告を受けて、帰省中の小学校教師の一人であるベル氏の家を訪ねたスコットランドヤード犯罪捜査課(CID)のジュリアン・リヴァース主席警部(Chief Inspector Julian Rivers)は、彼から「偶然、映画館でグレイ氏を見かけた際、友人らしき人とドイツ語で流暢に話をした上、スキーの話題で盛り上がっていたが、後でグレイ氏に対してスキーの話題をそれとなく出してみると、本人は「スキーをしたことは、全然ない。」と答えたため、信用できない人物だと思っていた。」という証言を得たのである。


グレイ氏を焼死にみせかけて殺害した犯人は、あるいは、第三者を自分にみせかけて殺害したグレイ氏は、スキー用具を携えて、どこへ姿を消したのだろうか?

火災現場のレッドライオンスクエア近辺からスキー用具を携えた男性を乗せたタクシーが見つかり、その男性は、まずウォータールー駅(Waterloo Station → 2014年10月19日付ブログで紹介済)へと向かい、そこから別のタクシーで更にヴィクトリア駅(Victoria Station → 2015年6月13日付ブログで紹介済)へと移動したことが判明した。

スコットランドヤードがヴィクトリア駅の窓口に問い合わせた結果、当日、全員で15名のスキー旅行客一行がオーストリアへと出発したことが判った。犯人は、このスキー旅行客一行の中に紛れて、ヨーロッパ大陸へと逃亡しようとしているのではないかと思われた。果たして、それは、一体、誰なのか?

リヴァース主席警部は、部下のランシング警部(Inspector Lancing)を伴って、オーストリアへと急行するのであった。


英国における探偵小説の黄金期にほぼ該る1930年代初頭から1950年代末期にかけて活躍した英国の女流推理作家であるエディス・キャロライン・リヴェット・ロラック(Edith Caroline Rivett Lorac:1894年ー1958年)が1952年に「キャロル・カーナック(Carol Carnac)」名義で発表した「妨害されたスキー旅行(Crossed Skis)」の物語は、基本的に、(1)英国から、フランス / スイス経由で、オーストリアへと向かうブリジット・マナーズ他、全員で16名のスキー旅行客と(2)英国側で捜査を行うスコットランドヤードの話が交互に進んで行くが、如何せん、登場人物の数があまりにも多過ぎる。

まず、スコットランドヤード側については、リヴァース主席警部、ランシング警部とブルック警部の3人が登場しているが、物語の展開的には、主人公であるリヴァース主席警部ともう1人の2人に整理した方が良かったと思う。

そして、スキー旅行客側に関しては、顔見せだけで終わっているような登場人物が数名居て、物語の進行としては、人数をかなり減らした方がスッキリとした筈である。

実際のところ、犯人の候補は、最初の段階で半分になった後、ブリジット達が知っている人物を消去法で除くと、自動的に2人程に絞り込まれてしまう。

犯人を特定する証拠については、作者のエディス・キャロライン・リヴェット・ロラックが文章中にかなりうまく、かつ、さりげなく書いている努力は認めるものの、物語のかなり早い段階で、犯人の候補が絞り込まれてしまうので、スキー旅行客側の話を読んでいても、何か起きるのではないかというようなサスペンスもなく、非常に残念である。


2021年6月16日水曜日

ダニエル・スタシャワー作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体(エクトプラズム)の男」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Ectoplasmic Man by Daniel Stashower) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2009年に出版されているダニエル・スタシャワー作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体の男」(1985年)の裏表紙


ドイツ人のマジシャンであるクレッピーニ(Kleppini)によるハリー・フーディーニ(Harry Houdini:1874年ー1926年)への脅迫事件の背後で、英国王室を揺るがす別の事件が進行していた。


ストーク ニューイントン(Stoke Newington)にある英国政府官邸ゲアストウハウス(Gairstowe House)の金庫室に賊が侵入して、政府の信用に関わる重要書類が盗まれたのである。盗まれた重要書類とは、英国王太子(His Royal Highness the Prince of Wales:後のジョージ5世)が、以前にドイツのヴァレンカ伯爵夫人(Countess Valenka:英国王太子の昔の愛人)宛に出した手紙だった。即位を間近に控えた英国王太子にとって、この手紙が表に出た場合、英国王室のみならず、英国全体を揺るがす一大スキャンダルになることは、間違いなかった。


前の晩、フーディーニのショウに列席した英国王太子が、フーディーニのために、ゲアストウハウスにおいて、非公式のレセプションを開催していた。

フーディーニの足跡が問題の部屋に残っていたことが決め手となり、フーディーニは、スコットランドヤードのレストレード警部(Inspector Lestrade)に、犯人として逮捕されてしまう。英国一堅固な警備を誇る金庫室内に、フーディーニは心霊体(エクトプラズム)になって侵入したと考えられたのである。


兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)からの依頼を受けたシャーロック・ホームズは、ジョン・ワトスンと一緒に、英国政府の欧州問題担当大臣であるオニール卿(Lord O’Neill, the Secretary for European Affairs)の協力を得て、ゲアストウハスを調査するとともに、フーディーニの助手であるフランツ・シュルツ(Franz Schultz)の助けで、フーディーニが出演するサヴォイ劇場(Savoy Theatre)を調べるが、フーディーニが大変身魔術に使用するトランクの中から、非常に意外な人物、ヴァレンカ伯爵夫人の死体を発見する。

果たして、フーディーニが彼女を殺害したのか?それとも、他の人物に罠に嵌められたのだろうか?


一方で、ゲアストウハウスの金庫室に侵入して、重要書類を盗んだ犯人として、ホームズが疑うクレッピーニは、犯行のあった晩、英国南部ブライトン(Brighton)のパレスピア(Palace Pier)にある興行小屋に出演していたことが判明する。つまり、クレッピーニには、難攻不落のアリバイがある訳だ。更に、ロンドンとブライトンという絶対的な距離という問題が、ホームズの前に横たわる。

果たして、クレッピーニが、ゲアストウハウスの金庫室に侵入した賊なのか?どうやって、彼は鉄壁のアリバイを確保したのか?


2021年6月13日日曜日

コナン・ドイル作「ソア橋の謎」<小説版>(The Problem of Thor Bridge by Conan Doyle ) - その2

「ストランドマガジン(Strand Magazine)」の
1922年2月号 / 3月号に掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その1) -
米国の元上院議員で、金鉱王のニール・ギブスンの妻であるマリアが、
屋敷近くのソア橋の上で、頭を銃で撃ち抜かれて死亡しているのが、
午後11時頃、猟場の番人によって発見された。

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「ソア橋の謎(The Problem of Thor Bridge)」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、46番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1922年2月号 / 3月号に、また、米国では、「ハーツ インターナショナル(Heart's International)」の1922年2月号 / 3月号に掲載された。

また、同作品は、1927年に発行されたホームズシリーズの第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」に収録された。


ある年(ホームズの間では、1900年と言われている)の10月の荒涼とした朝(午前11時)、米国の元上院議員(American Senator)で、金鉱王(Gold King)のニール・ギブスン(Neil Gibson)が、ベーカーストリート221Bのシャーロック・ホームズの元を事件の相談に訪れる。彼は、クラリッジズホテル(Claridge’s Hotel → 2014年12月31日付ブログで紹介済)に宿泊していた。

ギブスンはホームズに対して、「子供の家庭教師で、屋敷に住み込みのグレイス・ダンバー嬢(Miss Grace Dunbar)に、自分の妻マリア・ギブスン(Maria Gibson)を殺害した容疑がかけられている。」と説明し、「ダンバー嬢にかけられている容疑をなんとしても晴らしてほしい。」と依頼する。


実は、ギブスンがホームズを訪問する直前に、彼の屋敷の管理人(manager of his estate)であるマーロウ・ベイツ(Marlow Bates)が姿を見せていた。ベイツは、雇い主であるギブスンに対して、事前の了解を得ないまま、ここに来ており、落ち着きがない様子だった。

ベイツは、ホームズに対して、「ホームズさん、雇い主のニール・ギブスンは、ひどい男です。あっし達の誰に対しても、本当にひどいんです。(Mr. Holmes, he is a villain - an infernal villain.)」と告げる。ベイツによると、使用人達は皆マリアを慕っており、夫であるニール(・ギブスン)自身が妻を大事にしていない、とのことだった。

更に、ベイツは、ホームズに対して、「雇い主のギブスンがどんなことを言ったとしても、そのまま鵜呑みにはしてはいけません。(Don’t take him at his face value.)」と言い放つと、雇い主が現れる前に、慌てて姿を消したのである。


「ストランドマガジン」の
1922年2月号 / に3月号掲載された
コナン・ドイル作「ソア橋の謎」の挿絵(その2) -
ホームズから「あなたは、真実を話していない。」と指摘された
ニール・ギブスンは、彼に対して、激しい怒りを見せた。

ギブスンによると、事件自体は、彼が住むハンプシャー州(Hampshire)の屋敷ソアプレイス(Thor Place)付近にあるソア橋(Thor Bridge)の上で発生した。

ある夜遅く(11時)、彼の妻マリアが頭を銃で打ち抜かれて死亡しているのを、猟場の番人(gamekeeper)によって発見されたのである。その現場には凶器の銃は見当たらなかったが、ダンバー嬢の衣装戸棚の底から銃が出てきた。そして、その銃の弾倉は一発だけ空になっていた上に、マリアの頭を打ち抜いた弾丸とその口径が一致したのだ。更に、マリアはダンバー嬢からの手紙を手に握りしめていて、そこには「9時にソア橋の所で - G.ダンバー(I will be at Thor Bridge at nine o’clock - G. Dunbar)」と書かれていたのである。


アマゾンの熱がいつも血の中で騒いでいる位、情熱的なブラジル人の妻マリアは、その容色に衰えをみせていて、ギブスンの妻への愛情は冷めてしまった。その一方で、ギブスンは若く魅力的なダンバー嬢に大きな関心を示していた。そのため、嫉妬深いマリアはダンバー嬢を激しく憎んでいた。つまり、妻マリアが死亡すれば、ダンバー嬢はギブスンの後妻として入ることができるものと考えられていた。

それらの証拠や状況等に基づき、ダンバー嬢はマリア殺害の容疑で逮捕されるに至ったのである。


2021年6月11日金曜日

キャロル・カーナック作「妨害されたスキー旅行」(Crossed Skis by Carol Carnac) - その1

大英図書館(British Library)から
British Library Crime Classics シリーズの一つとして
2020年に出版された
キャロル・カーナック作「妨害されたスキー旅行」(1952年)の表紙

エディス・キャロライン・リヴェット・ロラック(Edith Caroline Rivett Lorac:1894年ー1958年)は、英国における探偵小説の黄金期にほぼ該る1930年代初頭から1950年代末期にかけて活躍した英国の女流推理作家である。


彼女は、1894年にロンドンのヘンドン地区(Hendon)に出生。サウスハムステッド高校(South Hampstead High School)を教育を受け、美術工芸中央学校(Central School of Arts and Crafts)を卒業した後、1931年にマクドナルド主任警部(Chief Inspector Macdonald)が登場する「避難所の殺人(The Murder on the Burrows)」で、推理作家としてデビュー。その後、コリンズ社(クライムクラブ)の看板作家となった。

生涯を通じて、彼女は、「E・C・R・ロラック(E. C. R. Lorac)」と「キャロル・カーナック(Carol Carnac)」という2つのペンネームを使い分け、「E・C・R・ロラック」名義では、マクドナルド主任警部シリーズを主とする約50作品を、また、「キャロル・カーナック」名義では、3シリーズ((1) Inspector Ryvet / (2) Chief Inspector Julian Rivers / (3) Inspector Lancing)を含む20を超える作品を執筆している。

なお、本作品「妨害されたスキー旅行(Crossed Skis)」は、1952年に「キャロル・カーナック」名義で発表された(2)リヴァース主席警部シリーズの一つである。


当初、彼女が「E・C・R・ロラック」名義を使ったのは、作者が、女性ではなく、男性と思わせたかったのではないか、また、「E・C・R・ロラック」と「キャロル・カーナック」の2つの名義を使い分けたのは、一つの名義で数多くの作品を世に出すことを避けたかったのではないか、と言われている。


1951年1月1日(月)の昼12時に、ロンドン市内のヴィクトリア駅(Victoria Station)に集合した以下のメンバーが、フランス / スイス経由、オーストリアへのスキー旅行へと出発した。


<女性8名>

(1)ブリジット・マナーズ(Bridget Manners) → 愛称:ビディー(Biddy) / このスキー旅行を企画

(2)ジェーン・ハリントン(Jane Harrington) → ブリジットの友人

(3)フィリッパ・ブランド(Philipa Brand) → 愛称:ピッパ(Pippa) / ウィンチェスター(Winchester)の近くに居住

(4)キャサリン・レイド(Catherine Reid) → 愛称:ケイト(Kate) / ジェーンの友人 / 絵画が趣味

(5)メリエル・パーソンズ(Meriel Parsons) → 絵画が趣味

(6)マーサ・ハリス(Martha Harris) → フランク(後述)の妹

(7)ジリアン・デクスター(Jillian Dexter) → イアン(後述)の妹

(8)ダフニ・メリング(Daphne Melling) → ブリジットの友人


<男性8名>

(9)マルコルム・ペリー(Malcolm Perry) → Sherbury にある学校の教師

(10)ティモシー・グラント(Timothy Grant) → 愛称:ティム(Tim) / パイロット

(11)デリック・コサック(Derrick Cossack) → 海軍大尉

(12)フランク・ハリス(Frank Harris) → 医師 / マーサの兄

(13)ジェラルド・レイン(Gerard Raine) → 医師

(14)ロバート・オハラ(Robert O’Hara) → アイルランド出身 / ダンサー

(15)イアン・デクスター(Ian Dexter) → ケンブリッジ大学卒業 / 以前、陸軍でビルマに駐在 / ジリアンの兄

(16)ネヴィル・ヘルストン(Neville Helston) → このスキー旅行に最後に参加した人物


ブリジット・マナーズがこのスキー旅行を企画した当初、参加メンバーはもう少し限定されていた。ところが、当初参加を表明していたメンバーの数名が、結婚や入院等により、都合がつかなくなったため、当初のメンバーの紹介等に基づき、数名のメンバーが入れ替わった上、参加人数が最終的に16名まで増えたのであった。その結果、スキー旅行に参加したメンバー全員が、お互いに友人や知り合いという状況ではなくなった。


厳密には、パイロットのティモシー・グラントは、他のメンバーと一緒に、ヴィクトリア駅からスキー旅行に出発するのではなく、仕事でスイスのチューリッヒまでフライトするため、そこから単独でオーストリアへと向かい、現地で合流する予定だった。

また、最後に参加したネヴィル・ヘルストンも、他のメンバーとは別に、現地へと向かう予定だったが、「ギリギリで他のメンバーと一緒に現地へと向かえることになり、ヴィクトリア駅の集合になんとか間に合った。」とのことだった。


2021年6月9日水曜日

ダニエル・スタシャワー作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体(エクトプラズム)の男」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Ectoplasmic Man by Daniel Stashower) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2009年に出版されているダニエル・スタシャワー作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 心霊体の男」(1985年)の表紙

作者のダニエル・スタシャワー(Daniel Stashower:1960年ー)は、米国オハイオ州クリーブランド出身で、同国ワシントン D. C. 在住の作家兼マジシャンである。

ダニエル・スタシャワーは、1985年に発表した処女作である本作品により、MWA(米国探偵クラブ作家賞)にノミネートされている。


1910年4月、米国において「脱出王」の異名をとったユダヤ人の奇術師であるハリー・フーディーニ(Harry Houdini:1874年ー1926年)の話題で、ロンドンは持ち切りであった。

フーディーニは、サヴォイ劇場(Savoy Theatre)で世紀の脱出芸を行っていたが、更に、スコットランドヤードの独房に志願して入り、そこからも見事抜け出して見せたのである。フーディーニの独房からの脱出劇を目の当たりにしたスコットランドヤードのレストレード警部(Inspector Lestrade)も、フーディーニには、自分の全身を心霊体(エクトプラズム)にして、物質をすり抜ける超能力があると信じる程だった。


そんなある日、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)に下宿しているシャーロック・ホームズの元を、ベアトリス・フーディーニ(Beatrice Houdini)、つまり、フーディーニ夫人が訪ねて来る。


フーディーニ夫人によると、5年程前、フーディーニがオランダの劇場に出演した際、彼の元にクレッピーニ(Kleppini)という男の新聞記事が送られてきた。ドイツ人のマジシャンであるクレッピーニは、「手錠抜けの王の王」と自称し、公開勝負でフーディーニを打ち負かしたと、その記事の中で語っていたのである。

その記事を読んで激怒したフーディーニは、クレッピーニが手錠抜け芸を行っているドイツのドルトムントに乗り込んだが、当初、クレッピーニも、彼のエージェントも、フーディーニに会うことも、公開勝負を行うことも、拒否した。

そこで、フーディーニは、口髭と顎髭で老人に変装した上で、クレッピーニの手錠抜け芸に出かけ、彼の芸が行われている間に舞台に走り寄って、変装を解き、観客の面前で公開勝負を挑んだ。

翌日の晩に、公開勝負が行われ、クレッピーニと彼のマネージャーが手錠を開ける単語を事前に知ってズルをしようとしたが、フーディーニはそれを逆手に取り、クレッピーニを満員の観客の前でコテンパンにして、大恥をかかせた。

それから5年が経ち、フーディーニ夫妻は、クレッピーニの消息をほとんど聞かなかったが、クレッピーニは、フーディーニを打ち負かしたという嘘を未だに言い続けているという報告を受けていた。


そして、今朝、朝一番の配達で、変な手紙が、フーディーニの元に届けられた。その手紙には、「どちらがペテン師なのか、今夜、我々は知ることになる。(Tonight who the fraud is we shall see.)」と書かれていたのである。

フーディーニ夫人は、これを夫に対する脅迫と捉え、ホームズに夫のボディーガードを依頼するが、何故か、ホームズは、この依頼を断ってしまう。


2021年6月7日月曜日

グレイストーク卿ジョン・クレイトン(John Clayton, Lord Greystoke)

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から出版されている
フィリップ・ホセ・ファーマー作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 無双の貴族」の
表紙に描かれている「ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトン」 -
彼は、背後からライオンを捕まえて、ナイフで倒そうとしている。 

米国の SF 作家 / ファンタジー作家であるフィリップ・ホセ・ファーマー(Philip Jose Farmer:1918年ー2009年)が執筆した「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 無双の貴族(The further adventures of Sherlock Holmes / The Peerless Peer)」において、アフリカを舞台に、ドイツ人スパイであるフォン・ボルク(Von Bork → 「最後の挨拶(His Last Bow)」(1917年)に登場)が英国から奪ったある重要な化学式を取り戻すべく、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンに協力するのが、ターザン(Tarzan)こと、グレイストーク卿ジョン・クレイトン(John Clayton, Lord Greystoke)である。


ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトンは、元々、 米国の小説家であるエドガー・ライス・バローズ(Edgar Rice Burroughs:1875年ー1950年)が創造したキャラクターで、バローズが発表した「ターザン」シリーズにおいて、主に主人公を務めているが、作品によっては、脇役として登場することもある。


彼の両親は、英国貴族のグレイストーク卿ジョン・クレイトン(John Clayton, Lord Greystoke)とアリス・ラザフォードである。

グレイストーク卿夫妻は、赴任先の英国領西アフリカへ向かうため、1888年5月に出航。ところが、その航海途中、船員の反乱に遭遇した結果、夫妻はアフリカの西海岸に置き去りにされてしまう。ターザンは、夫妻が海岸に建てた小屋で出生した。

グレイストーク 夫妻は、英国領西アフリカへ船出する3ヶ月前に結婚しているため、ターザンの生年については、1888年、あるいは、1889年である。なお、前述のフィリップ・ホセ・ファーマーは、1888年説を採っている。


ターザンが1歳の時、母親を亡くし、その後、父親を類人猿カーチャク(Kerchak)に殺された。ターザンは、子供を亡くしたばかりの類人猿カラ(Kala)に救われ、養母となったカラの庇護の下、ターザンは野生児として育った。

なお、「ターザン」というのは、カラがつけた名前で、類人猿の言葉によると、「白い肌(White Skin)」を意味する、とのこと。ターザンは、成人後、指紋鑑定により、グレーストーク卿ジョン・クレイトンの子息であることが判明したため、その後は、(両親から命名されていないので、)父親の名前をそのまま受け継いでいる。


ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトンは、筋骨たくましく、ジャングルに適応して、視覚 / 聴覚 / 嗅覚が鋭く、野生動物並みである。また、超人的な戦闘力も有していて、ナイフだけでライオンを倒すことができる。


映画版とは異なり、小説版では、ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトンの頭脳は明晰であり、養母となったカラから類人猿の言語(口語)を覚えるとともに、父親のグレーストーク卿ジョン・クレイトンが残した書物や辞書等から英語(文語)を独学で学んだ。成人後、フランス海軍所属で、友人となるポール・ダルノー中尉からフランス語(口語)を教わり、その後、英語(口語)も習得した。以降、ラテン語、アラビア語やドイツ語に加えて、アフリカの原住民の複数の方言等、数ヶ国語を習得するのである。


上記の通り、ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトンは、野生児として育ちつつ、成人後、文明社会に接していくことにより、野性社会と文明社会の両方に惹かれながら、どちらに対しても、完全には馴染みきれないという自己矛盾を抱えていく。


ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトンは、米国人のジェーン・ポーターと出会い、息子のジャック・クレイトンが生まれる。

息子のジャックは、類人猿の言葉で「殺し屋」を意味する「コラク」と呼ばれる勇ましい戦士として成長し、フランス人(フランス王家の血筋に該る)で、アラブ人の養女であるメリーム(本名:ジェンヌ・ジャコー)と知り合い、ターザン / グレイストーク卿ジョン・クレイトンの孫となる男の子(名前は不明)が生まれるのである。


2021年6月5日土曜日

コナン・ドイル作「ソア橋の謎」<小説版>(The Problem of Thor Bridge by Conan Doyle ) - その1

日本の出版社である角川書店が発行する「ヤングエース」においてコミカライズされた
「シャーロック」のシーズン1第1話に該る「ピンク色の研究」の冒頭 -
18歳の青年であるジェイムズ・フィルモアが、友人に対して、
「雨傘を取りに戻る。」と告げたまま、その行方が判らなくなり、
その後、彼の服毒死体が発見される場面


「シャーロック(Sherlock)」は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)原作のシャーロック・ホームズシリーズを翻案して、舞台をヴィクトリア朝時代のロンドンから21世紀のロンドンに置き換え、自称「コンサルタント探偵」のシャーロック・ホームズが、同居人かつ相棒であるジョン・ヘイミッシュ・ワトスンと一緒に、スマートフォンやインターネット等の最新機器を駆使して、事件を解決する様を描くTVドラマで、英国 BBC が制作の上、2010年7月から BBC1 で放映されている。


「シャーロック」のシーズン1第1話に該る「ピンク色の研究(A Study in Pink)」は、以下のように始まる。


アフガニスタン紛争(2001年10月ー)に軍医として従軍していたジョン・ヘイミッシュ・ワトスン(John Hemish Watson)は、肩を負傷して、英国へと帰国した。その後、彼は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされ、その影響で、歩く際には、杖を手放せないようになっていた。


その頃、ロンドンにおいて、謎の連続自殺事件が発生していた。バックグラウンドが全く異なる3人の人物が、服毒自殺を行ったのである。

・10月12日 - サー・ジェフリー・パターソン(Sir Jeffrey Patterson):会社経営者

・11月26日 - ジェイムズ・フィリモア(James Phillimore):18歳の青年

・1月27日 - ベス・ダヴェンポート(Beth Davenport):内閣の下級大臣(Junior Minister)


連続自殺事件の第2の被害者であるジェイムズ・フィリモアは、友人に対して、「雨傘を取りに戻る。」と告げたきり、その行方が判らなくなってしまった。その後、彼の服毒死体が見つかったのである。


連続自殺事件の第2の被害者は、コナン・ドイル作「ソア橋の謎(The Problem of Thor Bridge)」の冒頭で語られた未解決事件における被害者の名前と同じである上に、失踪した経緯についても、コナン・ドイルの原作と一緒である。



コナン・ドイルの原作である「ソア橋の謎」は、次のように始まる。


チャリングクロス(→ 2016年5月25日付ブログで紹介済)にあるコックス銀行(クレイグス(Craig's Court) → 2014年12月28日付ブログで紹介済)の貴重品保管庫のどこかに、旅行に伴う傷みがひどいブリキの文書箱が預けられている。文書箱の蓋には、「元インド軍所属、医学博士ジョン・H・ワトスン」という私の名前が書かれている。文書箱には大量の書類が詰まっていて、それらのほとんどは、シャーロック・ホームズが様々な折りに手がけた奇妙な事件に関する数々の記録である。それらの事件のいくつかは、少なからず興味深いものだが、完全な失敗で終わっている。最終的な解決の部分が欠けている訳で、そのままの形で語っても仕方がない。解答がない問題は、研究者にとっては面白いのかもしれないが、気楽に読書をしようとする人を怒らせることになるのは間違いない。これらの未解決の話の中には、ジェイムズ・フィリモア氏の事件が含まれている。彼は、雨傘を取りに自宅へ戻ったのだが、そのまま姿を消してしまい、それ以降、彼の行方は不明のままである。


Somewhere in the vaults of the bank of Cox and Co., at Charing Cross, there is a travel-worn and battered tin despatch-box with my name, John H. Watson, MD, Late Indian Army, painted upon the lid. It is crammed with papers nearly all of which are records of cases to illustrate the curious problems which Mr. Sherlock Holmes had at various times to examine. Some, and not the least interesting, were complete failures, and as such will hardly bear narrating, since no final explanation is forthcoming. A problem without a solution may interest the student, but can hardly fail to annoy the casual reader. Among these unfinished tales is that of Mr James Phillimore, who, stepping back into his own house to get his umbrella, was never more seen in this world.



上記の通り、「シャーロック」の「ピンク色の研究」では、コナン・ドイルの原作において言及された「語られざる事件」に関しても、ストーリー内にうまく取り込んでいるのである。


2021年6月3日木曜日

コナン・ドイル作「最後の挨拶」<小説版>(His Last Bow by Conan Doyle )」

「ストランドマガジン(Strand Magazine)」の
1917年9月号に掲載された
コナン・ドイル作「最後の挨拶」の挿絵(その2) -
画面手前右は、アイルランド系米国人のスパイである
アルタモントに変装していたシャーロック・ホームズで、
画面手前左は、アルタモントの運転手に変装していたジョン・ワトスン。
そして、画面奥は、ホームズに縛り上げられた
ドイツ人のスパイであるフォン・ボルク。


米国の SF 作家 / ファンタジー作家のフィリップ・ホセ・ファーマー(Philip Jose Farmer:1918年ー2009年)作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 無双の貴族(The further adventures of Sherlock Holmes / The Peerless Peer)」に登場するドイツ人スパイであるフォン・ボルク(Von Bork)は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)によるシャーロック・ホームズシリーズの「最後の挨拶(His Last Bow)」に初登場している。


「最後の挨拶」は、ホームズシリーズの短編小説56作のうち、44番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1917年9月号に、また、米国では、「コリアーズ ウィークリー(Collier’s Weekly)」の1917年9月22日号に掲載された。

また、同作品は、同年(1917年)に発行されたホームズシリーズの第4短編集「シャーロック・ホームズ 最後の挨拶(His Last Bow)」に収録された。その際、タイトルに、「シャーロック・ホームズの軍務(The War Service of Sherlock Holmes)」、そして、「シャーロック・ホームズのエピローグ(An Epilogue of Sherlock Holmes)」という副題が付け加えられている。


時は、第一次世界大戦開戦直前の1914年8月2日午後9時。

英国エセックス州(Essex)のハリッジ(Harwich - 北海(North Sea)に面した港町)にある屋敷において、ドイツ人スパイであるフォン・ボルクは、ドイツ大使館の書記局長であるフォン・ヘルリンク伯爵(Baron Von Herling)と面談していた。フォン・ボルクは、スポーツマンのため、英国人受けもよく、それを利用して、英国の情報、特に軍事情報を収集し、ドイツ本国へと送るスパイ網の中心人物を務めていた。そして、フォン・ボルクは、英国におけるスパイ活動の実績を取りまとめて、翌日、英国を引き払い、ベルリンへと引き上げる予定だった。


フォン・ボルクとの打ち合わせを終えて、フォン・ヘルリンク伯爵が屋敷を去った後、運転手付きの自動車で、アルタモント(Altamont)が、フォン・ボルクの元を訪れた。アルタモントは、アイルランド系米国人のスパイで、英国を毛嫌いしており、フォン・ボルクのスパイ活動に協力していた。アルタモントは、非常に優秀で、フォン・ボルクは、彼の能力を高く評価していた。

アルタモントは、約束通り、英国海軍の暗号簿(signal book)を入手して、それが入った包みを持参したのである。


屋敷に到着したアルタモントは、フォン・ボルクに対して、自分のスパイ仲間が次々と英国側に逮捕されていることを伝えるとともに、自分の身にも逮捕の危険が迫っていることを訴えた。話を聞いたフォン・ボルクは、アルタモントに対して、オランダのロッテルダム経由、米国のニューヨークへと逃げることを勧めた。

そして、フォン・ボルクは、アルタモントから暗号簿が入った包みを受け取ると、それを開けてみた。ところが、堤の中に入っていたのは、暗号簿ではなく、「蜜蜂の飼育法(Practical Handbook of Bee Culture)」という本であった。

訳が分からず、驚くフォン・ボルクであったが、アルタモントは、すかさずクロロホルムを嗅がせて、フォン・ボルクを眠らせると、彼を縛り上げた。なんと、アルタモントの正体は、諮問探偵業から引退していたシャーロック・ホームズで、車の運転手は、ジョン・ワトスンであった。

「ストランドマガジン(Strand Magazine)」の
1917年9月号に掲載された
コナン・ドイル作「最後の挨拶」の挿絵(その3) -
画面右側から、シャーロック・ホームズ、
フォン・ボルク、そして、ジョン・ワトスンが描かれている。


本作品は、発表順としては、最後ではないものの、ホームズシリーズの時系列としては、最後に該っているため、事実上、ホームズとワトスンが活躍する最後の事件と言える。


また、本作品は、発表順としては、ホームズシリーズの中で、初めて三人称で記述されている。他に、三人称で書かれている作品は、「マザリンの宝石(The Mazarin Stone)」(発表時期:1921年10月 / 事件発生時期:1903年夏)だけである。


ちなみに、作者のコナン・ドイルは、「最後の事件(The Final Problem)」(発表時期:1893年12月 / 事件発生時期:1891年4月 - 5月)を発表した後、ホームズシリーズを(一旦)終了させているが、本作品の発表後に、再度、ホームズシリーズの終了を宣言している。実際には、皆さん御存知の通り、本先品後も、第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録される12短編が発表されることになる。


2021年6月1日火曜日

シャーロック「ピンク色の研究」<グラフィックノベル版>(Sherlock - A Study in Pink ) - その2

セントバーソロミュー病院の実験室において、
シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンが初めて出会う
非常に有名な場面

「シャーロック(Sherlock)」のシーズン1第1話に該る「ピンク色の研究(A Study in Pink)」は、以下のように始まる。


アフガニスタン紛争(2001年10月ー)に軍医として従軍していたジョン・ヘイミッシュ・ワトスン(John Hemish Watson)は、肩を負傷して、英国へと帰国した。その後、彼は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされ、その影響で、歩く際には、杖を手放せないようになっていた。彼は、心理カウンセラーから、「ブログに日々の出来事を綴ることが、PTSD を克服する手助けになる。」と助言されるが、残念ながら、全く書き進めることができない状態が続いていた。


その頃、ロンドンにおいて、謎の連続自殺事件が発生していた。バックグラウンドが全く異なる3人の人物が、服毒自殺を行ったのである。

・10月12日 - サー・ジェフリー・パターソン(Sir Jeffrey Patterson):会社経営者

・11月26日 - ジェイムズ・フィリモア(James Phillimore):18歳の青年

・1月27日 - ベス・ダヴェンポート(Beth Davenport):内閣の下級大臣(Junior Minister)


スコットランドヤードのレストレード警部(Inspector Lestrade)とサリー・ドノヴァン巡査部長(Sergeant Sally Donovan)がマスコミ向けの記者会見を行い、「3つの事件について、関連性はないため、「他殺」の疑いはなく、単なる「自殺」として捜査を進めている。」と発表するが、彼らや記者全員宛に、シャーロックと名乗る人物から「違う!(Wrong !)」というメールが送付され、記者会見は大混乱へと陥った。


シャーロックは、即座に、
ジョンの軍歴、家族構成や PTSD 等を次々と言い当てる。


ジョンが、杖を突きながら、公園内を散歩していると、そこで、かつてセントバーソロミュー病院(St. Bartholomew’s Hospital)で同僚だったマイク・スタンフォード(Mike Stamford)に出会う。軍の年金だけで、ロンドン市内で暮らしていくのは難しいと考えていたジョンは、マイク・スタンフォードから、「ルームシェアの相手を探している人物が居る。」と知らされ、彼と一緒に、セントバーソロミュー病院の実験室へと向かう。


その実験室に居たのは、シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)で、彼から「携帯電話を貸してほしい。」と頼まれたジョンが、彼に自分の携帯電話を渡すと、シャーロックは、即座に、ルームシェアの件やジョンの軍歴 / 家族構成 / PTSD 等を、次々と言い当ててしまう。彼が言ったことが全て当たっていたため、ジョンは驚愕する。

実験室から出て行こうとするシャーロックが、
ジョンに対して、自己紹介する場面

その日の午後、シャーロックとジョンの二人は、下宿先となるベーカーストリート221B(221B Baker Street)の下見に来たところ、そこへレストレード警部が駆け込んでくる。彼によると、「4件目の連続自殺事件が起きた。」とのこと。

当初、シャーロックは、単身、事件現場へと赴こうとしたが、考え直して、ジョンを一緒に誘う。シャーロックに何かを感じたジョンは、逡巡の末、事件現場への同行を快諾する。


事件現場へと向かうタクシーの中で、シャーロックは、ジョンに対して、「自分は、世界初のコンサルタント探偵(Consulting Detective)である。」と打ち明けるとともに、ジョンの軍歴 / 家族構成 / PTSD 等を次々と言い当てた推理の根拠を詳細に語るのであった。


シャーロックが、ジョンに対して、
ブリクストンのローリストンガーデンズで発生した
4件目の連続自殺事件の現場へと誘う場面(その1)


事件現場は、ブリクストン(Brixton)のローリストンガーデンズ(Lauriston Gardens)で、そこには、ジェニファー・ウィルソン(Jennifer Wilson)という全身ピンク色の洋服を着た女性の遺体が横たわっていた。

現場に到着したシャーロックは、ジョンの目の前で、またもや、即座に、彼女の人物像等を次々と解明してしまう。更に、シャーロックは、彼女はスーツケースを携えていたことを推理するが、何故か、現場にスーツケースは残されていなかった。シャーロックは、スーツケースを探すために、早速、行動に移るのであった。


シャーロックが、ジョンに対して、
ブリクストンのローリストンガーデンズで発生した
4件目の連続自殺事件の現場へと誘う場面(その2)

漫画家の Jay.(ジェイ)が描く「ピンク色の研究」のグラフィックノベル版は、BBC 制作の「シャーロック」の内容を忠実に再現しており、本編と同様に、グラフィックノベル版も、非常に楽しめる。仮に本編を観ていないとしても、グラフィックノベル版だけでも、十分に楽しめる。