ホームズとワトスンの2人が会話を交わしている最中、事件の依頼人であるメアリー・サザーランド(Mary Sutherland)が、給仕の少年に案内されて、部屋へと入って来た。そして、彼女は、ホームズに対して、「結婚式の場から行方不明になったホズマー・エンジェル(Hosmer Angel)を探してほしい。」と依頼するのであった。
彼女の母親の再婚相手であるジェイムズ・ウィンディバンク(James Windibank - メアリー・サザーランドの母親よりも15歳近く年下)は、フェンチャーチストリート(Fenchurch Street → 2014年10月17日付ブログで紹介済)にある大きな赤ワイン輸入業者ウェストハウス&マーバンク(Westhouse & Marbank)で外交員をしている、とのことだった。
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ロンバードストリート(Lombard Street → 2015年1月31日付ブログで紹介済)から フェンチャーチストリートを望む。 <筆者撮影> |
義理の父となったジェイムズ・ウィンディバンクは、メアリー・サザーランドに対して、男友達との交際を禁じていたが、彼がフランスへ出張している間に、彼女は、ガス管取付業界の舞踏会(gasfitters' ball)へ出かけ、そこでホズマー・エンジェルと知り合い、間もなく婚約した。
ホズマー・エンジェルは、レドンホールストリート(Leadenhall Street → 2014年10月5日付ブログで紹介済)にある事務所で出納係(cashier)として働いていて、寝起きもその事務所でしている(He slept on the premises.)と言う。
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レドンホールストリート沿いに建つロイズ保険組合の本社ビル「ロイズビル」- 「ロイズ(Lloyd’s)」とは、正式には、 「ロイズ・オブ・ロンドン(Lloyd’s of London → 2023年12月8日付ブログで紹介済)」と言う。 <筆者撮影> |
義理の父ジェイムズ・ウィンディバンクが再度フランスへ出張した際、ホズマー・エンジェルがメアリー・サザーランドの家を訪れて、「ジェイムズ・ウィンディバンクさんがフランスへ出かけているうちに、結婚式を挙げるべきだ。」と説得した。(Mr Hosmer Angel came to the house again and proposed that we should marry before father came back.)
彼女は母親にも相談したが、母親も、ホズマー・エンジェルを非常に気に入っており、「結婚式のことは、後で報告すればよい。」と答えた。
その結果、ホズマー・エンジェルとメアリー・サザーランドは、金曜日の朝に結婚式を挙げることが決まった。
残念ながら、セントサヴィオール教会は実在しておらず、 セントパンクラス オールド教会(St. Pancras Old Church)が、その候補地と思われる。 <筆者撮影> |
メアリー・サザーランドとホズマー・エンジェルは、キングスクロスの近くにあるセントサヴィオール教会(St. Saviour's (Church) near King's Cross → 2014年10月11日付ブログで紹介済)で結婚式を挙げ、その後、セントパンクラスホテル(St. Pancras Hotel → 2014年10月12日付ブログで紹介済)へ移動して、そこで結婚披露朝食会を開催する運びとなった。
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セントパンクラスホテルの正面入口 <筆者撮影> |
ユーストンロード(Euston Road)から見上げたセントパンクラスホテルの建物 <筆者撮影> |
結婚式を挙げる金曜日の朝、ホズマー・エンジェルは、メアリー・サザーランドの家に、二人乗り馬車(hansom)で迎えに来た。
メアリー・サザーランドと彼女の母親の2人は、ホズマー・エンジェルが乗って来た二人乗り馬車には乗り、ホズマー・エンジェルは、通りに居た四輪辻馬車(four-wheeler)に乗り込み、セントサヴィオール教会へと向かった。
セントサヴィオール教会には、メアリー・サザーランドと彼女の母親が先に到着。彼女と彼女の母親は、後から着いた四輪辻馬車からホズマー・エンジェルが出て来るのを待つが、彼は一向に姿を現さない。そこで、四輪辻馬車の御者が降りて馬車の中を見てみると、ホズマー・エンジェルの姿は忽然と消えていた。
更に驚くことに、それ以降、彼の消息がつかめなくなったのである。
メアリー・サザーランドは、「結婚式を挙げる金曜日の朝、ホズマー・エンジェルは、何か良くないことが起こりそうな懸念を示していた。」と言う。
実際、ホズマー・エンジェルは、彼女に対して、「何が起きても、君は誠実でなくてはいけないよ。例え全く予測できないことが二人を引き裂いたとしても、君は僕に対して誓ったことを決して忘れてはいけない。いずれ、僕はその誓いを求めに来るからね。(’Why, all the morning he was saying to me that, whatever happened, I was to be true; and that even if something quite unforeseen occurred to separate us, I was always to remember that I was pledged to him, and that he would claim his pledge sooner or later.’)」と、奇妙なことを話したのである。
また、メアリー・サザーランドの母親と義理の父ジェイムズ・ウィンディバンクの反応も、どこかおかしかった。
メアリー・サザーランドの母親は、結婚式の場からホズマー・エンジェルが突然失踪したことについて、怒ってはいたものの、彼女に対して、「この件に関しては、二度と口にするな。」と言い渡した。(’She was angry, and said that I was never to speak of the matter again.’)
義理の父ジェイムズ・ウィンディバンクは、彼女と同じように、「ホズマー・エンジェルさんに、何かが起きたのだろう。」と言う意見ではあったが、「そのうち、ホズマー・エンジェルから連絡があるだろう。」と、何故か、楽観的だった。(’Yes; and he seemed to think, with me, that something had happened, and that I should hear of Hosmer again.)
義理の父ジェイムズ・ウィンディバンクの言葉とは裏腹に、メアリー・サザーランドの元に、ホズマー・エンジェルからの連絡は何もなく、彼のことを他の人に尋ねても、その行方は全く判らなかった。
そこで困り果てたメアリー・サザーランドは、ホームズのところへ頼って来たのである。
メアリー・サザーランドの依頼を受けて、事件の調査を引き受けたホームズであったが、何故か、彼女に対する彼の態度はやや冷たく、「このことは、私に任せて、貴女はこれ以上この件であれこれ悩まないことです。何よりも、ホズマー・エンジェル氏のことは、貴女の記憶から消し去るようになさい。彼は、貴女の人生から既に去ったのですから。(’Let the weight of the matter rest upon me now, and do not let your mind dwell upon it further. Above all, try to let Mr Hosmer Angel vanish from your memory, as he has done from your life.’)」と助言した。
ところが、傷心のメアリー・サザーランドは、「彼(ホズマー・エンジェル)に対して、誠意を尽くすつもりです。(’I shall be true t Hosmer.’)」と答えると、ホームズの求めに応じて、
*先週の土曜日の「クロニクル紙」(last Saturday’s Chronicle)に出した尋ね人の広告
*ホズマー・エンジェルから受け取った手紙4通
を預けると、自宅(キャンバーウェル地区リヨンプレイス31番地 / Number 31, Lyon Place, Camberwell)」へと帰って行った。
メアリー・サザーランドから預かった手紙は、4通とも全て、文面がタイプで打たれていた。更に、署名までが、タイプで打たれていたのである。(’Not only that, but the signature is typewritten.’)
ホームズは、ワトスンに対して、「署名に関する特徴は、非常に示唆に富んでいる。実際のところ、決定的と言ってもいいかもしれない。(’The point about the signature is very suggestive - in fact, we may call it conclusive.’)」と告げた。
そして、ホームズは、「手紙を2通書き、一通はシティーの会社に出し、もう一通はメアリー・サザーランド嬢の義理の父ジェイムズ・ウィンディバンク氏に送って、明日の午後6時にここ(ベイカーストリート221B)で会えないかと尋ねてみよう。(’I shall write two letters, which should settle the matter. One is to a firm in the City, the other is to the young lady’s stepfather, Mr Windibank, asking him whether he could meet us here at six o’clock tomorrow evening.’)」と追加した。
翌日の午後6時の面会には、ワトスンも同席することになった。
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1891年9月号に掲載された挿絵(その5) - 翌日の午後6時に、ジョン・H・ワトスンがベイカーストリート 221B を訪れると、 シャーロック・ホームズは、 細く痩せた身体を肘掛け椅子の奥に丸めて、 うつらうつらしているところだった。 |
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