2022年3月26日土曜日

コナン・ドイル作「悪魔の足」<小説版>(The Devil’s Foot by Conan Doyle ) - その1

英国で出版された「ストランドマガジン」
1910年12月号に掲載された挿絵(その1) -
過労と不摂生で健康を害していたシャーロック・ホームズは、
ジョン・H・ワトスンに連れられて、
コンウォール州へ転地療養に来ていた。
挿絵:ギルバート・ホリデイ(Gilbert Holiday 1879年 - 1937年)
 


英語の教師を経て、フルタイムの編集者、作家かつ劇作家に転身した英国のデイヴィッド・ステュアート・デイヴィーズ(David Stuart Davies:1946年ー)が2014年に発表した「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 悪魔との契約(The further adventures of Sherlock Holmes / The Devil’s Promise → 2022年3月5日 / 3月12日 / 3月19日付ブログで紹介済)」では、1899年の夏(7月)、ジョン・H・ワトスンは、気分がすぐれないシャーロック・ホームズを連れて、ロンドンを離れ、デヴォン州(Devon)のホーデン(Howden)村の近くにあるサンフィアコテージ(Samphire Cottage)へ避暑に来ていた。それで、彼らは恐ろしい事件に遭遇する。


シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表した短編小説「悪魔の足(The Devil’s Foot)」では、1897年の春(3月)、ワトスンは、心身ともに疲労したホームズを連れて、ロンドンを離れ、コンウォール州(Cornwall)のトレダニックウォラス(Tredannick Wollas)村の近くにあるコテージにおいて、療養の日々を過ごしていた際、それで、彼らは恐ろしい事件に遭遇する。


「悪魔の足」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、40番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1910年12月号に、また、米国では、「ストランドマガジン」米国版の1911年1月号と同年2月号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第4短編集である「シャーロック・ホームズ最後の挨拶(His Last Bow)」(1917年)に収録された。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1910年12月号に掲載された挿絵(その2) -
朝食を終えたばかりのホームズとワトスンの元を、
コテージ近くのトレダニックウォラス村のラウンドヘイ牧師と
牧師館に間借りしているモーティマー・トレゲニスの二人が、
突然、訪ねて来る。
挿絵:ギルバート・ホリデイ(1879年 - 1937年)
 


「悪魔の足」は、ワトスンが、突然、ホームズから「何故、コンウォール州で起きた事件を公表しないんだ?(Why not tell them of the Cornish horror - strangest case I have handled.)」という電報を受け取ったところから始まる。


1897年の春、過労と不摂生により健康を害していたホームズのことを心配したワトスンは、彼を連れて、コンウォール州へ転地療養に来ていた。


3月16日(火)の朝、ホームズとワトスンが朝食を終えたところ、コテージ近くのトレダニックウォラス村のラウンドヘイ牧師(Mr Roundhay)と牧師館に間借りしているモーティマー・トレゲニス(Mr Mortimer Tregennis)の二人が、突然、訪ねてくる。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1910年12月号に掲載された挿絵(その3) -
朝食を終えたばかりのホームズとワトスンの元を、
事件馬場へと向かうホームズ、ワトスンと
モーティマー・トリゲニスの3人の横を、
発狂したオーウェンとジョージを病院へと運ぶ馬車が通り過ぎる。
挿絵:ギルバート・ホリデイ(1879年 - 1937年)


モーティマー・トレゲニスによると、昨晩、彼は、トレダニックウォーサ(Tredannick Wartha)村に住む二人の兄弟(オーウェン(Owen)とジョージ(George))と妹(ブレンダ(Brenda))が住む家を訪ねた、とのこと。彼ら4人は、一緒に夕食をとった後、そのままトランプゲームを楽しんだ。午後10時過ぎに、モーティマーは、上機嫌で食堂のテーブルを囲んでいる3人を残して、自分が住む牧師館へと帰って来た。


今朝、モーティマーが、再度、3人を訪問してみると、食堂の椅子に座ったまま、オーウェンとジョージの2人は発狂しており、そして、ブレンダは息絶えていたのである。更に、3人とも、顔に恐怖の表情を浮かべていた。

モーティマーによると、彼は、以前、他の3人との間で財産上の争いがあったため、彼らとは別居したが、現在は良好な関係だと語ると、ホームズ達に対して、「これは、悪魔の所業ではないか?」と主張した。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1910年12月号に掲載された挿絵(その4) -
事件現場に到着したホームズとワトスンの二人は、
亡くなったブレンダ・トレゲニスの遺体を確認する。
挿絵:ギルバート・ホリデイ(1879年 - 1937年)


モーティマー・トレゲニスからの依頼を受け、現場を訪れたホームズとワトスンは、3人の家政婦であるポーター夫人(Mrs Porter)に事情を尋ねる。彼女は、昨晩、よく眠っており、特に不審な物音は聞いていなかった。そして、今朝、食堂で3人の異常な姿を発見して、恐怖のあまり、気絶してしまったと、彼女は語った。


ポーター夫人から事情を聞いたホームズとワトスンの二人は、恐怖の表情を浮かべて死んでいるブレンダの遺体を確認した後、現場の食堂を調査するが、部屋の様子には特に変わったところはない上に、オーウェン、ジョージ、ブレンダとポーター夫人以外の何者かが侵入した形跡もなかった。ただし、食堂の暖炉には、火が入れられていたようである。

現場を調査したホームズは、オーウェン、ジョージとブレンダの3人に何かが起きたのは、モーティマー・トレゲニスが牧師館へと帰った直後だと推理するものの、犯人やその動機については、まだ判らない状況だった。


モーティマーが帰った後、オーウェン、ジョージとブレンダの3人に、一体、何が起きたのであろうか?


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