ブラム・ストーカー作「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)の表紙 表紙のオブジェは、松野光洋氏が造形。 |
読後の私的評価(満点=5.0)
(1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆☆(5.0)
本作品は、アイルランド人の小説家であるブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)が執筆したゴシック小説 / ホラー小説「吸血鬼ドラキュラ(Draculaー2017年12月24日付ブログと同年12月26日付ブログで紹介済)」(1897年)をベースにしている。
ブラム・ストーカーの原作では、ドラキュラ伯爵(Count Dracula)事件の発生年について、明確にはされていないが、ジョナサン・ハーカー(Jonathan Harker)と結婚したウィルへルミナ・マレー(Wilhelmina Murray)に男の子が生まれ、ドラキュラ伯爵との戦いで命を落としたクウィンシー・モリス(Quincey Morris)の名前をもらい、クウィンシーと名付けたという話を、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授(Professor Abraham Van Helsing)が事件から7年後にしている。1897年に原作が発表されていることを考えると、ドラキュラ伯爵事件は1890年以前に発生している計算になる。
そうなると、「最後の事件(The Final Problem)」において、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー(Professor James Moriarty)と一緒に、スイスにあるライヘンバッハの滝壺に消えたシャーロック・ホームズは死んでいると思われた時期(1891年4月ー1894年4月)に割合近いため、本作品の作者であるマーク・A・ラサム(Mark A. Latham)は、判った上で、ドラキュラ伯爵事件の発生年を「1893年」に設定しているものと思われる。
通常であれば、ホームズ対吸血鬼であるドラキュラ伯爵の戦いという図式になるが、本作品の場合、ドラキュラ伯爵自身は、物語の中で言及されるだけで、実際には登場しない。その代わりに、ドラキュラ伯爵を倒したヴァン・ヘルシング教授達をホームズの敵役として設定し、彼らが滅ぼしたドラキュラ伯爵は、彼らが言うような吸血鬼ではなく、本当は普通の人間で、ヴァン・ヘルシング教授達にはある目的があって、人間であるドラキュラ伯爵を吸血鬼として始末したという全く新しい図式を提示の上、その真相をホームズが究明するという斬新な流れになっている。
(2)物語の展開について ☆☆☆半(3.5)
兄マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)の指示を受けて、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの二人は、容疑者であるヴァン・ヘルシング教授達、そして、事件の関係者等を順番に訪ねて、ロンドンだけではなく、ドラキュラ伯爵が英国に初上陸した英国北東部の港町ウィットビー(Whitby)まで足を伸ばす。
物語の大部分は、ホームズ / ワトスンの二人と容疑者達 / 関係者達のやりとりが占めていて、そこに謎のドイツ人二人組が関わってくる。
それでも、内容的には、それなりに面白く読めるものの、ドラキュラ伯爵事件の本当の黒幕となるヴァン・ヘルシング教授が登場する場面が、物語の前半と終盤だけに限られていて、ホームズとヴァン・ヘルシング教授の知的な戦いがほとんど見られず、残念。
ドラキュラ伯爵事件の背後で、ヴァン・ヘルシング教授を首謀者とする一行が、ある目的を以って、ルーシー・ウェステンラ(Lucy Westenra)、レンフィールド(Renfield)、そして、ドラキュラ伯爵を殺害していたことが、物語の終盤に明らかにされるのだが、意外に、ヴァン・ヘルシング教授が割合にあっさりとホームズに敗れてしまい、やや小物感が否めない。
(3)ホームズ/ワトスンの活躍について ☆☆☆☆半(4.5)
本作品内において、全ての情報が開示される訳ではないので、読者が全ての謎を完全に解き明かすことは難しい。
ただし、物語の終盤、ホームズが語るドラキュラ伯爵事件の真相は、非常に驚くべきものである。英国政府とドラキュラ伯爵が欧州大陸で進めようとしていたこと、ドラキュラ伯爵とヴァン・ヘルシング教授の間の確執の理由、ヴァン・ヘルシング教授とドイツ政府の関係、そして、英国政府とドイツ政府が欧州大陸で争っていたこと等、また、ヴァン・ヘルシング教授がルーシー・ウェステンラとドラキュラ伯爵を殺害した動機、ジャック・セワード医師(Dr. Jack Seward)が院長を務める精神病院に入院していたレンフィールドの正体、そして、ジョナサン・ハーカー達がヴァン・ヘルシング教授の犯罪に加担した理由等、あらゆることが複雑に絡み合っているが、ホームズは全ての糸をキチンと見事に解きほぐしている。
前に述べた通り、ホームズとヴァン・ヘルシング教授の間で、高レベルな戦いが見られなかったことが、マイナス要因である。
(4)総合評価 ☆☆☆☆半(4.5)
ブラム・ストーカー作「吸血鬼ドラキュラ」を題材としながら、肝心のドラキュラ伯爵自身を一切登場させず、善玉側のヴァン・ヘルシング教授達を逆に悪玉側に置いて、実は普通の人間だったドラキュラ伯爵を吸血鬼に仕立て上げて殺害した犯人達であるという今までにない非常に変わった設定と展開で、新鮮味がある。ドラキュラ伯爵とヴァン・ヘルシング教授達に加えて、英国政府とドイツ政府の思惑が複雑に絡み合っている。ブラム・ストーカー作「吸血鬼ドラキュラ」の設定と展開を全て完全に活用しつつ、マーク・A・ラサム独自の物語へと突き進んでいる。そして、物語の終盤、ホームズによって明らかにされる驚愕の真実の数々。
唯一、残念なのは、ヴァン・ヘルシング教授の登場場面が非常に少ない上に、ホームズとヴァン・ヘルシング教授の知的で、かつ、スリリングな戦いが全く見られず、今までの経緯も含めて、ヴァン・ヘルシング教授側のキャラクター設定が弱く、やや小物の悪役 / 敵役だった感じが強いことである。
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