2019年12月7日土曜日

島田荘司作「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(’A Study in 61 : Soseki and the Mummy Murder Case in London’ by Soji Shimada)–その4

集英社ハードーカバー版(1984年9月)の表紙

スコットランドヤードのレストレード警部から事件の発生を知らせる電報を受け取ったシャーロック・ホームズは、ジョン・H・ワトスンと一緒に、メアリー・リンキイが住むロンドン北西部にあるプライオリーロード(Priory Road→2019年10月13日付ブログで紹介済)へと急いだ。

ホームズとワトスンを乗せた辻馬車がメアリー・リンキイ邸に到着し、いかめしい飾りの付いた鉄の門を抜け、大理石の車寄せのある玄関へと向かうと、そこには二人を待ち構えるレストレード警部が立っていた。
ホームズとワトスンの二人は、早速、レストレード警部にメアリー・リンキイ邸の二階のほぼ中央に該り、廊下に沿って四つ並んだ部屋のうち、西側から二つ目の部屋へと案内された。問題の部屋の前に立つと、ぷーんと焦げ臭い匂いがした。

レストレード警部に促されて、ホームズとワトスンの二人が問題の部屋へ入ると、部屋の中のあらゆるものが焦げていて、茶褐色か黒色に変色していた。しかし、ホームズは、周囲のものに目もくれず、ベッドへ一直線に向かった。
ホームズが向かったベッドの上には、パジャマを着たミイラが横たわっていたのである。パジャマから覗く胸元、顔、そして、手足の先は、骨と皮だけで、水分がすっかりと抜けて、ミイラとなっていた。ベッドのシーツは、所々火がくすぶった跡があったが、ミイラが着ていたパジャマは、ほとんど燃えていなかった。

ミイラの左の額から眉にかけて、斜めに大きな傷跡があったため、一昨日の2月6日、ベーカーストリート221Bを訪れたメアリー・リンキイの話によれば、ベッドの上に横たわるミイラは、彼女の弟であるキングスレイだと思われた。メアリー・リンキイの話では、最近、かなり痩せて、体からみるみると肉が落ちて、骨と皮のようになってきたとは言え、一夜のうちに、キングスレイは、からからに干上がって、完全なミイラと化していたのである。非常に奇怪千万な事件と言えた。
その上、スコットランドヤードのレストレード警部達は、ミイラの喉から、ランガムホテル(Langham Hotel→2014年7月6日付ブログで紹介済)で出している便箋の切れ端に、少し文字がかすれているものの、「61」という数字らしきものが書かれた紙片を発見したのであった。

メアリー・リンキイの弟キングスレイは、一体どうやって、一夜のうちに、完全なミイラと化したのであろうか?また、ミイラの喉から出てきた紙片に書かれていた「61」という数字らしきものは、何を意味しているのだろうか?
ホームズは、一夜にして、キングスレイがミイラになってしまった奇怪な事件に挑む。そして、日本から英国へ留学中の夏目漱石(本名:夏目金之助 1867年ー1916年)が、事件の解決に一役買うことになる。

集英社文庫版(1987年10月)の表紙

「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」は、全部で13の章から成る物語で、奇数章では、夏目漱石が語り手となり、偶数章では、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arther Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)によるホームズシリーズのスタイル通り、事件の記録者であるワトスンが語り手となって、二人の語りが交互に続く。
夏目漱石が語り手となる奇数章において、物語のクライマックスの直前に該る第11章まで、ホームズをコカイン中毒で精神に異常をきたした人物として描いていて、名探偵としての活躍は、全く見られない。その一方、ワトスンが語り手となる偶数章においては、通常通り、ホームズを名探偵として描いており、章毎にホームズの造形が大きく変動して、その趣向が面白い。

最終章である第13章において、英国留学を終えた夏目漱石は、日本への帰国の途に着くのである。正直ベース、謎の紙片を含む事件そのものやその解決については、概ね予測がつくため、作者である島田荘司氏による御手洗潔シリーズ(「占星術殺人事件」(1981年)、「斜め屋敷の犯罪」(1982年)、「ロシア幽霊軍艦事件」(2001年)や「摩天楼の怪人」(2005年)等)に見られるような奇想天外な内容はないものの、第13章の終盤には、「そこに繋がるのか!」というようなトリック以上のオチが待っているのである。

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