サー・アーサー・コナン・ドイル作「花婿失踪事件(A Case of Identity)」において、セントサヴィオール教会(St. Saviour's Church)での結婚式が予定通り行われていれば、その後、メアリー・サザーランド(Mary Sutherland)とホズマー・エンジェル(Hosmer Angel)はセントパンクラスホテル(St. Pancras Hotel)に移動して、そこで結婚披露朝食会を開催する予定であった。
セントパンクラスホテルのモデルとなった建物の現在の正式名は「セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル・ロンドン(St. Pancras Renaissance Hotel London)」で、ロンドン中心部にある鉄道ターミナルの一つであるセントパンクラス駅(St. Pancras Station)の正面に建つ五つ星ホテルである。
チャリングクロス駅(Charing Cross Station)の正面に建つチャリングクロスホテル(Charing Cross Hotel)の外壁はフランス・ルネッサンス様式であるが、セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル・ロンドンの外壁にはゴシック様式が採用されている。セントパンクラス駅の隣りに建つ大英図書館(British Library)の場合、同駅外壁のゴシック様式との調和を狙って、レンガ色で全館統一されている。
正確には、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンが活躍したヴィクトリア朝当時、このホテルは「ミッドランド・グランド・ホテル(Midland Grand Hotel)」と呼ばれていたので、そういった意味では、コナン・ドイルが「花婿失踪事件」を「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」に発表した時点(1891年9月)では、セントパンクラスホテルという名前のホテルは存在していなかった訳で、架空のホテルだったと言える。
ホテル自体はしばらく閉鎖されていたが、数年にわたる修復および改装作業を経て、「セントパンクラス・ルネッサンス・ホテル・ロンドン」として新しく生まれ変わったのである。ただし、建築家ジョージ・ギルバート・スコット卿(Sir George Gilbert Scott:1811年ー1878年)が設計したヴィクトリア朝当時の壮麗な外観はそのまま残されている。館内には、修復・改装を終えたスイート38室を含む客室全245室が滞在客を待っている。
また、セントパンクラス駅に隣接する旧チケットホールはバー&レストランに改装され、「ザ・ブッキング・オフィス・バー&レストラン(The Booking Office Bar & Restaurant)」として現在営業している。
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