2026年1月24日土曜日

コナン・ドイル作「シャーロック・ホームズの冒険」<グラフィックノベル版>(The Adventures of Sherlock Holmes by Conan Doyle )- その4

2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「赤毛組合」から抜粋(その1)


韓国(South Korea)のイラストレーターである Noh Yi-jeong により制作の上、2022年に韓国の Blue Rabbit Publishing Co, Ltd. から Manga Classic Literature シリーズの1冊として出版された後、2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されているサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」のグラフィックノベル版に収録されている短編5作のうち、2番目の作品は、「赤毛組合(The Red-Headed League → 2022年9月25日 / 10月9日 / 10月11日 / 10月16付ブログで紹介済)」である。


「赤毛組合」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、2番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1891年8月号に掲載された後、ホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録されている。


本ブログの場合、邦題として、「赤毛組合」(ちくま文庫 / 光文社文庫)を使用しているが、日本語版において、他には、「赤毛連盟」(早川文庫)、「赤髪組合」(新潮文庫)や「赤髪連盟」(創元推理文庫)等の邦題が使用されている。


「ストランドマガジン」の1927年3月号において、コナン・ドイルは、ホームズシリーズの自選12編の中で、本作品「赤毛組合」を、第1位の「まだらの紐(The Speckled Band)」に続いて、第2位に推している。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その1) -
1890年の秋、ジョン・H・ワトスンが
ベイカーストリート221B のシャーロック・ホームズの元を訪れると、
彼は燃えるような赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスンから相談を受けている最中であった。

挿絵:シドニー・エドワード・パジェット

(Sidney Edward Paget 1860年 - 1908年)


1890年の秋、ジョン・H・ワトスンがベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)のシャーロック・ホームズの元を訪れると、彼は燃えるような赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスン(Jabez Wilson)から相談を受けている最中であった。

ジェイベス・ウィルスンは、ロンドンの経済活動の中心地であるシティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)近くにあるザクセンーコーブルクスクエア(Saxe-Coburg Square → 2016年1月1日付ブログで紹介済)において質屋(pawnbroker)を営んでおり、非常に奇妙な体験をしたと言うので、ホームズとワトスンの二人は彼から詳しい事情を聞くことになった。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その2) -
燃えるような赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスンは、
ロンドンの経済活動の中心地であるシティー近くにあるザクセンーコーブルクスクエアにおいて
質屋を営んでおり、非常に奇妙な体験をしたと、ホームズ達に訴えた。
画面左側から、ホームズ、ワトスン、そして、ジェイベス・ウィルスンの3人が描かれている。


ジェイベズ・ウィルスンは、赤毛の男性を募集する広告が掲載された「モーニング・クロニクル(Morning Chronicle)」紙の切り抜き(1890年4月27日付)を持参していた。


ジェイベズ・ウィルスンは、現在、ヴィンセント・スポールディング(Vincent Spaulding)と言う若い男性を質屋の店員として雇っている。実際のところ、数名の候補者が居たものの、ヴィンセント・スポールディングが「通常の給料の半額で構わない。」と言ったため、それが彼を採用する根拠となった。通常の給料の半額にもかかわらず、彼は、気が効く上に、よく働くのだが、一つだけ欠点があった。それは、彼は、写真が趣味で、撮影した写真を現像するために、暗室代わりに使っている質屋の地下室へ頻繁に潜り込むことだった。しかし、ヴィンセント・スポールディングは、店員として非常に優秀なことに加えて、通常の半額の給料で済んでいるので、ジェイベズ・ウィルスンとしては、それ程問題視していなかった。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その3) -
1890年の秋、相談のために、
ベイカーストリート221B
 シャーロック・ホームズの元を訪れた
赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスンは、
ホームズとジョン・H・ワトスンに対して、
赤毛の男性を募集する広告が掲載された
1890年4月27日付「モーニングクロニクル」紙を見せる。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット(1860年 - 1908年)


8週間前、そのヴィンセント・スポールディングが、ジェイベズ・ウィルスンに対して、問題の新聞広告を見せたのである。その新聞広告は、「赤毛組合(The Red-Headed League)」に欠員が生じたため、組合員を1名新規募集するという内容だった。「赤毛組合」とは、米国ペンシルヴェニア州に住む赤毛の男性(百万長者)が、自分の遺産を、自分と同じ赤毛の人達に分配する目的で創立した団体、とのこと。ロンドンに住む健康な赤毛の成人男性であれば、誰でも「赤毛組合」の組合員に応募することが可能で、採用された場合、簡単な仕事をするだけで、高額の給料(週4ポンド)が得られるらしい。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その4) -
ヴィンセント・スポールディングに付き添われて、
フリートストリートにある「赤毛組合」の事務所を訪れた
ジェイベス・ウィルスンは、
同じく赤毛のダンカン・ロスとの面接を受け、
「赤毛組合」の新たな組合員として採用された。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット(1860年 - 1908年)


ヴィンセント・スポールディングから、「赤毛組合」への応募を勧められたジェイベス・ウィルスンは、彼に伴われて、指定された日時に、フリートストリート(Fleet Street → 2014年9月21日付ブログで紹介済)の「Pope’s Court 7号室」にある「赤毛組合」の事務所を訪れた。

すると、そこには、組合員に応募する赤毛の男性が大勢集まっていたが、不思議なことに、彼らは皆、審査で不合格になり、次々と帰らされていた。更に、驚くことに、ジェイベス・ウィルスンの順番が来ると、応募者の審査を行っていた赤毛の小男ダンカン・ロス(Duncan Ross)は、、ジェイベス・ウィルスンのことをひと目で気に入り、彼を「赤毛組合」の新たな組合員として採用されたのである。


2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「赤毛組合」から抜粋(その2)


ダンカン・ロスから説明を受けた「赤毛組合」の組合員の仕事とは、毎日午前10時から午後2時までの4時間の間、事務所内で「大英百科事典(Encyclopedia Britannica)」を書写するというものだった。何故なのか判らないが、この4時間の間、どんな事情があっても、ジェイベス・ウィルスンは、絶対に事務所の外へ出ることを禁じられており、「仮にこれに違反した場合、彼は組合員の地位を失うことになる。」と、ダンカン・ロスから厳しく言い渡された。

幸いなことに、彼の質屋の場合、夕方は忙しいものの、昼間は来客があまりないので、ジェイベス・ウィルスンとしては、大きな問題ではなかった。そこで、ジェイベス・ウィルスンは、「赤毛組合」の組合員として採用された翌日から、ヴィンセント・スポールディングに昼間の店番を任せると、昼食持参で「赤毛組合」の事務所へと出かけ、ダンカン・ロスから指示された通り、毎日午前10時から午後2時までの4時間の間、事務所内において一人きりで一人きりの事務所で「大英百科事典」を書写する仕事を続けた。

最初のうち、ダンカン・ロスは、午前10時(ジェイベス・ウィルスンが仕事を始めるのを確認)と午後2時(ジェイベス・ウィルスンが仕事を終えたのを確認)の2回、そして、上記の4時間の間、時々、ジェイベス・ウィルスンの進捗具合を確認するために、事務所にやって来ていたが、やがて、彼が事務所に来るのは、午前10時のみとなり、そのうち、全く姿を見せないようになってしまった。それでも、土曜日には、給料の4ポンドが、ダンカン・ロスからジェイベス・ウィルスンに対してキチンと支払われたので、ジェイベス・ウィルスンとしては、何の不満もなかった。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その5) -
ザクセンーコーブルクスクエアにおいて質屋を営むジェイベス・ウィルスンが、
フリートストリートにある「赤毛組合」の事務所において、
毎日午前10時から午後2時までの4時間の間、
大英百科事典」を書写する高給の仕事(週4ポンド)を始めてから、
8週間が順調に過ぎて行った。
ところが、1890年10月9日の朝、
ジェイベス・ウィルスンが、いつも通り、「赤毛組合」の事務所にやって来ると、
入口のドアには鍵が掛かっている上に、ドアには貼り紙があり、
そこには、「赤毛組合は解散した。」と書かれていたのである。

挿絵:シドニー・エドワード・パジェット(1860年 - 1908年)


こうして、8週間が順調に過ぎて行ったが、1890年10月9日の朝、ジェイベス・ウィルスンが、いつも通り、「赤毛組合」の事務所にやって来ると、入口のドアには鍵が掛かっている上に、ドアには貼り紙があり、そこには、「1890年10月9日 赤毛組合は解散した。(The Red-Headed League is Dissolved 9 October 1890)」と書かれていたのである。


突然の赤毛組合解散に驚いたジェイベス・ウィルスンは、赤毛組合が入居していた建物の家主(ー同じ建物の1階に住む会計士)のところへ行き、赤毛組合に何が起きたのかを尋ねた。ところが、家主は、ジェイベス・ウィルスンに対して、「赤毛組合については何も知らないし、赤毛組合を管理していたダンカン・ロス(Duncan Ross)という名前も初めて聞く名前だ。」と告げる。その上、家主は「(赤毛組合が入居していた)問題の部屋(「4号室」と書かれているが、当初の「Pope’s Court 7号室」と一致していない)を借りていたのは、事務弁護士(solicitor)のウィリアム・モリス(William Morris)で、新しいオフィスが出来るまでの一時的な賃借だ。」と付け加えた。

家主からウィリアム・モリスの移転先(17 King Edward Street near St. Paul's → 2014年9月28日付ブログで紹介済)を聞いたジェイベス・ウィルスンが早速そこを訪ねてみると、そこは膝当ての製造工場(manufactory of artificial kneecaps)で、ウィリアム・モリスのオフィスはどこにもなかったのである。


どうすればよいのか、途方に暮れたジェイベス・ウィルスンは、ホームズのところへ、赤毛組合がなぜ突然解散してしまったのか、その理由の調査依頼にやって来たのである。


Noh Yi-jeong によるグラフィックノベル版「赤毛組合」は、全部で34ページで、以下の2部構成になっている。


(1)「赤毛の依頼人(A red-headed client)」(14ページ)


ワトスンがベイカーストリート221B のホームズの元を訪れる冒頭から、シティー近くにあるザクセンーコーブルクスクエアにおいて質屋を営むジェイベス・ウィルスンが体験した奇妙な話を、ホームズとワトスンの2人が一通り聞くところまでが描かれている。


(2)「地下金庫の冒険(Underground adventure)」(20ページ)


2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「赤毛組合」から抜粋(その3)


ジェイベス・ウィルスンがベイカーストリート221B を辞去した後、ホームズとワトスンの2人が彼の質屋まで出向くところから、物語の最後までが描かれている。


2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「赤毛組合」から抜粋(その4)-
画面上段:ヴィンセント・スポールディング(Vincent Spalding)こと、
ジョン・クレイ(John Clay)と彼の相棒であるアーチー(Archie)
画面下段:左側から、City and Suburban Bank の頭取である
メリーウェザー氏(Mr. Merryweather)、
ジョン・H・ワトスン、シャーロック・ホームズ、そして、
スコットランドヤードのピーター・ジョーンズ(Peter Jones)が
並んでいる。


原作の場合、ホームズはワトスンをその日の午後セントジェイムズホール(St. James's Hall → 2014年10月4日付ブログで紹介済)で行われるサラサーテ(パブロ・マルティン・メリトン・デ・サラサーテ・イ・ナバスクエス Pablo Martin Meliton de Sarasate y Navascuez:1844年ー1908年 スペイン出身の作曲家兼ヴァイオリン奏者 → 2022年10月19日付ブログで紹介済)の演奏会に誘う。彼らは、シティー経由、セントジェイムズホールへ向かうことになった。彼らは、まず最初に、地下鉄でアルダースゲイトストリート駅(Aldersgate Street Tube Station / 現在の地下鉄バービカン駅(Barbican Tube Station → 2017年1月1日付ブログで紹介済))まで行き、そこから少し歩いて、ジェイベス・ウィルスンが営む質屋があるザクセンーコーブルクスクエアに立ち寄っている。

一方、本グラフィックノベル版の場合、ホームズとワトスンの2人は、馬車を使って、ベイカーストリート221B からザクセンーコーブルクスクエアまで直接赴いている。


イケメンのホームズ / ワトスンや彼らの年齢設定等については、読者によって好みが分かれると思われるが、「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia → 2026年1月19日付ブログで紹介済)」と同様に、34ページの中に、物語がうまくまとめられている。


2026年1月23日金曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その21A

英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「大空の死」ペーパーバック版の表紙 -
パリからロンドンへと戻るために、
エルキュール・ポワロが搭乗した飛行機(Empire Airways)に同乗した
フランス人の金貸しであるマダム・ジゼルか、または、
美容院の助手であるジェーン・グレイが描かれていると思われる。


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。

前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。


ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形
<筆者撮影>


(42)吹き矢の筒(blowpipe)



ジグソーパズルの下段の一番左手にあるテーブルの右端近くに、吹き矢の筒が置かれている。


(43)飛行機 (airplane)



ジグソーパズルの下段の一番左手にあるテーブルの右端近くに、飛行機の模型が置かれている。


(44)コーヒースプーンが2本のった皿 (saucer with two spoons)



ジグソーパズルの下段中央にあるテーブルの角近くに、コーヒースプーンが2本のった皿が置かれている。


これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1935年に発表した「大空の死(Death in the Clouds)」である。

「大空の死」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第17作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第10作目に該っている。

なお、「大空の死」の場合、米国版のタイトルは、「Death in the Air」が使用されている。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)は、パリ(Le Bourget Airfield)からロンドン(Croydon Airport)へと戻る飛行機の機上の人となっていた。ポワロは、飛行機の後部区画の座席に座っていたが、この後部区画には、彼以外に、10名の搭乗客が居た。


(1)ダニエル・クランシー(Daniel Clancy - 推理作家)

(2)アルマン・デュポン(Armand Dupont - 考古学者)

(3)ジャン・デュポン(Jean Dupont - 考古学者アルマン・デュポンの息子)

(4)ノーマン・ゲイル(Norman Gale - 歯科医)

(5)ブライアント医師(Dr. Bryant - 耳鼻咽喉科医)

(6)マダム・ジゼル(Madame Giselle - フランス人の金貸し / 本名:マリー・モリソー(Marie Morisot))

(7)ジェイムズ・ライダー(James Ryder - セメント会社の支配人)

(8)シシリー・ホーバリー(Cicely Horbury - 伯爵夫人)

(9)ヴェニーシャ・カー(Venetia Kerr - 貴族の令嬢)

(10)ジェーン・グレイ(Jane Grey - 美容院の助手)


機内では、ポワロは、ほとんどの時間、眠っていたが、飛行機が英国側に着陸する間近になると、後部区画内をスズメバチが飛び回り始めたため、スチュワードがそのスズメバチを捕まえようとしたところ、乗客の一人であるマダム・ジゼルが死んでいるのを発見する。


2026年1月22日木曜日

アガサ・クリスティー作「満潮に乗って(Taken at the Flood)」の原題の由来

英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「満潮に乗って」ペーパーバック版の表紙 -
第二次世界大戦(1939年ー1945年)中の1944年春、
ドイツ軍によるロンドン大空襲により破壊された
大富豪ゴードン・クロード(Gordon Cloade)の屋敷の窓ガラスを
イメージしているものと思われる。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1948年に発表したエルキュール・ポワロシリーズ作品「満潮に乗って(Taken at the Flood)」の原題の由来について、今回、紹介したい。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第48作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第23作目に該っている。

なお、「満潮に乗って」の場合、米国版のタイトルは、「There Is a Tide」が使用されている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「満潮に乗って」の
ペーパーバック版の表紙 -
ドイツ軍によるロンドン大空襲を背景にして、
それからロンドンを守る英国空軍の戦闘機である
スーパーマリン スピットファイア(Supermarine Spitfire)の形に切り取られている。


「満潮に乗って」の原題である「Taken at the Flood」は、イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年 → 2023年5月19日付ブログで紹介済)作の政治劇 / 悲劇「ジュリアス・シーザー(The Tragedy of Julius Caesar → 2023年8月4日付ブログで紹介済)」(1599年)の第4幕第3場におけるマーカス・ブルータスの台詞が、その由来となっている。


ナショナルポートレイトギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
ウィリアム・シェイクスピアの肖像画の葉書
(Associated with John Taylor
 / 1610年頃 / Oil on canvas
552 mm x 438 mm)


There is a tide in the affairs of men, which taken at the flood, leads on to fortune. Omitted, all the voyage of their life is bound in shallows and in miseries. On such a full sea are we now afloat. And we must take the current when it serves, or lose our ventures.


潮時は人間の行動にも有る、満潮に乗じて事を行えば首尾よく運ぶが、その機を誤るというと一生中航海ごとに浅州暗礁に乗り上げて浅ましい最期を遂げる。わが軍はちょうど満潮の海に浮かんでいるのだ。この潮流を利用するか、難破して貨物を失うか取らんけりゃならん。

(坪内逍遥訳)


英国の The Orion Publishing Group Ltd. から2020年に出ている
「シェイクスピアの世界(The World of Shakespeare)」と言うジグソーパズル(1000ピース)


英国の The Orion Publishing Group Ltd. から2020年に出ている
「シェイクスピアの世界」と言うジグソーパズルにおいて、
ロンドン塔(Tower of London → 2018年4月8日 / 4月15日 / 4月22日付ブログで紹介済)の
背後にある庭園(画面右上)には、
ジュリアス・シーザー(中央の人物)と彼に襲い掛かる暗殺計画のメンバー達が描かれている。
<筆者撮影>


ウィリアム・シェイクスピア作の政治劇 / 悲劇「ジュリアス・シーザー」では、共和政ローマ末期の永久独裁官となったガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Caesar:紀元前100年ー紀元前44年)に対する陰謀 / 暗殺とその後が描かれている。

劇のタイトルは「ジュリアス・シーザー」となっているが、ジュリアス・シーザー(Julius Caesar)自身が主人公なのではなく、3場面だけに登場する人物に過ぎず、第3幕の初めに暗殺されてしまう。政治劇 / 悲劇「ジュリアス・シーザー」の主人公はマーカス・ブルータスで、ジュリアス・シーザーが独裁者へと変貌していくことを防ぐために、ケイアス・キャシアス(Caius Cassius)が主導するジュリアス・シーザー暗殺計画に参加するものの、名誉欲、愛国心と友情の間で、葛藤する。マーカス・ブルータス達によるジュリアス・シーザー暗殺計画は実現したが、ジュリアス・シーザーの右腕で、彼亡き後の三頭政治(Triumvirs)のメンバーの一人であるマーク・アントニー(Mark Antony)が、ジュリアス・シーザー暗殺のメンバー達に対して、敵意を向けるようになり、共和政ローマは、次第に内乱状態へと突入していくのである。


政治劇 / 悲劇「ジュリアス・シーザー」において、ジュリアス・シーザー暗殺計画のメンバーには、


(1)マーカス・ブルータス

(2)ケイアス・キャシアス

(3)キャスカ(Casca)

(4)ディシアス・ブルータス(Decius Brutus)

(5)メテラス・シルバ(Metellus Cimber)

(6)トレボニアス(Trebonius)

(7)ケイアス・リゲリアス(Caius Ligarius)


等が含まれる。


ウィリアム・シェイクスピア作の政治劇 / 悲劇「ジュリアス・シーザー」が創作 / 上演された当時、イングランドとアイルランドの女王で、テューダー朝(House of Tudor)の第5代かつ最後の君主であるエリザベス1世(Elizabeth I:1533年ー1603年 在位期間:1558年-1603年)が統治していたが、高齢であるにもかかわらず、自分の後継者を指名していなかった。そのため、エリザベス1世の死後、イングランド内は内乱状態になるのではないかと言う不安が、世間に蔓延していた。


ナショナルポートレイトギャラリーで販売されている
エリザベス1世の肖像画の葉書
(Unknown English artist / 1600年頃 / Oil on panel
1273 mm x 997 mm) -
エリザベス1世は、王族しか着れない
イタチ科オコジョの毛皮をその身に纏っている。
オコジョの白い冬毛は、「純血」を意味しており、
実際、エリザベス1世は、英国の安定のために、
生涯、誰とも結婚しなかったので、「処女女王」と呼ばれた。
エリザベス1世の」赤毛」と「白塗りの化粧」は、
当時流行したものである。


従って、多くのシェイクスピア研究家達は、ウィリアム・シェイクスピアが、政治劇 / 悲劇「ジュリアス・シーザー」を創作する上で、エリザベス朝イングランドを共和政ローマ末期になぞらえて、王権の継承にかかる当時の世間の不安を劇に反映させたものと考えている。


2026年1月21日水曜日

アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー(Agatha Christie Official Calendar 2026)- その6

2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー」のうち、
2026年4月のカレンダーに描かれている
エルキュール・ポワロシリーズの長編第23作目「満潮に乗って」(1948年)-

若い未亡人であるロザリーン・アンダーヘイと再婚して、ロンドンに戻って来た

大富豪のゴードン・クロードは、ドイツ軍によるロンドン大空襲の際、亡くなってしまう。

2026年4月のカレンダーには、その場面が描かれている


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の作品を出版している英国の HarperCollinsPublishers 社から、2026年オフィシャルカレンダーが出ているので、前回に引き続き、順番に紹介したい。


2026年カレンダーの場合、カレンダー用に新たに描き起こされたエルキュール・ポワロシリーズのイラストが使用されており、デザインについては、Diahann Sturge-Cambell が、また、イラストに関しては、Mr. Stephen Millership / Central Illustration Agency が担当している。


5番目は、2026年4月のカレンダーに該る「満潮に乗って(Taken at the Flood)」(1948年)である。


アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第38作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第23作目に該っている。

なお、「満潮に乗って」の場合、米国版のタイトルは、「There Is a Tide」が使用されている。


随分前に妻を亡くし、子供も居ない大富豪ゴードン・クロード(Gordon Cloade)は、クロード一族の生活を支えており、一族全員が彼の庇護下にあった。

そんなゴードン・クロードであったが、第二次世界大戦(1939年ー1945年)中の1944年春、ニューヨークへ向かう船上で出会った若い未亡人であるロザリーン・アンダーヘイ(Rosaleen Underhay)と突然再婚する。

再婚したロザリーンを伴い、ゴードン・クロードがロンドンに戻って来たが、その数日後、ドイツ軍によるロンドン大空襲を受けて、ゴードン・クロードは死亡。再婚相手のロザリーンと彼女の兄であるディヴィッド・ハンター(David Hunter)の2人は、辛くも難を逃れた。

ゴードン・クロードは、ロンドンに戻って来た時点で、新たな遺言書を作成していなかったものの、再婚により、以前に作成した彼の遺言書は無効となり、彼の財産は、全て、またもや未亡人となったロザリーン・クロード(Rosaleen Cloade)が相続することになった。


エルキュール・ポワロは、
英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている
「エルキュール・ポワロの世界」と言うジグソーパズルの中央に立っている。
<筆者撮影>


その数日後、ドイツ軍によるロンドン大空襲が再度あり、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)は、クラブに居た面々と一緒に、地下シェルターへと避難する。

その地下シェルターにおいて、ポワロは、ポーター少佐(Major Porter)から、アフリカに居る友人のロバート・アンダーヘイ(Robert Underhay)の話を聞く。

ポーター少佐は、ポワロに対して、


*ロバート・アンダーヘイは、不幸な結婚をしたこと

*ロバート・アンダーヘイの妻であるロザリーンは、その後、大富豪であるゴードン・クロードと再婚したが、先日のロンドン大空襲の際、ゴードン・クロードが亡くなったこと

*ロザリーンの最初の夫であるロバート・アンダーヘイは、まだ死んでいないかもしれないこと


等を語った。


ゴードン・クロードの死亡に伴い、彼の全財産を引き継いだロザリーン・クロードが、彼に代わって、クロード一族の面倒をみることになったが、一族の生活費の支出については、実質的には、ロザリーンの兄であるディヴィッド・ハンターの許可が必要だった。

「彼女(ロザリーン)さえ居なければ!」

クロード一族の面々の心には、どす黒い悪意が満ちていく。


それから2年後、ある訪問客が、事件の依頼のために、ポワロの元を訪れる。

その訪問客は、ゴードン・クロードの弟ライオネル・クロード(Lionel Cloade - 医者)の妻であるキャサリン・クロード(Katherine Cloade - 愛称:ケイシー(Kathie))で、「霊の導きにより、ポワロの元にやって来た。」と告げた。

彼女としては、ゴードン・クロードの全財産を相続したロザリーン・クロードの最初の夫であるロバート・アンダーヘイがまだ生きているのかどうかを調べてほしいと切り出すのであった。


2026年1月20日火曜日

綾辻行人作「時計館の殺人」<小説版>(The Clock House Murders by Yukito Ayatsuji ) - その2

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2025年に刊行されている

Pushkin Vertigo シリーズの一つである
綾辻行人作「時計館の殺人」の英訳版の裏表紙
(Cover design by Jo Walker /
Cover image by Getty + imagenavi)


1989年7月16日(日)の午後4時半頃、大分県(Oita Prefecture)O市のK大学推理小説研究会の元会員である江南 孝明(Takaaki Kawaminami - 24歳)は、グリーンハイツ409号室(Green Heights No. 409)に住む友人の島田 潔(Kiyoshi Shimada - 40歳)の元を訪れる。

2人は、「十角館の殺人(The Decagon House Murders → 2023年2月21日 / 2月25日 / 3月9日 / 3月18日付ブログで紹介済)」を通じて、知り合いになっていた。


英国のプーシキン出版から2020年に刊行されている
Pushkin Vertigo シリーズの一つである
綾辻行人作「十角館の殺人」の英訳版の表紙
(Cover design & illustration by Jo Walker)


「十角館の殺人」

*事件発生時期:1985年9月 / 1986年3月

*事件発生場所:K大学の推理小説研究会(Mystery Club)の一行が合宿に訪れたS半島のJ岬の沖合いに浮かぶ角島(Tsunojima)と呼ばれる無人の孤島に建つ十角館(Decagon House)- 建築家の中村 青司(Seiji Nakamura)が設計した十角形という奇妙なデザインの建物


上記の事件から2年以上が経過しており、江南 孝明は、大手出版社である稀譚社(Kitansha)に入り、新米の編集者となっていた。一方、島田 潔は、鹿谷 門実(Kadomi Shishiya)と言うペンネームで「迷路館の殺人(The Labyrinth House Murders → 2024年12月19日 / 2025年1月9日 / 1月18日 / 3月18日付ブログで紹介済)」を出版して、駆け出しの推理作家としてデビューを飾っていた。


英国のプーシキン出版から2024年に刊行されている
Pushkin Vertigo シリーズの一つである
綾辻行人作「迷路館の殺人」の英訳版の表紙
(Cover design by Jo Walker /
Cover image by Shutterstock)


江南 孝明が島田 潔に対して語った内容は、以下の通り。


(1)稀譚社において、江南 孝明は、現在、超常現象を取り扱うオカルト雑誌「CHAOS」(月刊紙)を担当。

(2)7月末に、2人と因縁がある中村 青司が設計した「時計館(Clock House)」(神奈川県(Kanagawa Prefecture)鎌倉市(Kamakura City))へ取材に出かける予定。

(3)「時計館」には、「10年前に亡くなった少女の霊が出没するのを見た。」と言う目撃証言が複数ある。

(4)江南 孝明達は、7月30日(日)から8月2日(水)までの3泊4日間の日程で、「時計館」に泊まり込んで、少女の霊との交信を行うことを計画。


江南孝明によると、「時計館」に泊まり込むメンバーは、以下の通り。


*小早川 茂郎(Shigeo Kobayakawa - 44歳 / 「CHAOS」の副編集長(Deputy editor-in-chief)で、W大学のOB)

*江南 孝明(24歳)

*内海 篤志(Atsushi Utsumi - 29歳 / 稀譚社写真部のカメラマン)


*光明寺 美琴(Mikoto Komyoji - 32歳 / 霊能者(Spirit medium)で、島田潔が住んでいるマンションの隣人)


*瓜生 民佐男(Misao Uryu - 20歳 / W大学3年生で、超常現象研究会会長)

*樫 早希子(Sakiko Katagi - 20歳 / W大学3年生で、超常現象研究会の会員)

*河原崎 潤一(Junichi Kawarazaki - 21歳 / W大学3年生で、超常現象研究会の会員)

*福西 涼太(Ryota Fukunishi - 21歳 / W大学3年生で、超常現象研究会の会員)

*渡辺 涼介(Ryosuke Watanabe - 20歳 / W大学2年生で、超常現象研究会の会員)


なお、今回の泊まり込み企画は、渡辺 涼介が大学のサークルである超常現象研究会に持ち込んだものだった。

また、瓜生 民佐男、樫 早希子、河原崎 潤一および福西 涼太の4人は、W大学付属中学を受験した時からの幼馴染と言う関係だった。


江南 孝明が島田 潔に対して、2人と因縁がある中村 青司が設計した「時計館」への同行を依頼する。

島田 潔は、「時計館」への泊まり込み取材の話について、不穏な影を感じてはいたが、そこで凄惨な殺人事件が幕を開けようとは、この時点で、2人は全く考えていなかった。


2026年1月19日月曜日

コナン・ドイル作「シャーロック・ホームズの冒険」<グラフィックノベル版>(The Adventures of Sherlock Holmes by Conan Doyle )- その3

2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「ボヘミアの醜聞」から抜粋(その1)


韓国(South Korea)のイラストレーターである Noh Yi-jeong により制作の上、2022年に韓国の Blue Rabbit Publishing Co, Ltd. から Manga Classic Literature シリーズの1冊として出版された後、2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されているサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」のグラフィックノベル版に収録されている短編5作のうち、最初の作品は、「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia → 2022年12月18日 / 2023年8月6日 / 8月9日 / 8月19付ブログで紹介済)」である。


「ボヘミアの醜聞」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、最初(1番目)に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1891年7月号に掲載された後、ホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録されている。


「ボヘミアの醜聞」は、次の一文から始まる。


「シャーロック・ホームズには、いつでも「あの女性(ひと)」と呼ぶ女性が居る。(To Sherlock Holmes she is always the woman.)」


1888年3月20日の夜、ジョン・H・ワトスンは、ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済) のシャーロック・ホームズの元を訪れた。

結婚したワトスンは、ホームズと共同生活を送っていたベイカーストリート221B の部屋を出て、開業医へと戻っていたが、往診の帰り道に、ベイカーストリート221B の前を通りかかり、懐かしさからホームズの部屋を訪ねたのであった。


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年7月号に掲載された挿絵(その1) -

結婚して、開業医に戻ったジョン・H・ワトスンは、
1888年3月20日の夜、往診の帰り道、久し振りに
ベイカーストリート221B のホームズの元を訪ねた。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)


久し振りに再会したホームズは、ワトスンに対して、先程郵便で届いた分厚く、ピンクがかった便箋を投げて寄越した。その手紙には、日付がない上に、名前も住所も書かれていなかったが、ホームズは、ワトスンに、手紙を書いた人物を推論するよう、促した。

そして、ホームズは、ワトスンに、「間も無く、依頼人がやって来る。」と話した。


2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「ボヘミアの醜聞」から抜粋(その2)


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年7月号に掲載された挿絵(その3) -

1888年3月20日の夜、
ボヘミア国王の代理人である
フォン・クラム伯爵と名乗る人物が、
ベイカーストリート221B の
シャーロック・ホームズの元を訪れる。
彼は、仮装用のマスクで顔を隠しており、
その正体は窺い知れなかった。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)


ホームズの言葉通り、暫くすると、立派な馬車がベイカーストリート221Bの前に乗り付け、やがて、仮装用のマスクで顔を隠した身長 2m 近くの大男が、部屋へと通されて来た。

顔に仮装用のマスクを付けた男性は、フォン・クラム伯爵(Count von Kramm)と名乗り、「ボヘミア国王の代理人として、ボヘミア王家の問題について、相談に訪れた。」と話したが、ホームズは、フォン・クラム伯爵の正体が、ボヘミア国王(King of Bohemia)のカッセル・フェルシュタイン大公ウィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギスモント・フォン・オルムシュタイン(Wilhelm Gottsreich Sigismond von Ormstein, Grand Duke of Cassel-Felstein)本人であることを、即座に見抜く。

ホームズに正体を見破られたフォン・クラム伯爵は、自分がボヘミア国王であることを認め、顔から仮装用のマスクを外すと、ホームズに対して、依頼の内容を語り出した。


ボヘミア国王によると、5年前、王太子だった彼は、アイリーン・アドラー(Irene Adler)と秘密裡に交際していた。


アイリーン・アドラーはオペラ歌手で、その経歴は、以下の通り。


・1858年、米国のニュージャージー州生まれ。

・コントラルト(Contralto - 女性の最低音域 / アルト(Alto)とも言う)歌手

・ワルシャワ帝国オペラ座(Imperial Opera of Warsaw)のプリマドンナ(Prima donna)

・イタリアのミラノにあるスカラ座(La Scala)に出演したことあり。

・現在は、オペラの舞台から引退して、ロンドンに在住。


コナン・ドイル作「ボヘミアの醜聞」には、

ボヘミア国王と秘密裡に交際していたアイリーン・アドラーは、オペラ歌手で、

イタリアのミラノにある歌劇場「スカラ座」に出演したことがあると記述されている。

(2015年に Dorling Kindersley Limited から出版された

「The Sherlock Holmes Book」<筆者が所有>から抜粋)


今回、ボヘミア国王は、スカンディナヴィアの王女と結婚することになったが、それを知ったアイリーン・アドラーが、「二人で撮影した写真を、スカンディナヴィアの王女宛に送り付ける。」と脅迫してきたのである。アイリーン・アドラーと一緒に撮った写真を、スカンディナヴィアの王女宛に送り付けられた場合、ボヘミア国王とスカンディナヴィアの王女の結婚が破談になることを必至であった。


ボヘミア国王は、二人で撮影した写真を取り戻すべく、人を雇って、アイリーン・アドラーの家捜しさせたり、また、彼女への強盗まがいの真似をさせたりしたが、残念ながら、問題の写真を見つけ出すことは、できなかった。

アイリーン・アドラーがスカンディナヴィアの王女宛に写真を送り付けると通告したボヘミア国王とスカンディナヴィアの王女の婚約発表の日付が迫って来たものの、期待する結果を得られず、非常に困ったボヘミア国王は、自らホームズの元へ依頼にやって来たのである。


Noh Yi-jeong によるグラフィックノベル版「ボヘミアの醜聞」は、全部で36ページで、以下の2部構成になっている。


(1)「仮装用マスクの男(The Masked Man)」(20ページ)


結婚後、ホームズとは別生活を送るワトスンが、往診の帰り道、久し振りにホームズの元を訪れるところから、ボヘミア国王の依頼を受けたホームズが、馬丁に変装して、アイリーン・アドラーが住むブライオニーロッジ(Briony Lodge)へと出かけ、ブライオニーロッジから出て来たゴドフリー・ノートン(Godfrey Norton - インナーテンプル(Inner Temple → 2014年8月25日付ブログで紹介済)の弁護士)とアイリーン・アドラーの後を追った結果、到着したエッジウェアロード(Edgware Road → 2016年1月30日付ブログで紹介済)にあるセントモニカ教会(Church of St. Monica → 2014年8月24日付ブログで紹介済)で、ホームズには想定外なことに、2人が結婚する立会人をさせられるところまでが描かれている。


(2)「秘匿された写真(The Hidden Photograph)」(16ページ)


2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「ボヘミアの醜聞」から抜粋(その3)


英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年7月号に掲載された挿絵(その7) -

「王太子だったボヘミア国王が
アイリーン・アドラーと一緒に撮影された
問題の写真は、
ブライオニーロッジ内に保管されている筈だ。」と
考えたシャーロック・ホームズは、
写真を取り戻す計画を直ぐに実行に移すことに決めて、
ジョン・H・ワトスンに対して、助力を頼んだ。
馬丁の変装を解き、牧師に変装し直したホームズは、
ワトスンを伴い、ベイカーストリート221B を出ると、
ブライオニーロッジへと向かった。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)


「王太子だったボヘミア国王がアイリーン・アドラーと一緒に撮影された問題の写真は、ブライオニーロッジ内に保管されている筈だ。」と考えたホームズが、写真を取り戻す計画を直ぐに実行に移すことに決め、ワトスンに助力を頼み、馬丁の変装を解き、牧師に変装し直して、すブライオニーロッジへと向かうところから、物語の最後までが描かれている。


2024年に英国の Guild of Master Craftsman Publishing Ltd. から
Button Books シリーズの1冊として、英訳版が刊行されている
Noh Yi-jeong 作「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている
「ボヘミアの醜聞」から抜粋(その4)

英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年7月号に掲載された挿絵(その9) -

ボヘミア国王と一緒に撮影した写真の隠し場所を突き止めて、
セントジョンズウッド地区サーペンタインアベニューにある
ブライオニーロッジからベイカーストリート221B へと戻って来た
シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンであったが、
「おやすみなさい、ホームズさん。」と声をかけて、
その2人の横を通り過ぎた人物が居た。
それは、男装して、2人の後を追って来た
アイリーン・アドラーその人だったのである。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(1860年 - 1908年)

イケメンのホームズ / ワトスンや彼らの年齢設定等については、読者によって好みが分かれると思われるが、欧米のイラストレーター達とは異なり、コマ割りは日本のイラストレーター達に近く、絵柄にも動きがある。また、36ページの中に、物語がうまくまとめられている。